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【連載】文房具百年 #57「1880年頃のアメリカの業界誌『GEYER'S STATIONER』」

たいみち

夏休みの宿題気分

 この原稿書いている今日は8月下旬。学校の夏休みはあと少し、大人も夏休みを取り終わった人が多くなってきた時期だ。さて、今月は何を書こうかと考えたときに、以前から内容を確認しようと思っていた資料があったことを思い出した。アメリカの資料なので、読解するには多少「やるぞ」という気合や、根気がいる。やろうやろうと思っていて時間が過ぎてきたことや、気合や根気がいるあたり、夏休みの宿題とリンクするところがあり、時期的にちょうどいい気がした。
 というわけで、今回は1880年頃のアメリカの業界誌「GEYER'S STATIONER」の記事や広告を紹介しよう。

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*「GEYER'S STATIONER」1878~1880年頃のもの。表紙。

GEYER'S STATIONER

 GEYER'S STATIONERは1877年から発行された文房具の業界誌で、1922年までは続いているが、それ以降の発行は確認できなかった。アメリカの業界紙というとAMERICAN STATIONERが1873年より発行されており、広告画像が多いこともあり、見ていて楽しくわかりやすいので、私もよく資料として使わせてもらっている。
 AMERICAN STATIONERは新聞紙の形態なのに対して、GEYER'S STATIONERはホチキスで綴じた雑誌の形をしている。また、内容もAMERICAN STATIONERより、広告は少なく、記事が多い。幸い、AMERICAN STATIONER、GEYER'S STATIONERともに、かなりオンライン化されており、ネット上で閲覧やPDFのダウンロードができる。 とはいえ、GEYER'S STATIONERについては、1900年より前の発行分はオンライン化されておらず、内容を確認することができなかった。
 ところがある日、海外オークションを見ていたら、このGEYER'S STATIONERの1880年頃に発行された十数冊がおすすめ商品として表示された。コピーではないか何度も確認したが、原本のようである。通常はあまり歓迎しないおすすめ機能だが、この時ばかりはこの機能に感謝した。
 日本でも紙資料はとても見つけにくく、100年以上前のものとなると、縁と運に頼るしかない。それがアメリカの業界誌で、140年以上前のものがまとめてできたのだ。残っていること自体が奇跡のようなものだし、それを購入することができるなんて、おそらく二度とないチャンスだ。とはいえ、予算もあることなので「ほかにも探している人がいるはずだ、よし、買い占めはやめよう」と自分に言い聞かせ、数冊に絞って購入した。

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*「GEYER'S STATIONER」上記画像の裏表紙

Mcgillのホッチキス

 数冊買った中で、気になっている記事があった。Mcgillのホッチキスと針のイラストが描かれている記事だ。以前、この連載で、Mcgillのホッチキスの針を紹介したことがある。(「最初期のホッチキスの1本の針 McGill's Single-Stroke Staple Press」https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/013949/
 そこでは、Mcgillのホッチキスの針を見つけたが、直接紙にとめるには針の足が太すぎる、一体どういうことだろうというところで終わっている。もしかしたらその答え、またはヒントになることが書いてあるのではないかと思うのだ。
 またMcgillのホッチキスのイラストの記事のすぐ後に、穴をあける道具の紹介もあり、Mcgillのホッチキスの記事とつながっているのかもしれないとも思っていた。

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*Mcgillのホッチキスの現物と記事



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*「GEYER'S STATIONER」のMcgillの記事と、すぐ後にある、穴あけツールの画像。1879年6月19日号



 では、早速Mcgillのホッチキスのイラストのあるページを読んでいってみよう。最近、Google翻訳で画像を直接翻訳できることを知ったので、まずは一番簡単な方法でやってみる。

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*Google翻訳に画像をUPすると自動的に翻訳される。



 Google翻訳にスキャンした画像をアップしてみたが、イラストの下部分の文章はレイアウトが崩れてしまったのと、列を行き来しながら文章が進んでいるあたりがうまく訳せていない。また、右の一列は、全然違うことが書かれている。
 これでも何となく内容は分かるが、細かいところがよくわからないので、別の方法でチャレンジしてみることにする。
 次に、画像から文字を取り出して、翻訳してみる。PDFから文字をコピーしてみたが、間違いだらけなので、別の方法でやることにした。レイアウトが複雑だと、うまくいかないので、並びを整理し翻訳しやすいように一列に並べ替える。

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*PDFから強制的に文字を取り出すときに、文章が崩れないようにするため、縦一列に並ぶように画像を入れ変える。



 こんな切り貼り作業をしている間に正攻法で読んだ方が速そうだが、私の英語力では多分このほうが速くて正確なのだ。具体的な手順は以下の通り。(Googleドライブや、Googleドキュメントって何?と思った方は気にせず飛ばして翻訳結果を見てください)
 ①列と並びを整えて一列にした右側の画像をPDFにする
 ②GoogleドライブにそのPDFをアップロードする。
 ③それを「アプリで開く」から「Googleドキュメント」を選択すると、割と正しく文字データが取れる。
 ④多少の誤認識があるのと、改行やブロックでつながりがおかしいところがあるので、体裁を整える。
 そんなことをして翻訳してみたのがこちらだ。

