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【連載】文房具百年 #62「プラスチック消しゴムの始まりについて 2」

たいみち

誰でも知っているけど知られていないこと

 少し間が空いてしまったが、前回の続きのプラスチック消しゴムの話だ。プラスチック消しゴムは誰でも知っている。だが、いつからあったのか、どこが最初なのかということは知られていない。正確に言うとわからないのだ。
 前回からプラスチック消しゴムの始まりについて色々調べてみたが、断片的な情報しか見つけられなかった。それでも残しておけば、いつか続きがわかるかもしれないと思い書いているわけだが、そんな状況なので内容に中途半端なところがあるのはご容赦願いたい。
 前回の内容はこちら https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/019011/
 忘れてしまった方も多いと思われるので、さらっと見返してから今回分を読んでいただく事をお勧めする。

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海外のプラスチック消しゴム

 海外のプラスチック消しゴムはいつからあったのだろうか。キリンプラステック字消は「世界で初めて」を謳っており、SEEDのホームページでは「昭和30年代には、世界に先駆け『プラスチック字消し』を発売しました。」と紹介されている。
http://www.seedr.co.jp/keshigomu/hakubutu2.html

 だがパゴダビニール字消の箱に書かれている紹介文では、「アメリカではもうすでに字消しはビニールの時代です。」とあり、日本が最初ではないように見える。

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*パゴダビニール消しゴムの箱



 特許を見てみよう。消しゴムのカテゴリでアメリカの特許を見て行くと、1946年にプラスチック消しゴムの特許に当たると思われるものを見つけた。(US2404322)
 ポリ酢酸ビニール系の合成樹脂から消しゴムを作るという内容で、科学的な用語が多く心もとないが大筋プラスチック消しゴムの製造方法が述べられているように読める。この特許に基づいた商品の存在は不明だが、製品としては作られなかったか、作られたとしても定着しなかった可能性が高い。1946年は昭和21年だ。このタイミングでいいものが発明されていたとしたら、日本でももっと早く作られていたはずだ。

 その次は1951年申請、1954年登録の特許があった。(US2676160) こちらは、現在も使われている消しゴム「ART GUM」(※1)との比較した説明で「塩化ビニールと可塑剤」によってつくる消しゴムということが明確に書かれている。こちらも具体的に商品が作られたのかは不明だが年代的にもこの特許のあたりからアメリカでもプラスチック消しゴムが登場したのではないだろうか。
 ちなみに文献を当たると、1951年発行の「Typography and Design」という書籍にプラスチック消しゴムが出てくる。
 これは絵や文字を書く際の書き方や使う道具についての書籍のようで、道具についての説明の中で以下のような記述がある。
 「字消しはもちろん必要です。さまざまな形状、サイズ、素材で入手できます。ゴム、プラスチック、ガラス繊維などで作られています。プラスチック製または練り消しゴムは、レイアウト担当者に人気があります。」
(本文は英語。ChatGPTにて翻訳)

 では、初期のアメリカのプラスチック消しゴムは、どういうものだったのだろうか。これがなかなか見つけられず、色々検索を重ねた結果1つの消しゴムを見つけた。それは1954年以降の雑誌などに広告が掲載されており、画像が粗かったり情報が少なかったりで苦戦したが、何とかメーカーと品番を特定した。例えば、下の画像は1954年のAMERICAN ARTISTという雑誌に掲載されている広告画像だ。

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*AMERICAN ARTIST(1954年)より抜粋




 他の広告画像も似たり寄ったりの状態だったが、メーカーはアメリカのWeldon Roberts、品番は666と判明し、幸運なことに現物が入手できた。(ただし、時代はもっと新しいものと思われる。)

202406taimichi4.jpg*Weldon Roberts、No.666の消しゴム




 紙の箱に入っており、PLASTICと書かれている。だが、「KNEADABLE」であったことは意外だった。 
 KNEADABLEは練り消しのことだ。(練り消しは、粘土のように柔らかく、絵を書く時にパステルや木炭など柔らかい画材を消すのに使われることが多い。)
 この消しゴムは、アメリカでは最初期に存在したプラスチック消しゴムであり、日本よりも早く販売されていた可能性が高い。前出の「Typography and Design」で紹介されていたのは、この消しゴムであったとしてもおかしくない。
 だが、パゴダの箱に書かれている「アメリカでは字消しはビニールの時代」と書かれている消しゴムとは違う気がする。
 更に1954年の特許(US2676160)とも関係なさそうだ。

