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【連載】文房具百年 #55「ガラスのプッシュピン」

たいみち

2015年に展示をした時の事

 それは、展示を見に来たお客様が見つけた。2015年京橋のモリイチで古い文房具の展示をさせていただいた時に、1925年のカタログを部分的に展示していたのだが、それを見ていたお客様がこんなことを言った。
 「こんなに前からあったんだ。ガラスでできてたんだ。」
 何のことを言っているのか思い当たらず、お客様に聞くとダルマ型のプッシュピンを指さして、
 「これ。ガラスだったんですね。」

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*「CRANE‘S BABY CATALOG」。1925年アメリカ。小さいサイズもあるようなので、そちらも探したい。



 本当だ。今と全く同じ形で、ガラスと書いてある。そこまでカタログを細かく見られておらず、また当時はホッチキスなどの道具に興味をひかれていた時期だったこともあり、まったく気付かなかった。でも、これをきっかけに「ガラスのプッシュピン(欲しい)」ということが私にインプットされた。その後いくつか入手したので、今回はそれを紹介したい。

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*「CRANE‘S BABY CATALOG」。1925年アメリカ。2015年の展示の際にここのページを見開きで展示していた。

MOORE PUSH-PINS

 最初に手に入れたガラスのプッシュピンは、骨董市にてバラで売られていたものだ。かなり前のことで、プッシュピン1本の値段としてはお高めなものだった。それでも欲しくて1本購入したが、それがどういうものかの情報が無く、日本製だろいうということだけだった。(そして、とても大事にしまい込んだ結果、この原稿を書くに当たり自宅から発掘できないでいる。)
 次に手に入れたのは、アメリカ製の「MOORE PUSH-PINS」だ。

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*一枚の紙を折りたたむと、ピンを格納した箱になる。おり方を変えると、そのままディスプレイにも使える優れもの。



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 箱付きで出てきたところがありがたい。箱は一枚の紙を折りたたむ形で、プッシュピンを6個格納できるようになっており、よくできている。調べるとこの箱自体もMOOREの特許で、1908年に登録されている。ただ、箱のイラストの雰囲気から、そう古いものではないように感じた。大体1930年から40年代頃のものではないだろうか。

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*かなり退色しているが元はピンク色の箱のようだ。



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 箱の両面の印刷は何が書いてあるのか、Google翻訳で訳してみた。最近は画像読み込みでそのまま翻訳してくれるので、とても便利だ。文字サイズなどはバランスが悪いが、内容は分かるので十分事足りる。

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*箱の画像からGoogle翻訳で日本語に翻訳。



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*箱の画像からGoogle翻訳で日本語に翻訳。



 「ガラスでできたプッシュピンを手に入れたい」だけであれば、この時点で目的は達成しているが、どうせならより古い物が欲しい、更に言うと一度気に入ると複数種類集めてしまいがちで、このガラスのプッシュピンについてもそんな収集癖が発動されて、引き続き探していた。
 そして先日手に入れたのがこちら。これは箱の感じから言ってもいかにも古臭くてとても良い。それに12個揃っている。更にここで気づいたのが、以前手に入れたガラスのプッシュピンと最近手に入れたガラスのプッシュピン、ともに「MOORE PUSH-PINS」だ。
 あれ、もしかしてこの会社がプッシュピンを最初に作った?


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プッシュピンの特許

 「ガラスのプッシュピンが欲しい」という単純な欲望から、ここで「プッシュピンの始まりは?」という興味に私の熱意が切り替わった。箱に特許の登録年月日が表示されているので、早速調べる。
 特許登録日はアメリカが1900年7月24日、同年にカナダ、フランス、イギリス、ドイツでも特許登録を済ませている。参照している特許はないので、この特許申請者であるEDWIN MOOREが、プッシュピンを最初に作ったと言って間違いなさそうだ。そして入手したプッシュピンだが、箱にこれだけの特許情報が印刷されているということは、おそらく特許を登録して間もないころではないかと思われる。

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 これがその特許の図面だ。説明には主に下記のことが記載されている。

