
【連載】文房具百年 #47 「お手紙の仕上げに封函器を」
カタログで見かけた変わった道具
昔のカタログを見ていると、おなじみの文房具、例えば鉛筆や消しゴム、ペンにインク、ホッチキスや穴あけパンチ、鉛筆削りなどの昔の形やデザインが新鮮だったりする。一方、身近に存在しない変わった道具もいろいろ載っている。その中で、多数のカタログに掲載されており、気になっていた道具をこの度手に入れることができた。カタログ掲載率が高い割には、現物はオークションに出品されているものも含めてずっと見たことがなく、いつか見つかったらいいな、くらいの温度感で地道に探していた。それがこの封緘器、封筒に封をする道具だ。
この封緘器は伊東屋の明治43年のカタログをはじめ、日本の古いカタログや欧米のカタログでもよく見かける。カタログのイラストには大抵封筒の絵も描かれており、封筒を挟んで押すということがわかる。現物を手に入れるまでは、この封緘器だけでとめることができる仕組み、つまり針なしホッチキスのようなものかと思っていた。
だが実際に現物を手にすると想像していたのとは異なり、この道具だけでは用をなさないことが分かった。この道具で封筒をとめるには、専用の留め具が必要なのだ。幸い現物を入手した際に、ボロボロだが箱のふたの部分が残っており、そこに留め具のイラストが描かれていた。
どうやらこの尖った足が何本も突き出ているパーツがいるらしい。これで紙を留めるということは、金属でできているものであろう。昔の道具は、本体より専用の針などの消耗品をみつける方が難しい。ましてや本体もなかなか見つからなかったのだから、これを見つけるのはかなり望みが薄い。とは言ってもせっかく本体を見つけたのだから、この専用鋲?も欲しい。いつまでに見つけなければならないという期限もないのでゆっくり探そう。
いざ封緘!
それから数か月、幸いなことに、専用の鋲が入手できた。こんな短期間で見つけられるとは、この封緘器に呼ばれたかのようだ。箱に入った状態で数十個あるので、安心感もある。とにかくありがたい。それがこれだ。
イラストを見る限り、とげとげしいものだと思ったが、赤くて可愛らしいではないか。これはフランス製なのだが、フランスらしいおしゃれな雰囲気もある。ちなみに箱に書いてある「CACHET CRAMPON」の「CACHET」は「留めボタン」、「CRAMPON」はスタンプ、マーク、印といった意味だ。
この専用鋲はこれだけでなく、本体の封函器もついてきた。いや、正確には本体とセットの状態で出てきた。本体の大きさはどれも同じくらいかと思ったら、新たに入手したほうが2回りほど大きかった。押し下げるハンドル部分の素材も違っていて箱のデザインも後から入手したほうが新しいので、この封緘器は何世代か続くロングセラー商品だったのかもしれない。
あとから入手したほうは大きさや金属の質感でかなり大げさな道具の雰囲気を醸し出している。実際使ってみようとしたところ、定型の封筒ではうまくいかなかった。大きい封筒用なのかもしれない。
では実際に封筒に留めてみよう。
まず、封緘器に専用の鋲をセットする。
サイズはぴったりなので、奥まで押し込むと逆さにしても落ちてこない。ハンドルを押すと中から押し出される仕組みだ。
封筒に封函器の腕?を差し込む。
封筒を閉じて、ハンドルを下し、押し付ける。
できた!