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*Weldon Roberts、No.666の消しゴムと箱




 ではアメリカの「練り消しではない」プラスチック消しゴムで、1950~60年頃のものはどういったものがあるのか。
 かなり探したのだが、それが見つからないのだ。その時代どころか、アメリカ製のプラスチック消しゴムというのがあまり見当たらず、ドイツのメーカーが作った製図用の硬い消しゴムの方が目立っている。
 ここでふと思ったのは、アメリカではプラスチック消しゴムにあまり興味がないのではないか。アメリカの消しゴムというと、「ART GUM」「Ostrich」など薄茶色の四角い塊のような消しゴムが古くから使われている。これらはプラスチックではなくゴム製品だが、質感などはプラスチックに近い。そのため「ART GUM」や類似する消しゴムがあればそれで充分だったのではないだろうか。
 だとすると、 「(練り消しではない)プラスチック消しゴムは日本が最初」かもしれないが、アメリカにとってプラスチック消しゴムが特に大事なものではなく、画期的と思ってもらえなかったようだ、と思うと少し寂しい。

202406taimichi6.jpg*アメリカで古くから使われている「ART GUM」及び同様の消しゴム。昔ながらのゴムゴム素材の消しゴムよりなめらかである。

シードのプラスチック消しゴム

 プラスチック消しゴムと言えば、シードを思い浮かべる人も多いだろう。
 「日本の最初にプラスチック消しゴムを作ったのはシード」という説も聞いたことがある。だが、シードのホームページを見ても色々検索しても、シードのプラスチック消しゴムは何年にどのような消しゴムを作ったのが最初かという情報がいまひとつハッキリしない。(ものによって掲載されている表記の仕方や年代が複数パターンある。)
 そうなると明確な事実を優先して考えるべきと思われ、前回紹介した「昭和27年出願30年公開の堀口乾三の特許」とそれをもとに作ったパゴダが日本で最初というのが有力と思える。
 ちなみに、昭和31年の業界誌に掲載されているシードの広告があるが、そこにはプラスチック消しゴムの気配はなく、まだ発売されていなかったか、されていたとしても大々的にではなかったようにとれる。

202406taimichi7.jpg*シードの広告。オールステーショナリー(業界誌) 1956年12月号より




 とはいえ、日本で最初でなくても、シードの最初期のプラスチック消しゴムがどんなものだったのかには大変興味がある。調べていると、2007年と少し古いが「ニッポンロングセラー・考」というWeb記事で紹介されていた。

https://www.nttcom.co.jp/comzine/no054/long_seller/index.html

 ここで「P-100」という白い消しゴムと「P-101」という透明感のあるカラフルな消しゴムの写真が掲載されている。品番や外観からP-100が最初と思われるのだが、このP-100はこのWeb記事以外で紹介されているのは見つけられず、いくつかの書籍で紹介されているのはP-101のみであり、なぜP-100が紹介されないのかが気になる。(特に調べてはいないため理由は不明である。)
 そしてもう一つ気になった点としては、P-100は白くて不透明、P-101はカラフルで透明感があることだ。この2種類の消しゴムは、元としている製法と特許が違うのではないだろうか。単に想像の域を出ないが、具体的にはP-100はパゴダと同じ堀口乾三の特許の製法を元にしており、P-101はノダロンの納多次績の特許の製法を元にしているということはないだろうか。
 なお、P-101は同じ品番の消しゴムを持っている。町の文房具店で見つけたもので、そう古くはないがこれがプラスチック消しゴムの最初期の頃からの商品だとは思わなかった。

