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【連載】文房具百年 #39 「何が載っている? 明治38年の業界紙~内容編~」

たいみち

前回のおさらい

 前回から明治38年の文房具業界紙「東京文具筆墨硯商報」を紹介している。おさらいをすると明治38年は日露戦争中で、日本はその年の1月から勝利が続いており、5月には有名なバルチック艦隊との日本海海戦があった年だ。そのため商品の名前や広告には日露戦争に因んだ文言が多くみられる。
 前回は商品の紹介をした。当時の商品は業界紙のタイトルの通り筆や墨が多く、鉛筆や万年筆はまだ目立たない。インクの広告は多かったので、つけペンはそれなりに使われていたのだろう。詳しくは前回の商品編をご覧いただきたい。
https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/014279/


202109taimichi1.jpg*楽器の広告。文房具以外にも学校で使われるものを中心にいろいろな商品の広告がある。

コラムより 文具の神様

 何を紹介しようかと眺めていてふと目に留まった言葉があった。「文具の神」。「文具雑爼(ざっそ)」というタイトルのコラムで、文具の神の紹介がされていた。
 「宇宙の万象にはそれぞれ司る神があると聞くが、文具の神について耳にすることは稀である。『ろう嬢記』(ろうは女辺に郎)という書に文具の神の名前が載せられていて、名前は次の通り」と短い紹介だ。

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 確かに文具の神様というのはあまり聞かないので、把握しておきたいと思い、ここで紹介されている神様について検索してみた。すると、6つの名前のうち4つは中国語で確かに神様であるといった説明が確認できた。

長恩(ちょうおん):書籍の神様とあるが調べられず
淬妃(さいひ):「伝説の硯の神」という説明を確認。(Baidu百科)
佩阿(はいあ):明確な記載はないがBaidu百科で「ペンの神」という単語が確認
昌化(しょうか):筆の神とあるが調べられず。
回氐(かいてい):「インクの神」「墨神」という説明を確認(Baidu百科、漢語詞典)
尚郷(しょうごう):紙の神様とあるが確認できず。

 さらに名前だけでなく、姿を見たいと思ったが、残念ながら見つけることができない。ここはその姿を想像するしかないようだ。

人材募集

 この時代ならではの広告を見つけた。人材募集広告なのだが、募集しているのは「小僧さん」だ。小僧さんとは漠然と小学生くらいの子供のイメージがあったが、これを見ると14、5歳や15、6歳とあり、中学から高校生くらいだ。2件の募集が掲載されており、どちらも「普通教育あり」「市内に確実な保証人」が条件になっているところにリアリティを感じる。これを目にするのは文具業界の関係者が多いだろうから、大きな店や会社に勉強のために行かせるという意味合いもあったであろう。

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特許・商標

 特許や商標登録の情報もある。特許登録の情報の中で目を引いたのは「書字器」と「鉛筆削り」だ。それと「硯」が3つもあることに気づいた。

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 まず、「書字器」とはなんだろうと思い、特許を調べてみた。申請書の図はこれだ。

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*書字器の特許申請書の図面。申請者はJ.Bハモンド。



 左の図にアルファベットのキーボードがあるので、大体見当がつくだろうか。そう、書字器はタイプライターだ。
 ここで紹介されているのはアメリカのJ.Bハモンドのタイプライターだ。特許の図ではわかりづらいが、完成品は下図のようになる。なおハモンドという名前で探した画像なので、多少バージョンは異なるかもしれないが、円弧型のキーボードなど特徴が一緒なので、大きな違いはないだろう。

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*ハモンドのタイプライター。「Illustrated Boston, the metropolis of New England」(1898年)より。



 このハモンドのタイプライターのアメリカでの特許登録は1893年なので、日本の特許を登録するまでに10年以上かかったわけだ。同じ時代でもホッチキスや鉛筆削りなど小型の文房具・事務用品は、アメリカで発売されるとその1、2年後以内には日本でも類似の内容で特許が申請され、カタログにも掲載されていることが多い。だが、タイプライターとなるとそもそもアルファベットであることと、パーツが多く高価であったろうから、購入する人も限られていたに違いない。さらにこのハモンドのタイプライターは、当時タイプライターを多く扱っていた丸善や黒澤商店※1のカタログに掲載がなく、日本で使われたタイプライターの主流からは外れていたと思われる。

 鉛筆削りの特許も気になったので、調べてみたが図が簡単で、ここから分かる情報を見る限り面白みに欠ける。と勝手なことを言っているが、発明者からしてみれば、一生懸命考えて特許もちゃんと登録された発明に対して、100年以上経ってから面白みに欠けると言われても、大きなお世話としか言いようがないだろう。

