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【連載】文房具百年 #42 「大正時代のホッチキス ちょっとした補足と追加」

たいみち

連載掲載後に見つかったもの

 この連載は2018年3月からスタートし、いつの間にか40回を超えた。毎回、手持ちの古文房具からテーマを決めて書いているわけだが、改めて調べて整理することで欲しい物やわからないことが増えていく。そしてそれらは、連載の掲載後も地道に探し、調べている。
 2019年1月と2月に大正時代のホッチキスについて紹介した。その時に「見たことがない」と書いたホッチキスを最近見つけたので、紹介しておこうと思う。また、併せて当時わからなかったことで、後日判明したことの話をしよう。さらに、今年入手した大正時代頃のホッチキスもいい機会だから紹介しようと思う。なお、元の話を読んでない方や、読んでいただいたが内容を忘れている方は、どうぞそちらもご覧いただきたい。
 大正時代のホッチキス 前編 https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008770/
 大正時代のホッチキス 後編 https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008965/

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*HOTCHKISS No.1。アメリカ製、1900年頃。

丸善 ウエリントン ホッチキス

 日本にホッチキスを輸入したのは伊藤喜商店(現イトーキ)というのが通説である。ただ、以前「大正時代のホッチキス 前編」で書いた通り、同時期に丸善でも「ウエリントン」というホッチキスを取り扱っていたことが明治39年頃のカタログから分かる。しかしその「ウエリントン」は謎が多い。形や背中や土台部分のデザインはHOTCHKISS No.1とよく似ているが、側面のデザインが異なる。つまりHOTCHKISS No.1の類似品の様な感じだ。時期から考慮するに、日本製ではなく輸入品と思われ、丸善社史の情報と合わせるとおそらくドイツ製だ。だが、海外は権利関係が厳しいせいか、HOTCHKISS No.1の類似品はほぼ見かけず、一つだけよく見かけるタイプがあるが、それは側面のデザインが異なっているのと、メーカー名が不明だ。

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*丸善文房具目録、明治39年頃(1906年頃)に掲載されているウエリントン自動紙綴器。



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*HOTCHKISS No.1とウエリントンの比較。側面のデザインが異なるだけで細部が酷似している。



 そんなことから以前から丸善のカタログに載っていた「ウエリントン」が気になっていたのだが、先日骨董市でやっと現物を見つけた。それがこれだ。



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*ウエリントン(Wellington)自動紙綴器(ホッチキス)。



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*丸善文房具目録との比較。実物は文字が書かれているのは反対側だけで、カタログと逆である。



 カタログの字体と類似した事態で「Wellington」と書いてあり、「No.2」となっているところも同じなので、ほぼ間違いがない。
 え?でも、カタログのイラストと写真の向きが左右逆なのはなぜ?と思われた方、鋭い。写真を撮るのを失敗したのではなく、反対側の側面のデザインが違っており、そちらに「Wellington」の文字がないのだ。そしてその反対側のデザインを見た時、自分の中で「なるほど、そうか!」と声が出た。そのデザインはこれだ。

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*ウエリントン自動紙綴器の側面のデザイン。「Wellington」と書かれているのと反対側。



 え?え?何のこと?意味が分からない、と思われたことであろう。(これを見て私と同じように「なるほど、そうか!」と思われた方はかなり古いホッチキスが好きで、年中ebayでホッチキスを検索している方とお見受けするので、是非一度お話したい。)
 この柄は、海外のオークションebayで見かけるHOTCHKISS No.1のほぼ唯一の類似品なのだ。おそらくこれがドイツ製の「Wellington」なのだ。なぜ今までわからなかったのかというと、このホッチキスの側面のデザインは両面同じ柄で「Wellington」の文字はなく、メーカー名も不明。オークションタイトルは大抵「アールヌーボー ステープラー」「1900年頃のペーパファスナー」などとなっている。
 メーカー名や生産国などは土台に刻印されることが多いが、このホッチキスは文字と記号のようなものが書かれており、ebayで見かける同じ柄のホッチキスも同じである。

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*「J」とJの左右反転したような記号?が左右に配置され、中央には「04」とある。



 これを見つけて、丸善のカタログに載っていたウエリントン ホッチキスについて解決した気と思ったが、改めて考えると、いやいや謎が深まったのではないか。
 片面に「Wellington No.2」と文字があるのは日本特製バージョンなのか、なぜ丸善のカタログと文字があるサイドが逆なのか、昔のカタログは現物に対して正確なイラストが描かれているものなので、両面文字バージョンやカタログと同じサイドが文字のバージョンもあったのではないか、そもそもこのホッチキスは「ドイツ製」なのか、本家のHOTCHKISS No.1に許可を取って作られていたのか、独自に作っていたのか、「No.2」となっているのは、HOTCHKISS No.1のあとに出たからなのか(ちなみにHOTCHKISSの「No.2」も存在する。)、土台に刻まれた文字の意味は何か。
 謎が深まったというか、大きな謎が砕けて小さな謎が生まれてきた感じだ。でも、もとはと言えば存在すら疑問を持っていたものの現物が確認できたのと、一応元となるホッチキスも目途がついたので、個人的には一歩進んだ満足感がある。

日本の最初のホッチキス問題

 ちょうどいいので、日本で最初にホッチキスを輸入したのはどこかについても、後日判明したことを紹介しよう。前回のホッチキスの話では、伊藤喜商店(現イトーキ)が明治36年にHOTCHKISS No.1を輸入したのが最初とされているが、同時期に丸善もホッチキスの輸入をしており、どちらが最初かわからないと書いた。
 だが、その後見落としていた資料に気づき、どちらが先かの結論出た。(尤も資料がみつからないだけで、更に前から輸入されていた可能性がないとも限らないが、それを言い出すときりがないので、確認できたものから判断した。)
 見つけたのは、丸善の「CATALOG OF BOOKS」という冊子で、1902年11月発行、明治35年だ。ここに文房具が数ページ紹介されており、その中に「HOTCHKISS No.1」が紹介されている。

