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【連載】文房具百年 #26「1920年からのダイレクトメール~針なしホッチキスについて」

たいみち

針なしホッチキスとは

 針なしホッチキスをご存知だろうか。この連載を読んでくださっているということは、文房具に多少なりとも興味や好意を持っている方が多いと思われるので、ご存知の方が多いであろう。そして、針なしホッチキスを知るきっかけになったのは、数年前にコクヨから販売された「ハリナックス」や「ハリナックスプレス」がきっかけではないだろうか。だが実は針なしホッチキスは100年も前から存在している。
 念のため針なしホッチキスの説明をしておこう。言葉の通り針を使わないホッチキスだ。紙の一部に切れ目を入れたり、紙の繊維に圧力をかけたりすることで、通常のホッチキスのように紙を綴じる道具だ。ちなみに欧米では一般的に「ペーパーファスナー」と呼ばれている。日本では全部まとめて「ホッチキス」だが、「ホッチキス」の英語「ステープラー」は針やくぎを意味する「Staple」から来ているので、針を使わないホッチキスは、ステープラーとは別物なのだろう。
 この針なしホッチキスについて、いつかこの連載に取り上げようと思っていたが、今回ちょっとしたきっかけがあったので、いいタイミングと思い、紹介することにした。

202006taimichi1.jpg*いろいろな針なしホッチキス

クリップレス ペーパーファスナー社

 ある日、海外のオークションでふと目に留まったものがあった。針なしホッチキスのイラストが印刷されている一枚の紙だ。海外オークションでは、文房具メーカーのマークや商品イラストが入った領収書などがよく出品されている。今回もそのたぐいと思ったが、何となく様子が違うのでよく見ると、それは領収書ではなくダイレクトメールだった。それがこれだ。

202006taimichi23.jpg*クリップレス ペーパーファスナー社の1920年のダイレクトメール。



202006taimichi24.jpg*ダイレクトメールの裏面。綴じる商品と共に綴じる仕組みや使用シーンが紹介されている。



 これは、クリップレス ペーパーファスナーという会社が、クレストン ナショナル バンクに対して1台購入してくれたことへのお礼と、あと4台買ってくれたら1台あたり3.5ドルを3ドルにするからと売り込んでいる内容だ。そしてサインはこの会社のオーナー J・C・HAWKINS本人のものに見える。原本を見る限り、印刷ではなく実際にタイプライターで打ち、手書きのサインをしたものに見える。
 もともと私は文房具自体のデザインや機能だけでなく、それが作られ販売されていた時代や背景が感じられるものが好きである。以前より針なしホッチキス自体が好きで、ダイレクトメールのイラストの機種も持っているが、このダイレクトメールからにじみ出る100年前のリアルな「モノを売る現場」の空気感にとてもワクワクする。タイプライターは事務員の女性が打ったのだろうか。キーを打って改行するカタカタ、チーンという音が聞こえてきそうだ。オーナーは自ら割引DMにサインをしながら、売上が伸びないなどぼやいていたのだろうか。
 今まで針なしホッチキスについて調べたことがなかったが、このDMを見てその歴史やクリップレス ペーパーファスナー社についてがぜん興味がわいてきた。

バンプとクリップレス ペーパーファスナー社

 針なしホッチキスで最もよく見かけるのは「Bump」(バンプ)というメーカーだ。ハンディタイプと据え置き型があるのだが、海外のオークションで検索すると、いつでもまずどちらか一つは見つかるので、過去にかなり売れたヒット商品なのだと思っている。

202006taimichi3.jpg*Bump Paper Fastener社の針なしホッチキス ハンディタイプ。1914年頃~。



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*Bump Paper Fastener社の針なしホッチキス スタンドタイプ、1917年頃~。



