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【連載】文房具百年 #16「明治43年のカタログから 前編」

たいみち

昭和の廃番文房具から戦前、大正、明治へ

 古文房具の収集のスタートは文房具店に残っていた廃番商品を見つけるところからだった。店頭に残っているものだから、当然昭和の40年代や50年代、古くても30年代ころが関の山。その時点では「戦前」(※1という言葉も知らず、歴史に興味がなかった私には、「大正」や「明治」は昭和の前の元号という認識しかなく、それぞれの時代のリアリティは全く感じられなかった。それが次第に古い時代の文房具を見つける機会が増え、「戦前」や「大正」が単なる字面ではなく、色や形のイメージを伴うものになって来た。
 しかしその後、今に至っても「明治」はまだ遠く、資料一つ見つけただけで「明治!すごい!」とテンションが上がるのはずっと変わらない。ただポツポツと明治の資料を見たり手に入れたりする機会に恵まれたことで、「明治」のイメージもかなり具体的になってきた。そんな中、一つ気づいたことがあり今回のテーマにすることにした。

明治43年のカタログ

 私は古い文房具とともに、当時の紙資料も集めている。特に当時のカタログや業界誌は残っているものが少なく、滅多に見つからないので、見つけると可能な範囲で手に入れるようにしている。
 さて、ここに三冊のカタログがある。伊東屋・福井商店(現ライオン事務器)・文運堂と、どれも古い文房具を語る上ではおなじみの名前だ。そしてこの三冊はどれも明治43年に発行されたものだ。数少ない明治時代のカタログが同じ年の発行であることに興味を持った。(なお、伊東屋のカタログは原本ではなく復刻版だ。)

20190720taimichi1.jpg*明治43年発行のカタログの表紙。左から伊東屋営業品目録(復刻)、文運堂文房具目録、福井商店営業品目録。



 それなら明治43年発行のカタログがほかにもあるのではないかと、探してみるとさらにいくつか見つかった。

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*左:伊東屋営業品目録(浅川茂氏所蔵)、右:玉屋商店商品目録(国会図書館デジタルコレクション)



20190720taimichi3.jpg*左:大日本絵画講習会 販売部月報、右:みつこしタイムズ付録 最新式文房具(A2サイズ両面)



 まず、伊東屋が同じ年にもう一冊発行していることが分かった。古文房具コレクターの浅川茂氏が所蔵しており、復刻版は4月、浅川氏所蔵分は12月の発行で、内容も微妙に違う。玉屋商店は銀座にあった測量・製図用品店だ。三越は冊子ではなく、A2サイズの一枚の紙の裏表に印刷されたカタログで、当時の広告誌「みつこしタイムズ」の付録である。販売部月報は、「大日本絵画講習会」という組織の機関誌のようで、他の月の内容は不明だが、この号は画材のみ掲載されており、且つ一年前の明治42年には、「洋画材料品日本画用品明細目録」という画材カタログが発行されている。製図用品や画材は文房具から少し外れてしまうが、それぞれ多少の鉛筆や消しゴム、ペンなどの文房具も含まれているので挙げさせてもらった。
 今でこそ文房具メーカーは毎年新しいカタログを作成しているが、当時はもっと発行頻度が少なかったであろうし、商品をまとめた「カタログ」の形にしていなかったところも多いだろう。それなのに、明治43年発行のカタログばかり見つかるのだ。
 もしかして明治43年は、文房具ブームが巻き起こった年だったのではないだろうか。

各カタログの「推し」文具

 せっかくなので、カタログの中身を少し紹介しよう。同じ年のカタログとはいえ、各社得意分野が違うこともあり、それぞれ特徴がある。
 まず伊東屋は帳簿から始まっている。これは伊東屋が洋式帳簿の普及に大きく貢献している背景と一致する。「東京紙製品のあゆみ」(※2)では、「明治37年創業の『伊東屋』では洋式帳簿がまだ一般化しない頃、危険負担を承知で種々の洋式帳簿試作に取り組み、次から次へと日本人にあった洋式帳簿を考案し、その数なんと30種類に上ったという。」と、伊東屋の当時の苦労を紹介している。

20190720taimichi4.jpg*伊東屋営業品目録(復刻版)。洋式帳簿の罫線見本から始まっている。



 帳簿に続いて手帳があり、その他バインダーやレターセットなど紙に関するものが目立ち、最後は情報カードで終わっているのも特徴的だ。もちろんペンやインク、クリップやホッチキスなどの一般的な文房具も掲載されている。

