
【連載】文房具百年 #56「Waterman ガラスのカートリッジの万年筆」
ガラスの文房具
古い文房具を集めていて、欲しいと思うきっかけの一つに素材がある。セルロイドやベークライト、ブリキなど今ではなかなかお目にかかれない素材が使われており、さらに独特の質感や柄のものは、「かわいい」「恰好いい」「素敵」という見た目の魅力で欲しくなる代表格だ。
ガラスが使われている文房具も魅力的だ。もともとガラスが使われているインクや墨汁の容器・スタンドももちろん好きだが、「なぜここがガラスでできている?」「ガラス製があったのか」と意外性のあるものが特に好きだ。そこで今回は、ガラスのカートリッジの万年筆を紹介しようと思う。
実はガラスの文房具をまとめて、この連載1回分としようと思ったのだが、前回のガラスのプッシュピンだけで1回分になったので、別にすることにした。
ガラスのカートリッジ
このガラスのカートリッジの万年筆を入手したきっかけは、ガラスのカートリッジの万年筆があることを耳にし、「ガラスのカートリッジって、素敵!」と思ったからだ。そこから探して入手した。
「ガラスのカートリッジの万年筆がある」という話の元は、「日本ではプラチナが最初にカートリッジ式の万年筆の実用化をしたが、海外ではWatermanがガラス製のカートリッジの万年筆を出している」という内容だったと思う。
Watermanのサイトによると、このガラスのカートリッジは、1927年に開発された。(https://www.waterman-japan.jp/)
*ガラスのカートリッジ。コルクの栓がついたままで未使用。中のインクは殆ど乾いてしまっている。
だが、このカートリッジを使った万年筆が発売されたのは、1936年らしい。1927年にカートリッジが開発されてから、10年近くたってやっと実用化できたということだろうか。そもそもペンに合わせてカートリッジを開発したのではないのだろうか。調べてみると壊れやすいという問題を抱えていたらしく、また1935年に特許を登録しているという情報もあるので、おそらくガラスのカートリッジを作っては見たものの、強度などの問題で改良を加え続けていた9年だったのではないだろうか。
このあたりの特許について、ペン軸に「PAT OFF」(PATENT OFFCEを指す)とあり、内容的にも特許が登録されていてしかるべきだろうと探したが、なかなか見つからない。なぜだろう、と思っていたらフランスで開発されているのでフランスの特許だった。そしてなんとかそれらしきものを発見。「Waterman」との関連性が書かれていないので、不確実だがおそらくこれだろう。内容を直訳すると「交換可能なカプセルを備えた万年筆」となる。
*「交換可能なカプセル式万年筆」の特許。フランス、登録番号FR790738A 1935年11月登録
*1938年カートリッジ式万年筆の雑誌広告
なお、私が持っているのは、軸がマーブル模様のセルロイドのものと、単色のシンプルな形のものだ。マーブル模様のほうが古そうだが、具体的に何年ころのものかはわからない。一つは「IDEAL」のマークがついていてアメリカ製、もう一つは「JiF」と刻まれたフランス製だ。「IDEAL」はアメリカでの創業当初の社名が「Ideal Pen Company」で、その後社名は変わるが、「IDEAL」のマークは長く使われていた。「JiF」は1926年にジュール・ファガールが創業したWatermanのフランス支社が「JIF-Waterman Company」だ。
カートリッジ式万年筆
Watermanはその後1953年にプラスチック製のカートリッジを発表している。特許は1954年に申請、1957年に登録とここでも時間がかかっている。万年筆は作っている会社が多く、特許も多数あるので、おそらく何らかの引っ掛かりがあったのだろう。
このプラスチック製のカートリッジが採用されているのは「CF」というペンで、「未来的なデザインのミサイルからインスピレーションを受けた」そうだ。(Watermanサイトより)
*Waterman、カートリッジ式万年筆の特許画像。1957年。
特許の主題としては、「いかなる(インクの)充填操作も、そのための機構も存在もしないこと」とある。(Google翻訳直訳なので、多少の齟齬があるかもしれない。)つまり、スポイト式のようにインクを吸い上げるなどの操作が必要なく、カートリッジを交換すればいいだけ、ということか。ガラスのカートリッジの時点で、同じことが実現できていたのではないかと思うが、詳しいことはわからない。ガラスのカートリッジの万年筆も、ある程度は使われていたようだが、ガラスの壊れやすさを脱したプラスチック製のカートジッリが出て、一気に普及が進んだことであろう。