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*生徒鉛筆削り器の特許申請書の図面。



 さらに同時期に「硯」の特許が3件もあるが、この話は次の項でしよう。

 そして商標登録だ。商標登録では現在の開明株式会社の開明墨の商標登録が載っているのを見つけた。前回、開明墨の広告を紹介したが、商標登録も偶然この時期だった。

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202109taimichi9.jpg*田口商会(現開明株式会社)の開明墨の商標登録。



 商標を一通り並べて見ると、欧米企業の細かいデザインに対して日本は漢字が1、2文字だけなど簡単なものが多いことが目につく。武骨というか、固い印象を受けるデザインにこの時代らしさを感じる。アメリカのSPENCERIANはペン先の箱のパッケージをそのまま商標登録しているのが面白い。

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*左2つThe Spencerian Pen Company、右 カルロウィッツ ウント、 コンパニー



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*左から長瀧卯太、宇佐川萬之助、吹田與助、中平兼吉



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*左から小林久平、佐野熊次郎、中田治三郎、上條長次郎

もめ事

 特許の話に戻ろう。硯の件だ。同時期に3件の特許が登録されており、図だけ紹介すると下記の通りだ。

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*硯の特許3件。左より第8180号(石田音三郎)、第8692号(柴口源太郎・西尾昇二)、第8705号(岡崎治之介)



 上から見た図はどれも同じように見える。側面図を見ると、それぞれ少しずつ造りが違うことがわかるが、正直大きな違いはないように思える。3つのうち2つは硯と言っても携帯用であることが名前から分かる。左の8180号(石田音三郎氏)は「携帯用墨池付き硯」、右の8705号(岡崎治之介氏)は「懐中硯」という名称だ。
 中央の8692号※2(柴口源太郎氏・西尾昇二氏)は、携帯用とこそ書かれていないが、形や墨がこぼれないことを特徴としていることから、用途は同じく携帯用であろう。
 同じ時期に同じような特許が登録されているということは、おそらくこの「墨池付き硯」というものが当時はやり出して、複数の製品が世に出てきていたのだ。たまたまこの業界紙に載っていただけで、期間を広げるともっと類似の特許が登録されていたであろう。するとどうなるか。どれが最初かといったもめ事が起きるのである。

 具体的な話に入る前に、「墨池付き硯」とはどういうものか紹介しておこう。特許の図で見る限り、すった墨を溜めてこぼれないようにするもののようだが、これを応用した「文具筥(ばこ)」「文房」といった名前の文房具があった。ブリキ製のペンケースのような感じで、中に墨汁を溜める容器や朱肉、ガラスの容器などがついており、筆と一緒に携帯するものだ。

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*文具筥。明治~大正頃。これは無くなっているが、通常小さな蓋つきのガラス瓶がセットされている。中央の赤い細長いパーツは筆置き。



 そして今回紹介しているこの業界紙は明治38年の4月5月6月の3か月分だが、まず4月号に2つの社告が掲載されている。

202109taimichi15.jpg*4月号に掲載の石田商店の社告。




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*4月号に掲載の江ノ部秀一氏名の社告。西尾氏が謝るべきなのに連絡がないと怒り心頭具合が文章から伝わる。



 石田商店は、前出の3つの特許のうち左側の「第8180号」を申請している石田音三郎氏の店だ。江ノ部秀一氏はこの広告では特許出願中となっているが、次月号の広告で3つの特許の右側「第8705号」を掲載している。内容を読むとどちらも「西尾昇二氏・柴口源太郎氏に訴えられた」とある。訴えはその後すぐに棄却されたようだが、この訴えた2人組は前出の3つの特許のうち、中央の第8692号の特許の権利者だ。つまり3件並んで紹介された特許のうちの1件が、他の2件を訴えたということだ。

 すると翌月の5月号にはこんなコラムが掲載されていた。どうやら石田商店・江ノ部秀一氏を訴えた西尾昇二氏はその後別の人物とももめている最中らしい。そしてこのコラムの筆者は「部分的なことにこだわって全体をダメにしてしまうような事がないように」、さらに「同じような内容に特許を与える特許庁もどうか」と言っているようだ。それぞれ長所のあるものを売っているのに同情するよ、と公平で大人の意見を述べている。
 余談だが文中の「和解の春に遇う日もあらん」という言い回しが気に入った。

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*5月号に掲載のコラム。



202109taimichi18.jpg*5月号に掲載の3社の広告。左の石田商店と中央の西尾昇二氏の広告がどちらも「まぎらわしき偽物あり」と謳っているのが面白い。



 その後どうなったか。このもめ事は意外と早く解決した。6月号には4名の連名で広告を出し、その中で「4名で話して仲直りしました。幸福です。」といった内容が書かれている。つまりこの話は、いい具合に自分が手に入れた3か月分の紙面で始まって完結したということだ。