20190720taimichi5.jpg*伊東屋営業品目録(復刻版)手帳のページ。



20190720taimichi6.jpg*伊東屋営業品目録(復刻版)。最後のほうに情報カードとカードケースのページがある。当時の伊東屋が事務の効率化を推進していたことがわかる。



20190720taimichi7.jpg*伊東屋営業品目録(浅川茂氏蔵)。12月発行のカタログでも情報カード推しは変わらない。



 文運堂は、当時の大手出版社「博文館」から独立した文房具メーカーで、主要商品は雑記帳や学習帳などのノートである。特に学習帳については、関東では最も早い時期に製造を開始している。そのためカタログもノートや手帳類が多くのページを占める。
 また、鉛筆も掲載されており、「ドイツのステッドラーに命じて作らせたもの」と謳ってはいるものもあるが、写真を見る限り鉛筆に文運堂のマークや名前はなく、オリジナルなのは箱だけではないかという気もする。

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*文運堂文房具目録。雑記帳(ノート)にも表紙に絵があるものや無地のもの、いろいろな種類があった。



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*文運堂文房具目録。萬(よろず)手帳は、親会社である出版社にて無限に発生する紙の切れ端から作っているので、毎回形や枚数が変わるが、紙質はいいし安いとある。不要な紙を活用しているところと、おしゃれな表紙をつけているアイデアが面白い。


20190720taimichi10.jpg*文運堂文房具目録。ドイツのステッドラーに命じて作らせたとあり、箱には確かに日本語でステッドラーの社名が書かれているが、写真を見る限り鉛筆に文運堂の社名は見つけられない。



 福井商店の明治43年のカタログは、社史(※3)によると明治30年、34年、39年に続く第4号となる。内容は鉛筆から始まり、インク、絵具、製図機器、事務用品など商品の幅が広く、輸入品が目立つものの、種類としては身近なものが多い。伊東屋がオフィス用品を対象としているのに対し、福井商店は文房具店で一般的に店頭に並ぶものという感じだ。

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*福井商店営業品目録。まず国内外の鉛筆が並ぶ。日本製は真崎市川鉛筆(現三菱鉛筆)製が掲載されており、左から4、5番目の鉛筆の軸には「KAGOSHIMA GRAPHITE」(鹿児島黒鉛)と書かれている。三菱鉛筆創業者 真崎仁六氏が国内で鉛筆の芯に適している黒鉛を探し回って、鹿児島県加世田産が最高級の品質であると突き止めたという話がここにつながっている。(※4



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*左ページ:日付印は明治59年まで対応しているところが興味深い。右ページ:鉛筆削りは日本製だが、消しゴムはどれも輸入品である。



 福井商店のカタログは、明治34年と43年を比較すると、カタログの作り方や雰囲気がかなり異なる。34年はまだイラストが少なく、商品名が並んでいるが43年になると、リアルで美しいイラストの数が増えて、買いたくなるようなカタログに進化している。

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*左:明治34年福井商店営業品目録のペン先のページ。右:明治43年の福井商店営業品目録のペン先のページ



 続いて三越は、商品が写真で紹介されている。当時のカタログや広告はイラストが主流なので、写真を使っているのは先進的だったのであろう。だが勝手なことを言うと、当時の写真は不鮮明で今一つ見づらいので、100年経ってから見るにはイラストの方がありがたかった。なお、文運堂のカタログも写真がメインだが、この2つのカタログは共通している商品がいくつもあるので、三越は文房具の仕入れやカタログ作成を文運堂経由で行っていたのかもしれない。
 掲載品はいかにも高級そうなものが並んでいる。輸入品もそうでないものも、三越の品格を損なわないものがチョイスされていることが容易に感じられる。

20190720taimichi14.jpg*「みつこしタイムズ」付録、最新文房具。ドイツ製のレターセット。



20190720taimichi15.jpg*「みつこしタイムズ」付録、最新文房具。三越鉛筆。三越鉛筆は一時期文運堂の関連会社である大日本鉛筆が製造していた。ただし大日本鉛筆は大正4年の創業なので、この時期の鉛筆をどこが作っていたかは不明である。



20190720taimichi16.jpg*「みつこしタイムズ」付録、最新文房具。コンパスと製図機器。 



 大日本絵画講習会の販売部月報は、ほぼ画材だが最後に少しだけ文房具が掲載されており、そこにはなんとムカデ針のホッチキスが!意外なところで旧友に出会えたような気分だ。画材の色鉛筆のページと一緒に紹介しよう。

