
【連載】文房具百年 #28「羽ペンを作ろう!」
羽ペンの話
数か月前、面白い道具を手に入れた。羽ペン関係の道具だ。今回はその道具を紹介したいのだが、それだけというのも淋しいので、羽ペンについて少し調べてみた。だが、動物由来の道具で歴史が古いこともあり、細かい情報は際限なく出てくるが、確たるものかというとよくわからない。また、その情報の殆どが日本語でないこともあり、ここは簡単に済ませることにした。
まず羽ペンの歴史は大変長く、見つけた情報の中で最も古いものは紀元前2世紀には使われていたということだが、事実かどうかがよくわからない。6世紀頃から広く使われるようになったというのが通説のようだ。その後長期間欧米で一般的な筆記具として使われていたが、金属製のペン先の登場により19世紀半ば頃には使用者は激減した。
羽ペンとして使われるのは白鳥、鵞鳥の羽が多く、そのほかに七面鳥やフクロウ、カラスなどの羽も使用されていた。中でもカラスの羽ペンは細い線を描くのに向いており、精密な線を引くのに好んで使われた。
*羽ペン。時代は不明だが19世紀後半から終わりころではないかと思われる。裏にイギリスの文房具店のスタンプが押されている。
羽ペンは英語で「quill pen」だ。そして19世紀終わり頃の文房具のカタログでも「quill pen」という商品名を見ることができるが、19世紀半ば以降のカタログに掲載されている「quill pen」はほぼ鳥の羽で出来たものではなく、金属製のペン先だ。羽で作られたペン先に似た形をしていて、名前もそのまま引き継がれたのだろう。今回羽ペンについて調べ始めた際に、1892年のカタログに「Quill Pen」、「Crow-Quill」(カラスの羽)という商品名を見つけ、思ったより最近まであったのかと思ったがどうやら誤解だったようだ。
*「Catalogue and Price list of Keuffel Esser」、1892年。「Quill Pen」と表記されているが、ページトップに「STEAL PEN」とあるので、金属製のペン先で商品名が「Quill Pen」というもの。
*「Perry co‘s monthly illustrated price」、1882年。こちらは鳥の羽根を使ったペン先。(左側の箱)紹介文に「金属製のペン先が好きでない人たちがたくさんいる」と書かれている。
日本と羽ペン
日本に羽ペンはあったのだろうか。古文房具を集めて今年で10年になるが、日本のカタログや資料で鳥の羽を使ったペンやペン先は見た記憶がない。(見落としているだけかもしれないが・・・)また「羽ペンとインク」というのはよく見る図柄であるものの、欧米のものにしても装飾的なもの以外のリアルな羽ペンはずっと見たことがなく、現実で使われていた道具であるという実感が持てなかった。
だが、あるとき鳥の羽から作ったペン先を海外のオークションで見かけたことで、一気に実用品であったと感じられるようになり、それ以来鳥の羽で作られた羽ペンに興味を持ち、いろいろ探しているうちにいくつか現物を手に入れることもできた。
冒頭の写真の羽ペンは箱のデザインも素敵で、大変気に入っている。
*鳥の羽根で作られたペン先。両端が使えるタイプ。羽ペンは軸付き・ペン先だけに関わらずパッケージに「Hand Cut」と書かれているのを見かける。おそらく手作業でカットしたものの方が、品質が良く高級品だったのであろう。(写真のペン先はパッケージがなく、どちらかは不明)
では、日本に羽ペンはあったのか。調べた結果から言うと日本にもあったし、製造もされていた。この連載を書くに当たって拾い集めた情報を順に紹介していこう。(断片的であるし、漏れや誤りがあるかもしれない。)
日本では羽ペンを「羽筆」と書き、読み方は「ペン」としていた。そんな「羽筆」が日本に登場したのはいつだろうと調べていたら、フランシスコ・ザビエルに行き当たった。フランシスコ・ザビエルは1549年に鹿児島に上陸し、その後長崎の平戸を経て京都に行ったが、布教活動がうまくいかず、京都を去って平戸に戻っている。1551年に京都を去るときのフランシスコ・ザビエルの様子を信者が描いた絵があり、そのフランシスコ・ザビエルの「片方の手には、鳥の羽(筆のしるし)」が書かれていたとある。※1 欧米ではすでに筆記具は羽ペンが使われていたので、日本に来る際に持ってきたというのはごく自然な事であろう。ここでは日本人が使ったとか、作ったというところまで至っていたかは不明だが、少なくともこの頃に鳥の羽を筆記具として使うことは一部にしろ知られていた。
