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【連載】月刊ブング・ジャム Vol.50 この文具にハマってます!(その3)
本サイト編集長の文具王・高畑正幸さん、イロモノ文具コレクター・きだてたくさん、ブンボーグA・他故壁氏さんの3人による文具トークライブユニット「ブング・ジャム」が、気になる最新文房具を独自の視点から切り込んでいく「月刊ブング・ジャム」。
今回は、ブング・ジャムのみなさんに「現在ハマっています」という文房具を紹介してもらいました。
第3回目は、他故さんです。
(写真左から他故さん、きだてさん、高畑編集長)*2020年11月7日撮影
*鼎談は2021年4月12日にリモートで行われました。
何に書いても気持ちいい! これぞベスト万年筆!!
パイロット「エラボー」万年筆(写真は金属軸タイプ)
――最後は他故さんですね。
【他故】他の2人に比べて、ハマっているというか、ようやくいじり始めたところなんですが、「エラボー」という万年筆です。
先っぽが柔らかくて、日本語を書くのに適しているということで、1978年に全国万年筆専門店会という会がパイロットに「作って」と頼んで、それを苦労しながら使ったペン先なわけですけど。僕は元々、柔らかいタッチの万年筆が好きなんですよ。これも柔らかいのを知ってたんですけど、その前に、超柔らかい「フォルカン」というペン先を付けた万年筆を買ってしまったので、まあ正直、どっちかあれば充分だろうと思ってたんですよ。フォルカンってめちゃめちゃ柔らかいんですよ。もう、先っぽがガバッと開くぐらい柔らかいペン先なんですよ。
【きだて】それでカリグラフィーをやっている動画が、一時期流行ったよね。
【他故】「コントロールしにくい」と言っている人がいるくらいめちゃくちゃに柔らかくて、これはこれで好きだったんですけど。インクフローもすごくて、キャップの中でベタベタインクが漏れるぐらいインクフローが良いので、持ち歩きには適してなかったりするんですが。それでずっとフォルカンを使っていて、ある日ふと「エラボーも触っておかないといかんよな」と思ってしまったんですよ。
【きだて】何故突然に(笑)。
【他故】今年になってから急に。
【きだて】何かきっかけがあったの?
【他故】ご多分に漏れず私も1月からずっとテレワークをしていたわけですよ。家にずっといて、筆記具はいっぱいあるので何でもつかえるぞ、という状況だったんですけど、特に大きなきっかけもなく、「俺の人生にはエラボーが足りない」ってどこかの時点で思ったんですよ。
(一同爆笑)
【高畑】「俺の人生にはエラボーが足りない」ってすごいな(笑)。
【他故】「それを経験しないでいいんだろうか」っていうのを、この2、3カ月ですごい思い始めてしまって(笑)。
【きだて】あ~、もう原型があったのね。
【他故】正直、「もう万年筆はいい」と思ってたんですね。かなり数があるし、日常で使うものもだいぶ固まってきたので、これ以上あってもしょうがない。さっきも言ったように、フォルカンと「エラボー」は柔らかい系のペンで似てるはずだと。
【きだて】まあ、かぶってるだろという予測はつくね。
【他故】だから、フォルカンがあれば充分だと思って過ごしてきて、我慢できるとずっと思ってたの。その中で、久しぶりに「サファリ」を購入したわけですね。「サファリ ファースト」という今年の限定のやつを。
【高畑】はいはい。
【他故】「サファリ」のペン先が硬いのは分かってたんだけど、僕の人生のメインの万年筆にはならないかもしれないと思ったときに、「俺の人生にはエラボーが足りない」というのが頭の中にあったみたいで(笑)、3月になって社会が動き始めてから買ってしまいました。
【きだて】お~。
【他故】そこからは、インクが通っていて、毎日使っているというのはこれだけ。
【高畑】ペン先は何なの?
【他故】ソフトのF。細字のままで柔らかいんですね。ペン先がガバッと開く柔らかさじゃなくて、細字のままというイメージ。
「エラボー」のペン先
【きだて】うん。
【他故】あたりが柔らかくて、スコッと引いてサッと抜けるみたいな感じで、すごく気持ちがよくて。何に書いても気持ちいい。今、自分の中ではこればベストの万年筆になってしまったわけです。
【高畑】それ分かりますよ。僕もずっとエラボー派なので。
【他故】ただ、文具王みたいに、人に見せられるようなものを書いてないので。
【高畑】だって、他故さんの方が全然ちゃんといっぱい書いているじゃん。
【他故】いえいえ、とんでもないっすよ。それで、紙を選んで書くというのをあんまりしてなかったのね。手帳でもノートでも何でもいいと思って。その中で、先日「アンコーラ」というお店がオープンしまして、そこに「紳士なノート」の原稿用紙というのがありまして、「エラボー」で字を書こうと思ったんですが、実は原稿用紙にはちょっとしたトラウマがありまして。
【きだて】何があった?
