
【連載】文房具百年 #27「1920 年からのダイレクトメール~針なしホッチキスの続きの話」
針なしホッチキス の続きの話
前回、1920年のダイレクトメールを見つけたことから、海外の針なしホッチキスを紹介した。今回はそこに書ききれなかった日本の針なしホッチキスについての紹介だ。前回をまだご覧いただいていない方は、できれば前回からご覧いただきたい。
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/011836/
*アメリカのクリップレスペーパーファスナー(針なしホッチキス)。バンプ社製
日本の針なしホッチキスの始まりの頃
日本に針なしホッチキスが入って来たのは、明治の終わり頃と思われる。大正4年の堀井謄写堂のカタログにクリップレス ペーパーファスナー社のスタンドタイプと瓜二つの針なしホッチキスが掲載されているが、その商品の特許出願が明治43年、登録が44年だ。驚くのは明治43年というと1910年だ。前回アメリカの針なしホッチキスの歴史を紹介したが、発明者であるバンプ氏が針なしホッチキスを考案したのが1909年、その翌年の1910年というとバンプ氏がアメリカでリーソナーなる人物と針なしホッチキスの特許について争っていたころであるが、そんな時期にちゃっかり日本でも特許が出願・登録されていたというわけだ。なおこの堀井謄写堂のスタンドタイプの針なしホッチキスを所蔵しているコレクターがいらっしゃって、画像を提供してもらった。*大正4年(1915年)堀井謄写堂カタログ。アメリカのクリップレス ペーパーファスナーと酷似している商品が掲載されている。
*右が日本製、堀井謄写堂の無針紙綴器(針なしホッチキス)。浅川 茂氏蔵。左はアメリカのクリップレスペーパーファスナー社のもの。
*堀井謄写堂の針なしホッチキスには実用新案19827号が刻まれたプレートが止められている。
ここで明治から大正における日本の針なしホッチキスの特許について、もっと面白いものがないか調べてみた。するとほかにも、欧米製品激似針なしホッチキスの特許が発見されたのだ。
*アメリカの特許(左)とよく似ている日本のハンディタイプの針なしホッチキスの特許(右)。出願は大正2年(1913年)、発明者は「マキシミリアン・ゲスラー」となっている。
*マキシミリアン・ゲスラー氏の特許では切れ込みの形が特徴的。抜けづらくする工夫であろう。
*イギリスの両端を止めるタイプの針なしホッチキスとそっくりな日本の実用新案。大正14年出願。どこでこのタイプの存在を知ったのかが不思議である。
*イギリス製と思われる両端を止めるタイプの針なしホッチキス。上記の実用新案出願はこの針なしホッチキスをお手本にしていると思われる。
*上記の針なしホッチキスはこのように止まる。
クリップレス ペーパーファスナー社・バンプ社のハンディタイプとそっくりの特許をとっているマキシミリアンさんは、アメリカ本国の針なしホッチキスを取り巻くストーリーの登場人物には、私が調べた限り見当たらず「どちら様?」と聞きたくなる感じだ。ただ切れ込みの形に出っ張りがあり、くぐらせた部分が抜けづらいタイプであることが興味深い。(アメリカではこのタイプは見たことがない)。さらにイギリスの両端を止めるタイプは、欧米でもさほど流通していなかったと思われるのだが、よくこれを見つけて日本で実用新案を申請したものだと感心してしまう。
無針紙綴器
輸入または欧米をお手本とした類似品ではなく、日本オリジナルの針なしホッチキスもある。「無針紙綴器」という名称で、紙を綴じる機構はアメリカと同じだが、二種類ある本体の形や素材はどちらも海外のものとは類似点がない。*日本製の針なしホッチキス2種類。どちらにも同じ実用新案番号(45105、大正6年出願と46743大正7年出願の2つ)が記されている。
これを作ったのは名古屋の黒田忠譲という人物だ。以前調べたときはこの人物に関する情報がまるで見つからなかったのだが、今回改めて調べてみるとこの人物の自伝を見つけることができた。正直なところ、たまたま発明したものがちょっとヒットした程度の無名な人物を想像していたので、自伝があってびっくりした。早速入手すると同時に、黒田忠譲氏について調べると、文房具業界の方ではなく、ステッキ式洋傘や手提げかばん、ラジオ拡声器などいろいろな発明をしたアイデアマンであった。黒田忠譲氏の経営する「黒田忠譲商店」は、もともと一閑張※1の製造者で、工夫を凝らした商品を海外へ多く輸出していたという。さらに「硬質漆器」※2という特殊な漆器の発案者として著名な方であった。
自伝で無針紙綴器の発明について次のように書かれていた。
「アメリカからくる手紙に、ピンやクリップを用いないで、便箋そのものに穴が開いてつづられているのを見て、私は『これは面白いな、どうしたらこういう作用をする機械を開発できるだろう』と興味を持ち、長谷川という職工と相談していろいろ考案し、ついに国産のクリップレス・ペーパー・ファスナー(無針紙綴器)を完成、早速実用新案登録を取って生産を開始した。」
私は兼ねてより、無針紙綴器が発明された経緯が気になっていた。紙の一部に切れ込みを入れてくぐらせる綴じ方こそ同じだが、アメリカの針なしホッチキスをそのままお手本にしたとは思えないデザインであるからだ。日本の文房具は、欧米のものをお手本にするところから始まっているケースが多いが、この針なしホッチキスは、海外からくる手紙を見て考案したことがこの自伝を読んでわかった。これはちょっとした快挙と感じられ、嬉しくなった。
販売ルートについても記載されており、「東京は銀座の伊東屋、問屋として横山町の古一堂、大阪は福井商店※3、沢井商店」という文具の卸店を代理店としたとある。
