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【連載】文房具百年 #50 「レトロ下敷」

たいみち

前回から続く下敷の話

 前回に続いて下敷の話だ。下敷はどうやら欧米には無く、日本のほかはアジア圏中心に一部の国で使われているものらしい。日本で下敷という名前の道具が使われ始めたのは明治の終わり頃、鉛筆の普及とともに一般的になっていたようだ、というのが前回の主な内容だ。
 下敷は文房具の中でも脇役的な存在と言えるだろう。そのため重要な発明やその歴史についての情報が無いに等しい。とはいえ、あまり知られていないが古い下敷も存在するので、せめて私が持っている下敷だけでも、この連載で紹介しておこうと思ってテーマにした。

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*前回紹介したブリキの下敷

ファイバー製の下敷

 下敷の素材は時代によって変化してきた。最初は厚紙から始まっていると思われ、次にブリキ製の下敷がある。(その間や並行して存在するものもあるかもしれないが、情報が少ないのでわかったものだけ並べている。)
 ブリキ製と同じころから少し後の時期だと、おそらく「ファイバー製」だろう。下敷自体に「ファイバー」という言葉があったので「ファイバー製」と言っているが、実はよく知らない。そこでファイバーとは何か調べると、「バルカナイズドファイバー」というものがこのファイバーに当たるらしい。「ぼろあるいは化学パルプを原料とする無サイズ紙を塩化亜鉛で処理して作るものとある。(参照:コトバンク「バルカナイズドファイバー」)
 詳しいことは省略するが、軽くて丈夫で成型しやすい素材ということだ。古い時代のファイバー製のものは、下敷に限らず大体同じような質感で赤茶色なので、見た目で大体わかる。

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*ファイバー製の下敷




202210taimichi3.jpg*右2つがノート用、左2つがカーボン紙用



 ファイバー製の下敷を並べて見ると、サイズが2種類あることに気づく。右の小さい2つはA5サイズで、ノート用(昔のノートは小さかった)。印刷されている内容もローマ字綴りなど教育的な内容になる。(一番右は、何か印刷されていたのかわからないが、鉛筆で数式のようなものが書かれている。これを入手した時、「これ、カンニングかなぁ」と言って骨董屋さんと笑ったことを思い出した。)

 左の2つはB5サイズで、印刷されている内容はカーボン紙の広告だ。下敷は、鉛筆で書いた時に写らないように使われ始めたようだが、カーボン紙を使う際にも使われていたということだ。一番左の「レミントン和文タイプライター用複写紙」と広告が印刷されている下敷と同じと思われるものが、昭和12年の福井商店(現ライオン事務器)のカタログに掲載されていたので、そのころのモノであろう。

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*タイガー印カーボン用紙の広告が印刷された下敷。タイガー印カーボンペーパーは堀井謄写堂の製品。印字されている特許第31309は大正時代のものだが、下敷自体は昭和10年前後と推定。



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*レミントン複写紙の広告が印刷されている下敷。福井商店(現ライオン事務器)の製品。



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*「事務用品目録」。カタログの発行は福井商店、昭和12年。



 ノート用の下敷には珍しいものが印刷されている。「割り算九九」だ。昔は掛け算だけでなく、割り算の九九もあり、「割声」ともいうらしい。インターネットで検索すると、詳しい説明がいくつか見つかるがなかなか難解で、何度か理解しようとしたが、どうもピンとこない。どうやらこの割り算九九を覚えると、ソロバンでの割り算がたやすくできるようになるらしく、昔は苦労してこれを覚えていたようだ。

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*下敷に印刷されている割声(割り算九九)



 今や割り算どころか足し算引き算でもソロバンが使われることは無くなってきている。ソロバンにとってかわった電卓ですら、実物の電卓ではなく、携帯やパソコンで済ませてしまうことが多くなってきている。ソロバン自体も消えゆく道具だが、それと共に在った形のない「割り算九九」は昭和20年代までは使われていたようだが、もうすでに知っている人が殆どいない。そんなものが印刷されている下敷は、ものとしてというよりその中身がちょっとした文化資料のように思える。

ボール紙の下敷

 ファイバー製の後に、ボール紙の下敷の時代がもう一度やってきたようだ。物資不足でいろいろなものが代用品にとってかわった時代だ。ノート用の下敷に印字されている内容は、ローマ字表記と掛け算九九、単位換算表で、下敷に印刷されている内容としてはごく一般的だが、ボール紙で出来ており、公定価格※1を表す丸公マークがついている。
 また、カーボン紙用の下敷でも「ボール紙に丸公マーク」のものがあり、用途は違っても同時代のものと思われる。

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*ボール紙の下敷。左の画像の下に公定価格を示す丸公マークがついている。



