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【舘神龍彦の手帳講座】第1回・神社系手帳とはなんだったのか

舘神龍彦

2019年版の手帳・ダイアリーが店頭に並びはじめ、いよいよ手帳シーズンに突入。手帳シーズンを迎えるにあたり、“手帳王子”こと手帳評論家の舘神龍彦さんに、3回にわたって手帳について解説してもらいます。第1回目のテーマは「神社系手帳とはなんだったのか」。

神社系手帳の定義

今回から3回にわたって簡単に手帳について解説していきたい。第一回は神社系手帳について。

最初に断っておくと、「神社系手帳」は筆者の造語だ。

端的に説明すると、プロデュースした人の名前が冠された一連の手帳をそう呼んでいる。「○○社長の○○手帳」というスタイルが、人をまつった神社とよく似ているのでそう命名したのだ。

さてでは、神社において、人がまつられるのはどんなケースなのか。これには以下の2つのケースに大別される。

ひとつは非業の最期を遂げた人物が強力な祟り神になること。これは御霊と呼ばれる。

もうひとつのパターンが、偉業を成し遂げた人物をまつる場合だ。もっとも有名な例は、江戸幕府を開いた徳川家康をまつった日光東照宮(栃木県)だろう。家康の死後、建立されたこの神社の「東照宮」という名には、「東の天照大神」という意味が含まれているという説がある。家康に先駆けて天下を取った豊臣秀吉も豊国神社(京都府)に、また織田信長も武勲神社(京都府)にまつられている。そのほか東郷平八郎も乃木希典も、それぞれをまつった神社が存在する。

筆者が命名した神社系手帳とは、これによく似た構造を持っていると考えている。

これらの手帳の作者に共通しているのは「ビジネス上の戦果をあげたこと」だ。

万人にとって限りある資源であり、1日あたり24時間しかない時間。それを有効に生かすことにより、ビジネスの世界で成功した彼等にとって、手帳はそれを成し遂げたあかしであり、そのための具体的なノウハウがいろいろ含まれたものでもある。

そしてよりよい手帳≒時間を有効に活用できる手帳が欲しい消費者にとっては、それを使えば自らも時間を有効に使えるのではないかというイメージを抱かせるアイテムだ。それは同時に、発案者である彼等自身の功労がまつられた神社のようなものだと言える。「この手帳を使えば有名な経営者や評論家のように、功績が挙げられますよ」。この種の手帳が発しているのはそういうメッセージだ。

神社は、まつられた歴史上の人物の威光によって、家内安全、商売繁盛、交通安全などの各種の御利益をうたい、その証しとしてお守(まもり)を作っている。

評論家や経営者などの名前を冠した手帳は、「この手帳を使えば時間を有効に活用できる」というメッセージを通じて、時間の有効活用という御利益を約束している。この点はお守りとよく似ている。それゆえ彼等有名人の手帳は、普通の手帳にはない、独自の商品価値を持っていた。

そして、年末年始に注目を浴びる。

書店や文具店の手帳売り場がごった返す時期は年末年始だ。これと神社の境内が初詣客でいっぱいになる年頭の時期は微妙に重なっている。

神社系手帳の現在

神社系手帳は、主に2000年代前半に出版社や手帳メーカー各社から発売された。この時期に登場した背景としては以下のことが考えられる。一つは、このしばらく前の時代からの平成不況だ。経費削減のために企業が従業員にくばるいわゆる年玉手帳が減少した結果、手帳の市場が生まれたことだ。もう一つはこれらの手帳が、その効能として時間の有効活用をうたっていたことだろう。

この時期は、ちょうど非正規雇用の割合が高くなっていた時期であり(その状況は現在もつづいているが)、時間の有効活用は給与に直結していたわけだ。

ともあれ、これらの手帳の存在感がやや薄れているようにも思える。現在もこれらの手帳は発売されているし、一定のユーザー層の期待に応えていることは想像に難くない。

その理由は、以下のことではないだろうか。

まず、これらの手帳の構造だ。個人が作った手帳は、その人のノウハウが固定化して含まれている。ユーザーと手帳作者の働き方がある程度似ていれば、便利に使えるかもしれないが、そうではないものは逆に使いにくいかもしれない。

つまり、神社系手帳は、セミオーダーのスーツのようなもので、作った人にはぴったりでも、体型が異なる(働き方のスタイルが異なる)人にはフィットしないというわけだ。 もうひとつは、手帳をめぐる情報が増えたことではないか。

手帳をどう使えばいいかわからない人口が一定数いた時代には、神社系手帳のように、その使い方までパッケージになった(あるいは専門の解説書が用意されていた)手帳に一定のニーズがあるのは理解できる。ところがビジネスパーソン向けの雑誌が特集を組み、頻繁にムックが登場し、解説書があふれるようになると、一つの方法が絶対的に優れているとは思えなくなってくる。

手帳を使いこなしたいユーザーは、手元の普通の手帳の中に、雑誌やBlog、SNSで見たやり方を取り入れて自らの方法を確立するという方向に向かったのではないか。「自分に完全にぴったりの手帳」はなくても、それに近づけることはいろいろなノウハウを駆使すればできなくはないからだ。

あるいは、趣味が高じてか、少部数ながら自ら手帳を作ってしまうような例も現在でもある。実は神社系手帳も、作っている人が有名・高名なだけで、実はこの自分専用手帳を作ってしまう例だとも考えられる。

この、自分なりの使いこなしのルールを組み立てることや、手帳の少部数の自作については、次回以降に解説したい。

プロフィール

舘神龍彦(たてがみたつひこ)
アスキーを経てフリーの編集者/ライター。デジタルとアナログの双方の観点から知的生産について考え、著作を発表。主な著書はiPhone手帳術ふせんの技100手帳の選び方・使い方 』(いずれもエイムック)、『パソコンでムダに忙しくならない50の方法』(岩波書店)、『システム手帳新入門!』(岩波書店)、『手帳進化論』(PHP研究所)、『くらべて選ぶ手帳の図鑑』(枻出版社)、『使える!手帳術』(日本経済新聞出版社)、『手帳カスタマイズ術』(ダイヤモンド社)、『意外と誰も教えてくれなかった手帳の基本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

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