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【連載】文房具百年 #15「筆箱 その3」

たいみち

前回までのおさらい

 先月に引き続き、筆箱の話だ。その1はブリキと紙の筆箱、その2はセルロイドや布製、鉛筆型の筆箱を紹介した。
 今回は木製の筆箱の紹介だが、その1、その2をまだご覧いただいていない方は、そちらもどうぞご一読願いたい。

前々回URL https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/009345/
前回URL https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/009512/

日本の木製筆箱

 「静岡市産業百年物語」によると、筆入れや定規などの木製文具の製造がはじめられたのは、大正初め頃とある。それまでも硯箱や文庫(文箱、手紙などを入れる箱)はあったが、漆問屋の主要商品であり、文房具と捉えられていなかったのだろう。前回紹介した鉛筆型の筆箱も「木製文具」にあたり、大正中頃のものなので時代感は一致する。
 では、漆器ではない木製の筆箱はどの様なものだったのだろうか。ごくシンプルなものとしては単純な箱だ。

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*2段になっている木製筆箱。


 写真の筆箱は、中を仕切る形の二段式という以外は特長がないが、素材は桐だろうか。とても軽く、今でも板の反りがなく中の仕切りも蓋もぴったりはまる。二段式の筆箱といえば「子供たちの大正時代」(※1という書籍に次のような記載がある。
 「私の低学年の頃には運動会で商品を出した。筆入れ・ノート・鉛筆などであったが、徒競走でもらった二段作りの木の筆入れは珍しく、また誇りであった。」
 「二段作り」がこのような形だったかわからないが、大正時代はまだ木製筆箱自体がそれほど一般的ではなかったと思われる。
 木製筆箱の形状で、スライド式のものがある。これが明治末期から大正のカタログに掲載されていることが多く、小学生が持つような筆箱だ。大正時代の半ばから国内で木の筆箱が増え始めたとすると、これらカタログに掲載されている筆箱は当時の最先端であろう。国産ではなく輸入品であったかもしれない。よく見るとかなりハイスペックである。

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*伊東屋営業品目録 明治43年(1910年)


 中に鉛筆を入れる溝や仕切りがあり、画像下の筆箱は蓋のスライドと合わせて本体の上半分を回転させることで、動きのある二段式を実現している。つまり、この頃すでに多機能筆箱の考え方があったのだ。

欧米のおもしろ木製筆箱

 木製の筆箱は欧米でもよく使われていた。海外オークションに出てくるものを見ていると、欧米といってもどちらかというとヨーロッパ、主にイギリスやフランスで多く使われていたようだ。前出の伊東屋のカタログに掲載されているような「木製スライド式多機能風筆箱」も海外で同じタイプがある。

20190620taimichi3.jpg*イギリスの筆箱。年代不明だが、20世紀初期と推定。模様は象嵌ではなくペイント。



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*蓋を嵌めると開かない仕組み。またそれとは別にサイドに鍵がついており、2段目を開けるには鍵がいる。



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*裏面は鉛筆を入れられる。そして持ち主のものと思われる名前が書かれている。



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*右側サイドにはインチ表記の定規がはめ込まれている。

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*左サイドは、センチメートル表記の定規。そしてこれは鍵穴を隠す役目も果たしている。
なお、こちら側の板も定規であることは、イベントで展示している際にお客様が見つけてくれた。



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*あちらこちらが開く筆箱はかなり前からあった。



 これはイギリスの古い筆箱だが、表側はスライド式の二段で、裏面にも鉛筆を入れるところがある。さらにサイドにはインチ表記の定規がはめ込まれており、その反対面はセンチメートル表記の定規がカギ穴を隠す役割とともにセットされている。「五面スライド式消しゴム入れ付き筆箱」だ。これぞ日本で昭和40年代から50年代にかけて大ヒットした多面式マチック筆箱の原型と言っていいのではないだろうか。裏面を見ると持ち主はロビン君だ。(しっかり名前が書いてあるところも、「子供の持ち物には名前を書く」というルールが万国共通であることがわかり興味深い。)名前のほかにいくつもイニシャルが書かれているのは、無くしたり盗られたりしないためだろうか。ロビン君はきっとこの筆箱が気に入っていて、学校でおおいに自慢していたことだろう。

