
【連載】文房具百年 #48 「紙をまとめるちょっと残念な道具2点」
これ便利だった?
今も昔も事務用品は進化し続けている。進化の過程では、それぞれの時代のアイデアや工夫があり、その中で何らかの優れた点があるものが残り、それが更に改良されるということを繰り返してきている。そうなると当然「当時は便利だったであろうが、現代では使えないもの」や、そもそも「当時も使えなかったのでは?」と思われるものなどが存在する。
今回紹介するのは、その後者にあたる「作られた当時から残念なもの」疑惑が大きい2点だ。とはいえ、どちらも形・機能ともにユニークで、残念なところさえも面白く感じられ、見ているとついニヤついてしまう。
PINZIT
まずPINZITを紹介しよう。PINZITは上の写真の右側の道具で、名称はおそらく「ピンジット」と読むのであろう。この単語に特に英語の意味はないようなので、商品名(兼会社名)としての固有名詞と思われる。
*PINZIT アメリカ、1920年台
これは何をする道具なのか。名前の通りピンを使う道具だ。専用のピンで紙をとめる。では、ホッチキスのようなものかというと、大きな枠組みでは仲間と言えるが、ホッチキスのように針をまげて紙をホールドするような機能はない。ただ刺すのだ。
そう言っても分かりづらいと思うので、写真で説明しよう。
まず、PINZIT専用のピンはこれである。購入した時、ピンはついていなかったのだが、本体の中に引っかかっていたのがあったようで、本体をいじっていたら出てきてびっくりした。本体も手に入らないが、専用のピンはもっと手に入りづらいので、一つでもあったことは非常にありがたい。
そしてこのピンを本体にセットする。本体の前の方についている変形の筒のような部分がピンをセットするところだ。
この変型筒はピンの形に合った造りになっている。ここにピンを入れるのだが、これがとても入れづらい。水平にセットされた状態にしなければならないのだが、なかなかうまくいかない。コツがあるのか、またはピンをセットする補助具などがあったのかもしれないが、そーっと落として、水平になるように本体を揺らしたりしてセットした。
ピンがセット出来たら、束ねたい紙を置き、ハンドルを下す。
ハンドルを下すことで、土台の形に合わせて紙が曲げられ、そこにピンを指す仕組みだ。ハンドルを下すと、カチッという感覚がしてピンが押し出されたのがわかる。(なお、ここで専用のピンを使ってやってみたところ、引っかかってうまくいかない。1本しかない専用ピンを曲げてしまったりすると大変なので、虫ピンで代用することにした。)
「えいっ」とハンドルを下す。
できた!これがPINZITの紙をまとめる機能だ。
え? これだけ? これならピンをセットするのに苦労している間にできてしまうのでは??
はい、その通り。本体の見た目も大げさで専用のピンがあるというところも大げさなのに、できることがこれだけというバランスの悪さが残念な道具だ。ちなみに専用のピンはなぜあの形なのかというと、重ねてセットするにはピン自体に幅が必要なのと、外しやすいように、という工夫も兼ねていると思われる。PINZITは1920年代のもので、時期的にはすでにいろいろな種類のホッチキスが出回っている。だからPINZITはホッチキスのようにしっかりとめるのではなく、すぐに外せる仮止めのような機能を最初から目指していたと思われる。
このPINZITを考案した人は、「簡単にピンで紙を留められる道具があれば便利に違いない」という発想から、基本的な仕組みを考え、そこから課題となる点を改良していった結果、一周回って便利かどうかわからないものが出来上がってしまったのではないかと想像した。そしてPINZITはその形のユニークさから強いインパクトを人々に与えたかもしれないが、おそらくヒット商品にはならなかった。なぜならオークションで数年に一回くらいしか見ることがない、即ち存在している数が少ないということだからだ。
ちなみに、道具として評価するなら残念なものだろうが、昔の文房具好きという立場からすると、大げさな外観の割に気抜けするような簡単な機能、入手困難なレアアイテムとなると、これはもう大変魅力的な一品だ。何年も探しており、やっと手に入って嬉しい限りだ。
なお、動画も撮ってみた。あっという間に終わるので、よかったら見ていただきたい。
Clip Snap
