1. 文房具ラボ
  2. 【特別企画】ヒットメーカーが明かす開発秘話 第1回・ハイモジモジ

【特別企画】ヒットメーカーが明かす開発秘話 第1回・ハイモジモジ

松岡厚志(ハイモジモジ代表取締役)

規模は小さいながらも、アイデア勝負でヒット商品を生み出している、いわゆる“ひとり文具メーカー”が相次ぎ登場し、注目を集めるようになってきている。今回は特別企画として、そんな注目メーカーのトップにヒット商品の開発秘話を語ってもらった。

第1回目はハイモジモジです。

いいモノを作るだけでは売れない

「今日の主役です」

両端に赤いラインが引かれた賑やかな襷(たすき)に踊る野太いゴシック体。その隣でひっそりと、見慣れない商品がフック掛けされていた。「LIST-IT」と書いてリストイットと読むそれは、ハイモジモジというこれまた聞き慣れない会社が販売を始めた400円程度の紙製品だった。

今から11年前、2010年に「LIST-IT」はデビューした。「WEAR YOUR TASK」というキャッチコピーとともに売り出された、リストバンドのように手首に巻ける紙のメモだった。「その日、忘れちゃいけないこと」をしたため、手首に巻いたそれをいつでも目に入れることで「うっかり」を防止できる風変わりな商品。そのデビューの場となったのが「今日の主役です」がまぶしく陣取る、ロフトのパーティーグッズ売り場だった。

1.jpgLIST-IT

なぜ「LIST-IT」はパーティーグッズと見なされたのか。それはポップなカラーが4色セットになった商品だったことと無縁ではない。触れこみとしては「手首に巻ける伝言メモ」だが、見方を変えれば「使い捨てできる紙製リストバンド」であり、結婚パーティーなどでチームに分かれてゲームを行う際、参加者を色分けできるといった使い方が想起されたものと思われる。実際、そうした目的で使おうと、わざわざハイモジモジの事務所に出向いて買いに来られた宴会の幹事さんものちに現れたくらいだ。

ただ、ロフトでの売れ行きは惨憺たるものだった。創業して初めて手掛けた商品がいきなり大手雑貨チェーンの目に留まるという幸運に恵まれながら、やはり置かれるコーナーとしては明らかに場違いだった。どこの馬の骨かも分からない会社が手掛けた、使い道のよく分からない謎の商品を買う人はそういない。そもそも手に取られることもなければ、目に入っていなかったかもしれない。「今日の主役」になり得ない、スポットライトの当たらないその商品は一度も再注文をいただくことのないまま、人知れずフロアから消えた。

数か月後、ハイモジモジは「Deng On(デングオン)」という商品を売り出す。パソコンのキーボードのすき間に挟んで立てられる動物型の伝言メモ。のちにグッドデザイン賞を受賞し、雑誌や新聞、テレビなど多くのメディアでも取り上げられたスマッシュヒット作。創業1年目の会社にしては上出来すぎる商品だった。

2.jpgDeng On

『Deng On』を楽天でチェック

『Deng On』をAmazonでチェック

この「Deng On」の勢いにあやかり、「LIST-IT」はパーティーグッズから文具へと姿を変えた。製品の形状や機能はそのままに、スタイリッシュな文具らしいパッケージに装いを新たにした。ロフトでの商品登録も「文具」として再登録された。

「Deng On」と「LIST-IT」だけが一角に並ぶ「ハイモジモジのコーナー」で大々的に売り出され、生産が追いつかないほど売れに売れた。主役の座は「Deng On」に譲ったが、「LIST-IT」もパーティーグッズ時代の不遇を思えば大出世と言えた。ところ変われば光は当たるものである。

この一件から、いいモノを作るだけでは売れないのだということを創業間もないルーキー企業は痛感した。適切な売り場で効果的に販売されるには、それがどんな商品で、使うことでどんなメリットがあり、どんな人が手にするとより力を発揮するのか、小売店側としっかりコミュニケーションを取って伝えなくてはいけない。その上で、パッケージや販促POPでどんな表現をすれば売り上げに貢献できるのかを考え抜く。つまり「LIST-IT」が本意ではないパーティーグッズ売り場で脇役以下に甘んじたのは必然だったのだ。

「使い手の論理」でヒット商品誕生

こうして、ようやく「モノを作って売る」という道理をわきまえ、どうにかこうにかスタートラインに立てたハイモジモジだったが、その後はじりじり苦戦した。かすかな成功体験を引きずって、「こういう商品が売れるのでは」と先回りして考えるようになってしまったからだ。

店頭で売られやすいもの。バイヤーに気に入られやすいもの。そこにユーザーはいなかった。売り手の論理のみで作られた商品は、ありがたいことにもれなく店頭に並んだが、そこからが続かなかった。

曲がりなりにも創業してから10年を超え、ベンチャー文具メーカーと呼称されるのもそろそろ卒業しなくてはいけない立場になった今。思うのは「メーカーがジャンルを作るべき」ということ。売り場の都合に合わせて、フロアに組まれた棚に置かれることを目標にしていては、その他の商品に埋没してしまう。むしろその商品が牽引してフロアの棚が組み直されるくらいの存在感を放たなければ、ユーザーに見つけてさえももらえない。

売り手の論理から脱却し、自分たちもひとりのユーザーであるという視点を忘れず、自分たちが欲しいと思える商品を生み出し続けること。それがメーカーの使命なのだと今は信じる。

