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【連載】文房具百年 #58「1880年頃のアメリカの業界誌『GEYER'S STATIONER』からスタイログラフィックペン」

たいみち

1880年頃の業界誌の続き

 少し間が空いてしまったが、1880年頃のアメリカの業界誌「GEYER'S STATIONER」についてもう少し続けよう。前回はホッチキスについて書いた。今回は筆記具とその他広告を少し紹介しようと思う。
 筆記具は「スタイログラフィックペン(stylographic pen)」、日本語では「針先万年筆」などと訳されるものだ。そのペンの広告がいくつか載っており、現物を持っているものもある。筆記具には詳しくないので、この時代にこんなものがあったというくらいの内容になるが、その程度でもちょっとした情報提供になるだろう。

202310taimichi1.jpg*「GEYER'S STATIONER」

CROSSのスタイログラフィックペン

 今回紹介しようとしているスタイログラフィックペンとはどういうものか。「針先万年筆」という名称からは万年筆が想像できるが、見た目、特にペン先は万年筆の特徴的なそれとは異なり、どちらかというと極細のボールペンに近い感じだ。仕組みについては、丸善雄松堂のサイトでは「軸先に針が少しのぞいていて、紙に軸先をつけると針が引っ込み、周りからインキが流れ出る。」と紹介されている。Wikipedia※1では、現代でも使われている「製図用のペンの前身」であり、製図用のペンで有名な「ロットリングは、スタイログラフィックペンの製造元」であったとある。
 そしてスタイログラフィックペンは、アメリカのCROSS※2が発明したといわれており、そのCROSSのスタイログラフィックペンの広告がGEYER'S STATIONERに掲載されていた。

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*CROSS社のスタイログラフィックペンの広告。



 これがスタイログラフィックペンだ。CROSSのものというのがわかりづらいが、「PERFECTED STYLOGRAFIC」の次の行に「A.T.CROSS※2」と書かれているのが見える。何が書かれているのかGoogle翻訳で翻訳してみた。

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*CROSSのスタイログラフィックペンの広告をGoogle翻訳にて翻訳。



 相変わらず画像からの直訳はレイアウトが崩れて見づらいが、おおよそ書かれていることがわかる。(とりあえずこれだけでもすぐに見ることができるのはずいぶん助かる。)内容は主に各商品の紹介で、この時点で少なくとも5種類のバリエーションがあり、携帯用やインクをたくさん入れることができるタイプなど用途に合わせた特徴がある。
 商品紹介以外で、気になった記述があった。

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 A.T.CROSSは1880年6月29日までに、13の特許を取得しているとある。(ここでの「A.T.CROSS」は、創設者の息子「アロンゾ・タウンゼント・クロス」を指す。)特許があると聞くとつい調べたくなる。するとこの広告が出た時点で「最終」だったのだろう1880年6月29日までに8つの特許は確認できた。中にはペンホルダーや繰り出し式ペンシルも含まれる。また、1880年6月29日以降も含めると、多数の特許が存在する。少し改良するごとに特許を申請していたと思われる。その特許の中でスタイログラフィックに該当する最初の特許は下図の1877年登録のNo.190130だろうか。ペン先の形は微妙だが説明と図にはスタイログラフィックペンの特徴である「針」が出てくる。うーん、これなのかなぁ。

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 ちなみに、広告に「もっとも重要」とある1880年の特許は、軸の中にいかに空気を送り込むかという部分の特許らしく、スタイログラフィックペンの改良に当たる。
 なぜCROSSのスタイログラフィックペンに関する最初の特許が知りたいのかというと、「スタイログラフィックペンはCROSSが最初に作った」というのが本当かを確認したかったのだ。
 インターネットでスタイログラフィックを調べると、CROSSが最初に作ったという情報が出ては来るのだが、個人のブログだったり、根拠が不明瞭だったりする。何年に、というのも今一はっきりしない。当のCROSSのホームページにはスタイログラフィックペンの広告? の画像はあるが、具体的な年は記載されておらず、「最初に作った」ということも特に書かれていない。
 これは、もしかしたら文房具の始まりによくある「実は違った」パターンではないだろうか。

MACKINNONのスタイログラフィックペン

 入手したGEYER'S STATIONERにはほかにもスタイログラフィックペンの広告が掲載されていた。その一つがMACKINNONだ。そして実はこちらの方はCROSSのスタイログラフィックペンより先にあったという説がある。

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 見た目はスタイログラフィックペンで、説明を読むと「先端にイリジウムの穴あき粒子を使用」しており「摩耗しない」ということをセールスポイントとしている。「Fluid Pencil」は直訳すると「液体鉛筆」なので、インクを使ったペンということだろう。
 広告に記載されていることだけだと、よくわからないので特許を調べてみた。1875年申請、1876年に登録された特許がある。描かれている図は先端に細い針のようなペン先が書かれており、スタイログラフィックの仲間といってよさそうに見える。だが説明を読んでも、もともとの知識が足りないこともあり、よくわからない。

