
【連載】文房具百年 #59「ペーパークリップの形と名前」
今年最後の小さな話
今年最後の回となった。(年内掲載、間に合うだろうか…)最後は小さな話でさらっと締めようと思う。小さな話とは小さなクリップについての深くない話だ。
紙をとめるクリップと言えば、ゼムクリップを思い浮かべる人が多いだろう。そのクリップの話だ。ゼムクリップは1893年頃からあるのだが、ゼムクリップのような紙をとめる小さなクリップはほかにもあり、形や名前がバラエティに富んでおり、なかなか面白い。今回はそれを紹介しようと思う。私が現物を持っているものだけになるが、あまり紹介される機会がないものだと思うので、こんなクリップがあるのかと知ってもらえれば嬉しい。
アンティーククリップをまとめて入手したこと
ゼムクリップのような小さなクリップに、色々な形や名前があることは、古文房具を集め始めた割と早い時期から知っていた。多種多様なアンティーククリップを、当初から手に入れたいと思ってはいたものの、オークションで検索してもゼムクリップなど現在もあるスタンダードなクリップが延々と表示されてしまい、目当てのものはまず見つからない。
そんなある日、古い形のクリップがまとめて出品されていたのを入手することができた。一つ一つ違う形で誰かがコレクションしたもののようだ。
落札後、出品者から親切なメッセージをいただいた。
「クリップは台紙につけてそれぞれの名前を書いておくので、無くさないでくださいね。見分けがつきづらいものもあります。」
*オークションで入手したアンティーク・ヴィンテージクリップ
そして届いたのがこれだ。24種類のアンティーク・ヴィンテージクリップ。
この手のクリップは、事務用品のバイブル的なサイト「Early Office Museum※1」では60ほどの種類が紹介されており、24種類だとその半分にも満たない。更にその60種類は、特許登録がされているものを基本としたラインナップなので、本当はもっとあったであろう。(なにしろ、針金を曲げればできてしまう道具なのだ。)
だが、海外オークションの膨大な商品の中からこの小さなクリップを見つけて手に入れることの難易度を考えると、24種類も!且つ名前まで書いてもらって(ついでにとても安価でもあった!)手に入れることができたのは、とても幸運なことだ。
Early Office Museumでも現物のクリップの写真は少ないので、記録という意味も含めてこの24のクリップの名前を紹介しよう。そうだ、これとは別で入手したクリップが1つあるので、それも加えて25種類紹介しよう。
25種類のクリップの名前
発売、または特許の年代順に並べていこう。年代はEarly Office Museumを参考にしており、一部年代が不明瞭なものは、パッケージや類似デザインからおおよその時期を推測している。また、複数の名前があるものもあるが、入手した台紙に書かれていた名前で紹介する。
●1890年代
小型のクリップがいつからあったのかというと、特許は1867年のFayの特許が最も古いようで、チケットを束ねる「チケットファスナー」として登録されている。アメリカでは紙を束ねるのにピンやホッチキスが古くから使われており、そちらも「ペーパーファスナー」と呼ばれている。クリップと、ピンやホッチキス類との違いは、紙を傷つけるかどうかの違いだろう。実際にFayの特許でも冒頭で「損傷を与えるピンの代わり」ということが謳われている。
Fayのチケットファスナーの形は、画像のFayと近いが、1867年のタイミングで実用化されたかは不明で、のちに複数の会社がいろいろな名前でこの形のクリップを出している。
*Fayのチケットファスナーの特許画像。1867年、No.64088
GEMクリップはいつからあったのか。こちらは1893年の「American Lawyer」に広告が掲載されていることが確認できており、その広告は、Cushman&Denison社が出している。だが、ゼムクリップは特許の登録がなく、発明者ははっきりしない。GEMクリップが今でも広く使われており、多数の会社がこの形のクリップを製造してくることができたのは、クリップとして優れていたことはもちろんだが、権利関係が厳しいアメリカで特許がない商品だったことも影響したのではないかと思っている。
*American Lawyer、1893年9月号の広告より
アンティーククリップで、興味深いのは名前である。会社や人の名前、「Eureka」(見つけた!わかった!)や「Perfection」(完璧)などの状態を表すような言葉はさほど違和感を覚えないが、ナイアガラは何でナイアガラなのかがこのクリップを見るたびに気になっている。幅が広いのと二本の足のような部分からナイアガラの滝をイメージしたのだろうか。
●1900年代
