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【連載】文房具百年 #13「筆箱 その1」

たいみち

4月なので

 4月は筆箱にしよう。大した理由もなくそう決めた。4月は新学期のシーズンだ。新学期には筆箱とその中身を刷新して新たな気持ちでスタートするイメージがあるので、他の時期よりも筆箱について考えるのに適していると思ったのだ。

ブリキの筆箱

 筆箱の話をするのには、素材別が話しやすい。筆箱は素材が多様な文房具で、筆箱のことを指し示す時に「革の筆箱」「木の筆箱」という言い方をすることが多い。つまり素材がその筆箱の特徴になっているということだ。
 まずはブリキだ。ブリキの漢字は「錻力」。強そうで良い。そしてブリキの筆箱は意外と古くからある。ブリキの筆箱の普及にはブリキへの印刷技術がキーとなったようだ。「大阪市産業叢書」(※1)によると、明治23~24年ころには大阪の木田常治郎氏が手摺のブリキ印刷を行っており、石鹸入れや下駄の裏金が作られていた。その後木田氏は印刷技術や塗装用のニスを開発し、看板や石鹸入れの良品を作れるようになり、次いで筆箱を作るようになった。それについて「美術印刷を施せる筆箱の製造を完成して特許を得、平野町の福井、中西等の文房具問屋をその特約店とし、相当広く地方にも供給するに至った」とある。この特許は明治41年に出願されたものだ。

20190420taimichi1.jpg*木田常次郎氏のブリキ印刷製筆入の特許


 この特約店になった「平野町の福井」というのは福井商店、現在のライオン事務器のことだ。ライオン事務器のカタログを見ると明治34年のカタログには「木田製専売筆筒」がイラストとともに掲載されており、その後の大正元年、大正10年のカタログにも木田式筆入れが掲載されており、種類も増えている。

20190420taimichi2.jpg*福井商店(現ライオン事務器)営業品目録 明治34年


20190420taimichi3.jpg福井商店(現ライオン事務器)営業品目録 大正元年



 木田式のブリキの筆箱はおそらくこういうものだろう。写真の筆箱はメーカーがわからず、当時は類似品を出してくるところもあったであろうから、木田式ではないと思うが、形や中の鉛筆を抑える金具などは木田式のものとよく似ている。


20190420taimichi4.jpg*「木田式」と同様のブリキ製の筆箱


20190420taimichi5.jpg*裏面には漢詩が印刷されている


20190420taimichi6.jpg*蓋側と本体それぞれに収納できるつくり。金具で止めている。(鉛筆はサンプルのため筆箱と時代は一致しない)


20190420taimichi7.jpg*筆箱の留め具


 中に「賞」と書かれており、学校などで賞として配られたことがわかる。裏には曽我兄弟の復讐の漢詩の印刷、表は曽我兄弟の絵柄だ。このタイプの筆箱は有名な話の登場人物が描かれているものが多く、当時のキャラクター文具のようなものだったのではないかと推測される。なお、明治大正は人気商品だったようだが、昭和になるとさすがにこの手の絵柄は子供の心に響かなくなったようで、昭和初期の子供の生活を記録した「尋常小学校物語」(※2)ではこう書かれている。
 「都会からの転入生は、良質のセルロイドの軽いものを持っていたが、私たちのはブリキ製で、蓋の表面にどぎつい色の乃木大将や広瀬中佐の絵が印刷してあった」
 変わらずにいて人気を維持するのはむつかしい。それは筆箱も同じ、というわけだ。
 続いてのブリキの筆箱は、ブリキ印刷ではなく、凹凸で美しい模様がつけられている。素材はしっかりしており、金具も針金から幅のある金属板になっている。

20190420taimichi8.jpg*大正時代のブリキの筆箱。アールデコを感じさせる模様が美しい。


20190420taimichi9.jpg*こちらも蓋側と本体両方に収納できる形。(鉛筆はサンプルのため、時代は筆箱と一致しない)


 この筆箱はいくつかの大正時代の資料に掲載されており、現物も同じものを何度か見かけているので、当時それなりに出回った製品だろう。
 その後昭和に入ってもブリキの筆箱は存在し、少しずつ形が変わって戦前には今と変わらないシンプルな形になっている。

