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【連載】文房具百年 #7「インク瓶、色々」

たいみち

[毎月20日更新]

モンブランのインク瓶、ペリカンのインク瓶

 私が小学生の時、姉がモンブランの靴型のボトルに入ったインクを買ってきた。
単に靴をかたどったオブジェかと思ったら、かかとのところにインクが溜まるようになっており、最後まで使えるようになっていると聞いて感心したものだ。

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*モンブランの靴型のインク瓶。販売されていたのはおそらく1970年代頃。


 文房具が好きだと自分の中ではっきりしてきたのは、中学生の時に見た輸入筆記具あたりからだが、「古い文房具=洒落ている、かっこいい」ということを意識し始める根っこのところには、今思うとこのモンブランのインク瓶があった。
 ペリカンのインク瓶も印象深い。知人に「靴の形のインク瓶を見かけたら買ってきて」と言われ、てっきりモンブランのインク瓶だと思って買っていったら、実は頼まれたのはペリカンのインク瓶のことだったということがある。

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*ペリカンのインク瓶


このペリカンのインク瓶は立てて置くこともできるし、横に置くとやはりインクを最後まで使える工夫がされている。

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 こんな経験から、インク瓶には「ちょっと変わった形のできるヤツ」があることがインプットされた。インク瓶の魅力は、第一に形やラベルのデザインと、そこから醸し出される雰囲気や存在感だと思う。だが、それだけではない。今回は明治から昭和初期頃を中心にいろいろなインク瓶を紹介したい。
 海外のインク瓶の話から始まったので、まず海外のインク瓶を少し紹介しておこう。

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*Igloo型インク入れ。アメリカ。


 このインク瓶は「イグルー」をかたどったものだ。最初これを見て亀かと思ったのだが、調べたら「Igloo」というものであると知った。Iglooはエスキモーの家のことで、氷のブロックで作られたドーム型の家だ。驚いたのは、インターネットで「Igloo Ink Well」(イグルー型のインク入れ)で画像検索したところ、いろいろなタイプの「イグルー型インク瓶」が表示されたことだ。イグルー型は海外で意外とポピュラーであったようで、ちょっとしたカルチャーショックを受けた。

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*「Igloo Ink Well」の画像検索結果。「丸いドーム型に煙突が付いた形は、個人的には「靴型」と認識していたが、海外では「イグルー型」となるようだ。


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*ボート型インク瓶。イギリス、推定1900年前後。インク瓶の上にペンを置くためのくぼみがついているものは「ボート型」と呼ばれている。


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*製図用のインク瓶。ペリカン、1910~20年代頃。この写真のペリカンのインク瓶は製図用で、ふたに管のようなものがついており、それで製図器具の先端につけて使用する


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*ペリカン商品カタログ、1928年。右の瓶が写真のインク瓶と同じものと思われる


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*ペリカン商品カタログ、1928年。インクの付け方説明図。

明治・大正時代から昭和初期頃のインク瓶

 インク瓶はいつから日本にあったのか。インクの歴史を見ると江戸時代から一部使用されていたが、輸入が始まったのは明治の初め頃、国産のインクは明治10年台に生産が始まったようだ。インク瓶の歴史はインクの歴史とほぼイコールだろう。だってインク瓶がなければインクは保存も移動もできないし、自分が何者かを知らせることも難しい。インク瓶あってのインクなのだ。
 そんな明治や大正時代のインク瓶はどのようなものだったか。大きく分けて、陶製で移送や保存用に使われるものと、ガラス製で小さく、日常で使用するためのものがある。
 具体的にどのようなものか、カタログではこうなっている。

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*丸善文房具目録、明治43年(1910年)頃


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*堀井謄写堂営業目録、大正4年(1916年)


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*福井商店(現ライオン事務器)営業品型録、大正10年(1921年)



 イラストだと現物のイメージが付きづらいと思うが、例えば陶製のインク瓶はこういうものだ。

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*右:丸善、左:ステペンスのインク瓶


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*牛乳瓶との大きさの比較。


 左のインク瓶はイギリスの「STEPHENS」のものだ。これは「文具の歴史」(※1)の座談会の中で複数回登場しており、樽に詰められて日本に送られてきた様子がリアルに紹介されている。

