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『きまじめ姫と文房具王子』の藤原嗚呼子さん×文具王・高畑編集長スペシャル対談

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以前本サイトでお伝えしたとおり、“文房具”をテーマにした漫画『きまじめ姫と文房具王子』の連載が月刊!スピリッツ」(小学館)2017年5月号(4月27日発売)から始まっている。

「京都の大学に講師として赴任することになった主人公の姫路かの子が、超文房具マニアの男性講師・蜂谷皐月と出会い、振り回されながら次第に文房具の魅力に目覚めていく」というストーリーで、文房具にまつわる様々なエピソードも毎回紹介される。第3話から「文房具研究会」の学生たちも登場し、今後の展開がどうなるのかますます楽しみだ。

*『きまじめ姫と文房具王子』の情報はこちら。第1話の試し読みも。


連載開始当初から、同作品を愛読している本サイト編集長の高畑正幸文具王と、作者である藤原嗚呼子さんのスペシャル対談がこのほど実現! 『きまじめ姫と文房具王子』の制作秘話などを伺いながら、ディープな文房具談義も繰り広げられた。

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「文房具の深みにハマりました」(笑)

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【藤原】私、地元の文具店でやった高畑さんのトークショーを最前列で見ていたんですが、話したくても話かけられなくて(笑)。別のトークショーでも、かなり近いところまで行ったんですけど、その時もしゃべれなくて(笑)。

【高畑】え~、言って下さいよ! まさか、そんな方がいるとは思わないので。ところで、文房具の漫画を描くという企画は結構前からあったんですか?

【藤原】前から文房具の漫画を描きたいなと思っていて、以前にもそういう話が出ていたのですが、今回ようやく『きまじめ姫と文房具王子』としてスピリッツで連載することになりました。

【高畑】僕がしゃべっているのを聞いていただいたのって、連載が始まる全然前じゃないですか。その時は、ネタ集めなんですか。それとも、個人的に好きで来ていたんですか?

【藤原】それは、どっちもですかね。いつも、好きになったものが漫画に直結しちゃうんですよ。

【高畑】それは分かる気がします。

【藤原】ハマったものは何でも、「これ漫画にできないかな」って考えちゃう(笑)。そういうのもあって、文房具が面白いなと思ったので、「これって漫画にならないかな」と考え出して、個人的にも深みにハマり出しました(笑)。

【高畑】何年も前から見ていただいて。

【藤原】TVに出ているときから見てました。「文房具選手権」の。

【高畑】ええっ、そんな前からですか! 『TVチャンピオン』の文房具選手権に出ていたのは10数年前ですかね。

【藤原】私が見たのは1回だけなのですが、結構衝撃的でした。その時は、「クリアファイルの角が丸いのは何でか?」みたいなのをやっていたと思うんですが。当時は、文房具の漫画を描くなんて思っていなかったので、あの時出ていた方が文具王だったんだと、後から分かりました。

【高畑】いや~、長く活動するもんだなぁと思いますよ。後々こういう方にお会いできるんですから(笑)。

――文房具王子にモデルはいるんですか。

【藤原】特にはないです。元々は文具房姫という女の子が主役だったんですよ。「文房具が好き過ぎてお城の中に閉じ籠もっているお姫様」というイメージの女の子が主人公だったんですが、それをそのまま男性に逆転させたかたちです。

【高畑】へー、そうだったんですか。

【藤原】そうなんですよ、よく聞かれるんですが(笑)。

【高畑】最初に「文具王です」とあいさつしたら、「すみません」と言われて(笑)。

【藤原】こんな作品に関連性があると思われたりしたら迷惑だろうなと思っていたので。性格がネガティブなものですから、すみません(笑)。

【高畑】いえいえ、そんなことありませんよ(笑)。いやでも、僕らにしたら、文房具ネタの小説とか漫画とかが出てきたら気になるんで、読むんですけど。最近ちょっと文房具漫画が増えてきましたよね。

【藤原】そうですね。周りからは「流行りに乗っかったんだな」とか言われたりするんですけど、「いやいや」って(笑)。みんな同じときに、同じことを思ったんでしょうね。

【高畑】そうですよね。連載を開始するといっても、それより前から考えているわけですからね。文房具ブームが2010年くらいから起こっているんですが、2010年から2013年ぐらいにかけて文房具のムックがかなり出たんですよね。それを読んでいた人たちが、そこで文房具の知識を蓄積して、発信する側に回るのに5、6年かかると考えれば、ちょうど今ぐらいかなと思います。5年ぐらいそのジャンルを見ていると、色々と言いたくなってくるので。でも、漫画を描かれているから、文房具は昔から使われているんですよね。

【藤原】そうですね、その頃はアナログ原稿だったので、ガッツリと画材を使って描いていました。

【高畑】今はデジタルなんですか?