 スライドタイプ以外にも、とてもユニークな筆箱もある。

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*EAGLE PENCILの筆箱



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*丸い木のボールが先端についており、それが蓋である。



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*反対側にはプッシュボタンがついている。

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*ボタンを押すと、蓋が開く仕組み。

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*中に入れられるのは、鉛筆2、3本程度。


 この細長い棒のような筆箱はアメリカのEAGLE PENCILの製品で、プッシュボタンを押すと蓋である先端のボールが動いて開く仕組みだ。最初「ポン!」と飛び出すことを想像したが、ボールは鎖につながれており、飛び出さずにぬるっとした動きで蓋が開く。
 軸はあまり太くないので、せいぜい鉛筆が2、3本入る程度。プッシュボタンがあるので、長さは約26cmと長めだ。消しゴムなど小さいものを入れたら、逆さにしないと取り出せないし、使い勝手は良いとは言えない。
 驚くべきはこれが1890年(※2のものであることだ。1890年は明治23年。日本ではまだ筆に墨の時代である。そのころアメリカには、既にこんなに楽しい筆箱があったのだ。

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*商品名「READY COMPANION」、特許は1887年2月1日取得。



 商品名も楽し気である。「READY COMPANION」は直訳すると「準備完了の仲間」、ボタンを押すとすぐに中身が出てくるよ、くらいの意味合いだろうか。この「COMPANION」という単語を見て気づいたのだが、欧米は筆箱を「SCHOOL COMPANION」「SCHOLAR COMPANION」と呼んでいることがある。慣例的な言い方で本来の「仲間」の意味はないかもしれないが、「子供たちの学校の相棒」といった語感が微笑ましい。
 実は前回紹介した三越製の鉛筆型筆箱にも「SCHOLARS‘ COMPANIONS」と書かれている。

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*SCHOLARS‘ COMPANIONS 直訳は学者の仲間達の意。



 三越は早くから輸入文具を扱っていたので、海外の筆箱の表記を参考にしたのであろう。「COMPANIONS」と複数形なので、筆箱ではなく中に入れる文具を指していると思われるが、どちらにしてもお洒落で知的な学用品の雰囲気を醸し出すのに一役買っている。

 なお、このEAGLE PENCILの筆箱は1897年の特許を基にしているが、特許の内容は筆箱ではなく、つけペン(※3のギミックであった。旅行時に携帯するつけペンで、ボタンを押すと蓋が開いて中からペン先が出てくる仕組みだ。それを筆箱に応用する発想も面白いし、そのつけペン自体も興味深い製品だ。これは探してそのうち手に入れたい。

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*この筆箱のもととなった特許。



 続いてはやはり細長く、謎の形をしている筆箱の紹介だ。形状からすると筆箱というのは違和感がある物体で、ペンケースの方がしっくりくる。ただペンケースと言っていいのかも疑問が残る。それがこちら。

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*イギリス製のペンケース



 この写真を見ると、料理で粉モノを伸ばす麺棒そっくりだ。全長は31cmあり、両端が外れるようになっていて中に鉛筆が入っている。

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*両サイドのパーツは外すことができるが、片方は鉛筆、反対側は何もついていない。



 鉛筆が付いていない方は、鉛筆より太く、かすかなゴム臭がしたので、おそらく消しゴムがついていたのだろう。

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*本体、鉛筆両方に同じ文字が刻まれている。



 本体であるケースと鉛筆にはどちらも同じことが刻印されている。「CUMBERLAND PENCIL CO. KESWICK」と
 「ANNIE COLLINS」。CUMBERLAND PENCILは1832年創業のイギリスで最初の鉛筆メーカーで、カンバーランド地方ケズウィックでスタートした。ケズウィックは鉛筆の芯であるグラファイトの産地で、鉛筆の歴史上重要な場所であり、今はペンシルミュージアムがあることで有名だ。CUMBERLAND PENCILの社名になったのは1916年なのでそれ以降のものだろう。メーカーの名前だけでなく、持ち主の名前と思われるものが鉛筆とケース両方に入っているのは、当時としてはかなり珍しい。
 一体これはどういうものなのだろうか。調べてみたところ、「旅行用文具3点セット」という説を見つけた。確かに鉛筆・消しゴムともにケースの内側に格納されているので、持ち歩くことができる。でも鉛筆と消しゴムの2点セットでは? それがどうやらこの丸い麺棒状の本体を、距離を測る定規として使っていたというのだ。軸の太さがおおよそ3インチとして、本体に刻まれている社名か名前を起点として地図の上で転して、何回転したかで大体の距離を把握するらしい。
 なるほど!かなりおおざっぱだが、目安としては使えるだろう。気になる点としては、そのために持ち歩くものとしては、便利さより荷物としての負担が大きいのではないかということだ。だがきっとこれを持って旅をする人は、お付きの人が荷物を運んでくれるような身分だったのであろうと、勝手に想像して納得した。