「あのステペンスのインクの入るつど、『お前小さいから入れ』と言われて、大きな樽の中におが屑だらけになって。」
「樽で買うと確か2、3本多かったんでしたね。割れを見込んで。」(文具の歴史 P36より)

この陶製のインク瓶のサイズは色々あるが、一番大きいものが40オンス(6合5尺、約1.2リットル)。この写真の丸善の瓶がそれにあたる。STEPHENSは一回り小さいので一つ下のサイズ、24オンスと推定される。この大きな瓶が120本あまりも大きな樽に詰められている様子は、さぞかし迫力のある光景だったろう。

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*ステペンス(STEPHENS)のインク瓶。イギリス、ロンドンで作られたもの。ラベルの文字は消えかかっているが、まだ読むことができる。瓶自体にもStephensの文字が刻まれている。


 ガラス製の瓶も紹介しよう。大よそ大正から昭和10年代前半までと推定されるインク瓶達だ。実は時代が特定できないものが多く、形状や蓋の材質、第二次大戦中の公定価格マークの有無で判断している。

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*底の一部を隆起させ、インクが集まりやすい工夫がされている。


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*ライトインクの極小サイズの携帯用インク瓶と金属製のケース。蓋は木とコルクで出来ている。


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*四角いインク瓶。


 この中では靴型をしているものが恐らく最も古く、明治~大正初期頃だろう。ハカセインキの四角い形も大よそ大正頃だ。この靴型と四角い型は、昭和になると徐々に消えて行ったようで、なかなか見つけることができない。

インク瓶、実は問われる機能性

 現代でもインク瓶の形は多様だが、機能性というより見た目の印象を重視する傾向だろう。昔のインク瓶ももちろんデザイン性の高いものが多いが、実は機能面が工夫されたものが色々出ている。
 単純なところで、前出の陶製のインク瓶は、長い移送に耐えられる頑丈さと、小さい瓶やインク壺へ移すための注ぎ口がついており、これもインク瓶の一つの機能だ。ガラスの小瓶では、倒れてもこぼれないことや、最後まで使い切れるための工夫が凝らされたインク瓶が作られた。

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*安全インキ壺、公益社商事部。大正11年(1922年)官報公告より


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*オートシールインキ壺、「英習字用具材料並びに図書総目録」に掲載の広告。昭和6年(1931年)


 最後まで使い切る工夫がされた瓶といえば、靴型の物は大概それを意識した作りになっているが、さらに特徴のあるものとして丸善の「ゼニスインキ」「センチュリーインキ」が「文具の歴史」に紹介されている。

「明治三十九年(1906年)、インキが自然にインキ瓶の口の方へ流れる底面隆起式と名付けた実用新案の角型瓶に入れたセンチュリーインキ」(「文具の歴史」P148 )
「常にインキが一定量瓶の口辺に溜まって、最後の一滴まで使えるよう工夫した気圧式の瓶入りゼニスインキ」(「文具の歴史」P148)

 これらは丸善でも一押しの商品であったのだろう。明治時代のカタログに掲載されており、その後昭和10年頃のカタログでも見ることができる。

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*丸善文房具目録、明治43年(1910年)頃


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*丸善インキ目録 昭和10年(1935年)頃


 「こぼれない」、「使い切る」以外の機能としては、ペンを置くことができるものや、二色のインク瓶が一体になっているものなどもあり、インクを入れるというインク瓶のメインの役割以外に、どのような付加価値をつけようかと当時のインクメーカーが頭をひねらせた様子が思い浮かばれる。

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*クラブインキ、大正5年(1916年)東京酒井文具商報広告に掲載


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*ユニオン(同盟)インク、福井商店営業品型録、大正10年(1921年)


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*旅行用サック入。福井商店営業品型録、大正10年(1921年)


 「旅行用サック入」という商品があり、当時旅行先でも字を書く場合はインクを持ち歩かねばならなかった事がわかる。もちろん鉛筆もあったし、筆・墨派の人もいただろう。万年筆があれば内蔵したインクでしばらくは書くことができる。だが万年筆にしてもカートリッジがあったわけではなく、いつインクが無くなるかわからない状態だ。現在はインクを持ち歩く必要性は皆無と言っていい状態だが、当時はインクを持ち歩く必要性が高かった。そのため学生は瓶についた紐とリングで、腰に下げて学校に行ったと言うし(よく瓶が割れたり蓋が取れて惨憺たる状況になったらしい)、旅行に行く時は持ち歩きに適した旅行用のインク瓶というものもあった。