【藤原】そうなんですよ、アナログのままの方が良かったですよね。説得力がないなと思って(苦笑)。

【高畑】そんなことはないですよ。

【藤原】今は、ネームはペンで描いて、それをFAXで送ってという感じで。

【高畑】漫画家としては、デビューしてからどのくらいになるんです?

【藤原】2006年からですから、10年くらいになりますね。

8.jpg9.jpg『きまじめ姫と文房具王子』第1話より

【高畑】『きまじめ姫と文房具王子』はものすごく面白くて。

【藤原】え~、本当ですか!

【高畑】文具漫画も色々とあって、それぞれ立ち位置が違うじゃないですか。

【藤原】はい。

【高畑】文房具の裏側ストーリーだったりとか、歴史の話だったりとか、地味でマニアックな話が出てくるじゃないですか。最新の文房具を使う話もあるし。最近の文房具漫画の中では、緻密に中身が詰まっている感じというか。まあ、文房具王子自体がウンチクを語るお兄さんなのでそうなると思うんですけど、ウンチク系の文房具漫画って、実はそう多くないんですよ。情報の詰め込み方が結構緻密なので、その辺をどうされているのかなと思って。

【藤原】ありがとうございます。先ほどお話しされていたムック本が出た時期に私も読んでいて、そういうのが基になっていると思います。それを読んで面白いのを知ったというのがあるので、そこから「自分で調べてみたいな」ということが出てきたりとか。

【高畑】取材とかもされるんですか?

【藤原】そうですね。取材したのもあるし、本を読んで調べることもあります。

【高畑】この連載が始まったのは、ファンとしてすごく嬉しいんですけど、この情報量で続けていくのは大変そうだなと思って。「どの文房具を取り上げよう」とか毎回悩むのですか?

【藤原】今のところそうですね。編集者の方とは、「これをそろそろ取り上げたいね」と打ち合わせをしています。

【高畑】アイテムが先ですか? それとも話の流れの方が先なんですか?

【藤原】ほぼ同時です。最初は万年筆にしたいというのはあったんですよ。キーになる、ずっと出てくるものが一つあった方がいいかなと思って。あとは、例えば文房具研究会の部長はポカが多いという設定にしたので、そこから連想して消しゴムや修正液が出てきました。

【高畑】第3話を読んだら、消しゴムからの八つ橋のソーダ味、そこからのプリーストリー(編集部注:消しゴムの発明者かつソーダ水の発明者)と戻ってくるのが「おお!」っと思いますよ。

【藤原】めっちゃ読んでくれてる(笑)。

【高畑】八つ橋というのが京都らしいですよね(編集部注:漫画の舞台が京都の大学という設定)。

【藤原】炭酸せんべいってあるじゃないですか。ピッタリだなと思ったんですけど、あれ京都じゃないんですよね(兵庫)。どうしようかと思って、他にないかめっちゃ探して。苦しさがありました(笑)。

【高畑】そうやってつじつまを合わせつつ、でも出てくる必然性が必要じゃないですか。消しゴムでプリーストリーまでは出てくるんですけど、八つ橋をもってくるのが「なるほど」と思ったり。あと、ペリカンの万年筆で(万年筆のマークに描かれた)ペリカンのヒナの数が減っていくという話が第2話に出てくるんですけど、初期のマークは血を流しているペリカンなんですよね。

【藤原】ちょっと恐いんですよね。

【高畑】そこまで漫画で踏み込んできているのが面白いなと思って。

【藤原】マニアの人にというよりかは、知らない人が知って面白いかなと思ったことは漫画に入れたいなと思っています。

【高畑】なるほど。「間違いが多い人だから消しゴムを出します」までは分かるんだけど、そこからのもう一つ転がした感があるじゃないですか。そういうのを毎回工夫されているなと思いながら読んでいます。

【藤原】ありがとうございます。

【高畑】しかも、部長さんが持っているカバンの柄が「キャンパスノート」のロゴとか、つい最近のコラボグッズも普通に出てくる(笑)。

【藤原】主人公が歴史の先生なので、文房具の歴史を入れたいと思っているんですが、クラシックになり過ぎない感じで、いろんな要素を入れたいなと思っていて。万年筆だけじゃなくて、文房具全体が楽しいという感じで。

