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【Kia Ora!文具通信】Vol.6 ペンを紙に。店主の溢れる手書き愛
太平洋の南に浮かぶ島国ニュージーランド。豊富な自然環境と多様な人種が集まるこの国では、日本とはずいぶんと異なる文具事情が広がっているようです。ニュージーランドに長期滞在中の文具ライターが、現地で出会った文具のアレコレをご紹介します!
タイトルにある「Kia Ora!」とは、ニュージーランドの先住民族・マオリ族の言葉で「こんにちは」を意味します。親しみを込めた挨拶として、日常的に使われています。
前回の記事では、デボンポートと呼ばれる港町で人々の”書く”を応援する文具店「フィッツジェラルド・テイラー」をご紹介しました。店主のキム・スノーボールさんは、”書く”ことへの情熱を絶やさず持ち続ける、大きな文具愛の持ち主です。
今回の記事ではそんなキムさんの情熱とその哲学が体現されたお店のこだわりを、ニュージーランドからたっぷりとお届けします!
キム・スノーボールさん
Pen to Paper(ペンを紙に)
キムさんがこのお店を始めたのは、今から22年前。このデボンポートの街の一角に、小さな間取りのお店を構えたそうです。
書いたり、紙で何かを作ったりすることが元々好きだったというキムさん。結婚式の招待状を一つひとつ作ったり、ペンと紙を使ってカードを書いたり作ったりしていたといいます。お店を始めてから数回の移転を経て、6年ほど前に、海の上を多くの船が往来するのが見える今の場所に引っ越してきたそうです。
そんな「フィッツジェラルド・テイラー」のコンセプトは、「人々の『書く』を応援すること(Encouraging people to put pen to paper.)」だと、キムさんは話します。
「お客さんには、いったんデジタルのものから離れてもらって、ペンで紙に何かを書いてもらおうと心掛けているんです。ジャーナリングをして頭の中にある考えを書き出したり、長く会っていない友人に手紙を書いたり。Pen to paper(ペンを紙に)という考え方です」
「手紙を書く時って、メールを送る時よりも、その人のことを思いやるようになると思うんです。それに、ポストの中に自分宛ての手紙を見つけた時って、とってもハッピーになるでしょう? しかも、手書きというのはその中にあなたのパーソナリティを出せる。紙やインクの色を選ぶときに、自分自身の好みや相手へ思いを表せられますし。残念ながら、今は多くのものがe-mailに代わってしまっているけれど」(キムさん)そんなキムさんのそろえるアイテムを求めて、弁護士さんや、お医者さん、学校の先生などが日々購入しに来るそうです。「素敵なペンと、上質なインクでサインをたくさん書く方が多く来られますね。それから日記をコンスタントに書く人や、そしてもちろんトラベラーズノートのファンの人も」とキムさん。
実は取材時には、こだわりの5年日記を購入しに来たお客さまがいたほど。いかにこの街の「書く」を支えているのがわかります。
書くことと、環境のはなし
そんなキムさんがお店を営んでいく上でのこだわりは、
「質とデザインのバランスを考えること、そして環境について考えること」だと話します。
キムさん:
「たとえデザインが良くても、質が伴っていないものは、店にはおかないようにしています。例えば、カバーのデザインがとってもかわいらしいノートだったとしても、紙の質が万年筆で書く時の相性と合わなければ、基本的には仕入れません。こうしたことが書くことの楽しさにつながらない可能性があるからです」
「それから、使い捨てになってしまうようなチープなペンは扱わず、必ずインクの詰め替えができて長く使えるものをそろえています。良い万年筆と一つのボトルインクがあれば、長く使い続けられるでしょう?」「低価格帯の入門万年筆は、お客さんにはもしかしたら避けられる可能性もあります。長く使ってもらえないんじゃないか、と。でも、万年筆初心者さんにとってはちょうどいい入り口でもありますよね」