202406taimichi8.jpg*シード P-101。年代不明。 




 最初期として紹介されているP-101は、字体が斜体ではないのと、消しゴム本体の色合いも違うので、デザインを変えて何代かつくられていたのであろう。

 ここで最近見つけた別の「P-101」の品番の消しゴムを紹介しよう。この消しゴムは情報がなく、シードのプラスチック消しゴムの順番のどこにはまるかがわからない。商品名が「プラスティッククリーナー」と「消しゴム」「イレーサー」ではないところや、他のP-101にはついていないシードのカラスと壺のマークがついているところから、かなり初期のものではないかと思っている。正確には、初期のもので合ったら嬉しいな、というところだ。

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*シード P-101プラスティッククリーナー。年代不明。 




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 余談だが、シードのこのあたりの透明感のあるカラフルな消しゴムは、消しゴム自体に商品名やロゴが印刷されているのではなく、印刷したセロファンのようなものが巻かれている。

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 このように情報がないものの時代特定をするには、当時の広告かカタログなどの資料を見つけるしかなく、なかなか難しい。ただ、ずっと探しているといつかひょっこり出てきたりするので、気長に調べようと思う。

一周回って

 シードの消しゴムについては、何か情報がないかと私の主な情報源である「名古屋文具新聞」を何度も何度も見直した。だが名古屋の業界紙のためか、大阪のシードは広告もほとんどなく、唯一見つけたのが、「東京支店再開」という短い営業案内の記事だ。昭和26年12月25日発行なので、戦争で閉じた営業所を再開したということだろうか。


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シード字消ゴム
東京支店再開
今次ビニールの配合による新製品ビニーナーの新発売にて棋界にセンセーションを惹起したシード字消しゴム本舗では、今般東京支店を中央区銀座六丁目四番地交詢社内205号室に設置した。
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*名古屋文具新聞 昭和26年(1951年)12月25日号より抜粋



 え、ちょっと待って。
 「ビニーナー」って何?

 字消しゴムの会社のシードが、ビニールを配合して作った「ビニーナー」って、きっとプラスチック消しゴムだよね?
 それも昭和26年!、1951年!!ここに来るまでいろいろ調べていた昭和30年前後より4年も早い話だ。

 ビニーナー、VINYNER、BENEENER、、、、色々と検索してみたが、情報がでてこない。
 昭和25年~26年の情報は元から少なく、もう一回名古屋文具新聞を穴の開くように見直したが何も得られず、昭和28年から30年頃の資料からも何も見つからず。
 この「ビニールを配合したビニーナーという商品」だけでは情報が足りなすぎるし、正直なところ消しゴムかどうかも確証がない。
 だが、ビニーナーがプラスチック消しゴムだとすると、「日本で最初」はほぼ間違いない。
 シードはビニーナーの存在を把握しているのだろうか。
 このあたりの話で紹介されているのが、ビニーナーではなくP-101であるところを見ると、知らないのではないかという気がする。(またはビニーナーは消しゴムではない、という可能性も考えられるが。)
 つまり私は「日本で最初のプラスチック消しゴムはシードの消しゴムではなさそう」と思っていたが、ビニーナーがプラスチック消しゴムだった場合、一周回って「日本で最初のプラスチック消しゴムはシードの消しゴム」というのが有力になる。
 おそらくこのビニーナーはプラスチック消しゴムで、売り出したが何らかの事情で販売していたのはごく短い期間であったのだろう。
 ビニーナー、ビニーナー、ビニーナー、どんな消しゴムなんだろう。

あらたな「幻の消しゴム」

 連載1回目で紹介した「幻の鯨印消しゴム」が昨年見つかった。そして今回新たに見つけたい幻の消しゴムが登場した。
 鯨印消しゴムは、メーカーや消しゴムに印刷された絵などの情報があり、現物が見つからなかっただけだが、新たな幻の消しゴム「ビニーナー」はどんなものだか全くわからない。消しゴムなのかもわからない、とても探すハードルが高いものだ。
 鯨印消しゴムを見つけるのに10年以上かかったので、ビニーナーも次の10年探し続ければ見つかるかもしれないと思い、探してみようと思う。



※1 ART GUM:アメリカの消しゴム。今でも販売されている。https://www.amazon.co.jp/dp/B00BT31P6A



202406taimichi13.jpg*シード P-101 プラスティッククリーナーの箱のマーク

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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