1. 文房具ラボ
  2. 【特別企画】ヒットメーカーが明かす開発秘話 第2回・ジェコル

【特別企画】ヒットメーカーが明かす開発秘話 第2回・ジェコル

加藤雅之(ジェコル代表取締役)

規模は小さいながらも、アイデア勝負でヒット商品を生み出している、いわゆる“ひとり文具メーカー”が相次ぎ登場し、注目を集めるようになってきている。今回は特別企画として、そんな注目メーカーのトップにヒット商品の開発秘話を語ってもらった。

第2回目はジェコルです。

ヒット商品は偶然の産物

はじめに
当社は「Design & Ideaで日常を愉しく、もっと豊かに」をモットーに、フリーサイズブックカバー「アマネカ」やお風呂で読書できる「ユウブミ」など読書グッズや文具を企画製造するメーカー事業を小規模ながらスタッフ数名で営んでいる。また私自身がデザイナーとしてクライアント企業のデザイン制作を行うデザイン受託事業も並行して行っており、2021年3月に創業13周年を迎えた。

コロナ禍で大ヒットした「マスクスペーサー」
2020年は、これまでとは全く違うジャンルとして夏のマスクの息苦しさを解決するためのマスク補助グッズ「マスクスペーサー」を発売した。
第一回目となった昨年の緊急事態宣言後のGW明け、世間が夏対策も話題にしていなかった頃に、私は「花粉症でマスク慣れしている自分でも息苦しいのだから、暑くなったらもっと息苦しくなるだろう」と考えた。
当時、マスク内に入れてスペースを確保するドーム型の外国製品はいくつか存在したが、使ってみると①顔に跡が残る、②かさばり流通コストがかかる、③立体形状を保たせるため剛性のある射出成型品で、マスクの何倍も重い、④マスクからずれ落ちる、という問題点が判明した。そこで、これらを解決しマスク内のスペースを確保できれば、より快適なマスク生活が送れるのできるのではないかと考えた。

マスクスペーサーパッケージ&単体.jpgそこで頭に浮かんだのはポリプロピレン(PP)シートだ。弊社商品で薄いPPシートを溶着させてマイクロファイバーを挟んだ「ふく栞」というブックマークがあり、そのノウハウを利用すれば、シートの反発力を利用して立体的に形成する構造が出来そうだと感じた。可塑剤含有もなく、肌にも安全な素材でもある。
ちょうどその頃受注も激減してスタッフの稼働日が減り、商談や打ち合わせも皆無で時間がたっぷりあったため、事務所に籠って協力工場と連日宅配便でサンプルのやり取りやメールで図面のやり取りを行い、またテレビ会議で打ち合わせをしながら開発を進めた。6月下旬には出荷体制まで整え、着想からわずか一ヶ月半後という超スピード発売を実現させた。

なお前述の外国製品ではインナーマスク、メイクキープなどの名前を付けて販売されているが『マスク内にスペースを作る』という意味でマスクスペーサーという名前がぴったりだと考え、商標登録申請も行った。製造業でスペーサーという言葉はよく使われるが、一般の人には馴染みが無いことが分かったので、一般名称とは認識されにくく、商標登録を狙うポイントにもなった。

洗って繰り返し使え、2枚入り税込605円という値ごろ感もあったようで、発売すぐに「文具のとびら」インスタグラムで紹介されるとECを中心に注文が相次ぎ、さらに真夏の8月にはNHKや読売テレビ「あさパラ!」という番組のハイヒール・モモコさんのコーナー「モモタン」で取り上げられ、異様ともいえる大反響となった。

『マスクスペーサー』を楽天でチェック

『マスクスペーサー』をAmazonでチェック

電話が鳴りやまない状態が1ヶ月ほど続き、秋まで生産が追い付かず協力工場を増やして増産を重ねた。
また東京都が実施した「新型コロナウイルス感染症緊急対策・新事業分野開拓認定制度」では、一次審査にも合格した。発売から1カ月程で本審査だったため公的機関で検証などが行えず、惜しくも最終審査には通らなかったが、一次審査通過の倍率は5倍程だったそうなので、新しい分野として少しは評価はいただけたのかなと考えている。

また、前述の「モモタン」の年末放送では、2020年に紹介した便利グッズ212品の中で、ハイヒール・モモコさんが選ぶ年間大賞第一位をいただいた。現在もマスクスペーサーの売上は好調で、コロナ禍において恐縮ではあるが、今期売上は創業以来最高となる見通しだ。


ヒット商品は偶然の産物
そんな当社だが、元々は私が2008年にデザイン事務所として創業したのが始まりである。独立・創業前は、鉛筆削りやパンチ、裁断機などを製造するカール事務器の社員として、森誠社長(当時)のご指導・薫陶を受けながら商品企画やデザイン開発に関わらせていただいたので、かれこれ文具業界で20年ほど商品開発をしていることになる。