そのきっかけとなったのが2017年に発売した「WORKERS'BOX」だ。

3.jpgWORKERS'BOX

『WORKERS'BOX』をAmazonでチェック

夫婦ふたりで経営しているハイモジモジはひとつの大きなデスクを共有し、MacとWindowsを1台ずつ背中合わせに配置して、日々モノづくりを続けていた。ところがデザインを担当する「妻」は整理整頓が苦手なタイプで、常に共有デスクを書類や試作の山で埋め尽くしていた。やがて「夫」のエリアにも侵攻。とうとう敵方がマウスを動かす領域さえも手中に収めた。領土紛争である。

エースデザイナーに気持ちよく商品開発を続けてもらうには「多少の我慢はつきもの」と信じて、大抵のことは大目に見てきた「夫」だったが、自分の作業スペースまでも脅かされてはさすがに堪忍袋の緒も切れる。

「独立じゃ!」

こうして狭い事務所内で「別居」となってしまった、たったふたりの家族企業。それまで何気ない雑談からアイデアが生まれていた環境が失われ、ちょっとした用事で相手の部屋に行こうにもお伺いを立てなくてはと気を遣い合う状況を生んでしまった。このままではいけない。

デザイナーは考えた。確かに自分は整理整頓が苦手だ。けれど好き好んで散らかった状態にしているわけではない。仕事場がきれいであるに越したことはなく、むしろ自分もそうありたいと願っている。けれど、できない。同時並行で進める複数のプロジェクトがあるという言い訳も立つが、何より市販のファイルを使って書類を整理するのがどうあがいてもできない。仕事のために仕事をしているような気分になってしまって、性格的に向いていない。

「だったら、こんな自分でも苦にならないファイルがあればいいのでは」

こうして書類を案件ごとに放りこむだけで片付く魔法の箱が誕生した。「ただ中に入れるだけ」というシンプルなコンセプトを体現すべく、徹底的に試作を重ねて完成させたボックスは事務所の風景を一変させた。デスクに山積みされていた書類が目の前から消え、見違えるほどきれいになった。いま必要なボックスだけを書棚から取り出し、終わったら箱の扉を閉じて元の位置に戻すだけ。一連の流れは仕事にリズムを生んだ。

「これは商品化してもいいかもしれない」

構想から完成まで約一年の月日を費やし、ようやく陽の目を見た渾身作はTwitterの「バズ」によって瞬く間に知れ渡った。夫婦喧嘩を契機に生まれた開発ストーリーを対談形式で紹介したウェブサイトのコンテンツがよく読まれ、オンラインショップで一日7,000冊が売れた。生産が追いつかず、父や母、親戚までも巻き込んで注文をさばく日々が続いた。売り手の論理ではなく「使い手の論理」で生まれた商品が世の中に歓迎された瞬間だった。

もしも「店頭のファイルコーナーで目立つ商品を」という発想で開発していたら、これほど受け入れられることはきっとなかった。そうではなくて、商品化するかはさておき「自分にとって必要だから」という信念で作り続けたからこそ、結果的に反響を呼んだのだ。「ものを片付けるのが苦手な奥さんの話を読んで、まるで自分のことだと思いました」というユーザーの声がその論を裏付ける。

日本の文具の素晴らしさを海外へ伝えたい!

創業間もないあのころ、ロフトのパーティーグッズ売り場でもしも「LIST-IT」が爆発的ヒットにつながっていたら。今ごろハイモジモジはパーティーグッズメーカーになっていたかもしれない。その時の学びと経験、紡がれた取引先との縁を頼りに、今も賑やかなパーティーグッズを作り続けていた世界線もあり得る。「今日の主役です」と書かれた襷を肩にかけ、ベンチャーパーティーグッズメーカーの一角として取引先を相手に宴会芸を披露していたかもしれない。

でも、現実はそうはならなかった。ありがたいことに文具の世界で商品が受け入れられ、文具に携わる方々とのご縁が連なった。その延長線上に「WORKERS'BOX」があり、指輪の付箋「RING-IT」やブローチになるメモ「Memooch」があり、Twitterでド派手に炎上した「KIMO TIP」があり、耐洗紙の「TAGGED」シリーズや鉄道マスキングテープ「TAPE STATION」がある。ハイモジモジはこれからも文具業界とともに歩みたい。

日本の文具はこれから、アジア圏を含む海外でますます脚光を浴びることになる。そこには願望も含まれているが、日本の特異なステーショナリーを好むファンが海外で育まれる下地は揃い始めている。あとはメーカーが勇気をもって進出するだけだ。

もはや互いを模倣し、足を引っ張り合っている場合ではない。同じ文具メーカー同士、切磋琢磨し、一丸となって日本の文具を世界で魅了していきたい。そう、同業他社は競合ではなく仲間。同じ時代に生まれ、同じように文具を愛する同志なのだ。

ハイモジモジもその末席に加えさせていただき、これから日本の文具の素晴らしさを海外に伝えていきたい。Kneepon from Nippon!

会社沿革・著者プロフィール

株式会社ハイモジモジ
2010年4月:東京都国立市で創業、「LIST-IT」発売
2012年10月:「Deng On」がッドデザイン賞受賞
2013年4月:東京都三鷹市に移転
2016年9月:「TAGGED MEMO PAD」グッドデザイン賞受賞
2017年9月:「WORKERS’BOX」発売
https://www.hi-mojimoji.com/

松岡厚志
株式会社ハイモジモジ代表取締役
1978年滋賀県生まれ。2002年に関西学院大学社会学部卒業。大学在学時よりフリーライター。2010年に株式会社ハイモジモジ創業。「Kneepon from Nippon!」を合言葉に、思わず膝をポンと打つニーポンなアイデア・プロダクトを発信している。2014年より御茶の水美術専門学校非常勤講師。

【文具のとびら】が気に入ったらいいね!しよう