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【連載】文房具百年 #45 「トンボ鉛筆 四角い芯の答え合わせ」

たいみち

四角い芯のトンボ鉛筆

 古い文房具はよくわからないことも多い。日常的に使用するもので、種類が多数あり常に新商品が出ては消えていく状況の中で、細かいことまで記録されていないことが多々あるからだ。そもそもそんなことに興味を持たられることもないまま、時がたって今更掘り起こそうというもの好きもあまりいない。

 この連載ではそんな疑問を今更掘り起こそうとしているわけだが、今回はトンボ鉛筆のちょっとした疑問について考えてみた。

 トンボ鉛筆で保管されている自社製品の中に、四角い芯の鉛筆がある。その鉛筆のところに貼られたメモに興味を惹かれ、気になっていた。

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*所蔵:株式会社トンボ鉛筆 / 撮影:高畑正幸



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*所蔵:株式会社トンボ鉛筆 / 撮影:高畑正幸



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*所蔵:株式会社トンボ鉛筆 / 撮影:高畑正幸



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*所蔵:株式会社トンボ鉛筆 / 撮影:高畑正幸



 貼られた付箋に「四角黒芯の製造記録はない。品番もない、硬度表示BBBBからして、ヨーロッパの輸入品か?」と書かれている。

 この鉛筆は軸に「H.O.PENCIL」と入っているので、トンボ鉛筆の製品であることは間違いない。(H.Oは創業者小川春之助氏のイニシャル)だが、四角い芯の製造記録がないとのことだ。トンボ鉛筆は自社の過去製品について、詳しく調べ、記録を残されている。

 私はこの鉛筆の存在を知った際に、トンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆があったことに驚いた。だが「四角い芯」「ヨーロッパからの輸入品」そして軸に刻印されている花のマークという特徴から鉛筆の製造元がわかった気がした。

A.W.FABER 19世紀の鉛筆

 この連載の第2回目で輸入の鉛筆について紹介したことがある。その際にA.W.FABERの1873年の鉛筆を紹介しており、それがこちらになる。https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/007597/#anchorTitle4

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 この鉛筆は芯の硬度が違いものがセットされているもので、芯の形は四角い。そしてこの鉛筆の軸にトンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆に入っているのとよく似たマークが入っている。

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*A.W.FABERの1873年の鉛筆。文字が黒くなっているのは銀が酸化した状態と思われる。



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 拡大してみると、やはりよく似ている。というか同じものと判断していいのではないかと思われる。比較しているA.W.FABERの鉛筆は明治6年頃のもので、トンボ鉛筆は大正2年の創業なので時期は違うが、A.W.FABERがこのマークを一定期間使用していた可能性も考えるとあながち間違いではない気がする。またA.W.FABER製の四角い芯の鉛筆は20世紀初頭も作られており、大正時代にトンボ鉛筆用に作られたとしても不思議はない。

 私はこのことをいつかトンボ鉛筆さんにお伝えする機会があればいいなと思いながらも、そのままになっていた。

四角い芯の真崎市川鉛筆

 そして先日新たに四角い芯の鉛筆を見つけた。今度は真崎市川鉛筆のもので、真崎市川鉛筆は現在の三菱鉛筆が真崎鉛筆だった明治41年に、市川鉛筆と合併してできた会社だ。オークションに出品されていた鉛筆は、12ダースが箱に入っている状態で未使用、ラベルもついているというタイムカプセルのようなありがたい状態だった。

 この鉛筆一束だけでも貴重なものだが、おそらくトンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆につながる鉛筆であろうという興味もあり、手に入れた。それがこちら。

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*この鉛筆にもトンボ鉛筆にあったようなお花のマークが刻印されている。



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 トンボ鉛筆の軸にもあった「BBBB」は硬度4Bということ。「M.&I.」は「真崎」と「市川」のイニシャルだが、「ESTABLISHED(設立).1870」は「A.W.FABER」というブランド名がアメリカの商業登記簿に登録された年だ。つまり、この鉛筆もA.W.FABERが作ったものではないだろうか。

 というか、実はA.W.FABERのこれとそっくりなラベルの鉛筆を持っているのだ。それに似せて作られたものかもしれないと思ったが設立年の印字からすると、A.W.FABERが作ったとみて間違いないのではないかと思った。(「MFD TOKYO」の刻印が気になるがそれは一旦置いておく。)

202204taimichi12.jpg*下が真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆の元となったと思われるA.W.FABERの鉛筆。



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202204taimichi14.jpg*A.W.FABERの受賞記録は1904年まで掲載されているので1905年以降のものである。



 ラベルの表の枠のデザインがほぼ同じである。また、ラベルの反対面にはともに受賞履歴が印字されている。真崎市川鉛筆は、1910年にロンドンで開催された日英大博覧会において、金牌大賞を受賞している。A.W.FABERの受賞歴に比べて書けるものが1件だけだったので、文字サイズや感覚を開けてバランスを取っているところに苦労を感じる。

