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【連載】文房具百年 #17「明治43年のカタログから 後編」

たいみち

前編の復習

 前編では明治43年に発行されたカタログについて、種類や内容を紹介した。そして後編では明治43年という時代について調べて分かったことを紹介しよう。前編を見ていない、または記憶がすっかりなくなっている方はさらっと復習してもらえるとありがたい。なお、今回画像は文脈に直接関係ないものも含まれている。挿絵のようなものとご了承いただきたい。

 *明治43年のカタログから 前編リンク → https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/009861/

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*福井商店(現ライオン事務器)の明治43年のカタログに掲載されている消しゴムと現品。

明治43年のカタログの役割

 伊東屋、文運堂、福井商店その他明治43年のカタログが多く見つかったことから端を発してこの話をしているが、当時のカタログの役割や時代背景などを少々調べてみた。まず明治43年頃のカタログはどのように使われていたのだろうか。取扱商品を知ってもらうことはもちろんだが、どのカタログも小包郵便の料金や支払や注文方法が記載されている。要するに通信販売のカタログだったのだ。(福井商店については個人のお客様ではなく、文房具店を対象としているのであろう、商品の価格の記載がなく、注文用に電信暗号が記載されている。)

20190820taimichi2.jpg*大日本絵画講習会の販売部月報のご注文の栞。上段の「謹告」欄に「他店より高かったら連絡くれ」とあるのが面白い。



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*福井商店明治43年のカタログの払込票・払込通知表。(紙の色はかなり変色している。)



 では、日本で通信販売はいつからあったのだろうか。国会図書館のデータべースで調べると、商品注文の仕方の例文は明治の一桁代から見られるが、「通信販売」という言葉は明治40年になってでてくる。1
 つまり、遠方のお客様へ商品を販売する「通信販売」が一般的になって来たのが明治40年代だったのであろう。そう考えると、明治43年は通信販売が広まってきた時期であり、カタログが複数発行されていることへの影響があったとしてもおかしくない。

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*福井商店の明治43年のカタログに掲載の「文房(文房具箱)」(上)と現品(下)

明治43年頃の文房具業界

 文房具業界の動きを見ると、この頃目立つ動きが二つあった。一つは明治43年に第一回目の「東西文具合併会」というイベントが開催されている。当初、東京が単独で全国の業者を招待して開催する予定でいたが、この企画が大阪に聞こえてクレームがついたので2、急遽東京・大阪の合同開催となった。会場は東京大阪交互の開催で、大阪開催時に東京からやって来た参加者をプラットホームで迎えて万歳三唱したという記録がある。当時の服装は紋付き袴だろうか。文房具界のお偉方が駅に集まって万歳をしている様を想像すると何とも微笑ましい。3

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*東京の文房具メーカー、文運堂のマーク。文運堂明治43年のカタログより。




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*大阪の文房具メーカー 福井商店のライオンマークのスタンプ台。福井商店の明治43年のカタログより。



 そしてもう一つ、翌年の44年は第一回文具教育品博覧会が開催されている。大隈重信伯爵4のもとに行われたこのイベントは、全国から優秀な文房具を集めて展示し、特に優秀なものには表彰をするという内容だ。開催の背景として、文房具業界が発展したこと、そしてその発展ぶりが一般にあまり認められていなかった状況がある。
 もともと輸入から始まって一部の人だけが使っていた近代の文房具が一般的に使われるようになり、質・量ともに国内の生産力が上がってきて、輸出もするようになった。だが、まだ舶来品が優秀であると信じられていて、国産品が良くなってきていることが、あまり知られていない。それならば日本製品も海外製品も一堂に集めて、比較できる場を設けようというイベントだ。これは、開催期間2か月で、出品者668名、来場者27万名以上と、大盛況であったという。