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*ボール紙のカーボン用下敷。丸公のスタンプが押されている。

セルロイドからプラスチックへ

 この後はセルロイドの下敷の登場だ。私のイメージで「レトロな文房具」というと「セルロイドの下敷」が思い浮かぶのだが、実際はセルロイド製のレトロ文具は筆箱が多く、セルロイドの下敷はそう頻繁に見かけない。またセルロイド以降は、大体プラスチックやビニールなど同類の素材で作られており、見た目ではどれに当たるかよくわからないことも多い。(余談だが、セルロイドは燃えやすいため、セルロイドかどうかを見分けるには燃やしてみるといいと言われたことがある。)
 ちなみに、セルロイドとプラスチックは別物のイメージだが、調べたところ、セルロイドもプラスチックの一種で「世界初の高分子プラスチック」だそうだ。(参照:Wikipedia)
 下敷の素材がセルロイドの時代になると、デザインが変わってくる。それまで地図やローマ字、九九、単位換算だったものが、教育的要素が減り、色鮮やかな模様や手書きのイラストになる。(私のコレクションの好みの問題もあるが、「九九の書かれたセルロイドの下敷」というものは見たことがないので、変化したのだと思う。)ただ、セルロイドの後のプラスチック素材になると、九九やローマ字表記のものがあるので、単にセルロイドという素材の特性で印刷をしづらかっただけかもしれない。

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*セルロイドの下敷。サイズはA5を少し縦長にしたくらい。薄く、全体的にゆるい凹凸がある。



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*素材はセルロイドのように思えるが、不明。手書きのイラストが描かれている。



 セルロイドの下敷は昭和20~30年代だろうか。以降はプラスチックやビニール素材に変わり、そしてサイズとデザインがさらに変わっていく。サイズはA5とB5が混在する時代を経て、B5サイズがスタンダードとなり、デザインはアニメなどのキャラクターが出てくるようになる。
 このあとは、私が所有している下敷をデザインを眺めてもらうにとどめよう。それぞれの時代は具体的な特定が難しいので、感覚的に同じころと思われるものを並べている。

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*メーカーは左から不明、極東、イーグル



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*メーカーは左からイカリボシ、DAIET?、サンスター



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*メーカー名は左イカリボシ、右三菱鉛筆



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*メーカーは左からクツワ、地球ペンギン、イーグル



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*メーカー:イカリボシ



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*メーカー:ミツカン



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*昭和も掛け算九九やローマ字表記の下敷は残っていた。

下敷の機能

 こうやって見て行くと下敷の機能というか、役割の変遷を感じる。元は、書く時に筆記の跡が写らないようにする道具としてスタートし、当初はそこにローマ字表記や九九などの教育的要素が付加価値として付いた。
 その後時代背景や素材の変化により、軽くて丈夫なプラスチック製で本来の役割を安定して果たせるようになってからは、デザインで選んでもらえるように人気者を印刷することに力を入れられた。その間も「ボールペンでも使える」ビニールのクッションがついたものなど、機能面でアイデアのあるものが出たが、基本の形と素材は大きく変わっていない。
 デザイン面でいうと、最近の小学校で使う下敷は、「無地のもの」など指定されているのだろうか。戦前の下敷にローマ字や九九が印刷されていたのも、学校や公的機関からの何らかの推奨があったのではないかと思った。だとすると下敷のデザインは、推奨されていた時代があり、その後自由になってまた「無地」という制限がついたということになる。余計な情報はいらないということであろうが、好きな下敷を持てないのは少し寂しい気がする。
 だが、この連載を書いているときに、たまたま新しい機能の下敷が発売され、日本文具大賞 機能部門グランプリを取ったと知った。レイメイ藤井の「先生おすすめ 魔法のざらざら下じき」だ。(https://www.raymay.co.jp/news/detail.html?id=1476
 おそらく、長い間注目されることがなかった下敷に、新製品が出たというのは喜ばしい。今回この連載で、ほとんど情報がない下敷について、推測を交えつつざっとまとめたが、下敷の歴史の現時点のゴールが「ざらざら下敷」のように思えて、勝手に「つながった!」と達成感を感じている。

 そういえば、下敷のコレクターさんに遭遇したことがないのだが、きっと存在しているだろう。いつかコレクションを見せいただいて、お話を伺いたいと思うのだ。

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*ビニールマットがついたW下敷。一時期流行った記憶がある。



※1 公定価格:政府によって決定される価格。社会主義計画経済では公定価格が原則であるが、資本主義経済でも戦時・戦後などの統制経済下で採用される。わが国ではこれを統制価格とよび、第二次世界大戦中の価格等統制令(1939年10月施行)によるもの、戦後インフレ期の新価格体系(1947年7月設定)などの例がある。(出典:コトバンク)

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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