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【連載】文房具百年 #24「手洗い動画と100年前の鉛筆削り器」

たいみち

2020年4月、ジャニーズ手洗い動画

 今ここで改めて言うのが憚られるほど、世界中で新型コロナウィルスの被害や影響が甚大になっている。そのため却って何も触れずにおこうかとも思ったが、いつか過去の内容を振り返った時に、こんなことがあったというのは残しておきたいと思った。いや、早く「あんなことがあったね」「あれ何年前だっけ?」という会話ができるまでになって欲しいと切に願う。
 今回のテーマは、鉛筆削り器だ。はじめは前回の帳簿の話を引き継ぐつもりだったが、おカネの話や少々小難しい話を書くのは気が進まなかったので、もっと気楽な内容に変更した。帳簿の話はまたいつか。

 鉛筆削り器を紹介しようと決めたのは意外なことがきっかけになった。3月末ごろからジャニーズ事務所が所属タレントの「手洗い動画」をYouTubeで公開して、話題になっているのをご存知だろうか。
 「はじめまし手」から始まるその歌詞は、正しい手の洗い方を説明しており、「すりすり」、「のびのび」、「ごしごし」、「にぎにぎ」、「ねじねじ」、「くるくる」と手洗いの手法が続く。
 唐突だが、私はこの歌詞を聞いて100年前、およそ1880年代~1900年初頭の鉛筆削り器を思い出すのだ。そこで今回は、手洗い動画にひっかけて、すりすりやごしごし、くるくると削る鉛筆削り器を紹介することにした。そして、動画から決まったテーマなので、紹介する鉛筆削りの動画も撮ってみた。うまく削れないものが多く、形だけ動かしているものもあるが、なかなか見る機会がないものだと思うので、是非見てほしい。

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机上設置タイプの鉛筆削り器について

 今回紹介する鉛筆削りは、机の上に設置して使うタイプの鉛筆削り器だ。以前小型の手に持って削るタイプの鉛筆削りを紹介したが、そちらではなくハンドルがついており、くるくる回して削るタイプの方だ。今出回っている鉛筆削り器で手動式のものは、多少のデザインの違いこそあれ、基本的な形や中の仕組みはどれも似通っている。
 だが、100年以上前には実にいろいろな形の鉛筆削り器があった。特にアメリカでは1870年代から、いろいろなメーカーが知恵を絞って、鉛筆をうまく削るための工夫を凝らした鉛筆削り器を製造した。単純なものや大げさなもの、一見どうなっているかわからない複雑な仕組みのものなど、バラエティに富んだ鉛筆削り器が世に送り出された。その頃鉛筆が大量に作られるようになり、それに合わせて鉛筆削り器の種類や数が急増したらしい。
 日本でも明治20年代には鉛筆が使われ始めていたが、当時はまだ使っている人も少なく削るのも小刀や小型の鉛筆削りが使われていた。日本にハンドルで回すタイプの鉛筆削り器が入ってきたのは、明治の終わり頃と思われる。そのころには、アメリカである程度使い勝手の悪いものは淘汰されていたようで、日本に輸入されたのは当時のアメリカでのヒット商品であり、残念ながら19世紀の愉快な鉛筆削り器のほとんどは日本にやってこなかった。

202004taimichi2.jpg*アメリカの文房具卸商のカタログ、1910年。すべて卓上タイプの鉛筆削り器で、形状や削り方もそれぞれ異なり、当時の鉛筆削り器のバリエーションの多さがよくわかる。

すりすり削り

 早速紹介していこう。最初はすりすりタイプだ。手洗い動画の歌詞だとWashだが洗うのではないので「削り」としておこうか。英語にしたかったがちょうど語呂の良い言葉がないようだ。
 紹介するのは「Perfect Pencil Pointer」という名前の鉛筆削りで、刃物を使って削るのではなく、土台のやすりにこすりつけて尖らせるという、よく言えばシンプル、悪く言えば原始的な鉛筆削りだ。
 1890年に特許を取得しており、真ん中の丸いパーツに鉛筆を差し込み、左右に動かすことで鉛筆を削る。
 土台と鉛筆を差し込む丸いパーツに歯車が仕込んであり、左右に動かすと鉛筆は自動的に回転するようになっている。