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*旅行用のインク瓶。他のインク瓶からインクを移し替えて携行する。


 例えば、これも旅行用のインク瓶だ。金属製の容器の内側にガラスの瓶が入っている。蓋を締めたあとは固定できるようになっている。蓋の内側はゴムが入っており密閉される。この手の容器は色々な種類が出ており、二色入れられるものや、蓋の固定の仕方が違ったりしている。種類が出ているということは、当時それだけ使われることが多かったのだろう。

 インクが売れるかどうかは、第一にインクの種類と質、価格によるものが大きい。だが、ここで紹介したようなインク瓶に入ったインクは、瓶の使い勝手の良さで選ばれる事もあっただろう。つまりインク瓶はインクを入れるだけのただの容器ではなく、単独で機能を持った一つの道具であり、商品なのだ。

インク壺

 インクを入れる容器にはインク瓶の他にインク壷がある。壷と言っても花瓶や食料の貯蔵で使われるような丸く大きなものではなく、使用する分のインクだけ溜めておく小さな入れ物だ。インクスタンドといったほうがわかりやすい。「インク入れ」と言われることもある。

20180918taimichi33.jpg*伊東屋営業品目録復刻版、明治43年(1910年)


 ガラス製や金属製で装飾されているものが多く、実用品でありつつも偉い人の大きなデスクの上にどーんと鎮座しているイメージが有る。個人的には、文房具は時代感があって機能やデザインの面白さが出ているものが好きなのだが、このインク壷・インクスタンド系は昔からデザインがほとんど変わらないことと、スペースもそれなりに取るので
あまり持っていない。
 そんな中、探して買ったインク壷がある。穴が3つのインク壷だ。

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 インク壺はたいていインクを入れるところが1箇所か2箇所だ。青か黒のインクと赤インクを入れる。では3つ目の穴はなにか。

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 3つ目の穴はコピーインク用だ。明治、大正時代にはコピー用のインクというものがあった。コピー機がなく、カーボン紙もあまり使われていなかった時代はコピー用インクを使って複写をした。使われていたのは昭和初期くらいまでだろうか。どのように使ったかは説明すると長くなるので割愛するが、仕事の現場ではよく使われたようだ。

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*丸善のカタログに掲載されたコピー用インキ。丸善文房具目録、明治43年(1910年)頃



 「文具の歴史」にも3つ穴のインク壷がよく売れた話が紹介されている。またこの陶製の3つ穴インク壷と同じものと思われるインク壷が、複数の大正時代のカタログに紹介されており、ヒット商品であったことが伺われる。

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*福井商店営業品型録、大正10年(1911年)


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*カタログの左下が同じものと思われる。福井商店営業品型録、大正10年(1921年)



 この3つ穴のインク壺は面白い。インク壺とはいえ今はもちろんインクは入っていない。だが、3つ目の穴があることで、今は使われることのないコピー用のインクが存在したこと、そして当時の書類のコピーを取る手段がインクを使っていたことを表現している。直接的な情報ではないが、コピー用インクの足跡と言おうか、文房具の時代のかけらの一つには違いない。

悲しいインク瓶

 3つ穴のインク壷が文房具の時代のかけらだとしたら、歴史のかけらのようなインク瓶がある。乃木大将のインク瓶だ。

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 商品名や瓶の形からすると明治から大正頃のものだが、メーカーが「Taishdo」とあるので大正時代と推測される。古文房具を集め始めた頃、集めるのが楽しくて勢いよく箱買いなどしていた。このときも10個ほど入っていたが箱ごと買った。商品名や顔の印刷されたラベルを面白いと思い、これはいい買い物をしたとインク瓶が入った箱を抱えてニヤニヤしていたものだ。
 そして帰る道すがら、中を確認すると、ちょっと異常な状態に気づいた。