【他故】高校生のときに原稿用紙に小説を書いていたというのが、ちょっとフラッシュバックで戻ってきちゃうので、ワープロでは書けるのに、原稿用紙で小説が書けなくなっちゃった。それで、原稿用紙で字を書くのがちょっと恐かった。
【高畑】ふむ。
【他故】そうなんだけど、せっかく「エラボー」を買ったので、何か書きたい。ただ、頭の中から出てくるものが書けなくなってしまったので、文具王の写経と同じですよ、何かの本を見て、それを写していくというのを初めてやってみました。こんな感じで、字を書いているんですが。
*原稿用紙に書き写しているのは他故さんが書いた小説です
【きだて】あのさぁ、文具王も他故さんも、享楽的に字を書くよね(笑)。
【他故】いやいやいや(苦笑)。
【高畑】書くのが好きというのが元々あるにしてもね、他故さんだって何やかんや言いながら、充分に上手いからね。
【他故】いやいやいや(笑)。これが面白いことに、書いてみると自分が高校生のときに書いていた字と全く同じ筆跡の字が出てきて、自分としては笑っちゃうんですよ。
【高畑】あっ、そうなんだ。
【他故】全く同じ字なの。上手くもなってないし、下手にもなってない。
【きだて】他故さんの字は、その頃から完成されていたの?
【他故】うん。本当に、小説を書いていた高校生の頃と同じ字で、逆に自分で笑っちゃったの。「変わんねえ」って(笑)。
【きだて】何て気持ち悪い高校生(笑)。
【高畑】えっ、俺は全然違う。
【きだて】俺も、さすがに高校生のときから比べたら多少マシになってるはずだけどな。
【高畑】いや~、高校から大学までの文字は、全く見られないね。ひどくて見られない。
【他故】僕も原稿用紙だけだと思うよ。板書のノートは、もうちょっとグチャグチャだったはずなんだよ。
【高畑】いや、俺は頑張って真面目に書こうと思っても書けなかった人なので。履歴書とか全然ダメだった。ちゃんと書こうとしても書けない。そのあと社会人になってから訓練して、今に至ってる感じだから。
【他故】僕のピークは高校生のときなので。
【きだて】俺なんか、先日マックスの新しい「ワードライタ」を借りて、それに400字詰めの原稿用紙に書いてたからな(笑)。
【他故】ああ、あれね(笑)。
【きだて】手書きしたくないというのが徹底すると、ここまできたなという(笑)。
【他故】ははは(笑)。
【きだて】他故さんの字が高校生のときがピークというのは、どういうこと?
【他故】分からない。多分、大学生になってワープロを導入したので、そこから先は手書きが減るんだよ。
【高畑】ふ~ん。
【他故】高校のときの小論文と小説は手書きで、それが残ってるんだよ。そのときの字と変わらないというのにも笑ったんだけど、そのぐらいゆっくり字を書きたくなるペンだと思ったわけですよ。書き飛ばすことができないというか、書き飛ばしたら気持ち悪いというか。久しぶりに心がゆったりした感じになったなと。筆記具だと、自分の思いをスピードに乗せて書きたいというのがあって、速く書くと字が汚くなることが多かったんだけど。
【高畑】うん。
【他故】万年筆でも、柔らかいペン先を使うと、書くときにスピードが上手く出せない。
【きだて】ああ、そらそうだね。
【他故】どれがベスとかなと色々と使ってきたけど、これが最終形になるかもしれないというぐらい、「エラボー」は良いペンなんだよ。
【きだて】確かに、字をきれいに書こうと思ったら、まずは筆記速度を落とすのが手っ取り早いんだよね。ひょっとしたら、俺も「エラボー」を試してみるべきかな。
【他故】ただ、さっきも言った通り、自分の思ったことを書くときは、字が汚いんだよ。スピードが出ちゃうから。これはあくまでも写経のかたちを取っているので、かなり慎重に書いているというのは事実だから、今の自分のベストが出ているんだと思うけど(笑)。
【高畑】う~ん。
【他故】あとは、思っていることを書くときも、このペンはスピードが出ないので、これで書くと普段の何割かはマシでキレイな字になる。
【高畑】スピードが出ないんだ。
【他故】出ない。これはスピードが出せない。
【高畑】「エラボー」って、僕も結構使ってるからあれだけど、今まで買った万年筆の中で、買った瞬間から書き心地がいいのって、「エラボー」が一番だと思うのね。
【他故】うん。
【高畑】量産品なんだけど、ちょっと書きグセがある人なんかでも、大抵誰が書いても書き始めからすごいちゃんと書けるんですよ。多分、柔らかいから力を逃がしてくれるんだろうね。上手く書けるというのももちろんそうなんだけど、万年筆ってインクの出方とかそういうのが、角度が悪いとインクが出なかったりとか、色々とあるじゃない。それがほとんどなかった気がするんだよね。それで、僕はもうずいぶん前から「エラボー」を使ってるんだけど、未だにベストなので。日本人が日本人のために作ろうとしたというのも、そうなんだろうなと思う。
【他故】そうだね。
【高畑】書いていてすごく楽なペンかな。
【他故】そうだね。楽というのも確かに感じることがあるね。フローが潤沢だといってもダバダバ出ているわけではなくて、気持ちよく出るという感じがすごくしていて、縦の線を引くとすごく気持ちがいいんだよね。
【高畑】そうそう。
【他故】万年筆は縦の線が苦手だからね。
【高畑】欧文だと縦の線は多いのであれだけど、日本語の縦の線って真っ直ぐだからね。「エラボー」は割かしシャープな線が楽に書けるというのはあるね。俺はSMをずっと使ってきたけど、使いすぎてMじゃなくなった。
【他故】太くなってきた?