「それから『テラサイクルボックス*』にも参加していて、使わなくなった製品をお客さんに持ってきてもらい、当店で回収してテラサイクル社に送っています。できるだけ環境に配慮しようと心がけているんです。ギフトラッピングを受けるときは、お客様に『中身の製品のプラスチック包装を外しましょうか?』と聞くようにしています。ギフトを受け取った方がラッピングを開けたときに、プラ製品がない方が印象が良いし、外したプラスチックは私がそのままテラサイクルボックスに入れれば、環境にもいいでしょう? 気候が変わって、この街でも洪水が多くなっているのを見ると、よりこうした心がけをしないといけないなって思うんです」
*筆者注)2023年1月にはオークランドを中心に大洪水が発生し、各地に大きな被害をもたらしました。また、ニュージーランド国内において、2019年には使い捨てプラスチック袋が、2023年にはプラスチックフォークなどプラ製品の供給が禁止されたほか、近年オークランド市では各家庭にコンポスト専用ボックスが配置されたりなど、環境への配慮は非常に高いと言えそうです。
*米国のテラサイクル社が運営する回収システム。世界の多くの企業が参加しています。
キムさんのおすすめ文具
キムさんに、特におすすめのアイテムをお聞きしました。
「いろいろありますが、まずは、『全部の製品が好き!』と前置きさせてください(笑)」「トラベラーズノートはもちろん、パイロットやセーラー万年筆など、多くのお客さんが日本の製品を好んでいますよ。非常に評判もいいです」
「それから、こうしたミドリ(デザインフィル)の『紙シリーズ』はそれはもう本当に美しくて。お店に入ってきたお客さんに『手紙を書こうかな』と思ってもらえるように、こうやって店頭にそろえているんです。そしてこれらのデザインは、クリスマスの伝統的な色合いでもあるでしょう? なので、クリスマスカードとして書いたり、ギフトカードを入れて贈ったりしてもらったら、素敵じゃない?(取材は2024年11月末)」「いろんな人が手紙を書くように、思い出してもらうようにしているんです」とキムさんは続けます。
「日本ではほぼ毎日、郵便の配達があるでしょう? でもニュージーランドでは今は、1週間に3日だけ。元々は1週間に5日でしたが。しかも時々、郵便局員の人員不足で2回しか配達されないことも。だから余計に、(郵便業界を)活性化させようと思ってたくさん手紙を書こうって思ってるんです(笑)」
キムさんにとって文具とは
実はキムさん、日本の文具が大好きだそうで、何度も足を運んで日本各地の文具店や丁寧な手仕事で作られる文具を見にいったことがあるそうです。
そんなキムさんにとっての「文具」を聞きました。キムさん:
「私の、生活の一部、もしかしたらすべてかもしれないですね。朝起きたら、まず鉛筆でジャーナリングをして、お店で商品を発送するときにThank youとそれぞれ異なる紙を使って書いて同封して、何かを書く時はいつもその時の気分に合わせて違うペンを使っています」
「それに、お店のディスプレーのアイデアを思いついたり、何かやることを思い出したりした時など、いつもすぐに書くようにしているんです。書くことは記憶と密接に関係していますよね。例えばその日の買い物リストを紙に書いておけば、もしもその紙を家に忘れても、きっとその内容のほとんどを覚えているはずです。なぜなら紙に、ペンで書いているから」
【店舗情報】
店名:フィッツジェラルド・テイラー
ニュージーランド オークランド市 デボンポート
クイーンズパレード通り2番地
2 Queens Parade, Devonport, Auckland 0624, New Zealand
プロフィール
臼井 遥比(うすい はるひ)
ライター。1995年横須賀生まれ。
地域WEBマガジンや「文具のとびら」で編集や取材・執筆を経験。
2024年2月からニュージーランドに滞在し、「文具」や「暮らし」をテーマに活動中。
ニュージーランドでの暮らしをnoteでも発信中。
https://note.com/haruhiusui16
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