【高畑】それは分かりますよ。僕ももちろん万年筆は好きで、勉強もしているんですけど、あまりその話ばっかりしていてもね。とにかく、この漫画が出てきてくれたことが嬉しくて。他にも文具の漫画は色々とあるんですが、それぞれの立ち位置で、現行品の素敵なところをお知らせするものとか色々あるんですけど、こういう手間のかかる内容をきちっと語ってくれるのは、すごいいいなと思って。これはこれで一つのやり方で、もちろん他のやり方も全然ありなんですけど、これを読んで文房具のことを深く知ってくれたら嬉しいですね。

【藤原】若い人ターゲットというよりかは、自分に近い層とかちょっと上ぐらいの人が読んで「ああ、面白いな」と思ってくれたらいいなと思ってます。

【高畑】そういう意味では、僕は読みやすいですよ。

【藤原】新発売の文房具でも「いいな」と思うものは、年代によっても違うと思うんですよ。私たちの世代は、物を集めるのが好きで、100均のものでも済むけどちょっといいものを使ってみたい、こだわりを持って物を選びたいという感覚を持っている人が多いと思うんです。お金の問題ではなくて、お気に入りを使いたいと思っているんですよ。でも、20代の人はまたちょっと違う感覚な気がします。

【高畑】若い人の物欲のなさ加減が、我々とちょっと違う感じになってますよね。正直、文具王なんて名前で仕事を始めてしまったので、みなさんが文房具に興味を持たなくなったら、仕事がなくなってしまうので(笑)。

懐かし文房具とレトロな文具店

【藤原】このあと、私たちの世代が懐かしいと思っている文房具を出そうという話をしているんですよ。その中で、機能的な筆箱が流行っていたじゃないですか。「おもちゃじゃないよ、文房具だもん」って堂々と学校へ持って行けるような。

【高畑】堂々というか、開き直って持って行けるやつですね。でもあれは、ファミコンが出たら、みんなの興味がそっちへ移って、それで売れなくなったから今はないんですよ。

【藤原】え~、そうなんですか。

【高畑】そうなんですよ。僕はそういう筆箱を一番作っていたメーカーに勤めていましたから。9面マチックまで作られてます。

【藤原】あ~、ありましたね! 9面を持っていて自慢していた男の子いましたよ。「そんなとこ開けなくても」みたいな(笑)。側面も開けられましたよね。

【高畑】そうです、開けられましたよ。

【藤原】ルービックキューブみたいな、いろんな面が開けられるようなね。

【高畑】筆箱は、ゾウが踏んでも壊れない「アーム筆入」が流行って、その後マチック筆箱が出てくるんですが、ファミコンに押されてブームが終わった直後に缶ペンが出るんですよ。缶ペンも、ゲーム性があるものとか、中が遊べるようになっていて。

【藤原】ありましたね。透明な窓が付いているのとかありましたよ。

【高畑】中にお皿が入っていて、ゲームができたりしましたよね。

【藤原】あった~(笑)。

【高畑】その次にカラーペンのブームがあって、カラーペンが売れはじめると、布のペンケースが出てくるんですよ。缶ペンケースは、少しでも容量を超えると閉まらないので。

【藤原】へぇ~、そうなんですか。

【高畑】布ペンケースの時代がずっと続いているんだけど、その途中で立つペンケースが出てきて、今は立つペーケースの時代になっています。

【藤原】すごい! 次から次へとそういう話が出てくるから面白いです。古い文房具屋さんとかには行かれないんですか?

【高畑】たまには行きますけど、どちらかというと現行品を置いているお店の方が多いです。ただ、嫌いではないので、古い文房具も集めたりしているんです。

【藤原】絵になりそうな古い文房具屋さんはありますか? 古い文房具を置いているお店ではなくて、私たちが子どもの頃にあったような外観のままのお店なんですけど。

【高畑】それは難しくて、レトロ系イメージの新しい店は別とすると、子どもの頃にあったような商品や什器を残している文房具屋さんって、半分閉まっているような状態のところもあったりして。経営が上手くいっている、やる気のある文具店は、新しい商品を置いて、なおかつお店を改装したりしているので。実は、その雰囲気ってありそうでないんですよ。

【藤原】そんなお店は記憶の中だけで、あんまりないんですかね。さっきも言っていたように、この世代が物が好きでこだわりがあるというのは、そういう場所で育ってきているからという気がするので、それで描きたいなと思っているんですよ。

――文具店はよく行かれるのですか?