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*丸善「CATALOG OF BOOKS」、1902年(明治35年)。本のカタログだが、一部文房具も紹介されている。 浅川茂氏蔵。



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*丸善「CATALOG OF BOOKS」の文房具のページ。右上が「HOTCHKISS No.1」



 つまり、伊藤喜商店がホッチキスの輸入を始めたという明治36年の前年には、丸善が既に輸入を始めていたことになる。
 ここで、丸善のカタログのホッチキスの形に疑問を抱く方もいるだろう。
 「ここまで出てきたHOTCHKISS No.1と形が違うけど、同じ物?」
 形は違うが、「HOTCHKISS No.1」であることには間違いない。 実はこのカタログのイラストでもう一つ判明したことがある。前回のホッチキスの話で、最初のムカデ針のホッチキスについて紹介しており、HOTCHKISS No.1は、ホッチキス社の製品だが、その前に初めはジョーンズ製造会社というところが「スター」という星マークのブランドで作っていた。それがこれだ。

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*STAR AUTOMATIC FASTENER。ジョーンズ製造会社、1985年。アメリカ製。



 その後ジョーンズ株式会社はE.H.HOTCHKISS社に変わり、例のHOTCHKISS No.1が登場する。初期のスターブランドのホッチキスの特徴は、なんといっても後ろについているしっぽのような針ホルダーだ。最初に針ホルダーがついており、その次のバージョンがおなじみの「HOTCHKISS No.1」と思っていたが、丸善の資料を見ると、そうではないらしい。初期型の後に、この針ホルダーが無いバージョンがあり、その後おなじみのHOTCHKISS No.1になったのであろう。そしてジョーンズ製造会社からE.H.HOTCHKISS社に名前が変わったのは1897年だが、1902年の丸善のカタログで、名前は「HOTCHKISS No.1」、土台のマークはスターブランド時代の星マークであるところを見ると、社名変更し、商品名を変えた後も、星マークの製品をしばらく扱っていたということもわかる。
 ちなみにHOTCHKISS No.1はもう一度モデルチェンジしているのだが、おなじみのHOTCHKISS No.1と次のHOTCHKISS No.1の間にいくつものプロトタイプのような微妙に異なるモデルが複数あることが確認できている。
 HOTCHKISS No.1は、ヒット商品だからか、名前を変えずにモデルチェンジを繰り返したようだ。

 この針ホルダーのない星マークのHOTCHKISS No.1は海外オークションやその他の資料でも見たことがない。社名変更のタイミングで発売されたなどの都合なのか、あまり長期間販売されていなかった可能性がある。そして日本国内では、ウエリントンのホッチキスも見つけるのに苦労したが、このタイプもやはり見たことがない。明治35年に掲載されているが、4年後の明治39年頃には「ウエリントン」に変わっているので、丸善も扱っていた期間が短かったのであろう。
 そこで勝手な推測を一つ。日本に最初にホッチキスを輸入したのは、丸善であった可能性が高い。でも失礼ながら、丸善はホッチキスを売るのがあまり上手でなかったようだ。当時扱っていたホッチキスがどちらもほぼ残っていないということは、それだけ流通していた数が少なかった、要するに売れなかったということだ。そこで私としては、「日本で最初にホッチキスを輸入したのは丸善」だと思うが、「日本に最初にホッチキスを流行らせたのは伊藤喜商店」という整理の仕方でいいのではないかと思っている。伊藤喜商店がHOTCHKISS No.1を紹介していなかったら、日本のホッチキスの歴史は違うものになっていた可能性が高い。

HOTCHKISS No.3

 前回のホッチキスの話からの補足は以上。さらにおまけで今年「HOTCHKISS No.3」なるものを手に入れたので、紹介しておこう。

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*HOTCHKISS No.3。1905年、E.H.HOTCHKISS社。「HOTCHKISS」の名前のシリーズはNo.4まである。



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 HOTCHKISS No.1の後ろが長くなった感じのモデルだ。幸い針もついており、数えると1本で40回分ある。通常は25回分なので、かなり長い針だ。このホッチキス、写真を見たときは、単に長い針が入れられるというだけかと思ったのだが、いざ到着してみて現物を見ると、サイズがかなり違った。

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*HOTCHKISS No.1との比較。



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*通常のムカデ針との比較。



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 No.1は土台の長さが10センチ足らずだが、No.3は15センチ近くある。針も本数が多いだけでなく、針自体が大きい。
 また厚みもNo.3の方が厚みがあり、実際に針を入れて操作してみたが、私の力では止めることができなかった。以前からMo.3は時々見かけていたが、No.1より少し大きいくらいであろうと思って、入手せずにいたが、今回想像していたより大きなものが届いたので、なんだか得した気分だ。

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*HOTCHKISS No.1は数センチしか開くことができないが、No.3はほぼ直角に開くことができる。

ほかのテーマの追加の話もいずれまた

 ホッチキスの追加とおまけの話は以上としよう。連載も回を重ねてくると、今回のように何年か前の内容に追加や訂正をしたくなるケースが出てくる。もとの内容を読んでいないと、訳が分からないことになってしまうのが申し訳ないが、そうならないように是非過去の話も読んでもらえればうれしいな、と思うわけである。
 気がつけば2021年最後である。来年も1年楽しい文房具を見つけて、ここで紹介できますように。
 そして、引き続きお付き合いいただけますように。

 2021年も「文房具百年」を読んでくださった皆様へ大きな感謝を。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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