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【連載】文房具百年 #30 「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(1)」

たいみち

認知度の低い事務用品

 展示をしていて「これは何ですか?」と聞かれることが多い事務用品がある。ついでに言うと骨董商の方からも「これ何?」と聞かれることある。その抜群の認知度の低さを誇るのは小切手や手形で不正ができない用にする道具だ。「チェックライター」といえば知っている方も多数いるが、チェックライターでも100年も前のものや、改ざん防止や使用済みであることを記すための道具となると、見たことがなく現物を見ても、さらに説明を聞いても何のための道具だがピンとこない人が多い。そこでせっかくこんな連載をやらせてもらっているので、無名な事務用品をもう少し多くの人に認知してもらおうと思いテーマにした。
 今回は軽くウォーミングアップ代わりに日本のチェックライターを紹介しよう。これならまだ知っている人も多いはずだ。そして次回以降で改ざん防止用の道具や欧米製品を紹介していこう。

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*sun印チェックライター、昭和30年頃

小切手・手形

 時代の流れが速く、どこを基準にしていいか迷ってしまったので念のため、手形・小切手の説明から始めよう。
 手形も小切手も有価証券で、券面に記載された金額が所有者に支払われるというものだ。手形は、数か月など一定期間先の期限を決めて「その日に払います」、とする約束手形が日本では一般的だ。小切手は特に期限はなく銀行の窓口にもっていくと、現金が支払われる。昭和のマンガやドラマなどで白紙の小切手(受け取った人が好きな金額を書き込める)が送られてきたり、たいそうな金額を書き込んで渡す、などのシーンは結構盛り上がるところだったが、ネットバンクやスマホでの送金が一般的になった現代ではすっかり見られなくなった。
 話がそれたが、小切手・手形はどちらも金額が書いてある紙で、お金と同じ価値がある。だから、その金額を書き換えられたり、すでに清算済みのものをもう一度請求されたりすると、大問題なのだ。そのためいかにして数字の改ざんを防ぐか、使用済みであることを確実に表現するかは小切手・手形にずっと付きまとってきた課題であった。

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*約束手形用紙(昭和)と小切手用紙(大正)

日本でチェックライターが登場した頃

 チェックライターが日本に入ってきたのは明治40年頃だ。当時はチェック(=小切手)ライター(=印字機)という英語名ではなく「打抜器」という名称だった。明治40年発行の「新式商工執務法」という書籍に「手形小切手その他の証券の変改を防がんがため」の道具として「打抜き器」が紹介されている。

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*S・P打抜き器、新式商工執務法〈明治40年、実業之日本社〉掲載



 なぜチェックライターではなく、「打抜器」なのかというと、初期のチェックライターはインクを使って数字を印字するのではなく、数字の形に穴をあけていたからだ。穴をあけてしまえば、書き換えることはできないだろうという発想だ。このイラストの「S・P打抜器」は数字の形に並んだ針のようなとがった金属の棒で、紙を打抜くタイプだ。小切手などに数字を記す機能としては「チェックライター」と言えるが、形などはずいぶん現代の一般的なチェックライターとは異なっている。
 大正初期にはこのS・P打抜き器だけでなく、ほかにも打抜き器が紹介されていた。注目すべきは当時の日本でもかなりヒット商品であったチェックライター、「シカゴ印」の打抜き器が登場していることだ。

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*コスモス数字打抜き器(右)、シカゴ印(左)、堀井謄写堂営業目録(大正4年)掲載。シカゴ印に「和製」とあるが、「¥」マークのことを指しているのか、日本国内で製造したものがあってそれを指しているのかは不明。



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*日本字切込印字機(右)、バンク式手形打抜き器(中)、手形保護器(左)。右と中は「関弥三郎本店」カタログ(大正頃)、左は国民商業事典(同文館、大正2年)掲載。



 このシカゴ印の打抜器は、当時のカタログや広告で多数紹介されており、複製品も多く存在した。これも数字の形に紙を打抜くのだが、こちらは針を突き刺すタイプではなく、数字の形に並んだ小さな穴が開く。
 
自分としては当初チェックライターに興味がなかった。あまり格好良くないし、重くて場所も取るので「いらない」と思っていた。だが、ある時このシカゴ印打抜き器は数字の形に穴をあける仕組みであることを知り、一気に興味が湧いた。そこからチェックライターを集めるようになったわけだが、100年前に初めてこれを見た日本人もさぞかしびっくりしたのではないだろうか。

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*シカゴ印タイプのチェックライター



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*ハンドルを押下すると、数字の形に並んだ細いパイプ状の金属が下りてきて、紙に穴をあける。




日本製のチェックライター

 大正期の前出の「関弥三郎本店」のカタログには「日本字切込印字機」という大きな箱のようなものが紹介されており、堀井謄写堂のカタログ含め、掲載されているチェックライターの通貨マークが¥マークになっているなど、日本国内にチェックライターが根付いてきている雰囲気がある。ただ、これらのチェックライターは日本製か輸入品かははっきりしない。この「関弥三郎本店」「堀井謄写堂」は輸入も行っていたので、海外で日本向けに作ったものを輸入した可能性もあるし、堀井謄写堂のシカゴ型の説明に「和製」とあるのは日本製であることを表しているのかもしれない。(単に金額マークが「¥」であるだけのような気もするが、「和製」の方が安いしどうなんだろう、悩ましい。)
 日本国内でチェックライターが製造されるようになった時期は、大正10年頃と思われる。特許は大正11年に出願された実用新案があり、同時期の伊藤喜商店の広告には「多数のシカゴ型模造品続出」と書かれており、大正時代に海外メーカーと交渉して模造品を輸入するのは本物を輸入するよりハードルが高いだろうという推測から、「きっと模造品をたくさん作れるくらい、日本のメーカーがチェックライターを作るようになっていたのだ」と思った次第だ。