創業当時は現在のような事業構想があったわけではなかったので、再び文具業界で、しかもメーカーとしてまたお仕事をさせていただくことになるとは想像もしていなかったから不思議なものだ。
人生も、ヒット商品の開発も、結局は必死に色々と挑戦した結果に起こる化学反応と、想定外の積み重ねによって生まれた、偶然の産物なのだと感じる。


日本初のフリーサイズブックカバー「アマネカ」
若さと勢いだけで創業したが、半年後にリーマンショックが起きるなど波乱万丈のスタートとなったこともあり、デザイン制作以外に、自主開発商品を生み出し販売まで行いたい、という思いが強くなった。

幼少から本を読むのが好きだったが、本を買うごとにブックカバーを交換する必要があり、不便を感じていた。色々なサイズに対応するブックカバーがないかと市販品を探したが見当たらず、独立後に折り筋だけ付けサイズが変えられる簡単なペーパーモック(試作品)をブックカバーとして使っていた。
ある日、旧知の文具小売業の方とお話しする機会があったのでそのペーパーモックをお見せし、このようなブックカバーは国内外に存在するだろうかとお聞きすると、見たことは無いとのこと。そこで知財を調査すると、確かに特許化できて量産できそうなアイディアは特許庁に登録がなく、市場にも存在しなかった。

日本の書籍は同じ「文庫判」でも出版社によって数ミリ違うことがあり、さらにブックカバー取扱店では新書、B6や四六判など複数のサイズや色柄で品揃えする必要があった。もしこれが一つで事足りたら、環境にも優しい。まさに近江商人の「売り手よし買い手よし世間よし」の三方よし商品となる。これは需要があるかもしれない、少なくとも自分は欲しい、と感じた。

そこから開発魂に火が付き、部品を繋げたりベルクロを使ったり、様々な構造や素材で試作したのだが、コストや耐久性の問題から商品化レベルに達せず、1年半ほど頑張ったが一旦アイディアを寝かせることにした。
半年ほど経ち、近くに住む祖母の部屋のペンキ塗りを頼まれたのでホームセンターで買ったテープ付養生シートを使ってた時に、ひらめきが降りてきた。緑色のテープに折り畳まれた薄いフィルム状の養生シートのように、ブックカバーも単に外側へ折って、それをバンドで留めれば、シンプルなフリーサイズ構造になるのではないか。
その晩すぐに試作した結果、サイズを変えてもバンドのテンションが一定に保たれ、文庫サイズ~菊判までひとつで対応させる、現在のような構造が完成したのだ。かつ、裏と表のテクスチャーを変えればデザイン的にも特徴が生まれ、折り返しはポケットにもなる。1年半かかっても実現できなかった構造が一晩で誕生した。私にペンキ塗りを命じた亡き祖母には感謝である。

アマネカ・クラシック2.jpg
すぐに特許を出願し、金型を起こし、少量生産した僅か120個だけの初回ロット品をデザイナー協会の仲間たちと共にギフトショーの小さなブースで展示した。商品開発の経験はあったが、営業や流通の経験は無かったので最初から上手くいくとは思っておらず、自主製作の糸口になれば、くらいの気持ちだった(市場価格のほうが重要だと考え値付けしたが、当時のロットでは赤字だった)。

すると幸運なことに、大手量販店ステーショナリー担当MDの方がたまたま立ち寄られ「こんなブックカバーは見たことが無い!」と高評価をいただいた。そしてすぐに主力店で導入が決まり、最終日には注文書をいただくという想像もしてない展開となった。これを機にお取扱店が増え、TVでも取り上げられ、初回120個だった生産数はすぐに1桁増となり、コストも下がって黒字化した。
こうなると生産体制を整える必要が出てきて、現在のように自社で組立・検品・出荷までを一貫して行う体制に整えて行った。

『アマネカ』を楽天でチェック

『アマネカ』をAmazonでチェック

この初代「アマネカ」はその後も売れ続け、現在「アマネカ・クラシック」と改名し、構造も素材も変えることなく今も弊社売上上位のロングセラー商品となっている。以後、基本構造はそのままに様々な素材・製法でラインナップを増やし、累計10万個以上販売され続け、現在も弊社の主力商品である。

なお、「フリーサイズブックカバー」というジャンルは、現在では他社でも異なる構造で販売されているが、2010年の発売当時は弊社がパイオニアであり、小売店様のブックカバーコーナーにそれまで無かった「フリーサイズ」というコーナーができたことは、私にとって誇りである。