【藤原】文具店はよく行きます。古い文具店もいくつか探して行ったんですが、お店の中はコクヨじゃなくて「国誉」って書いてあるようなすごい古いものも置いてあったりしたんですけど、外観的にイメージしていたところはなくて。

3.jpg高畑編集長が持参したコレクションを見て「すごい!」と驚く藤原さん。第4話で修正液や修正テープのエピソードが登場したので、高畑編集長は作中で取り上げられた修正具も持参したという。

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高畑編集長持参の文房具の数々。アンティークな文房具も。

仕事ではふせんを活用!

【高畑】どうして漫画家になられたんですか?

【藤原】絵が好きだったので、漫画家になりたかったんです。

【高畑】子どもの頃からですか?

【藤原】小学生の頃は普通に「漫画家になりたい」とは言っていました。でも、ノート数冊に鉛筆で少女漫画もどきのようなものを描いたりしたくらいです。

【高畑】漫画家を目指そうと思ったのは、いつからなんですか?

【藤原】大人になってからです。小学校高学年の頃に、親に「手塚治虫は医師の免許を持っていたので、あそこまでなれたけど、漫画家なんて何でも勉強しないと無理だよ」と言われて、それは大変だなぁと思ったのでやめとこうと(笑)。

【高畑】親としては、漫画家になるよりは公務員とかになってほしかったとか。

【藤原】うちの親は当時公務員だったんですよ(笑)。今は応援してくれてますけど。

【高畑】親としては、「本当に大丈夫か?」みたいな?

【藤原】うちは男の子もいないし、長女だったので、余計にそう思っていたのかもしれませんね。

【高畑】手堅くいってほしかったんですね。ところで、ペンネームの由来は何ですか?

【藤原】特にないんです(笑)。ただ、本名が五十音だと後ろの方なので、一番最初の「あ」から始まる名前にしたいとは思っていたので。

【高畑】普段は、どんな文房具をお使いなんですか?

【藤原】ふせんをよく使います。ふせんにネームのセリフを書き込んでいるんです。セリフの順番を入れ替えるときに、また書き直さなくちゃいけないじゃないですか。ふせんにしておいたら、最後に清書だけで済むので。セリフの順序とか位置がコロコロ変わるので、ふせんに書いておけば後で入れ替えるのも簡単なので。

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ネームのセリフはふせんに記入。修正する場合は修正した跡が残るようにしているという。


【高畑】セリフの位置はそんなに変わるものなんですか?

【藤原】はい、全然苦手で(苦笑)。だから、一発でできる人はすごいなと思います。ぐちゃぐちゃに変わりますよね?

〈編集者〉変わる方ですね。でも、直した方が全然よくなるので、必要なものかなと思いますけど。

【高畑】こういう文房具が出てくる話って、「こうだからこうなって」って説明があるじゃないですか。そっちのストーリーを、例えば分業の人だとテキストで小説みたいに書いていく人がいて、それを絵に落とし込む人がいるじゃないですか。これは、いきなりこのかたちなんですか?

【藤原】先にプロットです。

【高畑】まずはプロットで、「こんな話で、こんな風に展開して」というのをつくるんですね。

【藤原】頭の中整理して、そのあとまた変わったりしますが。

【高畑】話の筋が細かいから、いきなりここに落とし込めないよなと思いますね。

【藤原】何度手間にもなってしまうんですが、文章にして「ここがヤマだな」と決めて、全部で26ページならその中のどれぐらいのところにコレがきてとか、1話目だったら最初の10ページ以内に見開きがこないとダメだなとか、そんな感じである程度トントンと置いてつくっていきます。で、残りが入らなかったらコマをすごく小さくして入れるとか(笑)。

【高畑】そうなんですか。いや~、すごいな。

【藤原】プロットを書く人と漫画を描く人が別の場合だと、プロットの段階と漫画の段階でどれだけイコールになるのかすごい興味があります。私の場合は、プロットにしていてもそれが絵になったときに、情報量が多すぎてめっちゃ少なくなるんですよ。

【高畑】そんな感じがしますよね。

【藤原】それがいつも大変で、文章も漫画にしたら多い方ですよね。

【高畑】多いですね。

〈編集者〉私からすると、その多さを止めない方がいいんだと思っていて。少ないと、その中からベストなチョイスができないので。

【高畑】そうだと思いますよ。

【藤原】その中から削るところを見つけてという感じです。

【高畑】そうですよね。僕が文章を書く場合は、必要な文字数の、倍ぐらいの量を書いていますから。そこから削って、内容的に重複している箇所などを抜いていったら、同じ内容でもギュッと圧縮できるので。文章だとそんな感じですが、漫画だとまたちょっと違うでしょうけど。元々ないものを編集の方は何もできないですから、あり過ぎる方がいいのかなと。