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 わかるだろうか。乃木将軍の顔が剥がされているのだ。よく見ると1つではなく10個の内、3個は顔がわからない状態で、あと2個はかろうじて顔は分かる程度、1つはためらい傷のような跡がある。

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 歴史に詳しくない私は乃木将軍について調べた。日露戦争の時の指揮については名将・愚将と評価が分かれるようだ。また明治天皇崩御時に殉死したことに対して非難が上がったという。
 この乃木将軍の顔を剥がすにいたった背景は、乃木将軍への酷評が出て、このままでは売れないと思ったのだろうか。それともこのインク瓶を仕入れた文房具店の店主にとって、世間の評価にかかわらず商品の顔を剥がさずにはいられないほど腹立たしい思いがあったのだろうか。せっかく仕入れた商品。売りたいがこのままでは売れない、または売りたくない。捨ててしまうのも売り上げに響く、ならば顔を剥がしてしまえ。
 そんな思いで途中までやったものの、全部剥がすのが忍びなかったのか。店主の葛藤が見え隠れする。

 これは他にも乃木将軍の名前や顔がついている商品があれば同じことになっていたかもしれない。そういう意味ではこうなったのはインク瓶だからではない。
 でもこのインク瓶は悲しい。怖く感じることもある。文房具の商品名やデザインは時代を反映しているものが多い。これは、そんな歴史を背負った、それも少し歪んだ形で生まれた時代の遺品だ。

 たまたままとめて買ったので気づいたことだ。1つ2つだけだったらわからなかった。まとめて購入したのは、欲しい人がいた際に譲ったり、何かと交換することができるようにという意図があったが、きっとこのインク瓶は分散させてはいけないのだ。このインク瓶に起きたことが分かるように、自分がこのまま持っているべきものだろうと、一人納得した。

インク瓶の話はインクへと続く

 インク瓶の話はここまでだ。多少書ききれなかったこともあるが、それも良しとしよう。そして今回インク瓶について調べた結果、インクの話もしたくなった、というかしないと片手落ちのような気がするのだ。
 次回、または近い将来インクについての回を設けようと思う。その時は是非またご一読を願う。


=緊急追加「ゼニスインキ」=

 ここで急遽追加させてもらう。この原稿の締切日に「ゼニスインキ」と思われるインク瓶を見つけ、公開日の前日に手元に届いた。これはもう追加するしかないだろうと今原稿を書いている。
 この連載をやっていてたびたび驚かされるのは、絶妙なタイミングでモノや資料が見つかることだが、今回もゼニスインキの方から出てきたとしか思えない見つかり方だった。きっとゼニスインキの瓶もこの連載に出たかったのだ。
 早速瓶を洗ってインクを入れ、気になっていた「気壓式」(気圧式)だとどうなるのかを試してみた。

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これをそおーっと横にしてみる。こぼれないはずだが・・・・。

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 こぼれない!インク瓶を横にするときはかなりスリルがあるが、こぼれない!こぼれないことで何かに勝利した気すらする。最初に紹介したペリカンの瓶も同じ理屈なのだろうが、ゼニスは瓶の口の位置が低いので、なんだかとてもハラハラする。
 インク瓶を見ると。底に実用新案の番号がエンボスされている。調べると明治42年に「小代為重」氏の発案とある。この「小代為重」氏は著名な洋画家で、教師などもやっていたようだ。考案したものを丸善から発売した経緯はわからないが、「気圧式」という名称と、このインクの発売時期は明治43年なので時期も一致する。これはゼニスインキの瓶だろう。

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*気圧式インキ壜の実用新案登録用紙。


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*明治45年(1912年)丸善の広告。丸善社史、昭和26年(1951年) 


 以前鉛筆削りの記事でも記載したが、広告と特許・実用新案の登録情報、それに現物と3点揃うことはなかなかない。社史にも掲載されており、ましてや時代は明治、それにモノ自体に面白さもあるとは本当に稀である。いいものを見つけることができたし、やっぱり古文房具は面白い。

 緊急追加は以上だ。ああまた長くなってしまった。ということで、そそくさと終了とさせていただく。最後までたどり着いてくださった皆様へ感謝!

※1:「文具の歴史」 著者:田中経人、発行:リヒト産業(株)、発行:昭和47年。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社

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