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【連載】文房具百年 #18「スポンジケースと仲間たち」

たいみち

スポンジケース

 スポンジケースはご存じだろうか。濡らしたスポンジを入れるケースだ。濡らしたスポンジは、主に紙をめくるときの指先や切手を貼るときに裏側の糊を湿らすために使う。最近はペーパーレスで紙をめくる機会が減り、切手を貼って郵送することも少なくなった。切手自体も便利なシールの切手が増えたので、紙をめくったり切手を濡らすためのちょっとした湿り気を常時用意しておく必要はなくなってしまった。そのため濡れたスポンジとともにスポンジケースもすっかり出番が減ってしまっている。

20190920taimichi1.jpg*ガラスのスポンジケース。現在でも販売されているが、古いものはガラスのゆがみなど無作為にできた味わいがある。



 ちなみにスポンジは「sponge」という英語で、日本語に訳すと「海綿」だ。なんとなく「スポンジ」はウレタン製のキッチンで使うようなスポンジで、「海綿」は天然素材で不揃いな穴がボコボコ開いている黄色っぽいものをイメージするのだが、実は英語と日本語というだけで同じものを指していた。ついでにこの「海綿」というのは海綿動物という生き物だと今回初めて知り、ちょっとしたショックを受けた。あれが海の中にいるのか。そして海綿動物の英語表記もやっぱり「sponge」だ。

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*海綿と海綿ケース。切子ガラスで工芸品のよう。



 海綿と海綿入れ(スポンジケース)が具体的にいつからあったのかは不明だが、明治43年のカタログにはもう掲載されている。指先や切手を湿らせる用途のガラスのスポンジケースと海綿のほかに、つけペンのペン先などと一緒に海綿だけが掲載されているページもある。昔はインクを拭き取る用途でも海綿を使っていたようだ。

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*福井商店営業品目録 1910年(明治43年)より右・海綿入れ、左・ペン先入れ、ペン掛けと同じページに掲載されている海綿。

欧米の水分補給道具(湿潤器)

 欧米では指や切手を湿らすのにどういう道具を使っていたのであろうか。その話に入る前にこの「指や切手を湿らせる道具」の呼び方を決めよう。英語でも日本でも決まった名前がないのだが、特許データベースでは「湿潤器」という言葉が何度か出てきた。使用用途とあっているのでここではこの道具のことを「湿潤器」と呼ぶことにする。
 話を戻して海外の湿潤器事情だが、調べるとカタログには日本のスポンジケースと同様の道具が掲載されていた。その他に回転式のものも早い時期からカタログに掲載されている。

20190920taimichi4.jpg*アメリカ文房具卸店のカタログ、1902年。一番上は水を入れた容器の中でローラーを回転させるタイプ。



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*アメリカ文房具卸店のカタログ、1940年頃。この頃になると、形や素材のバリエーションが増えてくる。



 スポンジではなく、布を湿らすタイプもある。1897年に特許登録されたものだ。ここで使われている布はコーデュロイだろうか。凹凸のある厚みのある素材は水を含ませておくのに適している。

20190920taimichi6.jpg*アメリカ製、1897年の特許登録。



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*布が動かないように蓋の裏側の金具で固定している。




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*底にはメーカー名、パテント登録日時などがエンボス加工されている。



 また、欧米ではスポンジや布を濡らすより、陶製の回転式が一般的だったようで、いろいろな時代のカタログに掲載されており、海外オークションでは今でも多数出品されているのを見ることができる。1

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*アメリカ製、陶製の回転式湿潤器



 回転式の湿潤器を利用したちょっと面白い文房具がある。テープ台だ。欧米ではセロファンテープができる以前は、テープの裏に水糊がついており、切手のように濡らして貼るタイプだった。そこで、テープを濡らす仕組みをくっつけたタイプのテープ台が作られた。巻かれているテープを引き出した先に回転式湿潤器を組み込んだのだ。

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*アメリカ、文房具卸店のカタログ、1932年。右はブラシで濡らすタイプ。(カッターの刃のように見えるところが刷毛になっている。)左と中央はともに回転ローラーで濡らすタイプ



 余談になるが、湿潤器のついたテープ台を海外オークションで探してみるとデザインや仕組みも色々あり、価格も大して高くないことがわかった。そこでこれは面白いと思い、いくつか手に入れることにした。
 ところが、これがうまくいかない。落札しても出品者から「ごめん、日本に送れないよ」「申し訳ないが、私がこの取引から降りたいと思っている」といった連絡が来てしまう。三度断わられ、何とか一つ手に入れたところでそれ以上は断念した。
 なぜ断られたのか。写真を見ただけでは全く気付かなかったのだが、アメリカの古いテープ台は日本のものよりだいぶ大きくて重いのだ。テープというとセロファンテープの幅と大きさを想像するが、セロファンテープ以前のテープは、主に荷物の梱包に使われていたのか、幅が広く、巻いた状態の直径も大きくガムテープに近い。テープ台もそれに合わせて作られているので大きくて重い。そのためテープ台自体の価格は2,000円程度でも日本への送料が2、3倍かかってしまう。販売する方も、大して儲からないものに手間ばかりかかるので、やりたくないというわけだ。
 興味を持ったこの機会に何とか一つ、と購入にたどり着いたのがこれだ。全長は25cmもあり、重さは約3㎏、片手では持ち上げられないし、足の上に落としたら骨折間違いなしのアブナイ代物だ。正直なところ扱いに困るタイプの文房具だ。つまり、落札したものが次々とキャンセルになったのは一見不幸なことに思えたが、実は幸いだったということだ。

