【連載】文房具百年 #61「プラスチック消しゴムの始まりについて」
消しゴムから消しゴムへ
前回は長年探していた鯨印消しゴムを発見したことを紹介した。私の古文房具コレクションは消しゴムから始まっており、数あるコレクションの中でも特に消しゴムが好きだ。だが、この連載では消しゴムについてあまり紹介していないので、鯨印消しゴムの発見を記念して(?)もう一つ消しゴムの話をしよう。今回はプラスチック消しゴムについてだ。
プラスチック消しゴムがいつからあったのかは、実はあまりはっきりしていないし、今回調べてみても資料もほとんど見つけられなかった。そんな状況なので、先に言っておくと明確なことは何もわからないままだが、プラスチック消しゴムの初期の消しゴムやそれに関する資料について私が見つけたもの紹介しておこうと思う。
今回プラスチック消しゴムについて調べるにあたり、まずプラスチック消しゴムとは何かを改めて確認した。日本筆記具工業会のサイト(http://www.jwima.org/eraser/eraser/eraser_2/eraser2.html#:~)で「塩化ビニール樹脂に、可塑剤と粒子の細かい研磨材を加えて軟質に固めたもの」という説明があったので、それを一つの基準としよう。そして「最初」は何をもって最初とするのかも決めてみた。商品として製造されて販売されたもの。つまり特許は取られているが商品化されたか不明なものや、試作品など世に出ていないもの(そういうものが見つかったわけではないが)は対象外とした。
では初期のプラスチック消しゴムと資料を紹介していこう
*プラスチック消しゴムとゴム製の消しゴム
2つの特許
日本のプラスチック消しゴムは昭和30年頃に発売されている。その頃の特許を特許データベースで2件見つけられた。まず昭和27年出願30年公開(公告番号 昭30-127)の発明者 堀口乾三、出願者 東洋ビニール工業株式会社によるもので、確認できたところではこの特許が一番早い。内容は塩化ビニール樹脂と可塑剤その他を混ぜ合わせる製法について説明されている。
続いて、昭和30年出願、昭和32年公開(公告番号昭32-8220)の出願者・発明者は納多次績で、ビニール樹脂に可塑剤を混ぜる内容だが、特徴として、従来のゴム製の消しゴムと比較して「字消し効果卓越」「摩耗性少なく」「透明性を有し美観優れたる」とある。
この2つの特許をもとに作られた消しゴムをそれぞれ紹介しよう。まず堀口乾三の特許による消しゴムは、インディアンというメーカーから「パゴダビニール字消」という商品名で発売されている。商品名はプラスチック消しゴムではないが、素材が塩化ビニールなので、おかしくはない。初期の商品の名称が今と違うのはよくある話だ。
具体的な発売年月日は不明だが、昭和31年1月の名古屋文具新聞に広告が掲載されているので、その頃と推測される。なお、広告記載の特許番号213256号は、公告番号では堀口乾三の特許「昭30-1127」であることは、特許庁にて確認済みである。(※1)
*名古屋文具新聞よりパゴダビニール字消の広告。左:昭和31年1月25日、右:昭和31年7月25日
現物の消しゴムは紙の箱に入っており、そこがプラスチック消しゴムならではである。
余談だが、最近の消しゴムは大体紙のケースに入っているが、昔のゴムでできている消しゴムにケースはついていなかった。プラスチック消しゴムの成分である可塑剤が、消しゴムと他のプラチックが密着していると可塑剤が移動して溶かしてしまうため、紙などのケースがつけられている。パゴダビニール字消の箱にも「可塑剤を含む物には近づけないように」と記載されている。(この消しゴムを使う人にとって、可塑剤が入っているものが何なのかが、一般常識だったのかは疑問だが。)
*パゴダビニール字消
*パゴダビニール字消の箱
続いて納多次績の特許の消しゴムだ。納多次績は発明の才能があり、多数の特許を取っている。呉羽ゴム工業から独立して日本ノダロンを設立した。日本ノダロンの設立当初の主力商品は消しゴムとゴムボールであったようで、Webで「ノダロン」の画像検索をすると、子供用のカラフルなゴムボールが表示される。
ノダロンは、消しゴムも特許に記載の通りカラフルで、透明感があるものだ。そこがパゴダと異なる。海外にも輸出されており、海外オークションでノダロンの消しゴムを見つけて入手した。