〈編集者〉私は、あまり文具に詳しくなり過ぎないようにしているんですよ。そうしないと、話がマニア的になってしまうので。「これは分かりにくいからやめておこう」とか、「これは分かりやすいけど、もうちょっと知りたいからこっちを多くしてくれ」とか、それのジャッジをする感じですね。

【藤原】「この言葉は分からないよ。一般的には通じないよ」とか(笑)。

【高畑】それは常に僕も気を付けていますよ。

【藤原】高畑さんのトークショーは、全く文房具のことが分からない人が聞いても、深く分かったような気分になって帰れるんです(笑)。それがすごいなぁと思って。だから、そういう漫画にしたいと思っています。

【高畑】難しい言い回しをしたら、相手は聞いてくれないというのはすごい分かっているので、そこをちゃんとしている漫画は面白いです。もちろん、もっと詳しく文房具を知っている人はいますよ。だけど、これをこんな風にしてみんなに知らせてくれる人がいないから、「この話っていいんだよね」と思います。

「文房具は実際に使ってから描きたいと思っています」

――読者からの反響はどうなんですか?

〈編集者〉非常に良いです。「月刊!スピリッツ」は大人の読者が中心ですが、その層に読まれていますね。初速から良かったです。

【高畑】いや、いいでしょう。僕は文具だからというだけで読んでいるわけではないですが、すごい面白いです。

【藤原】ありがとうございます。

【高畑】ちゃんと情報が詰まっている系の漫画なので。僕も『文具を買うなら異世界で!』を監修していますが、大変だと思います。

【藤原】なかなか、一人で網羅できることって限られるじゃないですか。でも、「取り上げる文房具を実際使ってみないと」とは思っていて。最初に取り上げたペリカンの万年筆(101ラピスブルー)は使っていませんが(笑)。

【高畑】あれはね、超レアものですから。

【藤原】昔のものは無理ですが、使えるものは使ってから描きたいなと。けど、普通の人間だと生きているうちに語れるほど使えないじゃないですか。だから、文具王という引き出しのたくさんある方に監修についてもらっているのはうらやましいなと思います!

【高畑】漫画に限らず、雑誌やなんかの編集者が「こんなネタやりたいんですけど」とうちに来て、例えば「新社会人に対してこんな提案をしたい」だったら、引き出しを開けて「じゃあ、これどう」とか。

【藤原】すごい(笑)。

【高畑】現物で提案できるのは私の強みですね。古い万年筆とかだとアンティーク価値が高過ぎて、それこそ主人公が持っていた万年筆は僕も持っていませんが、日常文具に関してはほぼほぼ網羅しています。

【藤原】なるほど、すごいですね。

――第4話で取り上げられていた修正ペンとかは実際に使われたんですね。

【藤原】はい、使いました。

【高畑】万年筆のインク消し(編集部注:同じく第4話に登場)も使いました?

【藤原】使いました!

【高畑】あれ楽しいですよね。

【藤原】「ガンヂー」じゃないのは、私が持っているのはライオン事務器のだったからです。何でだって思われるかもしれませんが(笑)。

【高畑】ネームに貼っているふせんにも修正テープ使ってますね。このアナログ感がすごくいいですね。

【藤原】結局、それが早いし。デジタルも切って、貼ってができるんですが、それだと直した跡がないので、どういうことを言われて直したのか、記憶がスコンと抜けてしまうんですよ。でもこうすると、「ああ、長いって言われたな」とか、「ここを大きくって言われたな」とか記録としても残るから。私、物覚えが悪いので。

【高畑】いえいえ。直したのが分かるようにしているのですね。

【藤原】直したのが分かったほうがいいですね。これも、元々セリフがあったけど無くしたんだというのが分かるようにしていて。そうしておかないと、また同じようにセリフを入れちゃうかもしれないので(笑)。

【高畑】それであえて、バッテンにしたままにしてあるんですね。なるほど、これは本来のポスト・イットの良さが活かされていますね。

【藤原】はい。

【高畑】文房具のいいところって、紙が劣化して失われるというリスクはあるんですが、でも紙が傷むことで時間が経ったことを証明するじゃないですか。

【藤原】あ~、本当だ。

【高畑】それって、劣化といえば簡単だけど、買ったときとは違った方向に情報が増えているものなので。だから、今の子どもたちって、劣化しないきれいなままの画像を見るじゃないですか。だけど、僕らの子どもの頃の写真って色褪せてるじゃないですか。

【藤原】あれもったいないですよね。あの感覚が分からないのって。

【高畑】それが文房具のある種いいところ。手帳なんかも、自己満足なんですけど、仕事をすると分厚くなるじゃないですか。仕事した感があって。これがデジタルアーカイブになっても見ないですけど、棚に並んでいるノートや手帳を見ると頑張ったなと思うじゃないですか(笑)。

【藤原】そうですよね。物になっていることの確実な意味がありますよね。

【高畑】手触りや場所で覚えません?

