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【連載】車椅子ライターから見た 弱い力でも使いやすい文具たち #27「準備かんたん、手軽な水書き書道」

波子

私は小学生~中学生時代に書道教室へ通っていました。明治生まれのおじいちゃん先生はことあるごとに「戦争に行ったが字が上手いからと通信係を任され、前線へ行かずにすんだ」と話してくれて、子供心に「なるほど字が上手いとそういう利点が」と納得したものです(当時はまだメールというものは一般的には存在しておらず、通信手段が今のように大変容を遂げるとは思ってもいませんでした)。

高校生以降は書道から距離を置くこととなり、長らく筆を持つことはありませんでした。筆ペンはよく使っていましたが、太い文字を大胆に書ける毛筆とは全く筆記感覚が異なります。

そんな中、書家の友人が書道用品持参で自宅へ遊びに来てくれたことがあり、久し振りに触れた毛筆の感覚に心が躍りました。
たっぷりと墨を含んだ穂先を紙に下ろす、あの感覚。てらりと光る墨の線、水で薄めた墨がぼんやりと紙に染み広がっていく様。
大人になってから、書道は好きに楽しむものなのだと知ったのです。
数年前には、ワークショップで大きな紙に初めて触るような(しかも上等な)太い筆で書かせてもらい、掛け軸にして展示していただいたり、知人の誘いで書道教室へ通ったこともありました。

でも、それらは全部、友人や周りの方に準備や片づけをしていただいて楽しんだことでした。
今の私には、書道用品を自分で用意したり片づけたりすることが困難です。墨汁の入った硯やそれを含んだ筆たちを洗面所へ(辺りを汚さずに)運ぶことすら、ひとりではできません。
だから自宅では楽しめないな…と思っていたんですが。

あるんですよ、気軽に楽しめる手段が。
しかも、思った以上に本格的に楽しめる手段が。

あかしや「水書きセット」

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小学校低学年向けの書写学習に「水筆」が使われ始めていることはご存じでしょうか。
一昨年くらいから文具の展示会でも見かけるようになり、そういうものがあることは知っていたんですが、これまではそれを自分に結びつけることができていませんでした。

水筆による書写学習では、特殊な紙に水を含ませた筆で文字を書きます。濡れたところの色が変わるので、墨汁を使わず書けるのです。乾けば運筆した線は消えるので、同じ紙に繰り返し書けます。
低学年の児童でも、手や服や机を汚すことなく文字の練習ができるんですね。
つまり、私が懸念していた片づけも、簡単にできるということです。
洗面所で墨の付いた筆を洗わずにすむというだけでも、断然扱い方が楽ですよね。

私が最初に購入したのは、「あかしや」の「水書きセット」。
こちらはいわゆる書道教室で扱うような太めの毛筆(入門用書写筆 太筆4号)で、半紙大の用紙に書くタイプです。
水書き用紙はグレー、赤、緑の3色が各1枚ずつ。四つ割の補助線と各マスの中央を示す点線が印刷されています。配分の感覚を掴むのにいいですね。

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筆先はすべてのりで固めてあるので、最初は穂先をつまみつつ軸を回しながら、2/3くらい指でほぐし、水でのりを洗い落とします。私は洗面所にて緩めの流水で行いましたが、すぐにほぐれました。
筆を持つ位置はラバーグリップになっており、初めて筆を扱う児童にも解りやすいのではないかと思います。私にとっても、このグリップが滑りにくいお陰で、本当に軽い力で持つことができました。

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筆先に水を含ませると、手に伝わる感触としてはもう墨汁を含ませた筆を持つのとほぼ変わりありません。
そのままそっと紙の上に穂先を下ろしてみると。
ややざらつきのある紙が、まさに半紙の上に筆を下ろしたのと同じ感触を手に伝えてきます。

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前に書道教室で習った「龍」の行書体を書いてみました。
かすれる感じはさすがに完全には再現できませんが、穂先のばらけ具合をどうまとめるか考えながら運筆する感覚は、ふつうに書道をするときと何ら変わりありません。
しかも、たっぷりと水を含ませた筆で運筆した線は、あたかもそれが墨汁で書かれたかのようにてらりと光るのです。
いやはや、ここまで書道の満足感を得られるものだとは思っていませんでした。