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 そして軸の刻印のマークについて、真崎市川鉛筆は1873年頃のA.W.FABERのお花のマークに近い形だがこちらのA.W.FABERの方は簡素化されたような「*」になっている。とはいえ、これはA.W.FABERが作ったものを輸入したのというのが妥当なところであろう。(ちなみにトンボ鉛筆の方はお花マークと共にこの「*」も入っている。)

MFD TOKYO (Made in Japan)

 だが、そう決めてしまうには先ほど後回しにした軸に刻印されている「MFD TOKYO」が気になった。「東京で製造された」という意味になるが、それだとA.W.FABERが作ったものを輸入したということと矛盾しないだろうか。

 そしてここで、購入した12ダースの鉛筆を改めて見てみるとあることに気づいた。

 「4Bのほかに3Bの鉛筆がある。」

 6ダースずつ二段になって合計12ダース入っているのだが、そのうちの半分が4B、残りが3Bだった。よく見ると4Bと3Bでは軸の刻印の字体も少し違うようだ。そこで改めて2つの鉛筆をよく見比べると、なんと3Bの方には「MFD TOKYO」の後に「MADE IN JAPAN」と書かれているではないか。

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*3B(上)と4B(下)は使われている字体が微妙に異なる。



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*3B(上)の方はMFD TOKYOの後ろに MADE IN JAPANと書かれている。(ラベルに隠れているが「YO」と見えているのはTOKYOの後ろ2文字)



 一つの箱に未使用の鉛筆が12ダース。パッと見た感じ、ラベルが全部同じなので、この連載のために撮影をするまで2種類あることに気づかなかった。さて、これをどう見るか。

 私はMADE IN JAPANと書かれていない4Bの鉛筆はA.W.FABERが作ったものだと思う。ではMFD TOKYOの意味は? 実は撮影をしていて見つけたものがもう一つ。入っていた箱に「東京文具卸商同業組合」というラベルが貼られているのだ。このMFD TOKYOの「TOKYO」は場所ではなく、この組合の名前だったのではないだろうか。東京文具卸商同業組合の依頼で作ったとか、そんな風な意味ではないかと思うのだ。そして「MADE IN JAPAN」とある方は、A.W.FABERで作ったものをお手本に日本で作られた。それが正解な気がする。

 気になるのは、どちらのラベルもまったく同じで、MADE IN JAPANと書かれている鉛筆の方のラベルにも「ESTABLISHED(設立).1870」が入っていることだが、ラベルはA.W.FABERから輸入していたのと同じものをそのまま使用したのであろう。もしかしたら「ESTABLISHED」の意味や1870年が何の年だかわからなかったなどによる、痛恨のミスかもしれない。

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*1873年のA.W.FABERの軸にあるマークとの比較。真崎市川鉛筆のマークは似ているが簡素化されている印象だ。

トンボ鉛筆の答え合わせ

 トンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆の話に戻ろう。トンボ鉛筆の四角い芯と同じと思って手に入れた真崎市川鉛筆は、全く同じではなかったばかりか、輸入品と思われるものと国産品が混ざっているという結果だったが、トンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆はどちらなのだろうか。

 私は、推測通りA.W.FABERが作って輸入されたというのが答えだと思う。真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆にA.W.FABERが関係していることは間違いとすると、トンボ鉛筆でも四角い芯の鉛筆を作っていたということがグッと現実味を帯びてくる。

 ただ、トンボ鉛筆の四角い芯の鉛筆は、輸入ではなく日本国内で作られたものではないのだろうか。それについては私はA.W.FABERが作ったものを輸入したと推測する。軸のお花のマークの再現性が高いところや国産であることを示す印字がないからだ。でも、同時にトンボ鉛筆もA.W.FABERの鉛筆をお手本に、国内で四角い芯の鉛筆を作っていたかもしれないとも思うのだ。三菱鉛筆で四角い芯の国内生産の記録が残っているかは不明だが、1社作っていたとしたら他にも存在した可能性はあるだろう。

 トンボ鉛筆の日本製の四角い芯の鉛筆。存在するとしたら是非見つけたい、探し甲斐のある逸品だ。

東京文具卸商同業組合と模倣の話

 今回はこれで終わりだが、「東京文具卸商同業組合」という名称について聞いたことがあると思われた方がいるかもしれない。これも実はこの連載の過去に登場している。その話をもう少し続けようと思うのだが、それはまた別の機会とすることにした。

 昔のことは事実かどうかわからないことが多いものの、いろいろつなぎ合わせて想像を膨らますのは楽しいものだ。拙い文章だが次回も一緒に楽しんでいただければ幸甚である。

202204taimichi20.jpg*左:真崎市川鉛筆、右:A.W.FABER

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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