202011taimichi9.jpg*実用新案「手形打抜き器」図解(一部抜粋)。大正11年出願。



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*官報に掲載された伊藤喜の広告(大正11年)と実際のシカゴ型についている船のマーク(文具王 高畑正幸氏蔵)



 なお、前出の写真と動画のシカゴ型打抜き器だが、よく見ると、前面のプレートの社名スペルがシカゴ型のメーカー「CUMMINS」ではなく「CUNNINS」とカンニングみたいな社名になっていた。お恥ずかしい話、私はこれを本物の「シカゴ型打抜き器」だと思って購入し、本物のシカゴ型を紹介しているつもりで、写真を撮り、動画を作った。だが、写真を加工しているときにスペル違いを見つけてしまったのだ。そこで慌てて「シカゴ」を「シカゴ型タイプ」と書き直すなどあちこち修正することになった。
 さらに、伊藤喜商店のマークの付いたシカゴ型打抜き器も持っており、伊藤喜商店は正規の代理店だったので本物のシカゴ型打抜き器に伊藤喜のプレートを付けて販売しているのだろうと思ったのだが、裏面に刻印されているシカゴ型のメーカー「B.F.CUMMINS」社のスペルがおかしいことにも気づいてしまった。「B.F.CUMMINS」のはずが、「B.F.GUMMINS」となぜかグミみたいな社名になっているのだ。どうやら「CUNNINS」の方は「続出」していた「シカゴ型模造品」の類で、100年たった今、改めて引っかかってしまったようだ。伊藤喜商店の方は、そもそも伊藤喜商店として販売しているので、裏にシカゴ型のメーカーの名前を入れなくてもよかったのでは?と思う。
 今までいろいろなシカゴ型のチェックライターを見たが、こうなってくるとその中でどれだけ本物のシカゴ型があったのか見当がつかない。

202011taimichi11.jpg*自身が所有しているの2台のシカゴ型タイプのチェックライター。右は社名が「CUNNINS」と間違っておりメーカー不明。左は伊藤喜商店のもの。



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*右は表のプレートの社名が「CUNNINS」になっているシカゴ型タイプの裏面。裏面は正規品と見分けがつかない。左が伊藤喜のシカゴ型タイプで「GUMMINS」になっている。



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*右は正規品のシカゴ型打抜器の前面プレート。(浅川茂氏蔵)、左は社名が「CUNNINS」となっている自身が所有している「模造品」。



 なお、大正11年出願の特許を見ると、数字の形に打抜くのではなく、印字するタイプだ。印字と言っても説明をよく読むと「細刻みして鑢(やすり)目状にする」とあるので、紙にインクを載せるだけでなく、刻み込む仕組みだ。そしてこの印字するタイプの製品は大正14年の福井商店文具時報に「手形数字器」として掲載されている。資料を見るとなかなか重厚で迫力のあるデザインだ。その後はデザインや素材の進化はあったものの基本的な使い方や機能はあまり変わらず、現在に至っている。そして、シカゴ型タイプの小さな穴をあけるタイプは昭和35年頃のカタログにも掲載されており、商品として息の長さにも驚かされる。

202011taimichi14.jpg*福井商店(現ライオン事務器)「アトラス」。「福井商店文具時報」(大正14年)に掲載。



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*福井商事(現ライオン事務器)チェックライター。時代は昭和25年頃のものと推測されるが、重厚な質感とデザインは前出のアトラスの継承を感じられる。



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*ギザギザのある丸い部分に、文字盤を押し付けることで、間に挟んだ紙を数字の形に刻むように印字する。



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*福井商事のチェックライターで刻印した紙の拡大図。インクがないので色は薄いが、紙に凹凸が残っていることがわかる。



その他チェックライター

 他に日本のチェックライターで特徴があるものとしては、ナンバリングマシン式と縦型のチェックライターがある。だろう。ともにさほど古いものではないが、バリエーションとして紹介しておこう。

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*三星数字金額器。日付印を合わせる要領で数字を合わせ、ナンバリングマシンのように上から下へ押し付ける。



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*「三星」は伊藤喜の商標。またこの写真の金額器は比較的新しいが、古いものは数字が旧漢数字になっている。





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*縦型のチェックライター。SUN製品、昭和30年前後。本体の真ん中から左寄りの位置で、縦に紙をセットする。文字を打つと紙は上に向かって動いていく。



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*昭和38年には、全国銀行協会連動会によって小切手は横書きと定められたので、以降縦型のチェックライターは引退を余儀なくされたことになる。



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*福井商事のチェックライター同様、紙に刻みつけるための金具。







 余談だがこの原稿を書いていて、今のチェックライターはどういうものが販売されているのだろうとamazonをチェックしてみた。すると電子式のチェックライターが並んでいる中に、かろうじて手動で動かすアナログのチェックライターも掲載されていたという状況だった。多分、おそらく、、、電子式含めチェックライターは今後ますます忘れられていく道具なのだろうという気がする。
 そして、今回はここまで。次回は日本の小切手保護器や消印の道具を紹介しようと思う。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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