ところで、カートリッジ式万年筆の始まりはどこだろう。こちらは1890年にEagle Pencilが特許を登録し、発売しているのが最初となるようだ。
*American Stationer 1890年7月3日号掲載の広告
状態が悪いが現物を入手できた。カートリッジのガラスは欠け、キャップやパーツがなくなっているとはいえ、ガラスのカートリッジが130年前には存在したのだということを実感するには十分だ。
*EAGLE PENCIL ガラスのカートリッジ式万年筆。キャップがあるはずだが、無い状態で入手。
*本体の軸の中に、カートリッジが格納される。カートリッジのセットは、白い部分にカートリッジをかぶせる嵌め方。(カートリッジの直径のほうが白い接合部分より大きい。)
*EAGLE PENCILの鷲のマークに「FOUNTAIN PEN」の文字。
*軸の刻印。上:「Eagle PENCIL,Co.NEW YORK」、下:「PAT APR,29 SEP 〇〇, 〇〇,23 90」と一部判読できないが、1890年の3つの特許登録日が刻まれているように見える。
*左上:ペン先表、左下:ペン先の裏側。一部破損しているように見える。右上:カートリッジをセットする部分。白いパーツは、劣化しているがゴム素材らしい。右下:カートリッジ。欠けてしまっている。Watermanのカートリッジとガラスの厚みを比較するとかなり薄い。
広告の画像を見ると、ペン先のパーツから、2本の足のようなパーツが見えているが、入手したものにはついていなかった。特許の図面の「g」に当たる部分で、これがインクを誘導する役目も果たしていたようである。
*EAGLE PENCIL、カートリッジ式万年筆の特許画像。1890年4月29日登録。
今回、始まりは「カートリッジがガラスでできている万年筆っていいな」、という単純なところだが、いざ調べてみると知らなかったことがいろいろわかり、今まで存在を知らなかったEAGLE PENCILのガラスのカートリッジの万年筆を発見するなど、知識とコレクションの幅がまた一つ広がったようで嬉しい。この連載を書くときは、悩みながら結構苦労して書いている。だが、発信する場があることで、ただコレクションをしているだけでは得難い副産物が得られていることも実感している。
ガラスのカートリッジの万年筆を使ってみる
ガラスのカートリッジの万年筆を入手し、通常であればコレクションとして保管するだけで実際に使うことはないが、このペンは使ってみたかった。
この万年筆の構造は、カートリッジにインクを吸い上げるパーツが刺さり、カートジッリはゴムのパーツで固定されるようになっている。インクはカートリッジにスポイトで入れられるが、問題はカートリッジを固定するためのゴムのパーツが劣化して取れてしまっている点だ。だが、本体にセットしてみると、カートリッジの長さが本体にきっちり収まり、スキがないようでインクが漏れてくるようなことはなかった。(念のため持ち歩きは避けて、自宅内で使うことにしている)
*「Ideal」マークの万年筆。カートリッジを抑えるゴムのパーツが劣化して無くなってしまっている。
*カートジッリをセットする部分。
*カートリッジを固定するゴムパーツはなくなっているが、このペンはカートリッジの頭の部分が嵌まる形状になっており、使用に差し支えない感覚。*古い万年筆を実際に使おうとすると、スポイト式などインクを吸い込むためのパーツが劣化していて使えない(使えなくなる)リスクが高いが、ガラスのカートリッジの場合ガラス自体の劣化は少ないため、意外と安定していて使えそうだ。
使ってみると意外と書きやすく、カートリッジにインクを入れるのも楽しい作業だ。手書きをする機会はあまりないのだが、これを手にすると「よし、書くぞ」と謎の気合が入ったりもするので、しばらく使ってみることにした。
さて、いつもにも増してまとまりが悪いなぁと思いつつ、今回はここまでだ。
最後に、持っているガラスのカートリッジの万年筆の写真を少し紹介して終わりとしよう。(私の悪い癖で、気に入るとしばらく頑張って複数集めてしまう。ガラスのカートリッジの万年筆も、なんだかんだ自分に言い訳しながら入手していたら増えてしまった。)
*「JIF」マークの万年筆。年代不明だが、ガラスのカートリッジの万年筆の中では古い方と思われる。フランス製。
*ガラスのカートリッジの万年筆の時代としては、こちらの丸みを帯びた形のほうが後になるらしい。具体的な発売開始年などは不明。フランス製。
*カートリッジを固定するゴムパーツが残っているもの。カートジッリの中に残っている小さな塊は、カートリッジの蓋のコルク。
*ケース入りのガラスのカートリッジ。サイズが長く、所有している万年筆には収まらない。このカートリッジ用の万年筆があったと思われる。
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