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【インタビュー】アメリカの文具伝道師 日本の高品質文具をシリコンバレーのテック企業に売り込む

「日本の文房具は素晴らしい。でもアメリカ人は日本のいい文房具を全然知らない」。そう語るブルース・アイモンさん(写真左)は、シリコンバレーのソフトウェア企業に25年勤務したエンジニアだが、2年前に文房具を販売する会社を立ち上げたという。一見華やかなデジタルの世界から、なぜアナログツールである文房具の世界に転身したのか。当サイト編集長の高畑正幸文具王がアイモンさんにインタビューし、その理由に迫った。

アメリカ人は日本のいい文房具を全然知らない

【高畑】 まずブルースさんから自己紹介をお願いします。

【アイモン】 親が宣教師で、日本で生まれました。愛知県の豊橋で育ち、小・中学校は日本の学校に通いました。高校は東京のアメリカンスクールに通学。大学からはずっとアメリカです。大学ではコンピューターを勉強し、卒業してすぐシリコンバレーのソフトウェア企業に入社。25年間ソフトウェア畑を歩きました。

【高畑】 文房具とはまったく別世界ですね。

【アイモン】 テクノロジーに浸った生活をする中、数年前からコンピューターだけでは行き詰まると限界を感じ始めたんです。
実は日本の文房具のことはそのとき完全に忘れていました。何か足りないと思っているとき日本に帰るチャンスがあり、日本の文房具屋さんでマルマンさんのノートパッドを買って使い始めたら、すぐにわかったんです。「これは全然違う」と。
アメリカ人は「紙って全部同じでしょう」という認識があるんですよ。僕も陥ったんですが、コピー用紙もノートも紙は紙だからそんなに違いはないと思っているアメリカ人がほとんどです。でも違いに気づいた僕は、日本に帰るたびに日本の文房具を買い集めました。
サンフランシスコにはジャパンタウンという日本の製品を売る商業施設があって、暇を見つけてはそこに通って文房具を買いました。日本のいい文房具を使ってみて感じることは、アメリカ人は日本のいい文房具を全然知らないということです。
考えてみると、僕の日本語のスキルや日本文化のスキルを活かすには、コンピューター業界よりも文房具の方がいいのではないかと思い始めたんです。でもアメリカ人に小売りを通して文房具を広げるのは無理で、まだ30年早いんですよ。

【高畑】 30年ですか?

【アイモン】 アメリカ人は文房具にお金をかけるという認識がないですから。アメリカは国土も広いし、経済格差もあるので、普通の人が求めるのはとにかく安い文房具です。その人たちに3~4倍するいいペンを売ろうとしても見向きもされないでしょう。
一方でグーグルやアップルといった企業は、社員の福利厚生にはすごくお金をかけるんですよ。お酒がタダで飲めるようなこともよくあります。例えば金曜日はみんなにビールが出るようなこともあるんですが、グーグルのビール予算の1%を文房具に充てられたら絶対商売になると思います。
日本の文房具で働く環境を良くすることができると心から信じています。ある意味親が宣教師だったくらいのレベルの、働き方改革宣教師みたいな気持ちで、道具としての日本の文房具が素晴らしいポテンシャルを持っていると思っています。
会社を辞めて、セカンドキャリアとして自分のやりたいことを探す中で、自分の興味とマッチしているし、面白そうだと思い、2年前に自分の会社を立ち上げました。アメリカの企業に日本の文房具を販売する会社で、社名は「Think on Paper.Co(シンク・オン・ペーパー)」といいます。スクリーンの上で考えるのではなく、紙の上でアイデアを出そうという意味を込めました。
この2年間、シリコンバレーの会社を営業で回っています。日本の文房具を見せるとみんな感動します。なぜならば、文房具は進化する余地のないものだとみんな思っているんですよ。
アップルが毎年iPhoneを出すように、コクヨさんも三菱鉛筆さんも新商品を出していて、中にはイノベーティブなものも含まれています。その競争を何十年も続けているのが日本の文具メーカーです。
アメリカのMBA的な考え方だと、お金にならないものは切り捨てて新しい分野を見つけろということになります。アメリカの会社はお金にならなかったら諦めて、次の分野に行ってしまいます。特に筆記用の紙はお金にならないので作っていません。アメリカ人は紙の違いが分かっていないんですよ。消耗品としか思っていません。だから日本のいいノートやいい紙を見せると、みんなビックリしちゃうんですよ。想像もしてなかったものを目の前に見せられて。
シリコンバレーの会社に営業で行くと、花形企業にいたあなたが何で鉛筆やノートを売っているのか、とかわいそうな目で見られることもあります。ですが、説明し終わるころにはすごく感動してくれるんです。
長いプロセスですが、今は種を植えている段階です。いいものを見たからといって、すぐに自分の働き方を変えて新しいペンやノートを買って世界が変わるほど甘くはないですが、まずはいいものがあるという知識を植えこんで、そのあとにもうちょっといいもの欲しくない? とプッシュする活動をしています。

【高畑】 それが本業ですか。

【アイモン】 本業です。

テック企業を働きやすい環境にするために文具を提案

【高畑】 今はサンフランシスコに住んでいて、日本にはどれくらいの頻度で来ていますか。

【アイモン】 扱っている商品が日本製ということと、知識を学ぶため、3年くらい前から1年に4回ほど来ています。展示会やイベントに合わせて来ることが多く、来るたびに新しい人を紹介してもらい、教えてもらうこと、学ぶことがたくさんあります。まだまだ知識が足りないので、もっと知識をつけたいです。