なお、ノダロンの消しゴムに印字されている特許番号238950と特許データベースにある公告番号昭32-8220の一致は確認していないが、名称より一致するものと判断した。また輸出消しゴムにある特許番号252501の内容は特定できなかったが、おそらく塩化ビニールを加工する際の何らかの製法等と思われる。
*ノダロンのプラスチック消しゴム
*ノダロンのプラスチック消しゴム。海外輸出品。アメリカのオークションより入手。
キリンプラステック字消
ここで一つ「日本最初のプラスチック消しゴムだったかもしれない」消しゴムも紹介しておこう。同時期に名古屋文具新聞に広告が掲載されており、商品紹介もされていた「キリンプラステック字消」だ。見つけた広告の日付は昭和31年7月で、パゴダビニール字消しの半年ほど後だ。同時期に新商品コーナーでも紹介されている。
これだけ見ると、パゴダビニール字消の方が先と思われるが、情報元が名古屋文具新聞のみなので、もしかしたら別のエリアではキリンプラステック消しゴムが先だったという可能性もなくはない。また、パゴダは「ビニール」という名称なので、「プラスチック」にカウントしなかったのかもしれない。
*名古屋文具新聞より、キリンプラステック字消の広告(左)と商品紹介(右)
だが、キリンプラステック字消しは、この時点で特許の情報がなく、この広告の翌月の名古屋文具新聞の広告で「特許申請中」となっており、その後はキリンプラステック消しゴムも特許の行方も情報がない。
(ちなみに情報元である名古屋文具新聞について、所有しているのは不揃い且つ昭和32年以降の版は持っていないので、不確かなことが多々あるのはご了承願いたい。)」
ここでキリンプラステック字消について、広告や記事を見ていて気になることがあった。まず形状の特徴である。商品紹介文や記事には「5色」とあり、イラストから「透明」、且つ角が丸いことがわかる。お気づきだろうか。ノダロンの消しゴムと特徴が一致するのだ。
*キリンプラステック字消しの広告イラストと、ノダロンプラスチック消しゴム(右)
そして紹介記事には「この方面の権威者によって苦心研究されたものであり~中略~近く特許もおりるものと確信張り切っている。」とある。
*名古屋文具新聞掲載のキリンプラステック字消の紹介記事
ここからは想像でしかないが、もしかしたらここに出てくる「この方面の権威者」とは納多次績のことではないだろうか。納多次績の特許は、昭和30年出願、昭和32年公開なので、この記事が掲載された昭和31年の状況と一致する。ノダロンの消しゴムの発売時期は不明だが、この時期に既に発売されていたとしたら酷似している消しゴムに対して「世界初」とは言わなかったように思う。なお、日本ノダロンの会社設立は昭和31年4月である。
キリンプラステック消しゴムは、納多次績の発明を元にキリンプラステック消しゴムを作ったが、何らかの事情でその特許を使うことができなくなったのではないだろうか。もちろん同じ特徴を持つ製法を同時に複数名が特許申請していたということも考えられるが、時期と商品の特徴の一致が気になった。
それが事実かどうかは分からないし、もし事実だからと言って何がどうなるわけでもない。でも、新しいものが世に出るときはいろいろなことが起こりがちで、その時どんなことがあったのだろうと想像してみると何かと興味深い。
次回へ続く
さて、あと2テーマ程書くことがあるのだが、既にそれなりに長いので次回に回すことにした。毎回原稿は遅れがちだが、書き出すと結構な長さになってしまう。というのも書くために資料や現物を再確認すると、いつも新たな発見があり、面白くなってきて当初の予定より膨らんでしまう。 言い換えれば書かなければ気が付かなかったことに気づくことができるというありがたい場である。
次回は海外のプラスチック消しゴム、それに消しゴムと言えばシード、シードの話も少ししようと思うので、引き続きよろしくお願い申し上げる。
※1 特許番号と公告番号:昭和20年頃から一定の期間について、特許データベース(J-Platpat)では特許番号ではなく公告番号が登録されており、データベースから特許番号での検索や、公告番号と紐づく特許番号を確認することができない。
*1956年業界紙のシードの広告
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