【高畑】太くなってきた。Bになってると思う。どうやっても細く書けない。「エラボー」って、書いたときに、ちょっと筆圧をかけると、縦線はちょっと太くなるけど、横線は細いままで、ちょっと縦横にメリハリがつくじゃん。それが全くできなくなってしまったので。
【他故】ああ~、ははは(笑)。
【高畑】結構でかい字を書かないと、それっぽくならなくなってきた。それでもう1本買いたくなってるんだけど、Mはもう1回欲しいな。でも、それぐらい良いよね。
【他故】最後の万年筆だろうなと思ってるけど。
【高畑】最後の万年筆!
【きだて】おお~(笑)。
【他故】何年かに1回言っている気がするんだけど、本当にこれを超えるものはないかもしれないと思っていて。
【高畑】宮崎駿の映画かっていう(笑)。
――もうこれで最後なんですか?
【他故】「サファリ」みたいに、どうしても特別に欲しい色とか、そういうものじゃない限り、多分もう買わないんじゃないかという気はしますね。
【高畑】「カスタムURUSHI」も使ってたよね?
【他故】「カスタムURUSHI」は、柔らかさがちょっと別格なので。それに、あれは大きな字を書く専用なので。ペンがでかいと小さな字が書けない(笑)。
【きだて】そらそうだ。あれはゴツすぎるわ(笑)。
【他故】あれは、年賀状の表書き専用という感じ。
【きだて】それにしても、聞いてて俺も「エラボー」欲しくなってきたなぁ。俺もなんかの機会に買おうかなー。
【高畑】きだてさんのボールペンでいうところの「シグノRT1」みたいに、「俺はここ」っていう座標軸の原点みたいなのと、「とりあえず今は俺はここが中心」みたいなものがあると、色々と良いと思うのね。評価する上でもそうだけど。
【他故】うん。
【高畑】新しいのを触ってみたときに、「自分に合ってるかな」というのもそうだけど。多分「エラボー」は、それになるのかな。
【きだて】何をするにせよ、そういう評価軸って要るじゃん。
【他故】あるといいよね。
【高畑】それに充分見合うというか、これはいいよね。
【他故】これは、出会うのが遅すぎたというのがあるので。
【高畑】意外だった。他故さんなら使ったことがあるような気がしていたので。
【他故】さっきも言ったように、先に「フォルカン」を買ってしまったというのがあったので。フォルカンはあくまで憧れだったから。
【高畑】フォルカンかっこいいんだよね。ペン先がシュッとしてて、フォルカンの方がカッコいいんだよ。
【他故】明らかに、ペン先がカッコいいんだよね。このイカみたいなのが(笑)。
【きだて】割と「ザ万年筆」みたいな雰囲気もあるしね。
【他故】ただ、本当に暴れ馬なので(笑)。
【高畑】それでいくと、この「エラボー」は、誰が乗ってもちゃんと走ってくれる馬なんだよ。優しいところはあると思う。
【他故】そうね。
プロフィール
きだて たく
小学生の時に「学校に持っていっても怒られないおもちゃ」を求めて、遊べる文房具・珍妙なギミックの付いた文房具に行き当たる。以降、とにかく馬鹿馬鹿しいモノばかり探し続けているうちに集まった文房具を「色物文具=イロブン」と称してサイトで公開。世界一のイロブンコレクターとして文房具のダメさ加減をも愛する楽しみ方を布教している。著書に『イロブン 色物文具マニアックス』(ロコモーションパブリッシング)、『愛しの駄文具』(飛鳥新社)など。
色物文具専門サイト【イロブン】http://www.irobun.com/
他故 壁氏(たこ かべうじ)
文房具トークユニット〈ブング・ジャム〉のツッコミ担当。文房具マニアではあるが蒐集家ではないので、博物館を作るほどの文房具は持ち合わせていない。好きなジャンルは筆記具全般、5×3カードとA5サイズノート。二児の父親。使わない文房具を子供たちに譲るのが得意。
たこぶろぐhttp://powertac.blog.shinobi.jp/
*このほか、ブング・ジャム名義による著書として『筆箱採集帳 増補・新装版』(廣済堂出版)と、古川耕さんとの共著『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』(スモール出版)がある。
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