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*大日本講習会 販売部月報。色鉛筆、クレヨンなどもほぼ輸入品である。最後のページにムカデ針のホッチキスやインク入れ海綿入れなどが掲載されている。



 玉屋のカタログは、画質が悪いのと文房具はごく僅かなので、紹介するのは一点だけとしたい。野帳が掲載されていたのを見つけた。

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*玉屋商店商品目録。(国会図書館デジタルコレクション) 測量野帳。



 ここ数年、野帳ブームで、独特のファン層もできている野帳だが、実は明治43年にはすでに日本でも発売されていたということだ。

海外の1910年のカタログ

 紹介ついでに、海外の同時期のカタログを紹介しよう。私の持っている海外のカタログは主にアメリカのもので、年代としては1920年以降のものが多い。アメリカでは日本より多くのカタログが発行されていたはずだが、1920年より前の時代のものになかなかお目にかかれないのは日本と同じだ。それでも偶然所有していた1910年(明治43年)のカタログが二冊あった。一つはオフィス用品の卸商のカタログ、もう一つは製図・測量関係のカタログだ。

20190720taimichi19.jpg*左:アメリカ文房具卸業者のカタログ。表紙をめくると「極秘 50%OFF」という紙が貼ってある。取引先への卸価格であろう。右:製図・測量用具のカタログ。サイズが小さいが分厚く、元の持ち主がよく見ていたようでチェックした跡やページの折れがある。 



20190720taimichi20.jpg*卸業者のカタログ。クレヨンなど。当時日本ではまだクレヨンはほとんど使われていなかった。



20190720taimichi21.jpg*卸業者のカタログ。鉛筆など。鉛筆だけでなく、キャップやホルダーも掲載されている。また飾りがついているものや扁平型などバリエーションが多い。



20190720taimichi22.jpg*卸業者のカタログ。店舗向けのカタログなので、ディスプレイの情報も掲載されている。



20190720taimichi23.jpg*卸業者のカタログ。この時期、日本と大きく異なるのは鉛筆削りだ。日本ではまだ机上に設置するタイプはカタログに登場していない。左上の刃が回転するタイプの鉛筆削りは、アメリカではすでに普及していたようだが、日本では特許申請されているのが明治45年なので、まだ輸入される前であろう。



20190720taimichi24.jpg*製図・測量カタログ。以前「西洋の墨汁、東洋のインキ」(※5で紹介した通り、欧米では製図用のインクとして固形の墨が使われている。



20190720taimichi25.jpg*製図・測量用品カタログ。左:画鋲。製図をするときに紙を止めるのであろう。製図用品カタログには昔から画鋲が掲載されている。右:鉛筆削り。小型の鉛筆削りも日本と異なる。福井商店のカタログと比較すると、日本は装飾に走っているが、こちらは削り方に工夫がみられる。

次は明治43年についてもう少し考える回

 さて、毎度恒例になりつつあるが、今回もカタログの紹介だけでそれなりのボリュームになったので、ここで一回区切ることにした。
 それにしても、なんだかごたごたと並べ過ぎた感があるので、改めてお伝えしよう。ここで紹介しているカタログはすべて1910年、明治43年に発行されたものだ。109年前、すでに日本にはこれだけの文房具のラインナップがあり、大人は仕事で帳簿を使い、子供は学校で学習帳を使うようになったそんな時代だ。三菱鉛筆の創業者が見つけた最上級の鹿児島黒鉛を使った鉛筆が欧米製の鉛筆と並んで誇らしげにカタログに載り、欧米では中国の墨で製図をする、そんな時代だ。
 各年代のカタログを並べて比較するのも面白いが、100年以上前のある一時期だけでこれだけ比較ができるとは正直思ってもみなかった。つまり明治43年はすごいのだ。そんな明治43年については、次回もう少し考えてみたい。
 というわけで、次回もよろしくお願い申し上げる。


※1 戦前:日本では単に「戦前」と言う場合、通常は真珠湾攻撃に始まる太平洋戦争(第二次世界大戦)勃発前の時代を指すことが多い。(ウィキペディア)
※2 「東京紙製品の歩み」:東京紙製品卸商業協同組合、1972年
※3 ライオン事務器社史:「一意誠実 ライオン事務器200年史」、株式会社ライオン事務器、1993年
※4 :三菱鉛筆社史「鉛筆とともに80年」参照。三菱鉛筆株式会社、1966年
※5 西洋の墨汁、東洋のインキ:この連載(文房具百年)の過去の記事。後編に海外における隅について記述している。
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008627/

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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