フランシスコ・ザビエルの次の情報は一気に幕末まで飛ぶ。1855年発行の「和蘭字集」には「pen」の説明として「羽筆ナリ」とあり、また1865年頃と推測されるが、石黒忠悳(ただのり)氏という人物の自伝に医学書を転写するために鳥の羽根でペンを自作していたという記述がある。※2
「ペンは下谷廣徳寺前の羽根問屋から太い鳥の羽根を買ってきて剃刀でそいで鵝ペンを作るのですが、尖端を割ることがすこぶるむつかしい。ところでこれを割るに妙を得た松田という書生が松本の塾に居ったから、一般書生が此の人に銭を払って割ってもらう、松田はそれで相当に収入であったとの評判でした。」(「懐旧九十年」より※2)
なお、この自伝にはインクを自作していたこと書かれており、それについてはこの連載の「西洋の墨汁、東洋のインク」前編で紹介した。
(https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008313/)
*「和蘭字集」、1855年。詳細不明。
*羽ペン。イギリスより入手。羽毛部分はほぼ切り取られている。
*ペン先が四角くカットされているのは、カリグラフィー用か。
明治時代になると、明治5年発行の「西洋今昔袖鑑」※3という西洋の事・モノについて紹介する書籍の中で、「羽筆之始」という項があり、そこには「紀元六百五十三年 舒明七年 鳥羽ノ管ヲ以ッテ始メテ羽筆を製造ス」とある。ここで「羽筆とは何か」という説明ではなく、起源が書かれていることから察するに、明治初期の時点ではある程度羽ペンについては知られていたとも考えられる。
大正時代では、小説や詩に「羽筆」「羽ペン」が出てくる。大正3年発行の「レ・ミゼラブル」の翻訳本「哀史」で「羽筆」と書いて「ぺん」とよみがなを振っている箇所があり、また大正11年発行の「生まる々映像」※4という詩集には「羽ペン」というタイトルの詩がある。
このように幕末から大正にかけて日本でも羽ペンは認知されてきたが、実際に国内で製造や使用はされていたのだろうか。昭和3年発行の「国産台帳」※5の「羽毛」の項の製造品の中に「羽筆」も書かれていたので、どうやら日本国内でもわずかながら製造していたらしい。
なんだか随分ばらばらな情報だが、これくらいしか見つけられなかったのだ。この情報量の少なさは、日本国内、特に明治以降においての羽ペンの存在感と比例していると思っている。つまり日本で羽ペンは道具として活躍できなかったのだ。
羽ペン製造器
そろそろ「今回紹介したかった羽ペンに関係する道具」を紹介しよう。それは「Quill Cutter」「Quill Pen-Making Machine」などという名前で、こういう形をしている。
*「Quill Cutter」「Quill Pen-Making Machine」という名前の道具。
*細いナイフが格納されている。
*ペンクリップのようなゴールドのパーツを持ち上げて開くと、ペン先型のカッターが現れる。
おわかりだろうか。鳥の羽をカットして、羽ペンを作る道具だ。羽の軸の先端をナイフで半分くらいに削ぎ、それを差し込んで「パチン!」とすると先端がペン先の形になる。上2枚の写真でペンクリップに見えるところを開くと、3枚目の写真のようにペン先の形をしたカッターが内蔵されているというわけだ。この羽ペン製造器を偶然見つけたときには「なんだこれは!面白いじゃないか!!」とやたらハイテンションになった。調べてみるといろいろな種類もあり、鵞鳥用と白鳥用で少々大きさが違うものもあるらしい。(白鳥用の方が大きい。白鳥用、欲しいなぁ。)また、ペンチのように片手で操作するものなどあり、なかなか興味深い。
この道具がいつからあったのかははっきりしないが19世紀前半には存在していたようだ。そして最も新しいところでは1905年のカタログで見つけることができたので、20世紀初頭までは残っていたと思われる。きっと金属のペン先が主流になっても羽ペンが好きな人たちが、この道具を使って羽ペンを作っていたのだろう。
*「Perry co‘s monthly illustrated price」、1882年。
羽ペンを作ろう!
