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【連載】文房具百年 #33 「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(4)」

たいみち

4回目

 小切手や手形の改ざんを防止する道具、チェックプロテクター・チェックライターについて4回目だ。過去3回の内容についても、よかったら少し振り返ってみて欲しい。写真や動画をざっと眺めてもらうだけでも、何の話をしていたかが大体わかるだろう。

「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(1)」
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/012746/
「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(2)」
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/012927/
「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(3)」
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/013101/


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紙に傷をつける+インクの合わせ技タイプ

 今回も前回に引き続き、アメリカのチェックプロテクター(チェックライターの事。アメリカの初期のチェックライターはチェックプロテクターと呼ばれることが多いので、この名称で統一する。)の紹介だ。チェックプロテクターは小切手や手形の改ざんを防ぐための道具なので、その進化は小切手・手形の改ざんを試みる悪者との戦いを経て成し遂げられている。
 前回は数字の形に紙を切り抜くチェックプロテクターに対し、違う数字に切り抜いたり同じ形に切った紙で数字を埋めてしまう悪者というところから始まり、その次に数字の形ではなく、小さな丸い穴で数字の形を作るチェックプロテクターの紹介をした。

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*数字の形に紙を切り抜くタイプ。この「3」の形は改ざんされやすいとのことで、のちに頭が平らな「3」が主流になる。



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*数字の形に並んだ小さな穴をあけるタイプ。



 だが、ChicagoやS&Pといったタイプの小さな穴をあける方法でも、同じように小さな穴をあけたり、穴を埋める輩がいたらしい。(ChicagoやS&Pについて:https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/013101/#anchorTitle4
 防御側が次に取った手は、「紙に傷をつけさらにインクを塗布する」という方法だ。紙に傷をつけたり切り込みを入れるだけでは加工できてしまうので、さらにそこにインクで印をつけ、元の数字をなかったことにしづらい状況を作ったということだ。
 その方法としては最初に数字の形に並んだ針状のもので穴をあけ、穴の周りにインクが付くタイプが出た。「Indelible Check Perforator」というものだ。これも今でもオークションで比較的見つけやすいものなので、広く使われたと推察できる。特許の時期は1890年~1897年であり、S&Pより先にあったことになる。

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*Indelible Check Perforator。



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*数字の形に並んだ穴があく。



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*改ざん防止に穴の周りに赤いインクが付くようになっている。



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 操作してみて思ったのは、切り抜くタイプと違い目詰まりしないのがよい。今でもインクがしっかり付くのもすごい。
そしてこの後に出てきたのが、今でも採用されている「紙に細い切れ込みを入れてそこにインクで印字する」タイプだ。
 この印字方法についても第1回目で紹介しているのでよかったら参照してほしい。
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/012746/#anchorTitle4



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*日本製のチェックプロテクターで紙に斜めの切れ込み+インクで改ざんを防止している。アメリカのものが日本に輸入されたが、アメリカ製の同タイプのものを所有していないため、日本製チェックプロテクターの印字写真を掲載。

携帯タイプ

 時代は少し後になるが、携帯用のチェックプロテクターも紹介しよう。まず、手のひらサイズの円盤形で、針で穴をあけるタイプだ。特許は1912年とある。

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*Page Check Protector

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*数字の形に針が並んでおり、紙を挟んで穴をあける



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*紙送り機能はないので、数字の位置は手動で調整する。






202102taimichi13.jpg*Safety Check Protector。Page Check Protectorとは形が異なるが、同じく携帯用のチェックプロテクター



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 見ての通り、なかなかオシャレな道具である。1912年というと日本は明治45年(大正元年)だ。その頃アメリカの銀行員は、お客様先でカバンからこのチェックプロテクターを出して、プチプチと小切手に穴を開けていたわけだ。
 更に時代は後になるが、もう少し大きな携帯用チェックプロテクターもある。

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*Arnold Check Protector



 この爬虫類のような形のユニークな道具もチェックプロテクターだ。「ARNOLD」という会社の製品だが、どうもこの爬虫類チェックプロテクター君の名前が「アーノルド」である気がしてしまう。

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 会社名と共に「PAT.NO.1201235」と表示されており、調べたら1916年だった。日本は大正時代だ。もっと新しいものかと思ったが、これでも100年以上前のチェックプロテクターだ。

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*爬虫類の顔のような形で愛嬌がある。



 このアーノルド君の目に当たるパーツを回すと、印字される数字が変わる。ちょうど頭のてっぺんに当たるところに、窓があり数字が見えるようになっている。また後頭部に当たるところのネジがインクのふたになっており、ここからインクを補充する。頭の後ろのレバーを動かすことで、紙を挟み、固定することができる。

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*印字をするタイプ。上から数字の確認ができるようになっている。



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*インクを補充するところ。かなり古いもののはずだが、いまだにインクがちゃんと付く。