 そのバンプとクリップレス ペーパーファスナーの関係だが、まずバンプは人名である。George P. Bumpという人物が1909年に針なしホッチキスを考案し、すぐさま特許を申請して1911年に特許を取得している。そしてその特許を、G・ホーキンズという人物と権利を半分ずつ分けている。更にバンプ氏が取得した1913年の特許では、クリップレス ペーパーファスナー社のオーナーであるJ・C・ホーキンズ氏とやはり権利を分けている。クリップレス ペーパーファスナー社の創立が1909年という情報もあり、これらを組み合わせると、最初の針なしホッチキスを考案した際、バンプ氏はホーキンズ氏のもので働いており、その考案を受けてクリップレス ペーパーファスナーが創立され、針なしホッチキスの製造を始めたのではないだろうか。
 なお、1910年にリーソナーという人物がクリップレス ペーパーファスナー社で扱っていた針なしホッチキスと酷似しているモデルで特許※1を取得し、そのことに対してバンプ氏がクレームをつけていたようだ。資料が英語であることと、アメリカの特許に関する知識がないので読み違えているかもしれないが、どうやらバンプのクレームは却下されているように見える。※2このリーソナーという人物が誰なのか、そしてその特許に基づく製品が作られたのかはわからない。

202006taimichi5.jpg*バンプ氏の出願した特許の図解。



202006taimichi6.jpg*リーソナー氏の出願した特許の図解。クリップレス ペーパーファスナー社及びバンプ社の最初の針無しホッチキスと酷似している。



 そして、バンプ氏はBump Paper Fastener Company※3という会社を興し、針なしホッチキスの販売を始めた。1911年の業界紙では、ペーパーファスナー メーカー(針を使用するのホッチキスも含む)の中に両社の名前が並んでいるのを見ることができる。このころは両社で同じ型の針なしホッチキスを販売していたと思われる。事実、私が所有しているハンディタイプの針なしホッチキスの一つは、クリップレス ペーパーファスナー社のダイレクトメールのイラストと同じものに見えるが、バンプ社のものである。

202006taimichi7.jpg*左上:クリップレス ペーパーファスナー者のダイレクトメールに掲載されている商品のイラスト。左下及び右は、私が所有している同型の針なしホッチキスで、バンプ社のもの。



 だが、この後この2社は明暗が分かれたようだ。
 バンプ社は、その後別の特許を取り、クリップレス ペーパーファスナー社とは異なった2種類を販売する。それが前出のモデルである。針なしホッチキスとしては、そちらがヒットしたらしく、その広告は1915年から約3年の間、頻繁にアメリカンステイショナーに掲載されている。

202006taimichi8.jpg*左:American Stationer 1917年の広告、右:American Stationer 1918年の広告。



 それに反して、クリップレス ペーパーファスナー社の広告はほとんど見かけない。また取り扱っていた針なしホッチキスは、初期の2アイテムから増えることはなかったようだ。尤も、資料として見ているのがアメリカンステイショナーだけなので、他の業界紙で広告を展開していいた可能性はある。
 そして、クリップレス ペーパーファスナー社は1921年に切手の自動販売機の特許を取り、1922年以降は切手の自動販売機取り扱い会社としてアメリカンステイショナーに名前が掲載されている。それは1925年まで確認できる。
 そのころも一応針なしホッチキスは取り扱っていたようだが、細々と、いうところだったのではないだろうか。思えば、1920年のダイレクトメールで、オーナー自ら一枚一枚サインをして販促をしているあたり、勝手な憶測だが手詰まり感を感じてしまう。ちなみに当時の3.5ドルの価値は、牛乳が0.09ドルとあったので、3.5ドルは牛乳の約40倍、今の牛乳を200円とすると、200円×40倍で8,000円くらいだろうか。また、Early Office Museum※4でもクリップレス ペーパーファスナー社について「1922年以降姿を消す」と記載されている。
 なお、バンプ社はその後ポンプを作る会社に変わった。失礼な話だが、バンプがポンプという韻を踏んだような変更をちょっと面白いと思ってしまった。

針なしホッチキスの紹介

 さて、特許の話が長くなってしまったので、あとは針なしホッチキスの紹介をしよう。
冒頭で触れたとおり、針なしホッチキスは紙を綴じる方法で大きく分けると2つのタイプがある。一つは紙に切れ込みを入れて、折り曲げることで止めるタイプ。クリップレス ペーパーファスナー社やバンプ社がこのタイプになる。

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*クリップレス スタンドマシン。クリップレス ペーパーファスナー社




