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【連載】文房具百年 #29 「謎のマーキングペン」

たいみち

文房具百年ではないかもしれない

 今回は謎のマーキングペンを入手したので、その紹介をしたいのだが、タイトル通りどういうものかがよくわからないため、あまり書くことがない。それだけではあんまりなので、マーキングペンについての紹介も入れて進めることにした。
 なお、その「謎のマーキングペン」は一応100年前のものの可能性があると思ってテーマにした。だが、100年前どころか、ごく最近のものであることが分かった場合は、恥ずかしいのでこの記事ごと非表示にしてしまうことも考えている。
 だからどうぞ早めに読んでおいてください。

ガラスやゴムのマーキングペン

 マーキングペンとはそもそも何を指しているのだろうか。タイトルにした「謎のマーキングペン」は日本でいう「マジックインキ」、ペン先がフェルトの油性マーカーのようなものを指している。だが、アメリカで「マーキングペン」というと必ずしもフェルトペン先の油性ペンとは限らない。「マーキングペン」というからには何かに印をつけるために使われるペンを指すのであって、その目的で使えれば、ペン先の素材が何であろうとマーキングペンなのだ。
 とはいえ、極端に範囲を広げても、何の話をしているのかわからなくなるので、ここは文房具の範疇に入る「マーキングペン」の話をしよう。そして私が見つけた古い「マーキングペン」はガラスのマーキングペンだ。

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*BRIGGS’ MARKING PEN



 このマーキングペンは「BRIGGS’ MARKING PEN」というもので、1869年の事務用品のカタログや1872年の雑誌の広告に名前を見ることができる。カタログでは「Briggs’ Glass Pen」とあるが、BRIGGS’ MARKING PENはガラス製であり、布用のペンなので同じもので間違いないだろう。

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*「D.Appleton and Company COMPLETE ILLUSTRATED CATALOGUE」、1869年



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*「Harper_s_Weekly」1872年



 このBriggs’ Marking Penの広告や記事を拾い読みしたところ、洋服に書く以外に、当時ホテルで部屋に置いているリネン類が盗まれるのを防ぐために使われたようだ。ホテル名などを書いていたのであろう。そして布に書けて洗っても消えないインクを使うにあたり、金属製のペン先よりガラスの方が具合がよかったようだ。
 なお、このガラスペンのペン先は4つに分かれており、その溝にインクが流れる仕組みだ。紙に書くペンではないが、現代のガラスペンとほぼ同じ形状であり、このペンはマーキングペンとしてだけでなく、この形のガラスペンとしても最初期に当たる。

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*BRIGGS’ MARKIING PENを上から見たところ。



 マーキングペンについて調べると、ゴム製のものも見つかった。こちらはBriggsより少し遅い1876年以降の広告で見ることができる。

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*「The American Stationer」1886年



 イラストだけで現物や写真がないのではっきりしないが、このペンもゴムのペン先に溝を作っているように見える。だとすると書く仕組みはガラスペンと同じであろう。
 そして説明文は大体下記のような内容だ。

「この道具の大きなメリットは、あらゆる方向にストロークを作成できる機能と使いやすさです。これにより、ブラシのようにペイントするのではなく、大きな太字で書くことができます。ブラシの使い方に不慣れな方でも、ラバーマーキングペンを素早く簡単に扱うことができます。
 通常の筆記用インクだけでなく、マーキングインクにも使用できます。また、ブラシよりも、デスクがはるかに清潔で便利なので、マーキング器具をたまにしか使用しない人に特に適しています。
 これは、速達や郵便物、紙の小包などに住所をマークするために使用するのに最適な道具です。」

 ゴムのマーキングペンは布に文字を書くためではなく、現代のマジックインキのように大きな太い文字を書くことができるのが特徴だったようだ。

 特許のなかでマーキングペンを調べると、1896年にはペン先がブラシになっているマーキングペンが見つかった。製品化されたかは不明だが、現在のカラー筆ペンのようなものだろう。また、同じ年の「FOUNTAIN MARKING PEN」は一風変わった形をしており、現物があるのなら是非見てみたい面白いものだ。

