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【連載】文房具百年 #43 「ガラス版の写真とその他写真をいくつか」

たいみち

マルスインキ ガラスの写真版

 2022年となった。今年も引き続きよろしくお願い申し上げる。
 さて、年始一発目は、サクッと軽い内容で行こうと思う。軽いだけでなく、文房具と少し離れる気もするが、全く関係ないわけではないからいいだろう。実はなかなか珍しいものを見つけたので、紹介したいのだ。見つけたのはインクの広告写真だが、紙に焼いたものではなく、その原版だ。そしてそれはあの薄いプラスチックのようなフィルムではなく、ガラスでできている「ガラス乾板」だ。
 と言っても「ガラス乾板」を知っている人は少ないだろう。ガラスの板に薬剤を塗って感光させるガラスの写真用フィルムのようなものをイメージしてもらえれば、大体あってると思う。それがこれだ。

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 何やら汚れたようなガラスにうっすらとインク瓶の形が見える。写真用のネガなので、白黒反転している。これを光に透かすと、かなりはっきり見ることができた。

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 「マルスインキ」というインクの商品写真だ。きっとカタログなどに載せるための写真であろう。ちなみに「マルエス」だったら聞いた事があるが、「マルス」というのは初めて聞いた。一体いつ頃のものだろうか。手前の小さなボトルの中央の四角いタイプは、大正から昭和初期頃のイメージだ。ガラスの大きなボトルは昭和初期であろう。右のインク瓶を手に持っているイラストのテイストも昭和初期の感じがするので、おそらくその頃のものと思われる。
 写真のガラス乾板自体は多く残っており、骨董市などでもまだ見ることができる。だが、大抵は人物なので、文房具が写っているものが手に入ったというのは非常にラッキーだ。
 こんなガラスの板に写真を写して、印刷していたのだ。とても画像がはっきりしているので、白黒反転させれば、写真にできそうと思い、やってみた。ネットで調べると、「スキャンして反転させる」とあったのでスキャンしてみたが、真っ黒いガラス板が写っただけだったので、カメラで光に透かして撮った画像を使うことにした。
 画像加工アプリを見ると「ネガポジ反転」というメニューがあるではないか。
 よし。クリック。

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 できた!すごいな、ちゃんと写真だ。それもかなり画像もきれいだ。昭和初期のカタログや資料もいろいろ持っているが、写真がきれいに印刷されるのは昭和もかなり後の方なので、これだけはっきりした写真はなかなかお目にかかれない。まだイラストの方が明確できれいな時代だ。
 面白いなぁ。この撮影には社長さんが立ち会ったりしていたのだろうか。一度に何枚くらいのガラス乾板を使った撮影したのだろう。こんなものが見つかるのは、デジタル化が進んだ今だからこそ。ああありがたや。

 そして、お気づきだろうか。今回見せたかったのはこれなので、本当はここで終わりなのだ。だが、それではあんまりなので、私が持っているほかの写真も紹介しよう。
 カタログや広告、ポストカードなど文房具や文房具に関係するものが写った写真はいろいろあるが、今回は印刷された写真ではなく、生写真を紹介しよう。なんというか、当時のカタログなどの印刷資料も大好きだが、生の写真というのは、印刷されたものより更に当時の体温というか空気感が生き生きと伝わってくるようで、見ていると楽しくなってくるのだ。

ライトインキ、墨の元と不思議な動物

 大正時代と思われる面白い写真がある。文具祭り※1などのイベント用に作ったオブジェのようなものが写っている。(大正時代に文具祭りはあったのだろうか。)「墨の元」とラベルの付いた瓶と、オットセイだかドラゴンだかが高く掲げているインク瓶が張りぼてで作られている。

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 最初インク瓶を掲げているのはサツマイモのように見えたが、よく見れば髭と目がついている。
 では、このポーズから考えてオットセイかと思ったが、更によく見ると背中にヒレのようなものもついており、ドラゴンに見えなくもない。なぜ掲げているのがインクビンかというと、得体のしれない動物(多分)の体に「ライトインキ」と書いてあるのだ。

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 そして、「墨の元」は田口商会(現開明株式会社)の明治・大正時代の商品だ。福井商店(現ライオン事務器)の大正元年のカタログに載っているのを見つけた。

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 「墨の元」の「の」の字の後ろのマークがとてもよく描けている。全体的に見て(何の動物かはわからないが)かなりの大作である。頑丈なつくりではなさそうなのと、バランスが微妙だが、リヤカーを引いて移動させることはできたのだろうか。「墨の元」も動かせなさそうだし、移動させる想定ではないのかもしれない。
 制作者は左右の男性と女性であろう。中央の洋装が決まっている紳士は、この店の主だろうか。(余談だかなかなかのイケメンのようだ。)頑張って作って良いものができたので、記念写真を撮ってもらったのであろう。文具祭り(のようなものがあったとして)は盛り上がったであろうか。ああ楽しそうだ。

大正10年代、篠崎インキ関係者

 A4サイズの大きな写真で、篠崎インキの関係者か販売代理店の方が所有していたと思われる写真が4枚ある。篠崎インキはライトインキ、チャンピオンインキのメーカーである。
 なお、前出の写真もライトインキが写っているが、入手タイミングがまったく違うので、別の人物である。ライトインキやそのメーカーである篠崎インキの名前や商品が入っているポストカードや写真は比較的多く出回っている。当時イベントや広告を多数行っていたのであろう。なお、4枚のうち、3枚は同時に入手、1枚はタイミングがずれていたので持ち主が違うと思うが、どれがその1枚に当たるかわからなくなってしまった。ただ、写っているものから推測すると、時代は4枚とも同じ時期だ。

