1. 連載企画
  2. 文房具百年
  3. 【連載】文房具百年 #37 「最初期のホッチキスの1本の針 McGill's Single-Stroke Staple Press」

【連載】文房具百年 #37 「最初期のホッチキスの1本の針 McGill's Single-Stroke Staple Press」

たいみち

小さくて貴重な話

 今回の話はかなり小さい。タイトル通り1本のホッチキスの針の話で、そこに特別なストーリーもない。ただ、とても見つけづらいものなので、今、そしてこの先にこの針を見つけたいホッチキスコレクターの目に留まるように、ここで紹介させてもらうことにした。今回私が手に入れたのも1本だけでよく出てきたものだと感心している。
 この針はアメリカのオークションで見つけて落札した。だが、日本への発送はしていないと言われてしまったので、わざわざ転送サービスを使って日本に送った。落札金額+アメリカ国内送料+転送サービス手数料+日本への送料と、1本のホッチキスの針の対価としては、ある意味愚かな金額を払ったかもしれない。でも手に入れられて良かったという思いの方が強い。
 そして届いた針は、ティファニーの箱に入っていた。
 「ほら、きっとあなたにとって、これはティファニーのアクセサリーくらいの価値があるのでしょう。」
 売主にそう言われている気がして、一人にやけてしまった。
 「はい、その通り。」

202106taimichi1.jpg

*ティファニーの箱に入って送られてきたホッチキスの針とペーパークリップ。ペーパークリップも貴重なものなので、どこかで紹介しようと思う。

McGill's Single-Stroke Staple Press

 ホッチキスの針を詳しく紹介する前に、この針を使う「マギルのホッチキス」、McGill's Single-Stroke Staple Pressを紹介しよう。

202106taimichi2.jpg

*McGill's Single-Stroke Staple Press、1879年特許。



 日本で「ホッチキス」と言われている道具は、アメリカでは「ステープラー(stapler)」、または「ペーパーファスナー(paper fastener)」である。ペーパーファスナーは言葉の通り「紙を止めるもの」なので、意味合いが広く、いわゆるホッチキスではないものも含まれる。ペーパーファスナーのうち、いわゆるホッチキスとそうでないものの区別は難しいところだが、自分の整理としては、足が2本ある「コ」の字型の針を使っているかいないかで分けている。
 そして「コ」の字型の針を使っているホッチキスの最初期にできたのがこのマギルのホッチキスだ。
 アメリカのジョージ・マギル(George W. McGill)が発明したもので、1878年から販売、特許は1879年になる。ホッチキスの特許だけならこれ以前にもあるが※1、製品化されたかは不明なので、製品化された中ではこのマギルのホッチキスは最初期に当たり、且つ今でもオークションで年に数回見かけるくらいの数が残っているところを見ると、一定期間それなりに使用されたと想像できる。
 最初期と書いたのは、同時期にマギルのホッチキス以外にもホッチキスがあったからだ。余談だがその複数のホッチキスの会社は、特許権の侵害などでお互いに訴訟しあっていたようである。



202106taimichi3.jpg

マギルのホッチキスの針

 マギルの仕組みはシンプルで、ハンドルを持ち上げ、1本ずつ針をセットし、紙をはさんでガチャンとハンドルを押し下げる。
 だがその針が見つからない。私はこのホッチキスを古い文房具を集め出して割と早い段階で持っていたが、そもそも針の形からしてわからない。のちに入手した1902年のカタログに、ホッチキスと共に針のイラストが載っているのを見て、おそらく、これがマギルのホッチキスに合う針なのだろうと思うのが精いっぱいだった。

202106taimichi4.jpg

*アメリカの文具卸商のカタログ。1902年。



 そして最近やっとマギルの針を見つけた。それがこれだ。

202106taimichi5.jpg

*McGill Staple Fastener、1979年特許登録。頭の部分に「PAT1979」と刻まれている。



202106taimichi6.jpg


202106taimichi7.jpg

*幅は1.3センチくらい。日本でよく使われている10号針より幅が広い。



 だが、これは本当にマギルの針なのだろうか。
 購入時の情報では「マギルの針」と明記されていたし、カタログに掲載されているのと形も似ている。だが、オークションで出品者の記載している情報は必ずしも正しいわけではない。騙そうとしているのではなく、出品者自身が知らないのだ。
 そこで針が届いてまず最初にやったことは、マギルの本体に針をはめてみること。

202106taimichi8.jpg

*本体にはめてみた。



202106taimichi9.jpg

*ぴったりと収まった。



 針はマギルの本体にぴったりと収まった。ああよかった。やっぱりマギルの針だったのだ。
 安心ついでにこの針の特許を探してみたところ、1879年4月8日にマギルの名前の特許が見つかった。特許のポイントとしては、針の頭の部分の幅を広くすることで、紙をしっかり押さえるということらしい。

202106taimichi10.jpg

*McGillの針の特許。

素朴な疑問 これは何?

 ここまで来て、「あれ?」と思うことがあった。針の写真を眺めていておかしいことに気づいた。

202106taimichi11.jpg



202106taimichi12.jpg




 ホッチキスの針としては、通常紙に穴を開けて貫通する役目を果たす「足」の部分の金属が分厚いのだ。全く尖っていない。これでは紙は打抜けない。そこで改めて調べてみると、この形以外に細い針金状の金属をコの字に曲げたタイプの針もあることが分かった。最初に針の形態を確認したカタログもよく見ると横に通常の針が掲載されている。

 さて、では私が手に入れて喜んでいるこの針はどうやって使ったのであろう。特許の情報や本体にぴったり収まるところからマギルのホッチキス用の針であることは間違いない。だがこの金属の厚みでは事前に紙に穴を開けないと綴じることができない。ではほかに穴を開ける道具があったのか。
 もしかしてと思って資料を見直したが、「この針のために事前に穴を開ける道具」の存在は確認できなかった。そもそも事前に紙に穴を開けるならホッチキスにわざわざ装着して止めなくても、そのまま手ではめ込めそうなものだ。

 うーん、わからない!
 今の時点ではこれ以上先に進めないので、これでおしまい。いつかこの針の使い方の説明書か何かが出てくることを願うしかないようだ。

 針を手に入れて、ちょっとした達成感を味わったが、次の探索へのとびらを開けてしまったようだ。だから古文房具っておもしろい。



※1ホッチキスの特許:ホッチキスの特許:ホッチキスの特許として最も古いとされているのはAlbert J. Klezkerによる1868年Klezker Staple Insertion Machine。No.83640。




202106taimichi13.jpg

*『American Stationer』1882年1月に掲載された広告。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
『古き良きアンティーク文房具の世界』をAmazonでチェック

【文具のとびら】が気に入ったらいいね!しよう