封緘器の腕のくぼみに、専用鋲のとがった足を押し付けて曲げているので、ホッチキスの応用編のようなものだ。ちなみにこの専用の鋲はかなり固く、留めるにも力がいる。撮影用に留めた後、鋲の足を開いて再利用できないかと思ったが、そう簡単に形を変えられるような硬さではない。その分しっかり留まっているわけだが、薄い紙や質の悪い紙だと負けてしまいそうだ。
留めてみると改めてかわいいと思う。手紙を出す側としても、これで留めると「よし、行ってこい」と送り出す気分になる。受け取る側もちょっと楽しい気分になってくれるのではないだろうか。入手したのは赤だが、ほかの色もあるのだろうか。あるなら欲しいところだ。引き続き探してみよう。
そのほかの封函器
最初にこの封緘器を見つけたときに、「封函器」という道具があることに気づき、仲間を探してみた。するとほかにもちょっと変わった封函器があったのでこの機会に紹介しよう。
ちなみに以前「湿潤器」について紹介したことがある※1。切手や糊の付いた紙テープなどを濡らす道具のことで、日本では事務用のスポンジや海綿、それを入れるケースがわかりやすい。以下の封函器は水で濡らして、封筒の蓋の糊を湿らせて閉じるという意味では「湿潤器」と近いが、対象が「封筒」のみであるところが特徴だ。
特許の年が古い順から行こう。
1899年特許登録の「FOUNTAIN BRUSH」。ブラシの持ち手にミスが入れられるようになっており、ブラシを通じて水分がブラシの先ににじみ出るタイプだ。シンプルなアイデアだが、大量の封筒の封をする際には便利そうだ。だが、立てて置けないので寝かせることになり、ブラシの先から水分が伝って流れてしまいそうだ。
次は1917年特許登録の封函器だ。特許申請の図を見ても、よくわからないが、形としては大工道具の「コテ」というのだろうか、壁を塗るときに使う道具を思い出した。
持ち手の先に、平らな板状の部分があり、そこにフェルトを設置する。持ち手の先端に小さな穴が開いており、フェルトに水がしみ出す仕組みだ。
左側に出ているパーツの使い方があいまいだが、おそらく濡らした後自動的に紙を抑える仕組みであろう。力の入れ具合に慣れが必要だが、やってみると思ったよりはうまくいった。
封函器の最後は、1930年に特許登録のこの丸い道具だ。これも封筒を閉じて留めるための道具にしては、凝った形をしているというか、簡単に言うと大げさだ。だが機能はごく単純で、これも水を入れられる持ち手部分の根元から、水がしみ出してくるようになっている。
この封緘器の使い方について、最初は凝った使い方があるのかと思ったが、どうやら単純にもフェルトなどを設置して水を染み出させ、封筒のふた部分を挟んで湿らせて抑える、それだけのようだ。
実践してみると、うーん結構やりづらい。慣れればさっとできるのかもしれないが、封筒のふた部分を挟むのが割と難易度が高い。尤もこういう道具を使うのは、大量に封筒を閉じるひとであろうから、すぐに慣れて使い勝手が良くなるのかもしれないが、時々使うには正直あまり便利とは言えない。
消えゆく道具
さて、今回はここまでだ。これらの封緘器は、時代に関係なくもともと日本ではほとんど使われていなかった道具であるが、以前は使われていたであろう欧米でも、現在は使われていないようだ。最初に紹介した専用鋲を留めるタイプは、近いところでワックスを溶かして封筒に垂らし、金属製の印章を推して固めるシーリングワックスを思い出すが、こちらはおしゃれな手紙アイテムとして今も販売されている。シーリングワックスが残って専用鋲タイプが消えたのは、単純に使い易さと専用鋲の入手や扱いの難易度が高かったのであろう。
封筒のふたの糊を湿らせるタイプの封函器は、もともとオフィスなどでまとまった量の封緘をする際に使われていたと思われる。だが、こちらは糊やテープの進化や機械化により、過去の道具になってしまったことは、想像に難くない。
この連載で時々消えゆく道具を紹介しているが、封函器も間違いなくその一つ、いや、「消えゆく」ではなくすでに消えているといってもいいかもしれない。常に変化している時代の中で、消えていくものがあるのは仕方ないことではあるが、せっかくなので今回紹介した「封函器」という道具があったことは、この連載を読んでくださった皆さんの記憶の片隅に残してもらえればうれしく思う。
*シーリングワックスは今でも販売されており、これもアンティークではない
※1「湿潤器」について:文房具百年 #18「スポンジケースと仲間たち」
https://www.buntobi.com/
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