海外に渡った日本の筆箱

 次に珍しい筆箱を一つ。アメリカのオークションで入手したものだ。

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*推定日本製の筆箱。

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 アメリカのオークションに出品されていたといっても、見た目は明らかに日本製の筆箱だ。特に変わった形をしているわけでもない。だがこれはとても珍しいものなのだ。

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 わかるだろうか。アメリカの大手筆記具メーカー EBERHARD FABERが自社の商品としていた筆箱だ。EBERHARD FABERとは会社名であり、創業者の名前で、現在のFABER CASTELLの一族だ。FABER CASTELLがまだA.W.FABERだった1849年、ニューヨークに一号店を出した時の責任者を務めたのがEBERHARD FABERである。(※4そのEBERHARD FABERが、日本製の筆箱を自社の商品として販売していたとは嬉しいではないか。

 日本製の文房具の輸出は明治時代から行われていたが、日本のメーカーの製品として、海外で販売されているとしか思っていなかった。中にはこのように海外のメーカーの名前を背負って、海を渡っていったものもあったのだ。
 ところで、日本の筆箱が欧米に渡ったのはいつかを調べてみた。調べて分かった範囲で、海外で紹介された最も古い事例は1862年(文久2年)のロンドン博覧会だ。
 この年のロンドン博覧会は、日本からの正式な出展ではないが、イギリスの初代日本公使オールコック氏が自身で集めた日本の品々を出品していた。漆器や刀剣といった工芸品だけでなく、蓑笠や提灯、草履なども展示されていた。(※5 その出展リストに「Pencil Box」が2つ含まれている。

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*第二回ロンドン博覧会へ出品されたあるコック氏の資料。

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 文字の情報だけなので、具体的な形や素材などはわからないが、94番はパーティーグッズの中に含まれており、おそらく漆塗りの金彩蒔絵といったものであろう。283番は「竹・麦わら細工」の項目なので竹細工と思われる。なお、出品されたものの中には他の文房具も含まれている。今、日本の文房具は世界中へ輸出されているが、世界への第一歩はこのあたりからなのかもしれない。
 余談だが、このロンドン博覧会には日本から使節団が渡航しており、中に福沢諭吉が含まれていた。Exhibitionを「博覧会」と訳したのはこの使節団に参加していた福沢諭吉だと言われている。(※4)

筆箱の話は一旦おしまい

 結局今回は木製筆箱だけで終わってしまった。実はこのほかにもう少し紹介したい筆箱があったのだが、さすがに4回連続筆箱はやめようと思い、ここで終了とした。
 3回連続で筆箱について調べつつ紹介して分かったことは、「筆箱は情報が少なく、正確なことはよくわからない」ということだ。カタログなど資料への掲載も少なく、現物を見ても、個々の特徴に乏しく年代の特定が難しい。
 もう一つ分かったことは、正確な情報は少ないが、思い出の中に残っている筆箱は多いということだ。資料を探すといろいろな書籍の中で著者が子供時代を語る中で、「筆箱」が出てくるケースが多い。どのような筆箱だったか、筆箱自慢やその反対の思い、筆箱を通しての経験などが出てくる。そしてそれを裏付けるように筆箱には名前が書かれていて、退屈な授業をやり過ごすためのいたずら書きがあって、壊れるまで使った痕跡がある。つまり筆箱はやっぱり子供たちや学生の相棒なのだ。

 時代とともに中に入れる筆記具が変わり、素材が変わり形を変えていく筆箱。使う人によっても変わる筆箱。古い時代の筆箱はまだまだ分からないことも多く、これ以上は調べられないかとも思う。だが、引き続きものと情報を拾い集めていけば、もっとわかることがある気がする。だから、先に進めたときにもう一度筆箱の話を書こうと思うので、その時はまた読んでほしい。


※1 「子供たちの大正時代」:古島敏雄 1982年 平凡社
※2 「1890年のもの」:特許は1887年だが、その特許は後述の通り筆箱に関する特許ではないため、筆箱に書かれている数字を購入年と推測して1890年とした。
※3 「つけペン」:軸にインクを溜めず、ペン先にインクをつけて使用するタイプのペン
※4 :「EBERHARD FABER」A.W.FABERのニューヨーク店の支店長としてアメリカに渡ったが、その後独立し、自分の名前の会社を設立した。
※5 ロンドン博覧会に関する表記:国立国会図書館電子展示会「博覧会」参照

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社

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