お風呂で濡らさずページをめくって読書できる「ユウブミ」
一方で、ブックカバーばかりでは事業の成長は見込めない。折角参入した読書グッズフィールドで、なにか新しいものを生み出したい。そこで「次に、読書が楽しめる方法は無いか?」という課題を設定し、浮かんだのはお風呂だった。お風呂で濡らさず本が読め、かつページが捲れるグッズを開発することに決めた。

「アマネカ」は、ブックカバーというジャンルの新しい切り口であったが、この防水読書グッズはとにかく未知の物である。防水方法、ページの捲り方、製造方法など、すべてゼロから研究を重ねた。この開発にも2年ほどかかったが、一対の指サックと防水の袋、書籍を固定するホルダを組合せた構造に決まり、2014年の夏に第一弾のユウブミを発売した。

ユウブミ2.jpg

ブックフェアやギフトショーに出すと、ほとんどの男性バイヤーが「こんなもの誰が買うんだ?」と笑って通り過ぎていったが、多くの女性バイヤーからは「これ欲しい!」と言われ、男女の反応の差に驚いた。結果的にあの時の女性バイヤー達の声が正しかったことが証明されるのはその年の秋冬で、連日TVで紹介されるようになり、生産が追い付かないほど大ヒットした。

『ユウブミ』を楽天でチェック

『ユウブミ』をAmazonでチェック

現在は改良を重ね、第三弾目を販売中であるが、コロナ禍で巣ごもり消費の影響なのか、ピークほどでは無いものの、現在も好調な販売状況である。


中が見える透明窓付きペンケース「ミマド」
2021年1月には、これまであまりペンケースに用いることの無かった透明プラファスナーを利用し、合皮製なのに中が見えるという透明窓付きペンケース「ミマド」を発売した。発売前ではあったが、有りそうでなかったということで、2020年のISOT「文具PR委員会の選ぶ文房具」に選定いただいた。

ミマドイメージ1.jpg成熟カテゴリーに対して現状のあり方を疑い、要素をバラバラにして一から組み直すという発想で開発した商品で、少しは新しい切り口を創造できたかな、と自負している。まだ販売開始したばかりだが、販促活動に努めたい。

『ミマド』を楽天でチェック

『ミマド』をAmazonでチェック

小規模メーカーとしてヒットを出すための商品化手法

小規模メーカーとしてヒットを出すための商品化手法
マーケティングや販促の用語に、千に三つくらい当たる、という意味で「センミツ」という言葉がある。そこで私が実行しているのは、(1)特にニッチな分野など、市場創造できそうなエッジの効いた新アイディアをひねり出し、(2)極力イニシャルコストのかからず合理的な構造・製造方法をゼロから考え、(3)スピーディーに商品化する、という方法である。

どうせ売れるか分からないのだから初期投資を抑えられる方法を徹底的に模索し、売れたらすぐに改善やリニューアルするくらいのつもりで市場投下を心がけている。弊社のような吹けば飛ぶ小規模メーカーでは、新アイディアに賭ける投資過多は命取りだし、損益分岐点が遠のいてしまえば次の投資ができずじり貧になってしまうからだ。

またエッジの効いたコンセプトでメディア露出を増やし、すぐにユーザーが買えるようDtoC(Direct to Consumer)の一つとしてECを整えることで、メディアへ露出が実売に繋がり、ユーザーの声をすぐに拾え、次の開発や改善をよりスピーディーに強化できるという好循環も生んでいる。結果として、弊社は経済産業省が発表している製造企業の売上総利益率(粗利)の指数(中小企業24.9%、大企業21%)よりも高い利益率を達成している。


日本国内のサプライチェーンを大切にする
折角この素晴らしい日本に生まれ、日本のデザインやモノづくりに触れてきた身としては、国内のサプライチェーンの斜陽には強い危機感を持っている。そのため、弊社ではほとんどの部品を国内の協力工場で製造している。

コロナ禍が我々製造業に気づかせてくれたのは、自国に必要なものを自国で生産できるサプライチェーンの重要性だ。政府が「IT分野を強化」と掲げるのは簡単だが、ITスキルがなくても、未経験でも、年齢や性別に関わらず従事できる製造現場は、雇用のセーフティネットになってきたはずだ。皆がIT従事者になれるわけではないし、国内に多様な働き方があって然るべきだと思う。


モノづくり・工業製品の地産地消へ
近年、中国メーカーが直接または日本法人を設立するなど間接的に越境しAmazon.co.jpというフィールドに本格参入している。日本語の商品ページを作成し、ロジスティックは現地から発送という体制が多く見られ、コストの高い日本メーカーが同じ土俵で戦わざるを得ない状況に入った。これまで日本メーカーが製造委託してきた中国メーカーが力をつけ、販売面で競合する局面になったのは実に皮肉な話であり、脅威でもある。