202004taimichi3.jpg*丸いパーツの下の穴に鉛筆を差し込む。



202004taimichi4.jpg*据え付けられたやすりへ、こすりつけるだけの簡単なもの。当時の鉛筆削り器の中では格段に安価だった。




◆動画:Perfect Pencil Pointerを動かしてみた



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*Perfect Pencil Pointerで削った後の拡大

のびのび削り

 のびのびタイプはナンバリングマシンのように上下の伸び縮みの動きの中で歯を回転させて削るタイプだ。「New Era Pencil Sharpener」という。特許は1915年で、コンパクトな形且つユニークな構造だが、このころには、現代でも使われている様な使い勝手の良いタイプの鉛筆削り器が登場しており、おそらくあまりヒットしなかったであろう。商品としての寿命は長くなかったようだ。

202004taimichi6.jpg*背面の穴から鉛筆を差し込む。




202004taimichi7.jpg*全面のカバーを外して撮影。手前の丸い金具が刃のように見えるが、これは上下運動に連動して奥にある刃を動かすためのパーツ。
左肩に少し見えているレバーで削り方の調整が可能。



202004taimichi8.jpg*鉛筆の上に見える丸い金属が刃になる。かなり鋭く、今でもザクザク削れる。



202004taimichi9.jpg*前面のカバー。商品名が刻まれている。




◆動画:New Era Pencil Sharpenerを動かしてみた


202004taimichi10.jpg*削った後、先端の方に削り残しのようなこぶが残ってしまったのは使い手側が不慣れなせいであろう。ただ、上から刃を振り下ろすような強引な削り方なので、芯が折れやすい。

ごしごし削り

 ごしごしタイプは、「Gem Pencil Sharpener」を紹介しよう。円盤にやすりをセットして、鉛筆を押し当ててごしごし削りとる仕組みだ。「すりすり」とも言える方法だが、削り方が荒っぽく、削りくずの事など何も考えていないワイルドさからすると、やっぱり「ごしごし」か「ごりごり」といった表現が似合う。時代は1886年から1918年までと、30年以上販売されていた※1ことに驚く。大振りで場所も取るし、機能面で優れているとも思えないが、このワイルドさがアメリカにマッチしていたのだろう。

202004taimichi11.jpg*円盤についているやすりは前所持者がつけたものと思われる。工業用と思われるかなり固いやすりがついていた。




 鉛筆の角度は少し動かすことができ、当て方によって削り具合を調整できそうだが、うまく使うには使う側の慣れが必要。

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◆動画:Gem Pencil Sharpenerを動かしてみた

*取り付けられたやすりに凹凸があり、引っかかってしまうためあまり鉛筆が当たらないように動かしている。

ねじねじ削り

 順番からすると「にぎにぎ」だが、これだけ思いつくのが少し違うタイプなので、いったん飛ばして次はねじねじだ。鉛筆削りでねじねじというと、今でも使われている円筒にらせん状の筋が入った刃を思い出す。刃のらせん形が円筒をねじったようではないか。実際ねじれた角度で鉛筆を削っているので、あながちずれてはいないと思うがどうであろう。
 このタイプは日本でもアメリカから大正時代にChicagoという鉛筆削りが輸入され、それ以来卓上タイプの鉛筆削りはすべてこのタイプになったといっても過言ではないほど「全部持って行った」鉛筆削り器だ。
 ちなみにこのねじねじ刃の鉛筆削りはChicagoが最初ではなく、Climaxという商品が最初とのことだが※2、本体に記されている特許を見ると、Chicagoは1900年のものがある。この特許は削り方ではない他の部分の特許であるということが推測されるが、詳細はいつか調べてみようと思う。日本へはClimaxも輸入されていたが、さほど人気は出なかったようだ。削り方はChicagoと変わらないが本体が大きく且つ金属でできている分、Chicagoより割高だったのであろう。

202004taimichi14.jpg*Chicago。日本に多く輸入され、これをお手本とした類似品も多く作られた。




202004taimichi15.jpg*円筒側の刃を2本装備している。



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*Climax。最初期のものは形が違う。



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*私が所有しているものは、輸送途中でハンドルが折れてしまった。



202004taimichi18.jpg*左下にあるつまみを動かすことで削り具合の調整ができる。




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*左はChicagoの本体に書かれた特許取得年月日。右はClimaxで、1906年、1904年の表記がかろうじて読める。

