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【連載】文房具百年 #46 「真崎市川鉛筆 四角い芯の鉛筆の頃」

たいみち

前回のおさらい

 今回も鉛筆の話だ。前回は大変珍しい四角い芯の鉛筆が、日本のメーカーのものとして存在したことと、それが欧米のメーカーが作ったものか、はたまた国産かについての話だった。今回は前回紹介した真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆が作られた背景について考えてみた。
前回 → https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/015600/


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*左:真崎市川鉛筆、右:A.W.FABER

舶来品礼賛の時代

 四角い芯の鉛筆が作られた時代について考える前に、輸入鉛筆について簡単に触れておこう。鉛筆の輸入はいつから始まったのか。それについて正確なところは分からない。大蔵省の「大日本外国貿易対照表」で鉛筆の輸入実績が記録されているのは明治18年からだが、個人的には明治5年頃、もしくは幕末にはすでに輸入されていたのではないかと思っている。
 当時輸入されていた鉛筆はA.W.FABER、STAEDTLER、EAGLE PENCILなどである。また、明治12年の丸善のカタログを見ると、当時の丸善の店名の鉛筆が商品リストに載っているので、その時点ですでに「欧米のメーカーに依頼してオリジナル鉛筆を作ってもらう」OEMの形式がとられていたと思われる。
 その後国産の鉛筆が作られるようになり、日本の鉛筆メーカーは明治の終わりころには40社を数えるようになるが、舶来品の方が「良いもの」であるという風潮は根強く、明治40年頃にはSTAEDTLERの月印へのリスペクトが感じられる(どうにか月に見えるように工夫された)商標が数多く登録されている。更に明治末期から大正初期のカタログや商品パッケージでは、欧米のメーカーが作った自社ブランドの鉛筆を、得意気に紹介されているのを見ることができる。

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*1912年(大正元年) 福井商店(現ライオン事務器)営業品目録 。欧米で作られた日本語や日本のブランドが入っている鉛筆。



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*左:1915年(大正4年)堀井謄写堂カタログ、右:カタログの製品と類似のSTAEDTLERの色鉛筆。鉛筆の軸に日本の情報はないため、鉛筆を輸入して、箱だけ日本国内で作ったと思われる。



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*カタログには舶来品を礼賛する表記はないが、パッケージの説明文にはこの鉛筆を製造したSTAEDTLERについて「最高の信用を博せる」「最新の最良品」等最上級の誉め言葉が並ぶ。

東京製文具目録

 明治末期は欧米メーカーが作った製品を取り扱うことがステータスだったが、その後大正3年の第一次世界大戦開戦後は、国産品の推奨に変わる。
 その動きは、東京文具卸商同業組合が発行した「東京製文具目録」に顕著に表れている。というかそのために作られたカタログで、正しいタイトルは「東京文具卸商同業組合ニ於テ優良ト認メタル外国製品ニ対抗スベキ東京製文具目録」である。主旨は国産文房具の内需拡大を進めたいが、舶来品礼賛の風潮が根強いので国内の優秀な製品を改めて紹介することで、見直してもらおうといったところだ。複数の文房具が対象として紹介されているが、特に鉛筆については、戦争でドイツからの輸入が途絶えたため、国産への切り替えが急務であった。ちなみにこのカタログに掲載されている鉛筆は、多くが「対抗している外国製品にそっくり」という特徴がある。

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*1914年(大正3年) 東京文具卸商同業組合「東京文具卸商同業組合ニ於テ優良ト認メタル外国製品ニ対抗スベキ東京製文具目録」より真崎市川鉛筆が紹介されているページ。



 この「東京製文具目録」に真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆も掲載されている。つまり真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆は「優良と認めたる外国製に対抗すべき東京文具」に当たるわけだ。

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*上:「東京製文具目録」より「M.I.角文字鉛筆B及H各種」の画像。下:四角い芯の真崎市川鉛筆。角文字というのは四角い芯を表す当時の言い方であろう。真崎市川鉛筆を表す「M&I」や、その前後のお花らしきマーク、「MFD TOKYO」という表記が一致している。



