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【舘神龍彦の手帳講座】第2回・手帳を作るということの本質とは

舘神龍彦

2019年版の手帳・ダイアリーが店頭に並びはじめ、いよいよ手帳シーズンに突入。手帳シーズンを迎えるにあたり、“手帳王子”こと手帳評論家の舘神龍彦さんに、3回にわたって手帳について解説してもらいます。第2回目のテーマは「手帳を作るということの本質とは」。

*「第1回・神社系手帳とはなんだったのか」はこちら

神社系手帳と年玉手帳の共通点とは

前回見た神社系手帳は、成功を収めたビジネスパーソンや大学教授が自らの時間観の結晶として作ったものだった。

そしてそれは構造としては、年玉手帳によく似ている。こう書くと驚かれる方もいらっしゃるかもしれない。順に説明していこう。

そもそも日本の最初の手帳は、1862年(文久2年)に福沢諭吉が欧州使節団の折にパリから持ち帰った物だ。これは写真を見る限り、日付が入っていない単なるノートに近いものに見える。日本製の最初の手帳は、懐中日記であり、軍隊手牒だ。両方とも、発行元である日本という国の時間観と世界観が、暦と度量衡という形で表現されていた。

そしてそれは、為政者から与えられる暦という物の性格を踏襲しているとも言える。

現時点で日本で使われているのは、グレゴリオ暦だ。これは1582年にローマ教皇グレゴリオ13世による改革で成立した暦である。詳細は省くがそれ以前に使われていたユリウス暦(その名の通りローマ帝国のカエサルによって制定された)は、1年を365.25日としており、128年目には誤差の蓄積が一日になる。グレゴリオ暦では、これを以下のルールによって、誤差がうまくおさまるようにした。すなわち、

西暦年が4で割り切れる年を閏年とする。

ただし、西暦年が1000で割り切れ、400で割り切れない年は閏年にしない。

閏日は2月29日とする。

為政者が暦を決める

以上がグレゴリオ暦の概略だが、要するに手帳を根底で規定する暦は、歴史的には為政者や宗教の統治者によって決められていた。だから手帳に、その発行元の世界観と価値観が含まれていることはあるいみ当然である。

そして、年玉手帳は、懐中日記や軍隊手牒の“会社バージョン”だといえる。発行する共同体に相当するものは、会社になっただけで、社是社訓がふくまれ、あるいは本支店名一覧が便覧として用意されているのは、その会社が体現する世界の表現だとも言える。

そしてこんな証言がもある。

年玉手帳は、それを現役時代に使っていた人に言わせれば、窮屈に感じるものでもあったというのだ。ポケットサイズであり、その中に会社の社員としての行動原理たる社是社訓が書かれたものを常に持っていなければならないというのは不自由な感じだったらしい。平成不況のおかげで年玉手帳を配布される会社は大幅に削減された。

その結果、市販の手帳の市場が生まれそれは拡大していった。

ある手帳メーカーのデータによると、法人向けに作られるBtoBの売上額と、市販手帳の売上額は2007年には逆転したという。

呪術からの開放か自由からの逃走か

この忽然として出現した市場に現れた選択肢の一つが、神社系手帳だったわけだが、構造としては、年玉手帳に似ている。つまり宗教や為政者が規定した暦やルールに従うかわりに、社長や大学教授が考えた時間観と手帳術を実践することを選択したといえるからだ。これは“呪術からの解放”よりも“自由からの逃走”を選んだと言えなくもない。

もっとも手帳ほど使い方が決まっておらず、わからないものもない。ほとんどの学校では手帳の使い方は教えてくれないし(※1)、社会人になってからも教わる人は少数だろう。ともあれ、神社系手帳はある一つのことを暗示的に教えてくれたように思う。

それは、手帳は作れるものだと言うことだ。

一連の神社系手帳が商品として成立しうるのは、ビジネスパーソンや大学教授に知名度があり、すでにベストセラーの著作に読者がついていることで、ビジネス的にも堅実さが見込まれるが故でもある。

変わったところではあの、はあちゅう氏も10年以上前にオリジナル手帳を制作していた。現在は「週末野心手帳」の制作もしている。

週末野心手帳.jpg「週末野心手帳 WEEKEND WISH DIARY 2019」(はあちゅう、村上萌共著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)


手帳はあるいみ成功したビジネスパーソンが一度は手がける物であるとも言える。というよりは、手帳を通じて自らのスタイルを生み出した彼らが自分専用のものを制作し、それを自らのコミュニティや顧客層に販売しているものでもある。そう理解するとこれが年玉手帳と、配布と市販という違いはあっても、行き渡る範囲においてよく似ていることがわかると思う(※2)。実際、世の中の起業家の中には、大なり小なり自分だけのオリジナル手帳を作っている例がある。それらは知られていないだけで、神社系手帳の系譜に位置づけられるものと言えるだろう。

※1 それ以前から一部の進学校では手帳を使った時間管理の方法を教育していたところはあったらしい。また、「NOLTYスコラ」をはじめとする中高生向けの専売の手帳という商品は市場が大きくなりつつある。その簡易版的な「スタディ・プランナー」というジャンルも確立しつつある。

※2 オンデマンド印刷を利用した「ネットde手帳工房」(キヤノンITソリューションズ)は、法人向けの年玉手帳的なサービスを開始している。これは法人が法人に提供するサービスだ。これを利用する顧客はやはり、かつての年玉手帳的な意図を持っているという。

手帳を自分で作ると言うこと

ともあれ、知名度がなくても1人で企画制作しデザインして制作した数百冊の手帳を販売している例はある。「トコだけ手帳」もその一つだ。要するに既存の手帳に満足することなく、Macとページ物作成のソフトを使って手帳の記入面の各ページをデザイン。何件もまわって対応してくれる印刷所を探し、入稿、校正して納品。販売サイトで販売している。制作者のイマイヒロコさんはこれをもう12年も続けている。

トコだけ手帳.jpg

「トコだけ手帳」(写真は2018年版、舘神さん撮影)


今後も個人でこうやって手帳を作る例は出てくるだろう。

既存の製品で満足することができず、なおかつ資金的なめどが立てば手帳は作ることができるのだ。ただそれがあまり一般的な使い方ができない物だと、いざオンラインで市販というときに売れにくいかもしれない。ちなみに前出のトコだけ手帳はリピーターも多数いる商品に成長している。

そしてもう一つ指摘しておこう。手帳を作るというのは、根本的な暦の部分を除けば、自らの世界を一冊の記入冊子の中に表現することでもあるのだ。それは自らが時間の見方を設計することとほぼ同義なのではないかと思える。

プロフィール

舘神龍彦(たてがみたつひこ)
アスキーを経てフリーの編集者/ライター。デジタルとアナログの双方の観点から知的生産について考え、著作を発表。主な著書はiPhone手帳術ふせんの技100』『手帳の選び方・使い方 』(いずれもエイムック)、『パソコンでムダに忙しくならない50の方法』(岩波書店)、『システム手帳新入門!』(岩波書店)、『手帳進化論』(PHP研究所)、『くらべて選ぶ手帳の図鑑』(枻出版社)、『使える!手帳術』(日本経済新聞出版社)、『手帳カスタマイズ術』(ダイヤモンド社)、『意外と誰も教えてくれなかった手帳の基本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。2018年10月に『最新手帳テクニック100』(枻出版社)を刊行予定。

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