もう一つの道具は「クリップ スナップ」という。入っていた箱には「The M M M Clip Snap」とあるが、本体には「M&M Clip Snap」と刻まれており、どちらかわからないのと、長いのでここでは「クリップ スナップ」と呼ぶことにする。
これは何をする道具かというと、クリップ スナップの名前の通り、紙にクリップをとめる道具だ。ただ、クリップと言っても、今も日常的に使われているゼムクリップと形が違う。このクリップ スナップで使えるクリップは限定されている。ただし、この道具に合わせてクリップが作られたのではなく、もともとあるクリップの形に合わせて、この道具が作られたようだ。クリップ スナップは1913年に特許を登録しており、使われているクリップは1897年からあるものだからだ。
そのクリップはこちら。
このクリップは「ナイアガラ」という。なぜナイアガラなのかは今のところ調べていない。(19世紀のクリップは実にいろいろな名前を持っているものがある。)クリップ スナップはこの「ナイアガラ」クリップを紙にとめる為だけの道具だ。
では、こちらも写真で紹介していこう。
クリップ スナップもたくさんのナイアガラクリップをセットできるようになっている。そしてPINZITのように本体がクリップがうまくはまる形になっており、上からセットしていく。セットするときのポイントは、左右に伸びでいる足が下、三角部分が上に来るようにすること。
一つだけセットしたところ、こんな感じだ。まとめてセットするとこうなる。
本体後ろのレバーを押すと、板が前に出てきてクリップを前に押し出す。
すると左右に開いている足は、土台と抑えの板の間に入り込み、三角部分は上に押し上げられる。
クリップをセットしたら、紙を置いて、後ろからレバーを押せば完了だ。
はい、出来上がり。以上だ。これは大量のクリップ止めをする時に便利そうに見えるが、大きな問題があった。クリップの足が土台と抑えの金属板の間にうまく入ってくれないのだ。どうしても少し浮いているというか、上向きの角度がついており、うまくいっても片方だけでもう片方はひっかかってしまう。この撮影のためにクリップの足の角度を手で修正して何度かやり直して何とか撮ることができた。つまりこれもうまく機能するように手を加える必要があり、それだったら手で止めてしまった方が早いのだ。
というわけで、これも便利さという意味では厳しさがあり、正直ヒット商品にはならなかったであろう。だが、手で止めればいいクリップ止め作業をもっと簡単にしようという発想がいいではないか。道具というのはちょっとした発想と、それに基づくチャレンジで進化していくものだろうし、同じようなことはきっと何度か考えられているに違いない。そういえば、ゼムクリップを自動でとめる機械があったかもしれないと思い、調べたが確認できなかった。ただ日本で2020年にゼムクリップをとめる「クリラーク」※1という道具がLIHIT LAB.から発売されていたことが分かった。
100年前と同じような商品が発売されると、100年前の製品に賛成票が一票入ったような気がして、なんだかうれしい。
なお、こちらも動画を撮ってみた。紙を挟まずに操作したらクリップが飛んで行ってしまったというアクシデントはあったが、PINZITよりも更に短い動画なのでご覧いただけると幸いだ。
紙をとめる道具
今回特に珍しい「紙をとめる」道具を2つ紹介したが、どちらもアメリカの製品だ。思えばアメリカはホッチキスの種類も多く、ピンを使ったものや、クリップにしてもいろいろな形があるなど、紙をとめる道具のバリエーションが多い。それに比べると日は輸入されていないものも多くあるなど、バリエーションが少ない。きっと日本は生活の中に「和綴じ」があったからなのだろうな、などとぼんやり考えながら、今回は終わりである。
いや、何のことはない。アメリカの紙をとじる道具をもっと紹介したいと思っただけだ。少しずつ。
※1 クリラーク:株式会社LIHIT LAB. クリップを簡単に連続してとめることのできる道具。
https://www.lihit-lab.com/products/catalog/m-22.html
*Clip Snap
*Clip Snapの箱に入っていた注意書きと値札。$3.48だった
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