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*レバーを引いて紙を挟む。



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*紙に凹凸をつけて印字することで、改ざん防止をしている。







 印字すると、口から数字を吐き出しているようでなんともユニークである。それに印字される数字はちゃんと「紙に凹凸をつけてインクを付ける」タイプで、改ざん防止機能も当時の最先端の仕組みであろう。
 アーノルド君は、形も愛嬌があり機能もなかなかよくできている。銀行員が外回りに連れていくには、いい相棒だったのではないだろうか。

 携帯用のチェックプロテクターは、紙に凹凸をつけるだけのものもある。金属製でトングの挟む部分にトゲの付いたローラーが付いているようなものだったり、ペンの後ろにローラーがついていたりするのだ。古いものは持っていないのだが、ボールペンの後ろについているものを見つけたので、参考までに紹介しよう。

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*チェックプロテクター付きボールペン。これは1960年代のものだが、古くは万年筆についているものなどがあった。



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*ボールペンの使用方法説明で入っていた小切手のサンプル。



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*セットの土台の上でペンについているローラーを動かすと紙に凹凸ができる。



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*これで改ざんをしてもすぐにわかるようになるのだろうか。



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*「1」を「7」に改ざんしてみたが、特に違和感はなかった。これだけでは改ざん防止は難しいようだ。



 これは、ペンについているローラーだけでなく、凹凸のある土台もセットで使う。やってみると確かに効果がありそうな凹凸がはっきりつくが、数字を書き換えてみたところ、あまり凹凸の防御効果は感じられなかった。
 ちなみに、凹凸をつける道具としては、日本の小切手保護器のところで「斜子式(ななこしき)」という道具を紹介したが、元はアメリカから来た道具だ。アメリカの斜子式保護器はこちら。日本のものと形は大差ない。
 なお、携帯用のコーナーで紹介してしまったが、これは携帯用ではないので、悪しからずご了承願いたい。

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*紙に凹凸をつけるタイプのチェックプロテクター。日本では「斜子式(ななこしき)手形保護器」という名称。

おまけの謎のチェックライター

 ここまでで今説明できるものが一通り紹介した。そして、おまけを一つ。つい先日、日本のオークションで、日本に輸入されていなかったと思われるタイプのチェックライターを見つけた。小さな穴をあける方式だ。

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*Abbott Automatic Check Perforatorとよく似た謎のチェックプロテクター



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*穴はきれいにあくが、古いせいか紙送り機能がうまく動作しない。



 これがアメリカの「Abbott Automatic Check Perforator」の仲間であることは一目瞭然である。だが、同じメーカーが作ったものなのか、別の誰かがAbbottをお手本にして作ったものなのかがわからない。Abbott Automatic Check Perforatorにはヨーロッパ版があり、アメリカ用のものよりこの謎のチェックプロテクターに似ている。だが、まったく同じというわけでもない。
 それにこのチェックプロテクターには生産国やメーカーの情報が一切ないのだ。それなりの大きさの金属製で、簡単に作れるものではないにもかかわらず、これだけ情報がないのも珍しい。チェックプロテクターは通貨マークでどこの国用に作られたものかがわかるのだが、これは通貨マークすらない。
(Abbott Automatic Check Perforatorについては前回紹介しているのでそちらを参照いただきたい。https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/013101/#anchorTitle4



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 日本にあったものだが日本製かどうかもわからない。不思議に思って思わず手に入れてみたが、改めて現物を確認しても本当に情報がなく、却って興味をそそられる。ちょうどチェックライターについて書いている時期に出てきたので、チェックプロテクター自身が紹介されたがっている気がしたので、載せてみた。

改ざんとの戦い

 さて、チェックプロテクターの紹介はここまで。毎度のことだがこの連載を書いていると、欲しいものが増えてしまうのが悩ましいところで、今回も手に入れたいものが増えてしまった。きっと何年か経つともう1回紹介できるくらいコレクションが増えている気がする。
 だが、そもそものチェックプロテクターの存在意義というか、小切手・手形の改ざんと防止の戦いの行方はどうなっていくのだろうか。次にチェックプロテクターの紹介をするのが何年後かだとすると、その時には「デジタル化が進んで、紙の小切手・手形を使う人がいなくなってしまった」なんていう結末を迎えているかもしれないと、私は思うのだ。
 そして折しもこの原稿を書いているときに、2026年には約束手形が廃止されるというニュースが流れた。ああ、やはり手形はなくなってしまうのか。すると、次にチェックプロテクターのことを紹介することがあっても、すでにお役御免状態になっているかもしれない。それはとても淋しいことだが、その時は改めて小切手・手形の説明から始めて、チェックプロテクターとは何ぞやを今回よりも丁寧に説明して、多少なりともチェックプロテクターを記憶にとどめてくれる人を増やせればと思う。
 とにかく今回は4回にもわたりお付き合いいただいたことに、ただただ感謝である。


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プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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