20190920taimichi11.jpg*アメリカ製。陶製のテープカッター、左手の黒い部分が湿潤器となっている。



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*比較対象としては小さいがニチバン「直線美」との比較。ちょうど湿潤器の分だけ全長が長い。



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*テープは湿潤器手前の抑えを通すとちょうど湿潤器の上をすべるようにできている。

萬年海綿器

 日本の製品に戻ろう。日本でも回転式の湿潤器がある。昭和15年に実用新案登録されているもので、「萬年海綿器」という。基本的なつくりは欧米の回転タイプと変わらないが、回転するボールに穴が開いており、特徴のある外観になっている。ボールの中を空洞にして穴をあけることで、軽く回すことができるという工夫であろう。
 白い陶器の柔らかな曲線が美しく、珍しく欧米の影響が感じられない日本的機能美を持った道具である。

20190920taimichi14.jpg*日本の回転式湿潤器。穴の開いた陶製のボールが見た目の面白さとお洒落な雰囲気を出している。



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*底面に商品名と実用新案登録の番号が記されている。

泉軸(Fountain Sponge)

 携帯用の湿潤器もある。ペンのようなものの先端に海綿を入れ、軸に水を入れるようになっている。大正3年の実用新案登録だが、発売元が三越であることから、本をめくったり、切手を貼るのに三越のお客様は指をなめるようなことはしない、するべきではないというメッセージを感じ、何だか妙に感心してしまう。
 そしてアメリカでは同じような道具がティファニーから販売されており、似ている商品同士の対象とするお客様層が似ているという符号の一致にさらに一人納得している。

20190920taimichi16.jpg*泉軸(Fountain Sponge)。製造・松山商店、販売は三越呉服店。



20190920taimichi18.jpg*泉軸のパーツ。右側の軸に水を入れ、右から二番目のパーツで蓋をする。そこに海綿を嵌めた状態の中央のパーツを取り付ける。軸から海綿へパーツに空いた穴を通して水分が沁みるようになっている。



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*泉軸の取扱説明書。

指濡らし

 私が古い文房具を集め始めて、最初に湿潤器を手にしたのは「指濡らし」だった。金属の穴が開いている小さな箱で、横に小さな注ぎ口のようなものがついている。これは中の台に布や脱脂綿を置いて水分を含ませ、穴の開いた金属の蓋を上からかぶせて、押すと穴から水分が出てくるというものだ。注ぎ口は水が多すぎる際に外に出すためのものであろう。
 明治44年の実用新案登録だ。
 布から水分を吸い上げる所や、金属のメッシュ状の蓋のたわみを利用する形状は欧米にもあるが、時期やデザインを見る限り、欧米の影響は感じられない。おそらく独自の発案、デザインであろう。側面にエンボスされた柄も美しく、前出の萬年海綿器とともに日本由来の美しい事務用品である。

20190920taimichi120.jpg*指濡らし器。これは側面に実用新案の番号が入っているが、「YUBINURASI」と入っているものもある。関弥三郎商店。



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*底面にメーカー名と実用新案と書かれている。



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*中には金属製の台が入っている。



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*水を吸い上げるために布を垂らし、その上に脱脂綿を置いてみた。



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*このセッティングで正しいのかは不明だが、抑えると水分がにじみ出てきた。

消えゆく道具

 湿潤器の話はここまでだが、今回改めていろいろな湿潤器があることが分かったので、面白いものが見つかったら、また手に入れたい。(湿潤器付きのテープ台はやめておく)
 「指先や切手を湿らせる」というごく簡単なことだが、国や文化が違っても同じことを考え、各々いろいろなタイプの湿潤器を作って解決を図ってきたところが興味深い。
 だがこの道具は現在かなり存在感が薄らいでいる。まだ販売はされているものの、今後ますます影が薄くなっていくだろう。
 今回これを紹介したのは、これが事務用品として当たり前のように机上にあった記憶がまだ残っているうちに、なんらかの記録を残しておきたかったのだ。スポンジケースを含む「湿潤器」という道具を知らない人が、この連載で指や切手を湿らせる道具があったこと、百年も前からあって種類も多かったことを知るようなことが、あるかもしれない。それがいいのか悪いのか複雑に感じるところはあるが、この連載が誰かの参考になればうれしいと思う。

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※1 海外オークション:ebayは、収集のためによくチェックするが、古いものが多く出品されていることから、カタログ的な楽しみ方もできる。古くても多く出品されているものは、当時使用した人が多かったであろうと推測している。

参考:回転式湿潤器の検索結果
https://www.ebay.com/sch/i.html?_from=R40&_trksid=m570.l1313&_nkw=stamp+wetter+antique

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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