 ここで、真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆ができた経緯について前号の内容を振り返ってみよう。
 この鉛筆はA.W.FABERの鉛筆とそっくりであること、更に鉛筆を巻いてある紙にA.W.FABERがアメリカで商標登録した1870年が設立年として印刷されていること、同じ真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆に、「MADE IN JAPAN」という表記があるものとないものの2種類があることなどから、初めはA.W.FABERが真崎市川鉛筆のために作ったものを輸入して、その後それをお手本に日本で作るようになったのではないかという推測をしている。
 今回、この鉛筆が掲載されている「東京製文具目録」を見直し、この鉛筆以外にも多数の「外国製品にそっくりな外国製品に対抗すべき優良品」が掲載されているのを眺めていてふとした疑問が浮かんだ。
 真崎市川鉛筆は、「外国製品をお手本にして、対抗する類似製品を作る」ということを、自社単独の判断で進めたのだろうか。

 この「外国製品に対抗する優良品」という位置づけは、おそらく第一次世界大戦がはじまって急に打ち出したものであろう。それがカタログを作れるほどのメーカーと種類を短期間に揃えて来たということは、このカタログを作った「東京文具卸商同業組合」が音頭を取って外国製品をお手本にして類似品を作ることを推奨したのではないだろうか。
 そういう動きがあったとして、更に真崎市川鉛筆に注目すると「東京製文具目録」では冒頭の数ページが真崎市川鉛筆に割かれており扱いが最も大きく商品数も多い。つまり、真崎市川鉛筆は東京文具卸商同業組合からの依頼、または両者相談の上、先陣を切って「外国製品に対抗する」製品造りを推し進めたのではないだろうか。
 今まで各メーカー毎に「外国製品をお手本にした」製品を作っていたイメージを持っていた。だが、これもあくまで推測ではあるものの、組織的な動きがあったのだとすると、当時の時代背景と相まって見え方が変わってくるというか、当時のひっ迫感が感じられる。

MADE IN JAPAN?

 ここで一つ気になることがある。前回、「MADE IN JAPAN」とある方は日本製、ないものはA.W.FABERが作ったものではないかという推測をしたが、「東京製文具目録」に掲載されている真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆は「MADE IN JAPAN」という表記がない。ということはA.W.FABER製?国産推奨のカタログにA.W.FABER製のものを掲載することはないと思うが、元の推測が間違えだったのか、はたまた「MADE IN JAPAN」と書いてないだけでA.W.FABER製ということは分からないのでとりあえず載せたのか。
 うーん、わからない。前回からこれだけ長々と書いてきて、今更「わからない」とは言いたくないが今ある情報だけでは決定打はなく判断しかねる状況である。

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*真崎市川鉛筆の四角い芯の鉛筆。一つの箱に12ダース入っている状態で購入したが、片方には「MADE IN JAPAN」とあり、もう片方にはその表記がなかった。



 ただ、「MADE IN JAPAN」の表記について、ヒントになるような鉛筆があった。同じく真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆で、類似しているSTAEDTLERのコピー用鉛筆と一緒に入手しており、元の持ち主は四角い芯の鉛筆と同じである。(コピー用鉛筆についてはここでは説明を割愛する。書いた後に濡らすとインクに変わる芯の鉛筆といったものだ。)

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*左:STAEDTLERのコピー用鉛筆、右:真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆



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*上:STAEDTLERのコピー用鉛筆、下:真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆



 この真崎市川鉛筆は既に「MADE IN JAPAN」と入っている。同じ鉛筆が「東京製文具目録」に掲載されているか確認したところ、真崎市川鉛筆製のコピー用鉛筆は載っているものの、軸に書かれている文字が違う。東京製文具目録では紫は「COPIER-VIOLETT」となっているが、入手したほうは「VIOLET COPYING」である。ちなみに「青」は同時に入手したSTAEDTLERの青と表記や文字のフォントまでそっくりだ。

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*「東京製文具目録」に掲載の真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆。STAEDTLERのコピー用鉛筆と表記や型番まで一致するが、真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆とは差異がある。



 おそらく私が入手した真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆は、東京製文具目録と時期が異なるのであろう。そして、意外なところにこの鉛筆が掲載されているのを見つけた。1919年のフランスのカタログだ。

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*1919年フランスの事務用品カタログ



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*上:1919年フランスの事務用品カタログに掲載の真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆、下:真崎市川鉛筆のコピー用鉛筆実物



 カタログのイラストは表記が簡略化されているが、同じものとしてみていいだろう。要するにこのコピー用鉛筆は輸出されていたわけだ。そこで思ったのは「MADE IN JAPAN」は、輸出品に対してつけるようになった表記なのかもしれないということだ。
 ではそもそも四角い芯の鉛筆で「MADE IN JAPAN」とあるのも輸出用?書かれていないのはA.W.FABERが作ったのではなく、元から日本で作られていた?