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私にとっての書道の満足感とは、太い筆にたっぷり含ませた墨で思いきり紙の上を走らせる快感や、ゆっくりと運筆したときにしっかりと墨が染み込み、含んだ墨がなくなりかけてから早く運筆したときにザラリとかすれる、その感触の違いを楽しむことです。
児童向けの教材で、それが体感できるとは。
墨汁の扱いに困ることなく、自宅でいつでも気軽に書道体験ができることが、とてもうれしいです。

意外に早く乾いていくので、画数の多い文字を4つ書くと、最後の文字を書き終えた頃には最初の文字の端が乾き始めてきます。
「春夏秋冬」と書いてみたところ、カメラを構える間にもう端が乾いてきました。

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緑色の紙は文字を書くととてもきれいな緑に、赤色の紙の文字は鮮やかな赤になります。
乾いていく様を写真に収めていて、「これを逆から見せたら『何という字を書いたでしょうか』みたいなクイズができそうだな」と思ったりしました。
あと、水分が多い箇所は乾きが遅く最後まで残るので、自分がどこで力を入れたのか、水を含ませすぎてはいなかったか、というのもよく判ります。

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使い終えたあとは、筆先の水気をよく拭き取って乾かすだけ。購入時についている透明のキャップは使いません(ふつうの毛筆と同じです)。水書き用紙に折り目がつかないように気を付けて仕舞います。

呉竹「水書筆ぺんで書くひらがな練習セット」

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もうひとつ、「呉竹」の「水書筆ぺんで書くひらがな練習セット」も購入しました。こちらは水書筆ぺん中字(軸が水を入れるケースになっている筆ペン)、B5版の練習用紙3種類(マス目とひらがなの手本入り、6段×9行のマス目入り、無地)、保存用ビニール袋のセットです。
こちらのマス目は、8×6マスノートと同じ大きさなのだそう。他に、カタカナ練習セットと、文字が書かれていないマス目入り練習用紙が2枚入ったセットがあります。

私は洗面所の水道で水書筆ぺんの軸に水を入れました。軸が入る大きさの容器に沈めて水を入れることもできます。
軸の「PUSH」と書いてある部分を摘まむように押して、筆先に水を含ませます。このとき穂先から水がポタポタ垂れますので注意してくださいね。
書くときは、筆ペンと同じような感覚で運筆すれば大丈夫です。つまり、ふつうにペンを持つのと同じ持ち方でも、筆のように3本の指で持っても、どちらでも書けます。

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「水書筆ぺん」は水書用紙専用で、これまでに使ったことのある水彩用水筆ペンと比べると文字が断然書きやすいと感じます。コシがあるんですよね、穂先に。
単品での販売もされていて、中字のほかに極細、太字もあります。

筆が細い分だけ含ませられる水の量も少なくなるからか、乾き方はかなり早く感じます。五十音をなぞって書いてみたところ、最後まで書き終えたときには前の文字がだいぶ薄くなっていました。また、たっぷりと水を含ませすぎた文字はどんどん滲んでいきます。ただ、この滲み具合をちゃんと掴めば、色んな表現ができそうな気がします。

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サッと運筆すると本当にすぐ消えていくので、むしろそれを逆手に取って動画にするのもアリではないかと感じました。絵心のある方なら、少し前に流行ったサンドアート的な感覚で、消えゆくイラストを描くのも良いかも知れませんね。私は…せめて文字だけでも何とかがんばりたいです。まずは机上を真上から撮影する環境を整えないと。


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水書きによる書道は、文字を書く練習ができるだけでなく、様々な楽しみ方を模索できそうな予感がします。
巣ごもり期間の自宅で、周囲を汚さず手軽に楽しめるのも魅力的ですね。
子供向け文具が侮れないことを、またひとつ知りました。
これから先も、自宅でできる書道を楽しみたいと思います。

プロフィール

波子
1974年生まれ。脊柱側弯症、先天性ミオパチーのため、2006年に杖歩行となり、2012年から車椅子、2014年12月から簡易型電動車椅子を使用。便利な道具や文具が好き。
奈良県奈良市で生まれ育ち、大阪・東京での暮らしを経て現在奈良市在住。
産経新聞奈良版および産経WESTにて連載「車いすでみるなら」2015年2月~2019年5月、全70回。
ブログ「車椅子、ときどき杖。」 http://nam-kid.hatenablog.com/

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