【高畑】 勉強中ということですね。

【アイモン】 文房具は使ってみないと良さがわかりません。とにかく使ってもらうことが一番大切なので、訪問先の営業では必ずいい商品を試してもらいますし、お土産としておすすめ商品を置いてきます。
使える場、使える機会をアメリカで提供したいと思っていて、いずれはイベントも実施してみたいです。

【高畑】 いい文房具を会社で使用してもらうために活動しているわけですね。
ちょっと日本の話をしたいんですが、日本ではバブルが崩壊して、リーマンショックが起こるなど、どんどん景気が悪くなり、会社が社員に文具を支給しなくなりました。それが逆にパーソナル文具の発達につながっているといわれています。日本だと会社から支給されるのならこれくらいでいいと思っていたものが、自分で買うならいいものを買いたいとなりました。


【アイモン】 欲が出たということですね。日本の消費者は商品知識があるから、いいものを選ぶという展開になったんですね。

【高畑】 逆にアメリカは知識がないので、まずは会社から良い文具をタダで支給するという流れが必要なわけですね。

【アイモン】 そのとおりです。日本の手帳文化でも同じ現象がありました。最初は会社から手帳が支給されたことで使う習慣ができ、そして会社が支給しなくなると、みんなが自分で買い始めたわけです。

【高畑】 昔、手帳を会社が配り始めたときは年玉手帳といっていたんです。要するにお年玉ですね。会社は社員に加えてお得意先にも手帳を配るようになり、そのうちその手帳の人気が出たということがありました。ノベルティですね。

【アイモン】 アメリカのテック企業はバブルで、人材確保が一番難しくなっています。だから人材の取り合いで高い給料は当たり前。プラスαの部分で競争している状態です。そこに環境としてデジタルだけでなく、アナログのツールも充実していて働きやすい場所なんですよとなったら、差別化になると思います。

【高畑】 デジタル企業が社員を逃がさないためにアナログのノートを配るというのは面白いですね。

【アイモン】 それを私は目指しています。文房具の良さを分かってくれる人たちもじわじわ増えているので、きっとそうなると私は確信しています。

試せないから品質がわからず価格だけの競争に陥る

【高畑】 シリコンバレーに勤めている人たちは文房具を使っていますか。

【アイモン】 使っているのはホワイトボードマーカーと付箋の2つだけです。どちらも会議で使用しています。
彼らは会議に出るときに自分のノートを持っていくことはありません。ノートパソコンを持っていき、会議の最中にカチャカチャやって、議事録を取っているのか、Facebookを見ているのかわからないような状態です。そして何か重要なことがあったら、テーブルの真ん中に置いてある付箋の山から1枚取ってメモを書き、ノートパソコンにペタッと貼るといった使い方をしています。
アメリカ人の中でノートをパーソナルデータベースとしてみている人はほとんどいません。消耗品としかみていないので、仮にノートを5階上の会議室に忘れたとしたら、ほとんどの人が取りにいかないでしょう。

【高畑】 それはちょっと驚きました。

【アイモン】 テック系の企業に勤めている人は、しっかり勉強をしてきていますし、高い給料をもらっているので、最新のスマホや料理、ファッションなどにはこだわりがあります。その一部に文房具が加わるように伝えていけたらと思っています。

【高畑】 テック系ではなく、平均的なアメリカ人にとっての文房具はどうですか。

【アイモン】 文房具屋さんはほとんどないので、量販店で新学期の前に買いためることが多いです。子どもが買うのではなく、親が買い与えることが多いですね。
アメリカは合理主義なので値段が安くて量が多い方を選びます。車でお店に行って大量に買うという買い方なので、コストが第一基準になります。
筆記具はすべてパッケージに入って売られているので、試し書きはできません。質の違いがわからず、見えるのはデザインと価格だけです。そうするとやはり価格勝負になります。
それが普通なので、消費者は商品にあまり期待していないし、お店は安い商品の方が売れるということでいいものを置きません。そういう悪循環のスパイラルに陥っています。なので、新しい市場を作らなければいけないと思っています。

【高畑】 まだいい文房具を受け入れる以前の状態ということですね。

【アイモン】 ザビエルの状態です(笑)。僕が望んでいるのは大儲けすることではなく、市場を作りたいんです。だから、もしあとから参入した人がうまくいって大儲けしてもそれは構いません。
そのときに振り返って、今までなかった市場を僕が作ったんだと言えれば満足です。

【高畑】 日本の今の文具市場はどう見えますか。

【アイモン】 絶えず新製品が出ていて面白いです。行き詰まりは感じません。市場のサイズは多分変わらないでしょうが、新しいものがどんどん出ていることから、変化の余地はあるように見えます。変化さえあれば将来がありますし、それを楽しみにしています。
文房具は価格がお手ごろで、普通の人にアピールできるのが良さだと思っています。日本のお客さんはリテラシーが高いので、メーカーさんにはもっといいモノを作らないといけないというプレッシャーがかかります。元気な業界は競争が激しいですし、競争がなくなると変化も起こりません。今はまだ活発な業界だと僕は見ています。

プロフィール

Bruce Eimon (ブルース・アイモン)

1968年、東京都生まれ。宣教師の親の元で、小・中学校時代は愛知県の豊橋で過ごし、高校は東京のインターナショナルスクールに通う。アメリカの大学を卒業後、シリコンバレーにあるオラクル、ヤフーなどのIT企業に25年ほど勤務。2017年、アメリカのハイテク企業に日本の高品質な文房具を販売する目的で、自ら新会社「Think on Paper.Co」を設立した。「趣味の文具箱」でコラム『U.S.A⇔Japan 文具のかけ橋』を連載中。

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