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*6月号に掲載の4者連名の広告。仲裁が入ったことで矛先を収めた様子。



 ところでこの3点の墨池付き硯のうち、石田商店のものは現物を持っている。前出の画像がそれだ。実はこの石田音三郎氏の名前を別のことで知っていたので、石田商店の文具筥を見つけたときに手に入れておいたのだ。

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*石田商店の文具筥。



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*商標が石田商店の広告と一致。また「東京 石田製」とも書かれている。



 では、私は何で石田音三郎氏を知っていたのだろうか。それにつながるのが石田商店の5月号の広告だ。
 「製造元 石田商店」の隣に「関西代理店 伊藤喜商店」とある。伊藤喜商店は日本にいち早くホッチキスを輸入したことで有名だが、国内の発明品を広く扱っている会社だ。伊藤喜の発明品の中に「ゼニアイキ」というものがある。大正時代のキャッシュレジスターで、「現金が合う機械」という意味で「ゼニアイキ」という名前だ。これが2016年に一般社団法人日本機械学会の「機械遺産」に認定された優れモノだ。
 キャッシュレジスターなど大きいものはさすがに集められないが、現物を見せていただいたことがあり、シンプルだがよく考えられた構造に感心した。そしてその「ゼニアイキ」を考案したのが石田音三郎氏だ。
 石田音三郎氏は、伊藤喜に招聘され入社し、いくつか発明品を作っている。その中の一つが「ゼニアイキ」というわけだ。明治38年の時点で石田商店の商品を伊藤喜で扱っていたということは、当時から発明の才能を買われていたのであろう。

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*大正時代のキャッシュレジスター「ゼニアイキ」伊藤喜製。2016年機械遺産認定。(浅川茂氏蔵)



 ゼニアイキという事務器から石田音三郎という名前を知り、そのつながりで手に入れた文具筥が、これまたたまたま手に入れた業界紙に、ちょっとした出来事と共に掲載されていた。こんな風にモノや人物がつながっていくのは、個人的にとても楽しい。当時の登場人物や文房具・事務用品がモノトーンから総天然色に変わるようなリアリティを感じるのだ。

業界事情

 最後に当時の業界事情がうかがわれるコラムを一つ紹介しよう。こんなコラムがあった。「筆墨製造業者に一言す」というタイトルだ。

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 内容はおおよそこんな感じだろう。 

 日露戦争開戦以降、世界から日本は忠勇と博愛が厚いと認められているが、国内では商人の評判が悪く、なかでも「筆墨業者の信用薄きこと紙のごとし」だ。特に地方ではひどく、知らない人から物を買うと「はめられる」「筆墨屋くらいのペテン師はいない」と悪評を耳にするのは珍しくない。
 外国製品はその国名で品質の良し悪しを判断できるが、日本は粗悪品を売るものと実直に商売するものが混在しており、これでは国としての信用を落としてしまう。
 だから、筆墨硯業者が一体となって、日本の商人のお手本となることを、筆者は熱望している。

 明治初期に欧米の文房具が入って来て、明治後期には日本国内の生産も徐々に進み、「文房具業界」としても確立されてきた時期に当たるのだろう。文房具という業界や物に限らず、大抵は母数が多くなると品質にばらつきが出る。この業界紙でそれを憂える記述がされていることに頼もしさを感じるとともに、この筆者にこう伝えたい。

 安心してください。100年後、日本の文房具は低価格・高品質で、世界中から高い評価を得ています。
 まさしく「日本製」という国名で「品質が良い物」と、多くの人が判断してくれるようになりました。


【関西文具時報】
 さて、2回にわたって明治38年の業界紙の内容を紹介してきた。ではこれでおしまい、となるところだが、実はもう一つ手に入れた業界紙がある。関西文具時報、当時は「関西時報」という名称だが、その明治38年と39年発行のものも手に入れた。
 3回にもわたり少々退屈かもしれないが、せっかくなので次回関西文具時報も紹介させていただきたい。
 ということで次回もう一回分業界紙の話となる。


※1 黒澤商店:現株式会社クロサワ。創業者黒澤貞二郎氏は、日本で最初に日本語のタイプライターを製造したとして知られる。
※2 特許第8692号:この番号は追加特許のもので、元の特許は3862号(柴口源太郎氏)となる。



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*メガネの広告



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*お弁当箱の広告



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*香水の広告



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*スポーツ用品の広告



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*インク壺の広告。左端の誤植のお詫び文の文体が文語体で書かれているのが、当然だが新鮮。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
『古き良きアンティーク文房具の世界』をAmazonでチェック

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