20190820taimichi8.jpg*福井商店の明治43年のカタログより篠崎製のインク。篠崎インクは第一回文具教育品博覧会で名誉金杯を受賞している。




 明治43年と翌44年の2つのイベントに、カタログ発行ラッシュの影響のほどは不明である。ただ、この時期は文房具が輸入品から国産へ、特別なものから多くの人が使うものへと変化していく時代の潮目にあたっており、業界全体が活気づいていたとことは間違いないだろう。
 なお、この「文具教育博覧会」で伊東屋は帳簿で「進歩金杯」を受賞、文運堂は雑記帳で「進歩銀杯」を受賞している。ともに帳簿や学習帳の発展に尽力した2社が受賞しているとはいい話ではないか。

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*伊東屋の明治43年のカタログより洋式帳簿。同じく文具教育品博覧会で、進歩金杯を受賞。

110年前に「すごい文房具」はあったのか

 突然現代の話になるが、2011年以降の数年間、ムック本を中心に文房具本が大量に発行された時期があったことをご存じだろうか。2011年だけで14冊が発行されており、2012年、2013年も含めるとその三年で40冊近い発行数である。5 現在も文房具の本はいろいろと発行されているが、この3年間は近年類を見ない文房具本ブームであった。そしてその起爆剤となったのが前年2010年に発行された「すごい文房具」6というムック本である。掲載量や切り口、魅せ方がとてもパワフルで、今見返しても楽しく、当時多くの人が改めて文房具の魅力を感じるきっかけとなった本だ。

20190820taimichi10.jpg*「すごい文房具」2010年KKベストセラーズ発行。



 今回明治43年に発行されているカタログの多さに気づいた時、まず思い浮かんだのはこの2011年からの文房具本ブームだ。明治43年も、その前にカタログ発行ラッシュにつながる起爆剤となる何かがあったのではないだろうか。
 そして、これかもしれないと思う一冊のカタログがある。「丸善文房具目録」だ。


20190820taimichi11.jpg*「丸善文房具目録」 推定明治39~45年発行。



 簡単に中身を紹介しよう。目次含めて全126ページの冊子である。中は多種多様な文房具の紹介で、ほとんどのページにイラストがあり、使用方法説明や丸善の思いなど説明も具体的だ。

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*クリップのページ。用途の説明がされている。


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*変用万能はさみ。実は昔の文房具のカタログにハサミが載っているのは珍しい。



 丸善の推し文具はタイプライターと万年筆、インクである。これら最新の道具を使うことが事務処理の効率化であり、儲けるために必要なことと言っている。伊東屋は帳簿や情報カードなど紙を使った効率化を推進したが、丸善の効率化はもう一歩先を行った飛び道具のようなものだ。

20190820taimichi15.jpg*タイプライターは1ページに1種類、4ページにわたって掲載されている。



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20190820taimichi17.jpg*万年筆は説明も含めると11ページにわたって掲載されている。通常の万年筆とスタイログラフィックペン※7が両方紹介されている。



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*丸善は国産インクメーカーとしてもっとも初期に操業している。またこのカタログができる少し前の明治36年には東京・駒込にインク工場を作っている。



 余談だが、私がこのカタログで一番好きなのは輪ゴムのイラストだ。今まで見た中で最もドラマチックな輪ゴムのイラストだと思うのだが、いかがだろうか。

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 このカタログの最初の発行はおそらく明治39年だ。そして後に部分的な編集を加えて何度か再販されている節がある。私が持っているものは、明治41年と思われるが、8 それ以外に45年のものもあるようだ。
 なお、カタログの発行年は下記の情報から推定している。


[明治39年発行の根拠]

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[所有しているカタログが明治41年発行である根拠]

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[明治45年発行も存在する根拠]
 丸善百年史※9 では「明治四十五年、丸善文房具目録に、『丸善が万年筆を初めて取寄せましたのは明治十三、四年頃、今から三十年以前でござります』という文房具部善太郎の記事があり」と記載されているが、私の所有しているカタログにその記載が見つからないため、異なる版であると判断した。

 実際自分の所有しているもの以外に内容が少し違うものを見たことがあり、さらにインターネットを検索すると、他にもこのカタログの所有者や参照している資料が見つかる。10 つまり100年以上前に発行されたカタログでありながら、やけに出現率が高いのだ。それに複数年発行されていたことも掛け合わせると、広く配布された人気カタログであったと推定できる。それであれば、他の文房具メーカーや文房具店の目にも留まったであろう。
 そこで、このカタログが明治43年のカタログ発行ラッシュを触発したのではないかと考えたのだ。