 まず、街並みの写真で、裏に大正10年と書いてある。ライトインキの看板がたくさん出ており、中央にはライトインキののぼりをつけた自動車がある。写真を拡大すると「ライトデー」という看板が見えるので、何かイベントだったのであろう。

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 多くの看板やのぼりに自動車、そこに大人も子供も集まる街の賑わいは、今ではなかなかみられない。私が集めている古い文房具はこの写真の中にあったのかと思うと、不思議な気がする。

 同じようにのぼりを立てた車が連なって写っている写真もある。画質が悪く判別しづらいが、工場のような建物が写っているのと、車の後ろに荷物を積んでいるので、出荷風景だろう。なかなか威勢のいい光景だ。

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 続いて何かのイベントの際に、観覧席を設けて特約店を招待した時の写真だ。何のイベントなのかは不明だが、手前を白い制帽の人物が通過しているのが写っている。パレードか何かであろうか。

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 文房具業界に限ったことではないが、このように特約店がイベントや旅行に招待されて、旅先では宴会が催されるということが昔はよく行われた。昭和20年代、30年代の業界紙には、毎号のようにどこかの特約店が集まって旅行や観劇に行ったことが紹介されていたものだ。

 そういったイベントや旅行の招待は、研修や視察の名目で行われることが多いが、大正時代に新潟から東京の文房具メーカーへのしっかりした視察旅行が行われたことがあった。大正11年、新潟の文具卸商「寶翰堂」が主催し、並木製作所(現株式会社パイロットコーポレーション)をはじめ、石川ペン先(現ゼブラ株式会社)工場、日本鉛筆、篠崎インキ製造を回り、その記録の冊子を作成している。その時の篠崎インキに訪問した際の集合写真らしきものを持っていることに、この原稿のために写真を確認していて気づいた。

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 この集合写真は10年近く前から持っている。そして、新潟の寶翰堂主催の視察旅行について知ったのは5年くらい前だろうか。今日あらためて集合写真をみると「新潟県」と書かれていることに気づいた。おや?と思って拡大してみたところ、どうやら寶翰堂と書かれているようだ。

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 資料と写真をよく見比べると、資料にある寶翰堂の店主の写真とよく似ている人物が最前列に写っており、まず間違いないであろう。
 たまたま持っていた大正時代の生写真が、別で知っていたイベントのものだったとは奇遇である。モノを集めているとこうやってつながることがあり、コレクションの面白みの一つとなっている。

セーラー万年筆 創立記念日

 セーラー万年筆のホームページでは、大正15年5月27日に昭和天皇(当時は摂政)が呉市浜田町工場をご訪問したことを記念に、5月27日を「創立記念日」としていることが紹介されている。(https://sailor.co.jp/topics/step/
 そのご訪問の時の写真は数枚セットでポストカードになっている。そしてその中の1枚とほぼ同じ構図の写真がある。

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 この写真だ。中央に写っている方が、当時の昭和天皇だ。ポストカードの方は入手できていないのだが、画像を見つけて比べてみると、構図・角度は一致するがわずかに人物の位置にずれがあるので、ポストカードになった写真そのものではない。連写したうちの一枚であろう。

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 裏には「広島中国新聞社」と日付、撮影者の名前が捺されている。地元の新聞社の名前と5月27日の日付印がまさしく「その場にいた人」から発せられた写真であることが明確であり、リアルにその場の緊張感と高揚感が伝わってくるようだ。
 改めて生写真の持つパワーというのは侮れないと思った。

昭和25年文具祭り

 時代は少し新しいが、昭和25年の文具祭り※1の写真を紹介しよう。文房具関係者ではなく、文具祭り用の宣伝カーを作った広告代理店の方のアルバムにあった写真だ。当時のメーカーや商品名、広告のデザイン、車の形などいろいろと興味深い。
 当時の文房具業界の景気の良さが感じられるというか、広告のデザインも楽しげで見ているだけで楽しくなる写真だ。

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写真彩色用絵の具

 そしてお気づきだろうか。結局今回も長くなってしまった。今年はコンパクトにまとめよう(まとめられる)と思ってスタートしたはずだが、あまり進歩はなさそうだ。
 最後にちょっと変わった絵の具を紹介しよう。そんなに古いものではないが白黒写真に色を付ける用の絵具だ。写真を焼き付けた紙にうまく色が載るような原料で作られているのであろう。明治時代の写真から部分的に色を付けたものがあるが、カラー写真が一般的になったのは昭和40年代頃だろうから、それまではこういった絵の具もある程度使われていたのであろう。説明書に人物や景色の色付けポイントが記載されている。これは今度絵を描くときに参考になりそうだ。
 というわけで、今回はここでおしまい。

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※1 文具祭り:文具卸商や文具店が一緒になって売り出しや宣伝を行ったお祭り。華やかな宣伝カーを仕立てて自動車行列などを行った。昭和20年代に各地やいろいろな団体で行われたようだが、11月3日の文化の日であることが多い。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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