20190420taimichi10.jpg*昭和10年代頃のブリキの筆箱


 缶ペンケースが流行ったのは1980年代だが、実はそれよりずっと前から「缶ペン」は存在し続けていたのだ。

紙の筆箱

 「紙でできている筆箱」といってもピンとこないだろう。だが実は昔の筆箱は紙でできているものが多数あった。正確には紙だけではなく、紙に漆を塗った「一閑張」(いっかんばり)だ。
 「一閑張」とは木型に紙を水張りし、和紙を糊漆で張って乾かし、予定の厚みになるまで繰り返して型を外す製法(※3)で、明治・大正時代の文房具のカタログにも一閑張の筆箱が掲載されている。漆ではなく、柿渋を塗布する一閑張もあるようだ。また「静岡市産業百年物語」(※4)では次のように書かれている。
 「この『一閑張』というのは、本来はガンピ紙を貼り合わせて漆塗りをしたものであるが、ここでいうのは筆入れ形の木型の上に、古新聞を何枚も固く張り合わせて乾かし、漆を塗って蒔絵をつけて市場に出していた。大正十年頃には非常に盛んに生産された」
 筆箱の製造方法に触れる機会がないので、この筆箱型の木型や、雁皮(ガンピ)紙の代わりに新聞紙を使うあたりのリアルさが興味深い。
 ではその「一閑張の筆箱」とはどういうものか。残念ながら手持ちの資料に色や質感がわかるような明瞭な画像がなく「これが一閑張の筆箱」と言い切るには気が引けるところがあるが、紙に漆などを塗って作られている筆箱は、一閑張とみなして紹介しよう。

20190420taimichi11.jpg*「萬歳」という文字と「土屋中将」の肖像画描かれた筆箱。明治40年前後のものと思われる。


20190420taimichi12.jpg*反対面は「陸軍萬歳」


20190420taimichi13.jpg*内側は塗装がなく土台の紙のまま。


20190420taimichi14.jpg*一見木製のように見えるが、紙でできており、とても軽い。推定明治から大正頃。


20190420taimichi15.jpg*右側の赤い筆箱の金具。差し込む金具が残っているのは珍しい。


20190420taimichi16.jpg*内側にも漆が塗られている。右側の筆箱のひもは、おそらく持ち主が穴をあけて通したもの。


20190420taimichi17.jpg
 一見紙に見えないかもしれないが、すべて紙+漆塗りの筆箱だ。古いものなので、中には漆が剥がれ落ちている部分もあるが、どれもとても軽く、且つしっかりしている。こういうものを見ると日本は本当に紙を上手に使っていたと感心する。
 そして、紙で作る筆箱もあった。明治時代の工作の教科書で、筆箱用の図案や展開図が掲載されているものがある。

20190420taimichi18.jpg*「教授応用画集 尋常小学校5学年」明治44年より「筆箱の工作図」。完成図の筆箱が前出の「萬歳」の筆箱と類似しており、同じ時代のものであることがわかる。


 この筆箱工作はどのような紙で作ったのだろうか。ちょうど厚手の和紙があったので作ってみたところ、1枚では薄くてすぐに壊れてしまうが、2、3枚張り合わせれば適当なものが作れそうだ。

20190420taimichi19.jpg*厚手の和紙で作ってみた筆箱。(元から絵が描かれていた和紙を使用)。明治時代の小学生は授業でこのような筆箱を作っていたのだ。



 紙の筆箱でもう一つ紹介したいのは、「忠孝筆入」という戦時中の筆箱だ。名称・デザインともに戦争色が明確に出ているが、私のこの筆箱の一番の注目点はそこではない。筆箱の中に入っている説明書きだ。これを読むと物資がないことを感じさせず、ポジティブなものとして表現するための苦心がにじみ出ており、作った人の人間臭さや、時代背景が沁みるように感じられる。古い文房具だが同時に時代の資料でもある、そんな筆箱だ。

20190420taimichi20.jpg*忠孝筆入。昭和10年代頃。黒と水色の色違いだが、黒の方は一部文字が塗りつぶされている。


20190420taimichi21.jpg*中にはボール紙にゴムひもがつけられた中敷きと説明書が入っている。


20190420taimichi22.jpg*「新時代」「単にボール箱と違い」「表装は優美で」等のきれいな表現に却って苦しさを感じる。実用新案番号は出願番号のため、取得できたかは不明。

筆箱 その2へ

 筆箱の話はもう少し続く。「その2」で終わるかその先も続くかは、自分でもわからない。少なくとも、木の筆箱とセルロイドの筆箱は紹介しなければ。それに海外の筆箱もある。とはいえ、延々と筆箱を並べ続けるのもよろしくないので、何とか次回でまとめる予定だ。
 そうだ、最後に紙の筆箱をもう一つ。明治生まれの落語家、橘右近が著書の中でこんなことを書いている。
 「明治44年に芝浦尋常小学校に入学、黒い繻子の風呂敷に雑記帳、教科書、筆箱などはなく紙にくるくるとまいた鉛筆を包んで、染絣の着物に三尺を締めたという姿で通学したのですが(後略)」(※5)
 鉛筆をくるくるとまいた紙、それも筆箱といえるのではないかな。ロールペンケースのようなものだ。
 以上、今回は少々短めだが、キリがいいのでここまでにしよう。


※1 「大阪市産業叢書」 大阪市役所産業部調査課 1935年
※2 「尋常小学校ものがたり」竹内途夫 1991年 福武書店
※3 コトバンクより
※4 「静岡市産業百年物語」 静岡商工会議所 1968年
※5 「橘右近コレクション 寄席百年」 橘右近 1982年 小学館

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社

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