【藤原】ええ、折り目がしっかり付いているところとか(笑)。

【高畑】あの、はがれかかっているふせんのところみたいな。貼り直せよっていう(笑)。

【藤原】貼り直すと分からなくなるんですよね。「何のことだったかな?」という感じで(笑)。

【高畑】ふせんに色々書いていたやつをとりあえずノートにベタベタ貼っておいて、後で清書したら全然分からなくなるときがある(笑)。

【藤原】テストの勉強なんかも、ノートにとって「この位置に書いたな」って覚えているじゃないですか。

【高畑】頭の中でノートをめくるんですよね。

【藤原】「何色で書いた」とかも、パソコンとか使っていたらそういうのないですものね。

【高畑】デジタルもどんどんよくなってきているので、すごい多彩な表現ができるし、楽だし、きれいにできると思うんですけど。プログラマーが用意したことには100%できると思うんですけど、用意しなかったことは1個もできないので。「ちょっとだけ枠をはみ出したい」と思っても、「枠がここまでです」となったらそれ以上はできないんですよ。

【藤原】そういう融通の利かなさはデジタルの方があるんですかね。

【高畑】でも、文房具漫画がデジタルで描かれる時代なんですね。

【藤原】トーンが高いんですよ(苦笑)。

【高畑】そうですね。トーンだけはデジタルで貼る人が多くなりましたよね。

【藤原】経済的な理由と、失敗してもやり直しがきくのがいいですね。ペンについても、実際に描いた方がペンが降りたところにちゃんと線が引けるし、本当は好きなんです。それでトーンだけデジタルでやっていたりもしたんですけど、今度はスキャンするのが大変で、仕上がりが1日、2日違ってきちゃうので。

――スクリーントーンってもうそんなに売っていないんですか?

〈編集者〉売ってないですね。あんまり量産しないし。漫画家以外は使わないですからね。

【高畑】じゃあ、ここしばらくでワークスタイルを変えられたんですか。

【藤原】今回の連載に合わせてです。何でだろう? 作品的にアナログの方がよかったですよね(笑)。

〈編集者〉客観的に見ていて、あの文具の詳細な感じをほぼ一人で描くのは、デジタルの力がないと再現できないだろうなと思っていたので、デジタルは推奨していたんですけど。あの作品は、文房具がいかにちゃんと文房具として描かれるかが大きいので。

【高畑】入れ方が中途半端だと、デジタルの硬いところと手描きのところが上手くはまらないと、気持ち悪くなるじゃないですか。1カ所だけ直線が入っていたりすると、気持ち悪いですよね。

【藤原】今回の作品で、「絵柄をどうしよう」とすごい悩んでいて。アナログ感を出して文房具を描きたかったんですが、それをやるとめちゃくちゃマイナーな読み物にも見えるなと思って、どうしようかすごく悩みました。それで、結果的にこのかたちになったんですよ。

【高畑】このかたちに落とし込まれたのは、ものすごくバランスが良いと思いますよ。

【藤原】文房具に詳しい方だったら、ちょっと手描き感の強い絵でも、「あっ、あの商品を描いているんだな」というのが分かると思いますけど、詳しくない人が絵を頼りに実際にお店に行ったときにリンクしなかったりするかもと思って。

【高畑】この漫画は、実在するものしか出さないようにしているので、全然構わないと思うんですけど、実在していないものが出てきたときに、そこだけ不自然に見えてしまうかもしれないですね。この先、文房具研究会の人たちが、自分たちで文房具を作り始めたときに、それだけ架空の商品じゃないですか。そこだけリアリティがなくなることが起きるのではないですか。

【藤原】あー、そうですね。

【高畑】僕もそうなんですけど、そこにある物はリアルに描けるんですが、それと企画書で描く絵というのは全然違うんですよ。

【藤原】あ~、なるほど。

【高畑】僕が「こんな商品を作りましょう」と言って描いている絵は全然違うんですよ。ラフスケッチなので、そこはディテールが要らないんですよね。全然描き方が違うし、絵も違うんですよ。でも、これは詳細にリアルに描いていく漫画ですから。