1900年初頭は、バンジョーやオウル(フクロウ)など何かを模した形のクリップが登場した。現在のクリップもいろいろな動物や物の形のクリップがあるが、すでに100年以上前に何かをかたどったクリップが生まれていたのだ。また、ゼムクリップの改良版(端が少し持ち上がっていて挟みやすい)や、ナイアガラの改良版(端が丸くなっているので、引っ掛かりにくいのだろう)も登場している。個人的には「コモンセンス(常識)」の、クリップらしからぬ高尚な感じのネーミングが好きだ。
●1910年代
不思議な名前としては、ウィングもナイアガラに次ぐ謎のネーミングだ。この左右の〇が羽を表しているのだろうが、どうも眼鏡をかけた人の顔に見えてしまうのだ。
●1920年代以降
1920年代以降は、ゼムクリップのバリエーションや、渦巻き状の丸いクリップのバリエーションが目立つ。形としてはRapidの複雑な形が面白い。
出品者のメッセージ通り、ゼムクリップや渦巻き型クリップのバリエーションの微妙な違いは、名前が書かれている台紙から外してしまうと、ほぼ区別がつかない。
最後の「Fayの改良型?」としているのが、別で入手したクリップだが、名前も含めて詳細不明だ。形からするとFayの改良型ではないかと思われる。それに、入手した際、Fayと思われるクリップが一緒にあった。両方とも質感からかなり古そうという感じを受ける。
*24個のクリップとは別で入手したクリップ。この2つと一緒にリングクリップが10個ほどあった
以上が、私が入手した24+1種類のクリップの名前と形だ。なぜこんなに形と名前のバリエーションがあるのか。
1900年前後に、各社がいろいろな形のクリップを考え商品化した。その際にそれぞれ特許や商標の登録をするにあたって他社と同じものにならないように形や商品名を工夫したという背景があったようだ。
そういえば、同じ時代に鉛筆削りもいろいろな形が登場していた。最終的には、使い勝手の悪いものは淘汰されて消えていったという点も、クリップと共通している。大きさや複雑さが全く違うが、よりよい道具を生み出そうという当時の人の熱意に共通点を感じるし、そこから生み出されたもの達は、100年以上たった今でも魅力的だ。
さて、クリップの話もそろそろ終わりだが、ここで一つ白状することがある。ここまでで紹介したアンティーク・ヴィンテージクリップのうち、かなりの種類が近年復刻されている。楽天市場で「クリップ 復刻」などのキーワードで検索すると、いろいろな種類のアンティーククリップの復刻版を見つけることができる。
それにほとんどのクリップが、発売当時から似たような形に違う商品名で複数の会社が製造販売しており、クリップ個体の時代やメーカーの正確な判断は難しい。ゼムクリップについては、バリエーションを増やしつつ、ずっと現役のロングセラー商品であることは言うまでもない。
古文房具が好きな自分としては、当時のもので、出来れば最初のメーカーが作ったものを見たいし、手に入れたいが、クリップのような形態と素材だと、個体に残された情報が少なくほぼお手上げだ。そう考えると、入手した24種類のクリップも復刻や最近のものが混ざっているかもしれない。
*アメリカのクリップなどのメーカー「OAKVILLE」の見本帳。1930~40年代頃のものではないかと思われる。この見本帳にもバンジョーやOWL、Fayなどのクリップが自社製品として扱われている
おまけのOWL
当時のものかどうかを判断する材料として箱がある。箱なら特許の番号や会社の名前などが記載されていたりするし、イラストやデザイン、質感である程度の年代が想定できることが多い。そう思って地道に探した結果、特許番号の入っている箱入りのOWLクリップを先日入手した。
*このイラストを見て、OWLクリップを見るたび梟の絵が浮かぶようになってしまった
箱に書かれている特許番号から特許も確認できた。箱を見つけても中身が入れ替わっていることもあるが、これは当時のものであろう。
アンティーククリップも箱も、古いものを見つけるのは難しいが、見つけるとそこから新たな興味や知識につながっていくことが多い。それが楽しかったりするので、難易度が高くてもコレクションすることをあきらめられない。ちなみに最近は、中身が入ったままの筆箱がオークションに出ていると、画像を拡大して、クリップが入っていないか探している。
そんな感じで引き続き地道に集めていくので、また何か見つけたら、ここで紹介させてもらおう。
*OWLの特許のイラスト。1904年登録、No.751531
※1 Early Office Museum:https://www.officemuseum.com/paper_clips.htm
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