食品業界では、安心や環境負荷低減の観点から「食の地産地消」の考えがあるが、我々モノづくりの業界でも国産材、国内製造などの比率を重視する「モノづくり・工業製品の地産地消」のような考えがあって良いのではないか。そういったマークのようなものを作ってエンドユーザーへ啓蒙してゆくようなことも、国内製造メーカーの取り組くむべき課題だと考えている。

これからの文具業界のあり方

アフターコロナには、アナログな関わりが戻ってくる
コロナが収束した時に、手軽であっても料理の味やワインの香りを共有できないZoom飲み会を選択する人はどれだけいるだろうか?たとえ年に一回しか集えないとしても、実際に会って会食する選択肢を取る人の方が多いように思う。同窓会や結婚式で「参加」「不参加」の他に、「リモート参加」という三つ目の選択肢が定着するかもしれないが、主流として人との関わり方はアナログに戻っていくのだろう。

思い出すのは、コロナ禍前はよく見かけた、小中学生が公園で集ってお互いの顔は見ずにポータブルゲーム機に興じる光景だ。あれを見るといつも不思議な感覚であったのだが、実はアフターコロナのヒントだったのかもしれない。つまり、遊びというコンテンツ自体はデジタルであっても、その時間を共有し楽しむのは、気心知れた友人とのアナログな関わりなのだ。


新しい文具小売のあり方① 非日常の場所での接点
私の地元でも文具店が減り、子ども達が量販店の一角の文具コーナーなど、限られた場所でしか文具に触れられない状況が続いていることは純粋に寂しい。

流通の大きな流れとしてはEC化だが、お小遣いで数百円の文具を買おうとする子ども達がEC移行するとは考えにくいので、学童用品やファンシー雑貨は例えば移動販売カーであったり、ショッピングモールでのポップアップストアであったり、「非日常」の場所でユーザーとの接点があっても良さそうだ。駄菓子なども販売していた昔の移動紙芝居屋のような売り方が、案外受けるかもしれない。アナログな関わりが戻ってくる日には、こういった消費の場が求められそうだ。

新しい文具小売のあり方② 複合型の小売店
書店やセレクトショップでの文具販売は既に行われているが、専業としての文具店は厳しいという視点で考えれば、例えば記念日に必要なフラワーショップや和菓子店・ケーキ店でギフト文具を置くとか、ペットショップで動物モチーフの文具を取り扱うなど、楽しい組み合わせはたくさん考え付く。そういった「ユーザー層が異なる」「化学反応が起きやすい」「利益率が高い」などの複合型店舗は今後増えるだろう。

新しい文具小売のあり方③ ECと共存する全品委託型の店舗
またDtoCのためのEC推進メーカーが運営費を協賛・捻出した、全品委託品を扱う全国チェーン店が誕生するかもしれない。その場でなくEC経由で買ってもメーカーの収益が出てそこから協賛金が出れば、店側としては“見るだけ客”にやきもきすることは無いし、メーカー側も全国に取扱店舗網を持つことになり、売れ残りはECに回せば在庫リスクが軽減される。製販の立場を越えて、このようなEC・実店舗の共存を模索する動きは加速すると思う。


文具業界に期待すること
現在、本業の傍らデザイン専門学校の非常勤講師として学生にプロダクトデザインを教えているが、彼ら・彼女らにとって文具業界は人気が高い。一方でプログラマーやエンジニアなどのIT系職種は求人数も多く、所得も高い傾向にある。
文具業界が「楽しいけど収入が低い業界」となって優秀な若者が離れてゆかないよう、文具業界も高度成長期の “安く・大量に”の過去とは決別し、ITやECを上手く融合しながら効率を上げ、国内で付加価値のある製品・サービスを生み出すことで「若者に人気で、利益率も高い業界」になっていくことを期待したい。もちろん、文具業界の末席に連ねさせていただいている弊社においても実現したい目標である。

会社沿革・著者プロフィール

ジェコル株式会社
2008年3月:JERRY COLE DESIGN設立
2010年10月:「アマネカ」発売
2014年7月:「ユウブミ~湯文~」発売
2016年7月:ジェコル株式会社へ屋号変更、法人化
2020年6月:「マスクスペーサー」発売
2021年1月:「ミマド」発売
https://jecol.co.jp


加藤雅之
ジェコル株式会社代表取締役。専門学校東京デザイナー学院非常勤講師。読書グッズ発明家、プロダクトデザイナー、デザインディレクター。
都立工芸高等学校にて建築やインテリアを学ぶ。アパレル販売経験後、専門学校にてプロダクトデザイン履修。卒業後カール事務器でマーケティングやデザイン、商品開発に携わり、Gマーク賞等受賞。2008年に退社、JERRY COLE DESIGN 設立。2016 年7月から現職。

【文具のとびら】が気に入ったらいいね!しよう