せっかくこんな面白い道具を手に入れたのだ。羽ペンを作ろうではないか。
とはいえ、いきなり羽で作るのではなくまず練習だ。練習にはパック飲料についている少し硬めのストローを使ってみた。はじめ、刃の部分が傷むことを懸念して柔らかめのストローでやってみたが却って切れず、ある程度硬い方がうまくいくことが分かった。
ナイフで尖端をそぎ落とし、羽ペン製造機にはさみ、パチッと閉じる。たったそれだけだが、なかなか楽しい。
*ストローと羽ペン製造器。硬さがある方がやりやすい。
*先端を削いで差し込む。
*爪を切る要領で抑えると、ペン先が出来上がる。
*少し角が残っているが、ペン先も割れている。ストローペンの出来上がりだ。
*実際書いてみた。インクのつけ具合が難しいが、書くことができる。
ストローでもそれらしいものができた。カッターの刃はしっかりしており、尖端もきれいな切れ込みを入れることができた。さぁ、ではいよいよ羽ペンを作ってみよう。
*本物の羽で羽ペンを作ろうと鵞鳥の羽を購入。一番下は古い羽ペンの現物。
amazonで鵞鳥の羽を購入。(余談だが、写真の一番下の羽毛がないものは、冒頭の白鳥が書かれた箱に入っていた羽ペン。並べて見たところ太さ・長さはほぼ同じなので、箱は白鳥だが、中身は鵞鳥の羽なのかもしれない。)
まず、羽の先端を削ごうとしたが、想像よりずっと固い。羽ペン製造器についているナイフは切れ味がよくないので、ボンナイフで切る。あとは羽ペン製造器に挟んでサクッとカットする。ストローよりはるかに硬いが、気持ちよくきれいに切れた。そして最後に「パチン」と音がするまでもう一押しすることで、ペン先に切れ目が入る。使い方も音や感触も爪切りに似ている。
*先端を半分に削ぐ。思っていたよりずっと固い。
*羽ペン製造器の後ろから差し込む。
*ふたを閉めるように抑えると、「サクッ」という感触と共にカットされる。とてもよく切れる。*最後「パチン!」という音がするまで押し込むと、ペン先の先端に切れ目が入る。
*中心にある縦の線がペン先の割れ目を入れるカッターにあたる。
*羽ペンの出来上がり。
作った羽ペンで字を書いてみると、引っかかる感じが強いが書くことはできる。長持ちはしなさそうだが、やすりなどでペン先を整え、適宜鉛筆を削るように先をカットしながら使うとそれなりに使えるだろう。
この一連の作業を動画にしたので、こちらもご覧いただきたい。ずっとリアルに感じられなかった「羽ペン」が手元で簡単に作れてしまうというのは、100
年超経過している本物の羽ペンになんだか失礼な気がしつつも、楽しい。
今回、「羽ペン製造器」という新たな道具を見つけて、世の中にはまだ多くの自分が知らないものがあると実感した。それは今後新たに発見できるものがたくさんあり、即ちまだまだ楽しみは尽きないということだ。なんともありがたい話ではないか。
ついでに羽ペンと羽ペン製造器については、それだけで本ができてしまうくらい奥深い世界であることが分かった。羽ペンという道具の持つ雰囲気や関連の道具の面白さからすると、深みにはまりにいきたいところだが、資料の少なさや現物入手の困難を考えると、ほどほどにしておいた方がいいという声が心のどこかから聞こえる。(でもきっと探してしまうので、面白いものが手に入った際には、またここで紹介しよう。)
※1 フランシスコザビエルの絵について:「ビリヨン神父の生涯」、著者:狩谷平治著、東海出版、昭和14年(1939年)
※2 石黒忠悳(ただのり)氏及び自伝:幕末に医学を学んだ医師であり草創期の軍医制度を確立した人物。自伝は「懐旧九十年」、著者:石黒忠直、博文社、昭和11年(1936年)
※3 「西洋今昔袖鑑」:著者:雁金屋清吉、明治5年(1872年)
※4 「生まる々映像」:著者:坂中正夫、明倫堂書店、大正11年(1922年)
※5 「国産台帳」:著者:国産振興会 編、昭和3年(1928年)
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