くるくる削り

 くるくる削るタイプは、言ってみればハンドルを回して削るタイプはどれもくるくるタイプと言えないこともない。その中でも一味違うくるくるタイプを紹介したい。「Planetary Pencil Pointer」という商品名のこの鉛筆削りは、鼓型の刃が鉛筆の周りを回転する仕組みだ。その様子が惑星のようであることから「Planetary(惑星)」という商品名になった。当時、鉛筆削り器は刃を固定して鉛筆の方を回転させていたが、これは刃を回転させたという点が新しかった。削り方による特徴か、削りくずは粉末のように細かく、削れるのにも時間がかかる。特許の取得は1896年だ。

202004taimichi120.jpg*上部にカバーはなく、オープンな状態。



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*本体に取り付けられたプレート。




◆動画:Planetary Pencil Pointerを動かしてみた

*板に取り付けているが、実際に削る場合は本体が台などに固定されていないとうまく削れない。そのためある程度削った鉛筆で試している。




 もう一つ、円盤状のプレートに小さな刃をたくさんつけて、回転力でそぎ落とす回転刃タイプも紹介しよう。「The Beebe Premier Pencil Sharpener」という商品で、1910年の特許だ。本当は削りくずを入れる箱がついているが、私が入手した時にはついていなかった。小ぶりなサイズ感と、テーブルに固定するための金具、ハンドルのデザインが美しい。
 回転刃タイプは欧米で広く使われており、複数のタイプが出ているが、その中でもこれは小型で、刃をプレートにねじで止めているところが変わっている。(通常は手裏剣のような形の1枚刃が使われている。)ねじで止めているのは、刃の交換ができるなどの工夫だったのかもしれない。その構造によるものかは不明だが、残念ながら切れ味はさっぱりである。

202004taimichi124.jpg*テーブルに取り付けて使用する。回転に合わせて、鉛筆も回転するようになっている。



202004taimichi125.jpg*全体的にコンパクトなつくり。ハンドルのカーブが美しい。




◆動画:The Beebe Premier Pencil Sharpenerを動かしてみた


*残念ながら全く削れない。カチカチ音がするのは、鉛筆を保持しているパーツを回している音。

一応にぎにぎ削り

 卓上タイプの鉛筆削り器でにぎにぎする削り方のものを思いつかなかったので、パスしようかと思ったが、小型鉛筆削りでちょうどいいのがあるので、一応紹介しておこう。はさみのようなハンドルを握って削る「バリカン削り器」だ。これは以前の小型鉛筆削りの回でも紹介したものだ。※3ハンドルを握って開いての動作で刃が動き、鉛筆が削られる造りだ。

202004taimichi126.jpg*大正時代の小型鉛筆削り。日本製。


202004taimichi127.jpg*ハンドルを握ると、刃が動く。





◆動画:バリカン削りを動かしてみた

*これも残念ながら、刃が浮いてしまっており、現在は削ることができない。

手洗いと鉛筆削りの類似性

 さて、あまり脈絡なく進めた昔の鉛筆削り器の紹介はここまでだ。なお、手洗い動画の歌詞と鉛筆削り器の削り方は、一見全く関係がないようだが、どちらも目的は「先端が細くなっている棒状のものから不要なものをそぎ落とす」ことであることに気づいた。不要なものとは言うまでもなく手の場合は汚れ、鉛筆の場合は鉛筆の軸と芯だ。確実に汚れを落とすために複数の方法を重ねる手洗いと、どれか一つの方法しか採用できない鉛筆削り器という違いはあるが、この目的に対する基本的な手段のバリエーションは共通しているということだ。つまり手洗いと鉛筆削りは、つながりが全く無いわけでもない、ということにしよう。
 以上、こじつけで始まり、こじつけで終わろうとしているが、どうぞ手洗いはしっかり継続していきましょう、お互いに。

202004taimichi128.jpg*冒頭のカタログ画像の次のページ。上段左側の「AUTOMATIC PENCIL SHARPENER」は回転刃タイプの代表的な鉛筆削り器。その下のPerfect Pencil Pointerの値段が$1.7と、AUTOMATIC PENCIL SHARPENERの約1/3、右下のClimaxの約1/5と大変安価であることがわかる。



※1 Gem Pencil Sharpenerの販売期間:「Early Office Museum」参照https://www.officemuseum.com/pencil_sharpeners.htm
※2 円筒型の刃を使用した鉛筆削りについて:「Early Office Museum」参照https://www.officemuseum.com/pencil_sharpeners.htm
※3 バリカン削り:2018年06月「小型鉛筆削りコレクション」にて紹介。https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/007721/#anchorTitle3

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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