202006taimichi10.jpg*本体にはクリップレス ペーパーファスナー社のプレートが付いている。




202006taimichi11.jpg*ハンディタイプ。四角く穴の開いている部分に、切れ込みを入れた紙を通して、別の切れ込みをくぐらせる仕組み。




202006taimichi12.jpg*1913年6月24日の特許と記されている。




202006taimichi13.jpg*バンプ社のハンディタイプについているロゴ。




202006taimichi14.jpg*ここまで紹介したタイプは、すべてこの綴じ方。




202006taimichi15.jpg*メーカー、商品名不明。特許はイギリス、1922年の206941番なので、イギリス製と思われる。



202006taimichi16.jpg*この針なしホッチキスは、細長い切れ込みを入れて、両サイドを綴じる変わった仕組み。通常の綴じ方より穴が大きくあくが、2か所で止めているので外れにくい。




 もう一つは紙に圧力をかけることで紙の繊維を圧着して止めるタイプ。「ペーパーウェルダー」という製品が有名だが、そのほかにもハンドルを回して紙を送る少し大きいタイプもある。ペーパーウェルダーは、紙を上から押して圧力をかけるので、1回に止められる幅が決まっているが、ハンドルを回転するタイプは歯車に巻き込んで圧をかけるので、幅に制限はなく紙の端から端まで止めることができる。このタイプは、なかなか楽しいものだが残念ながら日本には入ってこなかったようであるし、海外でも現在は製造されていないと思われる。

202006taimichi17.jpg*Paper Welder。Welderの意味は「溶接」。1936年~。




202006taimichi18.jpg*ペーパーウェルダーは、紙にギザギザのあるパーツで圧力をかけて綴じるため、このような跡が残る。これをこすって平らな状態にすると、綴じた紙は容易に離すことができる。



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*ハンドルを回し、歯車を回転させて綴じるタイプ。左:Paper Climper、右:Fermafix Paper Binder。1923年~。なお右のFermafix Paper Binderは、ハンドルになる棒が紛失している。



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*ギザギザの歯車に紙を挟んで圧をかける。圧力は上部のねじである程度調整できる。テーブルや机に固定して使用する。



202006taimichi21.jpg*ハンドルで回すタイプで綴じるとこうなる。紙の幅いっぱいに止めることができる。




 また、針なしホッチキスは当時どういったところが魅力だったのだろうか。その点について、クリップレス ペーパーファスナー社の広告が興味深い。
 当時すでに針を使うホッチキスが存在したので、針なしホッチキスのライバルは針を使うホッチキスと思っていたが、意外と広告で比較していたのは「クリップ」や「ピン」だった。書類を止めるものとしてアメリカではクリップやピン(虫ピンや割ピン)が主流だったのであろう。クリップや割ピンのコストが削減できるということと、クリップやピンでとめた書類はかさばって保管スペースが余計に必要になるが、針なしホッチキスだとそれを解決する、といった内容だった。
 1910年代は、針を使うホッチキスはアメリカでもまだ一般的ではなかったのかもしれない。

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*The Magazine of Business、1911年の広告より。

日本の針なしホッチキスについては次回

 さて、特許の話ばかりで少々読みづらかったのではないかと気になったが、思えば大体いつも特許や昔の業界紙などの話をしているので今更の心配だと気付いた。いつもご覧いただいている方々には本当に頭が下がる。そして日本の針なしホッチキスについてこのまま続けようと思ったが、長くなるので次回に回すことにした。
 というわけで少し短めだが今回はここまで。そして最近掲載し始めた動画を今回も用意してみた。針なしホッチキスはどれも大して変わらないので、あまり見栄えのする内容ではないが、地味な内容でも残しておくことでいつか役に立つこともあるかもしれないと思うのだ。皆様にもご覧いただけると幸甚だ。

■切れ込みを入れるタイプの針なしホッチキスの動作の動画




■圧着タイプの針なしホッチキスの動作の動画




※1 リーソナー氏の特許:No.966598、アメリカ
※2 バンプ氏のクレームについて:「Decisions_of_the_Commissioner_of_Patents、1913」参照
※3 バンプ社の社名:初期はBump's Perfected Paper Fastener Co.と「Perfect」が社名に入っていた。またこの会社があったラクロスでは1905年にできた会社となっているが、1909年に特許を出願した際の住所がアイオワ州ニュートンなので、ラクロス側の間違いではないかと思われる。
※4 Early Office Museum:https://www.officemuseum.com/stapler_gallery_stapleless.htm

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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