・特にボードなどの表面に、引き伸ばされた写真フィルムを乾燥などのために保持するために使用される。
・(これまでのものは)挿入時に指の間でしっかりと保持する手段を提供せず、その結果、指が滑ってフィルムを引き裂いたり、汚したりする。
・さらに、フィルムに使用された水は、ピンおよび金属キャップを腐食し、フィルムに汚れを引き起こす。
・本発明の目的は、示された困難を克服し、ピンが腐食しにくく、装置を挿入する際に操作者が本体部分をしっかりと保持できる安価で実用的な製品を製造することである。(特許の説明をGoogle翻訳で翻訳、一部抜粋)

 なるほど。プッシュピンの特徴は「しっかりと掴めること」というのは想像できたが、フィルムに使われる溶液による腐食を防ぐためにガラスを使ったというのは思いつかなかった。なお、発明者は、ピンの金属部分が腐食しないように塗装を施していたとも記載がある。
 そしてもう一つ新たな発見が。特許の図面の3番目のイラストについてはこう説明されている。
 「小さな方の端に4があり、これにより、ピンを引き抜く操作で指をしっかりと保持できる。必要に応じて、この拡大された部分は、適切に装飾することができる。」
 要するに、より持ち易いように先端に出っ張りをつけるとよい、それは装飾することもできる、ということだ。
 そしてこの図をよく見ると、これ、豚だ。豚の頭がついている。面白い。日本ではこのプッシュピンを「ダルマピン」とも言うが、ダルマピンの元祖は豚だったということだ。これはちょっとした文房具トリビアとして、何かのネタに使えるかもしれない。ちなみに豚の頭の付いたプッシュピンは製造されたのだろうか。であれば是非一目見たいし、手に入れたい。

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日本のガラス製プッシュピン

 日本製のガラスのプッシュピンも新たに手に入れた。これも具体的な情報はないが、無地の箱に入っており、古いデザインの値段ラベルが貼られていることから、おそらく戦前の日本製であろうと思われる。MOOREのガラスのプッシュピンは、日本にも輸入されていたであろう。少なくとも最初に入手したMOORE PUSH-PINS(折り畳み式ケース入りのもの)は日本の骨董屋さんから入手した。
 日本製のガラスのプッシュピンは、形や大きさがMOOREの製品とほぼ同じなので、MOOREの製品をお手本にして日本のメーカーでも作られていた可能性が高い。MOOREの製品と少し違うのは、頭のところに「*」のような模様が入っていることだ。細かいところに装飾を施す器用さと美的感覚が日本らしくて良い。

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*ラベルは「ヤカツ」と書いてあるように読める。店名だろうか。価格は15銭。


202304taimichi16.jpg*「*」のようなマークがついている。



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プッシュピンの始まりと画鋲の始まり

 ガラスのプッシュピンについては以上だ。今回自分として収穫だったのは、期せずしてプッシュピンの始まりに行き当たったことだ。小さくて当たり前に日常に存在するものは、何となくそのルーツをたどるのは難しい気がしていた。だが何にだって始まりがあり、文房具の多くはアメリカから始まっていて、何らかの形で特許に残っている可能性が高いということを改めて実感した。これはたどっていくと画鋲の始まりも調べられそうな気がしてきた。
 画鋲もたくさん集めているが、この連載で何を紹介するのがいいのか思い当たらず、テーマにする機会がなかった。調べてみて何か紹介できるようなことが出たら、一度テーマにするのもいいだろう。

 最後に、MOORE PUSH-PINSについて補足をすると、現在でもMOOREブランドのプッシュピンや画鋲、MAP PINなどは作られており、検索すると日本のネットショップの商品としても多く表示される。120年以上前に最初にプッシュピンを作った人の名前が、同じ製品でまだ残っていることにホッとする。ただ、会社名は「Moore Push Pin Company」のはずだが、会社のホームページなどは見つからない。このご時世なのでどこかに買収されたのだろうか。そうだとしたら少し残念である。

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*MOORE PUSH-PINSを箱から出したところ。

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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