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*取り出した文字をGoogle翻訳で日本語に変換。



 翻訳の結果から、気になったことやわかったことがいくつかある。
■まず、私が持っている号の一つ前の号で、Mcgill(のホッチキス?)について「完全な説明」がされていたこと。
 ⇒ この内容をぜひ知りたくて、入手した中から探したが、該当の号は持っておらず、インターネット上でも見つからなかった。残念ながら内容はわからない。

■Mcgillのホッチキスは本体とともに、特徴ある形の針がよく紹介されており、ここでもリング付きの針が載っている。説明を見ると、そういったパーツがついている形の針でも、Mcgillのホッチキスではとめることができることがアピールされている。
 改めてMcgillの針をセットする部分を確認すると、針の端の部分をホールドする形になっているので、確かに針の上についている部分を倒せばセットできる。

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■説明で使われている表現が、針で何かを「とめる」ではなく「挿入する」となっている。
 ホッチキス=紙をとめるものと思ってしまうが、Mcgillのホッチキスは、もちろん紙を束ねるための針もあるが、それだけでなく、リングなどがついている「変型の針を押し込むことができる道具」というのが、セールスポイントであり、他のホッチキスとの差別化だったのかもしれない。では、押し込むための穴はどうしていたのか。おそらくこの「GEYER'S STATIONER」の別のページに載っていたような、穴を開ける道具が以前からあり、それを使う前提だったのではないか。
 だとすると、以前この連載で紹介した私が入手した針が分厚く、紙を貫通することができないタイプでも説明がつく気がする。

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*Mcgillの針。厚みがあり、直接紙を貫通することができない。



■Mcgillのホッチキスは、その一部分が外れるようになっていたか、または独立した「ハンドツール」があった。
 この記事では「クリンチングとは独立して使用できるようにしたハンドツールの形で具体化」と書かれている。クリンチングは針を曲げる事、つまり、針を受けて曲げる土台部分を指しているのであろう。針を曲げるのではなく、押し込むだけであれば針を曲げる溝が彫られた土台は不要だ。このGEYER'S STATIONERの記事では、独立したハンドツールのようなイラストが載っている。こちらは本体から外せるものなのかもしれないが、イラストを見る限り、本体の一部とは思えない形だ。また、1902年のカタログのイラストを見ると一部分が本体から外せるようになっているバージョンがある。カタログは、GEYER'S STATIONERより20年以上後のものなので、ハンドツールが進化して本体から取り外せるようにしたのではないだろうか。
 これも「リングなどの付いている針を押し込める」というのと合わせて、Mcgillのホッチキスのセールスポイントだったのだろう。

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*1902年のMcgillのホッチキスが載っているカタログ。右側のイラストでは針を押す部分が外れるようになっている。



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*「GEYER'S STATIONER」のMcgillの記事内にあったイラスト。本体の一部のようだが、よく見ると形も違うし、本体にはまる形ではない。



 Mcgillのホッチキスについては以上だ。あいまいな部分や想像している部分もあるが、丁寧に読むと短い記事でも発見があるものだ。

その他ホッチキスや穴あけツールの広告

 今回紹介しているGEYER'S STATIONERが発行された1880年頃、ホッチキス針を1本ずつセットするタイプが主流だった。連結した針(現代のホッチキスの針と同じタイプ)を使うタイプ初期型も出ていたようだが、使われ始めるのはもう少し後になる。また、以前「大正時代のホッチキス」(https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008770/)で紹介したムカデ型の針のホッチキスが出るのはさらに後だ。
 ということで、この時代のGEYER'S STATIONERには、Mcgillと同世代のホッチキス類の広告を複数見ることができる。
 一番気になったのは、すぐ後のページにあった「穴あけツール」だ。「Paper Fastener」と紹介されているが、この道具自体は針を挿入したり、針の先を曲げる機能はなさそうだ。日本の「目打ち」の二股バージョンといったところであろう。
 もしかしたらMcgillの特殊な針を使う時に、このツールで穴を開けるのが定番の使い方だったのかもしれないと思ったが、この2つの道具の間に関係があるのかは確認できない。

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 Mcgillのそっくりさんも載っていた。この時代、ちょっと違うがよく似ている製品はいくつも出ている。いつの時代でも有りがちな現象だ。ちなみにこれはこれでMcgillの特許の翌年に特許の登録がある。内容を見たが、細かい部分の改良のようだ。

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 Mcgillのライバル(と思われる)もある。こちらも針を下から押し込んで、ハンドルを押して止めるようになっている。Mcgillとの違いは、針を入れるところが現代のカッターの刃が格納されている部分のように厚みがないので、明らかにMcgillの針のような厚みのあるものや、変形しているものは対応ができない。

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202308taimichi16.jpg*Mcgillと同じ時代のホッチキス「NONELTY PAPER FASTENER」の広告と現物。

それ以外の広告や書かれていること

 今回はここまで。あといくつか広告や書かれていることを紹介したかったのだが、ここまでの話が結構細かくなってしまったので、残りは次回としよう。また、久しぶりにホッチキスについて調べながら書いていたら、新たに興味が湧いてきたこともあるので、そのうちにホッチキスについても改めて紹介したいと思う。
 この記事が公開される頃には夏休みも終わっているだろう。とはいえ、まだまだ暑い日は続きそうだ。皆様も体調にはどうぞお気を付けて。

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*今回紹介したMcgillの記事が掲載されている1879年6月19日号の表紙。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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