【藤原】物のかたちから質感を見て描くのと、何もないものを描くのは違いますよね。どうしても。

【高畑】新しいものを描くときは、理想的なかたちが頭の中にあって、それを落とし込むじゃないですか。なので、こっちは抽象的な線なんだけど、リアルなものを描くときは、本来はあってもなくてもいいようなダメなディールも拾うじゃないですか。それが出ちゃうので。リアルな物って、どうしようもない理由でそのかたちになっているので、説得力が強いんですよ。

【藤原】はい、気を付けます。そこは、読んでいて「はっ」と醒めちゃう部分かもしれませんから。

――新しい文房具を作るという話が今後出てくるんですか?

【藤原】今はまだ、文房具研究会のメンバーを一通り登場させているところですが、そういうところまで描けたらいいなと思います(笑)。

【高畑】今はまだ伏線を張ったところですよね。


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子どもの頃から文通好き

――ご愛用の品を詳しく紹介していただけますか?

【藤原】「フリクションライト」は、趣味が編み物なんですが、そのときに使います。

【高畑】編み物をするんですか。何系の編み物です?

【藤原】全般です。セーターも編むし、カバンや帽子なんかも編みます。編み物大好きなんですよ。

【高畑】へぇ~。

【藤原】編み物の本の中に編み図ってあるじゃないですか。どこまで編んだかをこのマーカーで記しておくと後で消せるし、濃いマーカーで書くと編み図自体細かいものが多くて、そこに色を重ねると目がチカチカするので、淡い色目なのがいいです。

【高畑】消せるのがいいんですね。

【藤原】本に書いたままになっちゃうのがあんまり…。普通の本にラインを引くのはいいんですけど、編み図に前の記入が残っていると、また編むとき邪魔になったりするので。結構、同じ編み図で糸を変えて編んだりもするので、消すことができる方がいいかなと。単に間違えたときだけじゃなくて、もう一度使うときに便利なのでこれを使っています。

【高畑】それは「Liscio-1(リスシオ・ワン)」ですね。万年筆のヌラヌラ系が好きな人向けの用紙だ。

【藤原】どのインクも、色がめっちゃきれいに出るので。でも、これなくなってしまうんですよね。

【高畑】製造中止なんですよ。この紙を抄く機械がもうダメなんですって。

【藤原】それで買いだめをしたんですよ。

【高畑】万年筆はどうですか?

【藤原】万年筆は好きです。この連載を始める前ですが、文通仲間みたいな人たちがいたんですよ。その中で、万年筆を使ったお手紙を出すという取り決めみたいなのがあったので、「〇〇のインクを使って書いています」みたいな感じで。

【高畑】そういう人たちとはどこで知り合うんですか?

【藤原】偶然です。ブルーブラックのインクのことについてインターネット調べていたんですが、検索しているときに文通の仲介をしている人のブログがヒットして。

【高畑】へぇ~。

【藤原】子どもの頃から、結構文通が好きなんですよ。小学校の先生と、中学生になるまでずっと文通していたりとか。漫画雑誌の広告とかでよく募集が出ていた「海外ペンパル」とかあったじゃないですか。あれにあこがれていたような子どもだったんですよ。実際にやっていましたし。だから、全然会ったことのない人と手紙のやりとりをするのを「お~、懐かしい」と思って(笑)。

【高畑】便箋とかいっぱい買ったんですか?

【藤原】便箋は家にめっちゃあります。それで万年筆も。万年筆自体を何本も持っているわけじゃないんですけど、インクなんかは雰囲気を変えて送りたいなというのがあったので。そういうレターがらみのものは家にいっぱいあります。

【高畑】なんかね、武道館にペンフレンドの彼女が来なくて、青いインクが涙でにじんじゃうみたいな(笑)。

【藤原】そう、懐かしの感じで(笑)。楽しくて、ワクワクします。

【高畑】何かいいですね。そうやってコミュニティができているんですね。

【藤原】はい。漫画を描き始めたので、旅行へ行ったときにはがきを出すくらいしか今はできないんですけど。漫画が始まる前は、何人かと手紙のやりとりをたくさんしてました。

【高畑】そういうのは素敵ですね。

【藤原】元々万年筆が好きな人たちが集まっていて、コレクションのペンやインクを実用させたいから手紙を書いているというのもあるのかもしれません。文通している人とは、1回ずつぐらいは会っているんですよ。そういうときに万年筆を見せてもらたりしているうちに、どんどん興味がわいてきました。ある万年筆同好会の会員の人がいて、私も連れて行ってもらいました(笑)。

【高畑】僕もはがきを書いているのは、これぐらいしか万年筆の用途がないからというのもありますよ。

――万年筆で手紙を書くために使うことが多いんですね?