202010taimichi6.jpg*左:「MARKIING INSTRUMENT」、W.J.BELL、1896年。右:「FOUNTAIN MARKING PEN」、W.N,FESSEVDEV、1896年。

フェルトペン先のマーキングペン

 そろそろ謎のマーキングペンに近づきたいがその前に、現代の油性マーキングペンがいつ頃登場したのかを話そう。
 日本ではマジックインキが昭和28年に発売された。マジックインキのインキ製造の特許は昭和31年に出願、意匠登録の出願は昭和35年だ。

202010taimichi7.jpg*マジックインキ意匠登録、昭和35年出願、昭和38年登録。



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*マジックインキ。ラベルに製法特許と意匠登録が印刷されている。



 マジックインキは使い捨てのイメージがあるが、実は補充用のインキがあり、補充して繰り返し使える。補充液は今でも販売されているが、昔の補充液の缶がなかなか洒落た良いデザインだ。

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*マジックインキの補充用インキ。



 昭和35年頃のカタログを見ると「マジックインキ」の姉妹品として細書きの「マジック マーカーペン」「マジックボールペン」などがみられる。ほかに他社からも似た商品がいくつも販売されていた。

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*左・中:丸善ワンダーインキ、右:チェックインキ



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*マーキングペン、ロイドインキ株式会社。



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*マーキングペン説明書。



 これらの共通点は「ペン先がフェルト」であることだ。そして日本ですっかりおなじみのフェルトペン先のマーカーだが、もとは欧米から来ている。ウィキペディアの情報では、1952年にアメリカのローゼンタールという人物が、マジックマーカーというガラスの容器にインクが入ったマジックマーカーを作ったところから広まったと紹介されている。ローゼンタールのマジックマーカーは持っていないので、代わりにMARSH77というフェルトペンを紹介しよう。本体がガラスではなく、ペン先もさほど太くないが、マジックインキのように缶に入った補充用のインキがセットされている。

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*MARSH77。交換用フェルトチップは形の違うものが2つついている。



 MARSH77は、1950年から複数の雑誌等に商品名が掲載されているのが確認できるので、1950年発売と思われる。
 一つ気になるのは、1950年発売だとするとウィキペディアに記載のローゼンタールよりもこちらの方が先になるが、そんなにヒットしなかったのであろうか。あるいはローゼンタールの「ガラスの容器」が、マーキングペンをヒット商品にしたキーポイントだったのだろうか。

謎のマーキングペン

 さて、前置きが長くなったが、そろそろ謎のマーキングペンを紹介しよう。箱や本体に「RECLAFIX」とあるので、それが商品名であろう。だがこの「RECLAFIX」という言葉を調べても、参考になりそうな情報が何も出てこない。とにかくこういうものだ。

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 中央の黒い棒状のものが、両端のふたが開くタイプの筆記具だ。上下に入っているのはガラス管で、ガラス管の中にはフェルトが刺さった交換用のペン先が入っている。

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202010taimichi16.jpg*スペアのペン先



 ふたの裏側にはフランス語の説明が印刷されている。

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*ふたの裏の説明書き



 冒頭に「Reclafixは、1つまたは2つの色で同時に書き込むために使用できます。」とある。交換用のパーツにも2つのフェルトが刺さったものがあるので、それを使うと2色同時に使うことができるということか。あとは交換方法が細かく書かれている。

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 ペンは中に金属製のシリンダーが組み込まれている。縦割りで2つに分かれているので、それぞれインクを入れて使うのだろう。だが2色で使うときは、どうするのだろう。

202010taimichi19.jpg*軸の中は二つに分けられた金属のシリンダーが組み込まれている。



 そして一緒に入っていた怪しいプレート。
 「初期のマーカー」「フランス製 1900年頃」
 このマーカーが人手に渡っていく中でどこかで付け加えられたものだろうが、箱やマーカー自体、パーツに年代を特定できるような情報がなく、書かれていることは信憑性に欠ける。