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 このMACKINNONについては、気になったので現物も入手してみた。先端にごく小さな穴が開いているが、針のようなものはなく、元から無いのか途中で無くなってしまったのかがわからない。

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*ペン先部分のパーツに接続する本体の軸には、先端に穴が開いたパーツがついている。



 このMACKINNONのペンは、特許登録日だけでみると、CROSSのペンより先である。もちろん特許の出願や登録以前に商品化されているケースはあるし、特許を申請していないケースもあるだろう。とはいえ、特許の申請と登録年月日はかなりはっきりした時期特定情報なのだ。
 だが、これをスタイログラフィックペンとしてCROSSのペンと比較していいのかがわからない。せっかくCROSSの対抗馬と目されるMACKINNONの現物まで手に入れたが、約150年前のスタイログラフィックペンのルーツについてここでは何とも結論付けられないことがわかった。まぁ、これを紹介しておくことで、いつか何かと繋がるかもしれないと、のんびり構えておこう。

 私が所有しているMACKINNONのペンについて補足をしておこう。広告のイラストの後ろの部分にあるノックのようなパーツはないが、それ以外はほぼイラスト通りである。キャップ、ペン先部分、本体、後ろ部分の4つのパーツがねじ式でつながっている。洗浄してインクを入れてみたりしたが、書ける気配はない。軸の後ろの部分に「D.MACKINNON PAT MAR.21.76」と刻印されており、前出の特許を見つけることができた。

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 「最初のスタイログラフィックペン」に当たるかはわからなかったが、優美な模様が施されているキャップと後ろの金属部分が美しく、それだけでも入手しておいてよかったと思う。金でできているのか、今でもピカピカに光っていて、取り出すたびに見とれてしまう。

 なお、スタイログラフィックペンの広告はもう一つあったので、それを紹介して、この話は終わりにしよう。

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 これを見ると、「当社のスタイログラフィックペンは」とあり、1880年頃にはすでに複数メーカーからスタイログラフィックペンが発売されていたことがわかる。特許としてはMACKINNONの1876年か、CROSSの1877年が最初期に当たるだろうから、そこから数年で普及したのであろう。
 この時代は資料が限られているのと、いつの時代でも筆記具はとにかく多数のメーカーや発明者が競って商品開発や改良を加えているので、何が最初というのはなかなか難しい。ただ古文房具好きとしては、単にモノを見て「素敵」「面白い」「格好いい」と感じるのにプラスして、「どっちが先?」など当時の事情に思いをはせるのも楽しいものなのだ。

その他の広告

 今回は、その他の広告を少し紹介して終わりとしよう。スタイログラフィックペンとは全く関係ないが、DENNISONの広告がカラー印刷で目を引いた。DENNISONSはアメリカのラベルやクリップなどのメーカーだ。ただ、アメリカのオークションサイトでもよく見かけるので、昔から続いており今でもあるメーカーかと思っていたのだが、調べてみたところこの時代に存在したDENNISONという会社を見つけられず、1935年創業の似た名前のラベルメーカーがあることが分かった。いったん廃業して別の会社に引き継がれたなどの事情があるのかもしれない。

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 これは同じくDENNISONの広告で、クリップが紹介されている。金属の一部を折り返して止める仕組みらしい。「これがあるとカタログやパンフレットを製本することができる」とあり、折り返しによって穴が開いた状態になっているところを使って下げたりすることができるというのもセールスポイントのようだ。こういうものも見つかれば入手したいところだが、小さなものはなかなか難しい。業界誌やカタログなどの資料を見て、形を覚えて地道に探すしかない。
 いつか見つかるさ。

近況

 今年も残り少なくなった。そしてこの連載についていえば今年はいろいろと忙しくて2か月ごとの更新ペースとなってしまった。紹介しようと思う文房具はあるのだが、文房具のイベントへの出展や、テレビ・ラジオに出演させていただく機会が今年は多く(10年分の依頼が集中したかのようだった)、なかなかペース配分がうまくいかなかったのが反省点である。
 何はともあれ、私は元気で、素敵な古文房具や資料も入手出来ている。連載はまだ続けるし、今年はあと2回更新することを目標に頑張ろうと思うので、皆様どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げる。


※1 製図ペン:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%BD%E5%9B%B3%E3%83%9A%E3%83%B3
※2 CROSS:A.T.Cross.Company ボールペンが有名なアメリカの高級筆記具メーカー  https://www.cross.com/cr_ja_jp/

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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