「丸善文房具目録」ができるまで

 この「丸善文房具目録」ができるまで、丸善の文房具カタログはどのような変遷をたどったのであろうか。
 現在存在が明らかになっている最も古いものは、どうやら私が所有している明治12年の「A CATALOGUE OF Z.P.MARUYA&CO.‘S BOOKS AND STATIONERY」のようだ。これは裏表紙の反対面に「CATALOGUE OF STATIONERY」の1ページがあり、文字だけだが文房具のリストが掲載されている。

20190820taimichi22.jpg*「A CATALOGUE OF Z.P.MARUYA&CO.‘S BOOKS AND STATIONERY」明治12年発行。



 その次は明治21年のイラスト付き広告がある。取扱商品がリストのように書かれており、「広告」とはなっているがカタログに近い。

20190820taimichi23.jpg*「丸善社史」※11 より、明治21年の広告ビラ。



 その後の発行年で見つけたのは、明治23年の「Catalogue of books and stationery」12 という冊子で、文房具のカタログが4ページ、さらに丸善工作部※13 の製造品目録が10ページも掲載されている。
 他に明治16年頃から「和洋書籍及文房具時価月報」という冊子が発行されているのだが、内容を確認した数冊には文房具は載っていないか、小さく一つ二つ載っている程度だったのでここでは割愛する。

20190820taimichi24.jpg*明治23年の「Catalogue of books and stationery」よりタイプライター。タイプライターがいつから日本に輸入されていたかが不明だが、明治23年というのは最初期に当たるであろう。



20190820taimichi25.jpg*丸善工作部の製造品目録のページより。他の輸入品のイラストと比べると細かさや表現が全く違う。輸入品はイラストも海外のイラストを真似たかそのまま印刷したのであろう。他にペン軸や印刷器などが掲載されている。



 明治30年には学燈14 が発行され、広告ではあるが文房具が掲載されるようになる。ただし、毎号ではなく、掲載されても2ページ程度だ。だが、学燈に掲載された広告ページは後の「丸善文房具目録」に転用されているものもある。

20190820taimichi26.jpg*学燈(当時は「学の燈」)2号の広告。この広告のイラストで亀の口から萬年筆という言葉が出ていることから、万年筆の名前の由来は長持ちすることを「鶴は千年、亀は万年」にかけて万年筆とつけたのではないかという考察がある。※15 ※16



 明治36年には「CATALOG OF BOOKS」という冊子で21ページにわたって文房具が掲載されている。日本の文房具のカタログでイラスト付きの冊子の形で発行されたものは、私の知っている限り福井商店(現ライオン事務器)の明治34年発行のものが最も古い。この「CATALOG OF BOOKS」は書籍がメインとはいえ、文房具のまとまったページがあることで、福井商店に次いで古いイラスト付き文房具カタログであろう。また丸善としてはこれが明治39年の「文房具目録」発行への足掛かりになったのではないだろうか。

20190820taimichi27.jpg*明治36年「CATALOG OF BOOKS」より。



20190820taimichi28.jpg*明治36年「CATALOG OF BOOKS」より。



 そして「丸善文房具目録」の発行だ。それまで数ページの広告や、書籍カタログの一部だったものが一気に126ページもの冊子に昇格だ。カタログ本文の2ページ目には、当時文房具部を拡張したことが告げられており、丸善が文房具に力を入れていたことがわかる。
 同時期の他のメーカーや文房具店でも商品を紹介するものはあったはずだが、おそらくは一枚の紙でできているチラシのようなものか、冊子であっても数枚を束ねた程度であろう。そこへこのカタログが登場したとしたら、かなりのインパクトだ。

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*黒澤商会(現株式会社クロサワ)17 の1枚でできたカタログ「タイプライター各種、付属品一切及最新文房具類」と「丸善文房具目録」。ともに明治39年発行。