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*箱の中に入っていたプレート。紙にラミネータをした感じ。



 とはいえほかに情報もないので、このプレートを参考として、このマーカーの時代について考えてみよう。
 「1900年頃」(Circa 1900)とあるが1900年頃にマーカーはあったのだろうか。今一般的に使われているマーカーは1950年代からスタートしているが、そもそもマーカー、マーキングペンはいつが最初なのだろうか。
 ウィキペディアをみると日本語版の「フェルトペン」では、「フェルトペンは1791年にイギリスの貴族によって考案されたのが最初とされる。」とあるが、根拠不明だ。
 続いてウィキペディア日本語版の「フェルトペン」、ウィキペディアアメリカ版の「Maker Pen」に共通で記載されているのが、1910年にリー・ニューマンという人物が特許を取得しているという情報だ。その特許が下記になる。
 ちなみにこの特許のペン先は「吸水性のものでフェルトが望ましい」とあり、1910年の時点で「フェルトペン先のマーカー」という考えがあったことは分かった。

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*「MARKING PEN」、Lee.W.Newman、1910年。



 この特許のマーカーは製造されなかったと言われているのだが、特許があるくらいだから1900年頃にこういったマーカーが既に存在していた可能性は十分にある。
 では、謎のマーカー「RECLAFIX」は古いものなのか。いくつかのことから私は100年くらい前のものであってもおかしくないと思っている。
 まず、入っていた箱とよく似た材質・雰囲気の100年くらい前のものを見たことがある。そしてペンの素材。本体はベークライト、芯はフェルト、スペアはガラス管、ガラス管の中の仕切りはセルロイドとどれも古くから使われている素材ばかりだ。100年前の筆記具を作るのに使われていても不思議はない。
 最後に大きさ。このマーカー「RECLAFIX」はとても大きい。前出のMARSH77と比較するとその大きさがよくわかる。MARSH77は少し太めの万年筆かサインペン位の大きさ、つまり普通サイズの筆記具だ。それに比べてマーカー「RECLAFIX」はその1.5倍ほどの長さで軸もとても太い。だがペン先の太さはそうでもなく、単に太い線を引くために大きな筆記具にしたのではないと思われる。つまり、マーカーという筆記具がまだ発展途上で製造技術が高くないころのもので、大きなものしか作れなかったのではないかと勝手な推測をしている。
 さて、果たしてこのマーカーは一体いつ頃のどういうものなのだろうか。

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*上がMARSH77(普通のサイズのペン)、下がマーカー「RECLAFIX」。

謎のマーキングペンの正体

 謎のマーキングペンの正体について私の結論。今の時点では、タイトルの通り「謎」だ。
 そしてこの話は一旦ここでおしまい。今のところこのペンについてこれ以上語る材料がない。ただ、もしいつか何かわかったら、ここで続きの話をしたいと思う。その機会があるかどうかもまた「謎」である。

 中途半端な終わり方だが、その中途半端さは即ち、
 「誰も知らないけど、1900年頃にはフェルトペン先のマーカーが実在したかもしれない。そしてこれがそうかもしれない。」という想像を楽しむ余地でもある。
 毎月この連載を書くことで、知らない文房具がまだまだあることを再認識している。モノだけでなく実は「知られていない事実」の多さも実感し、それを掘り起こすことに挑戦的な意欲を感じている。つまり古文房具というのは身近なようで実は未開の地とでも言うか、掘り起こされていないことがたくさんある世界なのだ。
 そんな未開の世界の面白さを、この「謎のマーキングペン」で感じてもらえればうれしいなぁというのが、今回の裏テーマ、いや、裏テーマというより今回の内容の正体と言える。そしてこれからも是非「未開の地 古文房具の探索」を一緒に楽しんでいこうではないか。

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プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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