 正直なところ、やはり確実なところは分からない。今現在の推測としては、四角い芯の鉛筆は、元はA.W.FABERが作っており、その後国産化したとしておこう。新しい情報が出てきた時には、(その時にこの連載がまだ続いていれば)こちらで訂正させていただく。

外国製品に対抗すべき鉛筆

 今回改めて資料や現物の鉛筆を見直してみると、見れば見るほど発見がありその発見によって分かること、逆にわからなくなることがあるのを改めて実感した。古いものというのは面白いと同時に難しい。だがその難しいところも含めてやっぱり面白いのだ。

 外国製品に対抗すべき鉛筆のまとめとして、「東京製文具目録」に掲載されているような「外国製品に対抗すべき」作られた鉛筆をいくつか紹介しよう。ざっくり説明すると、対抗しようとしている外国製品によく似たもの達だ。なお、「東京製文具目録」が発行された当時のものだけでなく、それ以降に作られたものもある。
 外国製品に対抗すべく作られた鉛筆たちは、その後の時代でもしばらく鉛筆市場で対抗を続けていたのだ。


■「月印ニ相当ス」:STAEDTLERのコピー用鉛筆の対抗品

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*1915年(大正4年)堀井謄写堂カタログ



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*左:STAEDTLERのコピー用鉛筆(実物)、右:堀井謄写堂カタログ



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*上:STAEDTLERのコピー用鉛筆(実物)、下:堀井謄写堂カタログ



■「月印に比し品質優美価格低廉」:STAEDTLERの鉛筆の対抗品

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*上:真崎市川鉛筆の「NEW LEAD PENCILS」(東京製文具目録)、下:STAEDTLERの「NEW LEAD PENCILS」(実物)



■「A.W太軸インターナショナル等に比し十分代用ス」:A.W.FABERの鉛筆の対抗品

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*上:市川鉛筆の「COMMERCIAL」(東京製文具目録)、下:A.W.FABERの「INTERNATIONAL」(実物)



■「イーグル140号に対抗して十分完全なる代用品なり」:EAGLE PENCILのNo.140(消しゴム付き鉛筆)の対抗品

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*上:真崎市川鉛筆のNo.140「WING」(東京製文具目録)、下:EAGLE PENCILのNo.140「Rubber Perfection」(実物)



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*上:EAGLE PENCILの6ダース入る箱、下:ダンス ペンシル(メーカー名不明)の12ダースが入る箱。
建物の文字や周辺の人物や船に至るまでEAGLE PENCILの箱のデザインと一致する。

御大典記念鉛筆

 先日、「御大典記念鉛筆」というものを入手した。「御大典」とは天皇陛下の即位式のことを言う。「SA鉛筆ペン軸製造所」というメーカーの社名から、大正天皇即位の時のものと判明。(SA鉛筆ペン軸製造所は大正7年に社名変更をしている。)
 巻いてある紙のデザインは「外国製品に対抗すべき」鉛筆と真逆の日本らしいデザインだ。そしてそこにこんなことが記されていた。

 遇々曠古の御大典に會し、之を永久に記念せんが為め茲に弊社はその精を萃メテ御大典記念鉛筆を謹製し、
 日本製鉛筆の発達史を飾らんと欲するものなり
 (たまたま前代未聞の即位式に出会い、これを永久に記念するために、ここに弊社はその精を集めて、御大典記念鉛筆を謹製し、日本製鉛筆の発達史を飾らんと欲するものなり)

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*SA鉛筆ペン軸製造所の「御大典記念鉛筆」(大正4年頃)



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 大正天皇の御大典は大正4年に行われた。「東京製文具目録」が発行された翌年に当たる。
 「外国製品に対応すべき製品」と「御大典記念鉛筆」は対極にあるようだが、きっとどちらも当時の鉛筆業界の隆盛への祈りがあっただろう。戦争や明治から大正への時代の切り替わりといった背景に影響を受けながら、輸入鉛筆とそれに対応すべき鉛筆、純粋な国産鉛筆が混在しつつ、発展を遂げたのが大正時代の鉛筆だったのかなと思う。
 私はこの連載を書き始めてこの時代の鉛筆がとても好きになった。まだまだ調査不足・勉強不足ではあるが、これからも集めて調べ続けていこうと思う。

 さて、というところで今回はこれでおしまい。
 なお、「東京製文具目録」については、この連載の第2回でも紹介しているので、改めて参照いただけると幸甚である。

 第2回 輸入鉛筆と日本の鉛筆 https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/007518/
 第3回 輸入鉛筆と日本の鉛筆 https://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/007597/

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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