
【連載】文房具百年 #67「鳩目パンチ」
変わるもの、変わらないもの
古い文房具が好きで集めているが、古くてもあまり集めようと思わないタイプがある。大きすぎるとか高額すぎる、使い方がわからない専門的な道具、そして昔から変わらないものがその類だ。
私は古いものの面白さを、今と異なるデザインや機能の違いに感じることが多い。だから、昔から形が変わらないと、新鮮な面白さが感じにくいのと、「今買わなくてもまだまだ手に入る」と思い、後回しにしてしまう。
今回紹介する鳩目パンチも「変わらないもの」に属する。ずっと形が変わっていない上に、簡単に手に入る。
だが、そんな鳩目パンチも昔は形が違ったし、面白い機能が付いているものもあるので、一度紹介しておくのもいいだろうと思った次第だ。
*標準的な鳩目パンチ
鳩目パンチとは
鳩目パンチとは名前の通り丸い穴に鳩の目のような金具を止める道具である。名前や鳩目パンチ自体は思い浮かばなくても、金具が止まった状態を見れば、大体の人が「ああこれか」と思うようなものだ。手芸や革細工などでもよく使われており、現在においては文房具店より手芸店に置いてあることが多いかもしれない。
そんな鳩目パンチは、以前は紙を綴じる用途でも使用されていたので、私にとってはれっきとした事務用品なのである。
ちなみに歴史としてはホッチキスより古いが、ホッチキスの方が便利であったことからホッチキス登場以降はホッチキスに移行していった。ただしアメリカでは、鳩目パンチの不便さである「一度取り付けたら外すのが困難」という特徴に適した法律関係の書類を綴じるのには、ホッチキス登場以降も長年使われたらしい。(参照:Early office museum※1)
鳩目パンチの始まり
鳩目パンチという道具は1854年の特許が最初で、それまでは手作業で止めていたという。手作業で、といっても具体的にどのようにしていたのか、また手作業で止めていた時の金具の形や強度など詳細は不明である。
英語で鳩目パンチは「eyeletmachine」であり、「eyelet」の意味は「小穴」「ひもを通す穴」「鳩目」である。「鳩」という単語は入っていないものの「eye」が入っているあたり、あの金具が止められた部分は国境を越えて「目」に見えるのであろう。
1854年の特許である鳩目パンチは、穴をあける機能と鋲を止める機能を1台にまとめたもので、H.L.リップマンの発明である。
あれ、H.L.リップマン?リップマンとはあのリップマン?
鳩目パンチを最初に発明した人物である「リップマン」の名前に聞き覚えがあった。H.L.リップマン、Hymen L. Lipman、ペンシルベニア州フィラデルフィア。
「消しゴム付き鉛筆」の特許の人だ。
鉛筆の軸の一方に消しゴムを取り付けた「消しゴム付き鉛筆」は1858年のリップマンの特許だ。その時の消しゴム付き鉛筆は、今のように鉛筆の端に金具が取り付けられて消しゴムをくっつけているのではなく、軸の一方をくりぬいて消しゴムを閉じ込める形だ。リップマンは最初に「消しゴム付き鉛筆」を考えた人として有名だが、それより前の1854年に「穴あけ」「鋲を止める」機能を一体化した鳩目パンチを発明している。
*リップマンの特許。左:鳩目パンチ、右 消しゴム付き鉛筆
*リップマンの特許と同形態の消しゴム付き鉛筆。ただし大正時代の日本製で、アメリカ製品をまねたもの。消しゴムが先端しかないが、米国の本物は溝の分だけの長さの消しゴムが入っていたと思われる。
勝手に想像すると、鳩目パンチの「2つの機能を合体させる」アイデアがうまくいったことで味を占め、いろいろな道具の一体化を考えてみたのではないだろうか。
その中の一つが鉛筆と消しゴムの合体で、こちらの方がよりヒットしてしまった。
だとしたらほかにもリップマンの「複数機能合体アイテム」がありそうなので、探してみたが、見つけられず。
いつかなにか出てきたときに気づけるように、覚えておこう。
横道にそれてしまったが、リップマンによる鳩目パンチは「穴あけ」「鋲を止める」の2つの機能の一体型だが、現在の鳩目パンチとは形がずいぶん異なる。正面から見て、ハンドルを左に倒すと穴が開き、右に倒すと鋲を止められる。