【藤原】そうです、手帳では使わないです。万年筆は、家で落ち着いて使うようにしています。

【高畑】普段は使っているペンは何がメインなんですか?

【藤原】「サラサクリップ」を使ってます。

【高畑】サラサいいですね。使っておられるのは、「ヴィンテージカラー」のブルーグレーですね。

【藤原】この色が好きです。この色でもっと細書きできるのが欲しいですね。実は、アナログで漫画を描いていたときに、サラサの0.3㎜で描いていたんですよ。Gペンじゃなくて。

【高畑】サラサでラインを描いていたんですか?

【藤原】最初はGペンで描いていたんですけど。

(編集者)こういうペンで描かれる人は多いです。

【藤原】その話を聞いて、「そうなんだ」と思って使い始めました。これを使うといい線が描けるんですよ。インク溜まりがあって、かわいい線が描けるんです。

【高畑】他のペンはどうなんです?

【藤原】ずっとサラサでした。サラサじゃないと違うと思ってました。同じ価格帯の似ているペンがありますけど、サラサが一番よかったです。「さすがゼブラだ」と思いながら使ってたんですが(笑)。

【高畑】ノートは何か使ってらっしゃるんですか?

【藤原】ライフのノートに、登場人物の人物設定やエピソードなんかを忘れないように書いています。作品を作るとなったら1冊用意して、それに書いていきます。

【高畑】ライフのオレンジ色の表紙の「ノーブルノート」ですね。

【藤原】あのノートは、何冊かのノートを1冊にまとめているようなかたちじゃないですか。だから、途中から使えたりするので。

【高畑】じゃあ、あの束(折り)ごとに用途を変えたりしているんですか。

【藤原】はい。面白いからいいなと思って。

【高畑】これは、ポスタルコさんの「スナップパッド」ですね。2穴のものを綴じるやつ。

【藤原】家にネームのボツになったやつがいっぱいあるので、それを活用するために(笑)。

【高畑】そうなんですか。なるほど。

【藤原】そういうのを使っても、恥ずかしくなく持ち歩けるように。最初は、小さくカットしたものをクリップではさんでメモとして使っていたんですが、使い切れないので(笑)。

【高畑】どうやって使っているんですか?

【藤原】娘の習い事の送り迎えをしていて、ちょっと場所が遠いので、終わるまで待っているんですよ。その時に、待ち時間を有効に使おうと思って、ノートにプロットなどを書き込んでいるんですけど、これだと表紙が硬いので広げて使いやすいです。

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藤原さん愛用の文具。手前右が、ボツになったネームの紙を綴じて使っているというポスタルコの「スナップパッド」。メモ帳として再利用している(下写真)。


【高畑】お母さんとしての役割をされながら、毎月締切もあるので大変ですね。

【藤原】はい、うちはまだ主人が協力的なのでできると思うんですよ。結構助けてもらって、何とかやっています(笑)。

【高畑】毎月漫画描いているだけで「すげえ」って尊敬します。

【藤原】でも、私はそれがあんまりちゃんとできていなくて、いつもギリギリでお叱りを受けますよ(苦笑)。本当に、週間連載なんて人間技じゃないなと思って(笑)。

【高畑】本当にそう思いますよ(笑)。でも、1カ月なんてあっという間じゃないですか。

【藤原】あっという間ですよ(笑)。

【高畑】それで、繊細で丁寧な方向の作品なので、時間がなくても手数が多いじゃないですか。

【藤原】本当に、頑張って効率よくしなくちゃいけないなと思います。

――最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

【藤原】取り上げる文房具がちょっとクラシックっぽく思われているかもしれないですが、いろんな方面の文房具を、ちょっと歴史のネタを入れつつ、読み応えのあるように丁寧につくっていきたいので。また、買って下さった方に本棚にずっと置いてもらえるような漫画を目指しますので、よろしくお願いします。

プロフィール

藤原 嗚呼子(ふじわら ああこ)
漫画家。2006年『どこへ。どこへも。』が、第21回 MANGA OPEN(講談社)かわぐちかいじ賞を受賞。翌2007年、第52回 ちばてつや賞(講談社)にて、『colors』が一般部門入選。2008年にも第65回新人コミック大賞(小学館)で「アフター・ザ・ドリーム」が佳作を受賞。代表作は『デザインノイロハ』(モーニング・ツー/2010年)。

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