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【連載】文房具百年 #31 「チェックライター及び、手形・小切手不正防止道具(2)」

たいみち

チェックライターの事

 先月からチェックライターのことを書いている。もともとかなり認知度の低い事務用品であり、且つ使用されることも減っているのでこの機会に紹介しておこうと思った次第だ。そして前回は、この辺なら多少認知されているだろうと思って割と普通のチェックライターを紹介したが、それすらも思った以上に知られていなかった感触があった。そこでふと思った。
 私は何でチェックライターを知っているのだ??
 そうか、昔勤めていた会社にチェックライターや小切手、手形があったのを何となく横目で見ていたのだ。つまり私のように職場などにチェックライターがないと、知る機会がないのだな。すると、この連載に書くことで多少認知してくれる方が増えるかもしれず、そう思うとこの古い文房具好きのマニアックな話もちょっとした役割を担えている気がする。
 というわけで、前回をまだ見ていない方は、こちらをどうぞ。
リンク https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/012746/

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*福井商事(現ライオン事務器) チェックライター

手形保護器

 今回は、チェックライターよりさらに何だかわからない道具、手形保護器を紹介する。小切手保護器ともいう。欧米ではチェックライター自体を、「金額を書き換えられないための仕組みを持った印字(打抜き)器」という意味合いから、「チェックライター」ではなく「チェックプロテクター(小切手保護器)」ということが多い。(他に、穴をあけることから「CHECK PUNCH」や「CHECK PERFORATOR(穿孔機)」という言い方もする。)
 日本の場合は、紙に数字の形を残すものはチェックライターや打抜き器、印字機といい、単に改ざんを防止する目的のものは「保護器」や「斜子(ななこ)打器」「斜子打出器」と呼ぶ傾向がある。
 「斜子打器」は凹凸のある所に紙をはさんで紙自体に凹凸をつけることで、あとから書き換えた場合にそのことがわかるようにしている。この「斜子打器」ももとは欧米から輸入されたものであり、前回紹介した明治40年発行の「新式商工執務法」にチェックライターと一緒に掲載されているところを見ると、同時期に日本に入ってきたと思われる。

202012taimichi2.jpg*上:S・P打抜き器、下:斜子打出器。新式商工執務法(明治40年、実業之日本社)掲載



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*大正時代の斜子打出器



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*ここに紙をはさんで凹凸をつける。



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*この斜子打出器はハンドル上にライオンの顔が刻まれている。そしてそのライオンは大正元年の福井商店営業品目録の表示の絵と似ていることから、大正時代の斜子打出器と思われる。



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*大正時代の領収書の紙を使って、斜子を使ってみたが、弱々しい跡しか残らなかった。



 実際に斜子打器に紙をはさんで凹凸をつけてみたが、斜子が古いせいかあまりインパクトがなくこれで役に立ったのかは疑問が残る。紙質の問題かもしれないと、大正時代の伝票を使ってやってみたが、やり方が甘いのだろうか、簡単に偽造できそうな程度の跡しか残せなかった。

 もう一つ、手形保護器を紹介したい。正直なところ保護器と思われるがちょっと自信がない。これを売っていた骨董屋さんが「文房具だ。だがなんだかわからない。」と言っており、これが文房具なら小切手保護器以外の用途を思いつかないので、ここでは小切手保護器として紹介することにした。

202012taimichi7.jpg*ハンディタイプの手形保護器と思われる道具。重さがありしっかりしているが、メーカー名など何もなく本当に手形保護器かは謎である。



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*こちらも実際に紙の上で動かしてみたが、こちらもあまりインパクトはない。これであっているのだろうか。



 写真のように少々怪しいものだが、実際欧米の小切手保護器には、凹凸のある板に挟むタイプだけでなく、とげとげのフェイスローラーのようなものや、ペンの中に複数の歯車が組み込まれたようなものなどいくつかタイプがある。それらを思い出しながらこれを見ると、これを小切手保護器として紹介しても、まぁ間違いではない気がする。(後日間違いだとわかった時は訂正させていただく。)ちなみにこれも大正時代の紙を使ってゴリゴリやってみたが、偽造をまぬかれるほどの効果は感じられなかった。

 保護器とはちょっと違うが、「小切手や手形を保護する」という意味では、「ライオン事務器200年史」※1のチェックライターに関する記載が興味深い。

 「戦前から我が国の小切手や手形は縦書きで、誤りを防ぐために、漢字を手書きにしており、英数字の打抜き器やチェックライターは改ざん防止用に、余白に補記するのが普通であった。」
 「昭和12年のカタログには、縦書き漢数字のものも掲載されているが、これが普及したのは、改ざん事件の増加した戦後の混乱期以降であった。」(「一意誠実 ライオン事務器200年史」より)

 そうか、日本では縦書きの漢数字がメインで、改ざんされないように数字の穴をあけたり刻んだりしていたのか。それに改ざん事件が増加して縦書きができたというのも面白い。実際にどういう改ざんがされたのか事件簿などないかと思ったが見つけることはできなかった。
 これらの道具や使い方の工夫を見ると、騙す側と騙されないようにする側との攻防は、いつの世にも存在しており、またそれによって人や道具が進化してきたのだなぁと実感する次第である。

証券消印器

 手形・小切手関係の道具でもう一つ「これなに?」という道具がある。「証券消印器」、現金を支払い済みであることを示す道具だ。これも元は欧米で紙に「PAID」と穴をあけたり印字するものがあり、日本でもそのタイプも輸入されていた。だが、日本は海外の「PAID」をお手本に漢字の「消」の文字の形に小さい丸い穴をあけるタイプを作っており、古いカタログで見かけるのはそのタイプの方が多い。「PAID」でも用は足りたであろうが、やはり瞬間的にわかるのは日本語なので、きっと「消」の方が多く使われていたのだろう。

202012taimichi11.jpg*証券消印器。メーカー、時代等不明。



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202012taimichi14.jpg*紙をはさんでハンドルを下すと「消」の形に穴があく。




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 シカゴタイプのチェックライターで数字の形に穴があくのも驚いたが、「消」一文字とはいえ漢字の形に穴をあける機能が個人的にとても気に入っている。穴3つでサンズイを表しているところがなんだか可愛らしい。
 この「消」の形に小さい穴をあけるタイプは、前回紹介した「関弥三郎本店」のカタログに載っているので、大正時代にすでにあったものだ。そしてなんと昭和35年頃の事務用品カタログにも載っており、シカゴ同様これもたいそう寿命の長い製品であったようだ。

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*「関弥三郎本店」カタログ(大正期)、上段左から二番目が「消」文字の穴をあけるタイプの「証券消印打抜器」。下段一番左は「PAID」と穴をあけるタイプ。



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*昭和35年頃、内田洋行の販売店のカタログ。一番上が「証券消印打抜器」と同じ形をしており、2番目も「関弥三郎本店」のカタログと同じ形である。

次回予告

さて、日本のチェックライター、保護器、消印器の話はここまで。次回は欧米のチェックライター、保護器などについて紹介しよう。形や機能などなかなか楽しいものを紹介できると思う。
 早いもので次回はもう2021年になる。本当にいろいろあった2020年だが、自分としては今年も面白い古文房具との出会いがあり、この連載を続けることもでき、スタート時からやりたいと思っていた動画も少し実行できたので良しとしたい。来年一年がどのような年になるか全くわからないが、この連載はまだ続ける所存なので、どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げる。

 皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

※1 「一意誠実 ライオン事務器200年史」:株式会社ライオン事務器発行、1993年(平成5年)

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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