穴をあけた後に紙の位置を動かす必要があるが、それまで手作業や別々の道具でやっていたとしたら、画期的な道具だったのであろう。
*リップマンの鳩目パンチ。
*左で穴をあけ、右で鋲を止める。
*古いため、刃が弱くなっており、きれいに穴が開かない。
*土台にくぼみがあるのでそこに鋲を置き、穴をあけた紙を鋲に通して上から押す。
*鋲のサイズが違うのか、一部が大きく裂ける形で止まった。
日本の鳩目パンチ
日本の鳩目パンチはどのような形をしていたのか。リップマンのモデルと同様のタイプは確認できなかったが、明治時代に卓上型のタイプのものを一つ見つけた。1900年頃の欧米のホッチキスや割ピン用のパンチ(割ピンを差し込む穴をあける道具)にあった形だ。
本体に書かれている特許第16404は明治42年に「紙綴器」のタイトルで登録されている。内容を見ると1回の操作で鳩目の鋲を止め、紙に穴をあける機能があるようで、リップマン以降の「1台で穴あけ+鋲を止める」というタイプよりもさらに先を行っている。だが、鳩目の鋲がこの鳩目パンチ専用のものを使う前提となっているようで、その鋲がなければ機能しないという点では、先進的な機能もこの鳩目パンチも定着することはなかったであろう。
実際、何回か試してみたが、うまく機能しなかった。もちろん古いものなので、パーツの欠損や壊れている可能性もあるが、そんなに複雑なものではないのでおそらく使用する鋲が違うと思われる。
*ハンドルを押下すると、先端が下がる。
*専用の鋲で無いためか、つぶれる範囲が浅く、うまく止まらない。
そしてこの後、大正時代には輸入品ではあるが現行と同じモデルがカタログに載っており、そこからずっと現行モデルが使われ続けていると思われる。鉛筆削りもそうだが、正解といえるものが登場すると、そこからの変化はなかなか起きないのだなあということを、改めて実感する。
*黒澤商会 大正14年のカタログより。現在と同じ形の鳩目パンチが掲載されている。
*マックスの昭和30年代頃の鳩目パンチ。
BATESの自動鋲送り機能付き鳩目パンチ
最後にもう1つ紹介しよう。アメリカ BATESの自動鋲送り機能付きの鳩目パンチだ。これは最初の特許が1916年で、その後日本の1970年代の文房具MOOK誌に紹介されていることが確認できており、50年以上のロングセラーとなる。
一つ止め終わると自動で次の鋲がセットされ、次々と流れてくるので素早く連続で鳩目を止めることができる。とてもよくできているのでロングセラーもうなずけるが、日本では特にヒットしなかったようだ。
連続で鳩目を打てるのはすごい!おや?何でそんなに連続で鳩目を使う?使わないね。ひとつずつ止められれば十分。
日本ではそんな感じだろう。
*発売当初のメーカーはAJAXという会社であった。
なお、この鳩目パンチを動かしているところを動画にしたので、是非見てほしい。
まとまりが悪いが今回はここまで
鳩目パンチについてはここで終了だ。今一つまとまりが悪いが、後回しにしてもこれ以上情報や現物が充実する見込みは薄いので、ご容赦願いたい。
実は鳩目パンチでなかなか格好いいものを10年以上前にオークションで見かけたのだが、価格的に手が出ず購入しなかったことがある。それを後悔してずっと探しているのだが、今のところ再会は果たせていない。また、もし再会できても今はさらに高額になっていると思われ、やっぱり手が出ないだろうなと思っている。
あの時あきらめたものとの再会は、かなわないかもしれない、再会しても手に入らないかもしれないと思いながらも、探し続けることが、蒐集のやりがいになっている気がする。もし入手出来たら、その時はここで紹介させていただこう。
※1 Early Office Museum Exhibits :https://www.officemuseum.com/ (2025/4/24現在、エラー表示となり閲覧不可となっている)
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