なるほど、伊東屋か。実は私が持っている無針紙綴器で、伊東屋の包装紙に包まれたものがあるので、話がつながる。
そして無針紙綴器の最後はこういう状況だった。
「その後十年くらいにわたって相当売れたが、やがて軽便なホッチキスが実用品として普及するようになったため、クリップレス・ペーパー・ファスナーは売れなくなると判断し、製造を中止したのだった。
この事業も大体成功したが、私は絶えず引き際を早くしていたので、いつまでも欲を出していて大損をしたということはなかった。」※4
最初の特許が大正6年に申請されているので、その10年後まであったということは大体昭和初期頃であろう。本体が木製のタイプはもっと短命だったと思われるが、金属製のタイプは比較的今でも発見されることから、当時よく売れたというのもつじつまが合う。自力で作りだした日本製の針なしホッチキスは、引き際もきれいだったということだ。*本体が木製の無針紙綴器。発明者の黒田忠譲氏のイニシャルと思われる、「C」「K」がマークになっている。
*無針紙綴器の内部写真。アメリカ製針なしホッチキスの内部写真がなく、比較できないのが残念。文具王 高畑正幸編集長所蔵及び撮影。
*白木タイムス(百貨店白木屋の商品紹介雑誌)の文房具ページに、無針紙綴器と思われるホッチキスが掲載されているのを発見。大正8年。
*伊東屋の包装紙に包まれた無針紙綴器。なぜか商品名や実用新案の番号が刻まれていない。
その他の日本製針無しホッチキス
日本製の針なしホッチキスで、海外オークションで比較的よく見かけるが、メーカーの情報が全くないものがある。「CHADWICK」という名前でハンディタイプとスタンドタイプの2種類の針なしホッチキスがある。私はハンディタイプのみ保有しているのだが、それなりに流通していた気配があるにもかかわらず、情報が見つけられないのが解せずにいる。このCHADWICKについては思い出すと時々調べてみるのだが、やはりいまだに何もわからない。*日本製のハンディタイプ針なしホッチキス。時代やメーカーなど詳しいことがわからない。
*「CHADWICK」以外に「CMI INC」の文字も見えるが、この言葉で調べても何も情報を見つけられなかった。
切れ込みを入れない圧着式の針なしホッチキスについては、アメリカで発売されてから日本に来るまで何年もかかったようだ。アメリカでは1936年の特許だが、日本では昭和40年(1965年)に同じ原理の特許があり、その後昭和46年(1971年)にアメリカのペーパーウェルダーをお手本としたと思われる特許が申請されている。
その特許はアジアオプチカルという会社名義で出されているが、それが商品となったのかはわからない。この頃と思われるが、丸善が「アテナ」ブランドでこの商品を出しているので、もしかしたらアジアオプチカルの特許を製品化したのが丸善だったのかもしれないが、詳細は不明である。
そして、こうやって特許や製品を並べて見ると、海外製品と日本製品、そしてその関連特許はいろいろとデリケートなルールの上に成立しているのだろうなということを実感する。残念ながら勉強不足で知識を持ち合わせていないので、そのデリケートな部分には踏み込まずにおく。*日本の圧着式の針なしホッチキスの特許。探せた中ではこれが古く、昭和40年のもの。
*昭和46年出願、アジアオプチカルの実用新案登録。
*丸善のペーパーファスナー(左)とアメリカ、ペーパーウェルダー(右)
文祥堂のカタログ
さて、「文房具百年」なのに、1970年代にまで話が及んでしまったので、針なしホッチキスについてはここまでとしよう。
最後に前回・今回紹介した針なしホッチキスを集めるきっかけとなった文祥堂のカタログの1ページを紹介したい。古文房具を集め始めて間もないころ、文祥堂のカタログの1ページを見る機会があった。だが、当初「針なしホッチキス」と言われても何のことかわからず、「よくわからない」と完全にスルーした記憶がある。
その後たまたま木製の無針紙綴器を見つけたことで、初めて針なしホッチキスがどういうものかを理解したわけだが、「なにこれ、スゴイ!」と驚き、そこから文祥堂のカタログに掲載されているものを集めだしてコンプリートするまでにあまり時間はかからなかった。
改めてこのページを見ると、クリップレスペーパーファスナー社、バンプ社、黒田忠譲商店と日米の主要針なしホッチキスが一堂に会しており、文祥堂の選定眼の確かさを感じる。
当時すでにほかにも針なしホッチキスが販売されていたと思うが、やはり日米の針なしホッチキスの元祖とでもいうべきこれらの商品が人気だったのであろうか。この時代の針なしホッチキスは売れたのかな。当時の針なしホッチキスのセールスポイントは何だったのだろう。
文祥堂のカタログの1ページから始まった針なしホッチキスへの興味は、今回その歴史や発明についての予備知識を得たことが新たな興味へとつながった。古文房具なのに「新たな」というのはそぐわない気もするが、なんだかんだ言って古文房具は噛めば噛むほど味が出る楽しいネタなのだ。
*文祥堂記帳用品目録(復刻版)、大正11年(1922年)。文具王 高畑正幸編集長所蔵。
※1 一閑張り:木型などを使って和紙を張り重ね、型を抜いて表面に漆を塗ったもの。張り抜き。(大辞泉)
※2 硬質漆器:紙を溶かして圧搾成形し硫黄を浸透させたものを素地きじとした漆器。1926年(大正15)黒田忠譲が開発。(コトバンクより)
※3 福井商店:現ライオン事務器
※4 黒田忠譲氏自伝:「私の歩んだ道」、黒田忠譲 著、株式会社中部財界社 発行、昭和49年(1974年)
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