 とはいえ、とどのつまり「丸善文房具目録」は110年前の「すごい文房具」だったのだろうか。
 お察しかと思うが、事実のほどはわからない。だが、私は多少なりとも影響はあったと思っている。もちろんこのカタログがすべてではなく、前述の時代背景も影響しているだろう。
 だとすると、なんとなくこんな会話が繰り広げられているさまを想像してしまうのだ。

「これからは通信販売というのが儲かるらしい。遠くのお客から注文が来るそうだ。目録を配って商品を知らせるんだと。」
「来年は文房具の一大イベントがあって、表彰もあると聞いた。今からうちも何かしたほうがいいぞ。」
「そういえば、丸善の目録は分厚くて内容もいいし、結構な人気のようで何度も刷りなおしているぞ。」
「うちもあんなのを作ったほうがいいんじゃないか?」

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*「丸善文房具目録」よりチェックライター(上)と現品(下)。

明治39年のダークホース

 そろそろこの話も終わりにしよう。最後に明治43年のカタログ発行ラッシュに影響を与えた可能性のあるカタログがもう一つあることを記載しておこう。「丸善文房具目録」と同じ明治39年に発行されたカタログ、福井商店(現ライオン事務器)の第3号のカタログだ。
 残念ながらこのカタログは発行されたことはわかっているものの、現品が見つかっていないので、どういったカタログなのか全くわからない。言わば文房具カタログの歴史の中のダークホース、といっては大げさだろうか。いつか見つけることができたら、改めて「丸善文房具目録」と比較しようと思う。
 では引き続きよろしくお願い申し上げる。

※1 通信販売:「最新式商業の実際」(1907年、博文館発行)で「通信販売法(メール・オーダービジネス)という言葉で紹介されている。
※2 東西文具合併会設立時のエピソード:ライオン事務器200年史より。(1993年、ライオン事務器発行)
※3 東西文具合併会開催時のエピソード:大阪文具共益会史より。(1979年、大阪文具共益会発行)
※4 大隈重信伯爵:武士、政治家、教育者。早稲田大学創設者。当時は一旦政界を引退し、早稲田大学総長、大日本文明協会の会長など文化事業の発展に努めていた。
※5 2011年から2013年の文房具本発行数:「この10年で一番重要な文房具はこれだ決定会議」より。(2018年、スモール出版発行)
※6 「すごい文房具」:2010年、KKベストセラーズ発行
※7 スタイログラフィックペン:軸先に針が少しのぞいていて、紙に軸先をつけると針が引っ込み、周りからインキが流れ出る。(丸善雄松堂ホームページより)
※8 自身が所有している「丸善文房具目録」の発行年について、もともと不明確であったことからこの連載上の記載でも発行年にぶれがあったが、今後は推定明治41年に統一予定。
※9 丸善百年史:1981年、丸善発行。インターネットで公開されている。http://pub.maruzen.co.jp/index/100nenshi/
該当の記載は第三編 第四章「万年筆類題」より。http://pub.maruzen.co.jp/index/100nenshi/pdf/304.pdf
※10 「丸善文房具目録」を参照している資料類:「学燈」1955年「明治三十九年頃の『丸善文房具目録』川合 彦充」、その他筑摩書房「明治の文学」(2000年)にて挿絵に使用されている。
※11 「丸善社史」:1951年、丸善発行。
※12 「Catalogue of books and stationery 1890」:1890年、丸屋善八商店(丸善)発行、国会図書館蔵。
※13 丸善工作部:明治18年に丸善日本橋本店奥にインクなどを作る工場が作られ、のちに工作部と名前を変えた。国産品の製造のほかに輸入品の加工などを担当。
※14 学燈:丸善の月刊雑誌。明治30年創刊で当時は「学の燈」であった。後に「学燈」となる。
※15 万年筆の名前の由来:諸説あり、丸善百年史の中でも記述者によって説明に違いがある。亀にかかわる記載は、※9記載の「万円筆類題」より。http://pub.maruzen.co.jp/index/100nenshi/pdf/304.pdf
※16 「学燈2号」:1897年、丸善発行。国会図書館デジタル化資料。
※17 黒澤商会:現在の株式会社クロサワ。明治34年創業、タイプライターを中心とした事務用品の輸入の老舗。

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プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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