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【連載】文房具百年 #11「大正時代のホッチキス」後編

たいみち

前編のおさらい

「大正時代のホッチキス」としているが、今回紹介しているのは「ムカデ型の針」を使うホッチキスの話だ。前編では、そのムカデ型の針を使うホッチキス、「自動紙綴器」が、アメリカで発明され、その後日本に入ってきた話を紹介した。まだ読んでない方はもちろん、読んでいただいた方ももう一度見ていただくと、よりこのムカデ針ホッチキスを楽しめるはずだ。http://www.buntobi.com/articles/entry/series/taimichi/008770/

最初の国産ムカデ針ホッチキス

 早速だが、アメリカから来たムカデ針のホッチキスは日本で広まり、多くの会社が同様のホッチキスを作った。最初期に作られたものとして有名なのは、アメリカのHOTCHKISS No.1を輸入した伊藤喜商店(現イトーキ)の鳩型のホッチキスだ。基本的な構造はHOTCHKISS社のHOTCHKISS No.1と同じで、側面から見ると鳩の形をしている。

201902taimichi1.jpg*鳩の形をしたホッチキス。伊藤喜商店(現イトーキ)。


 伊藤喜商店がこのホッチキスを作った時期は、イトーキ自身は明示していない。現在のイトーキのサイトでは「後に自社での生産も開始し」とあり、「イトーキ80年史」「イトーキ100年史」でも曖昧な表現だ。ただ100年史では、「大正3年9月付の製品案内」に、鳩の形ではない「第一号ホチキス自動紙綴器」が登場しており、その後に鳩の形ができたとある。
 あれ?ということは国産第一号のホッチキスは鳩型ではないということか。だが世間一般的には鳩型が最初と認識されているところがあるので、先に鳩型ホッチキスの話をしよう。
鳩型ホッチキスはいつから作られていたか。私の見つけた情報から推察するに、大正3年には生産が始まっていた可能性がある。

201902taimichi2.jpg*三越用伊藤喜商店製のホッチキスの箱。



 この箱に「意匠登録 鳥型10110」と印字されている。これを調べると、意匠の名前は「鳥型紙綴器形状ノ意匠」で、大正3年7月20日に出願されている。この時点ですでに「鳥型紙綴器」、つまり鳩型ホッチキスの製造が始まっていたのではと思うのだ。

201902taimichi3.jpg*No.10110の意匠登録(住所等一部の情報を割愛)



 なお、伊藤喜商店は鳩印の商標登録もしており、そちらは大正4年の申請だ。漠然と鳩の形を商標登録したように思っていたが、形は「鳥型」として意匠登録をして、それとは別で商標の「鳩印」がある。

201902taimichi4.jpg*鳩印の商標登録。愛嬌のある可愛らしいマーク。


201902taimichi5.jpg*伊藤喜商店のホッチキスの土台部分についている鳩印。


 そして、ちょっと後回しにした「鳩型でないホッチキス」について話をしよう。

 伊藤喜商店は三越の特製ホッチキスを製造している。ホッチキスの土台の通常は鳩印が入るところに三越のマークがあり、本体の箱と針の箱にもそれぞれ三越マークが入っている。

201902taimichi6.jpg*伊藤喜商店の三越特製ホッチキスと針。


201902taimichi7.jpg画像7 *箱に入っていた値札など紙類。



 この三越特製ホッチキスの時代がわからないかと、三越で発行している雑誌「みつこしタイムズ」(※1)を調べてみた。すると、明治45年4月号に掲載されている「三越特製ホッチキス」を発見した。だが、これがどうも鳩型とは違うのだ。

201902taimichi8.jpg*「みつこしタイムズ」に掲載の「三越特製ホッチキス」。針の箱のデザインがHOTCHKISS社のものによく似ている。


201902taimichi9.jpg*三越特製ホッチキスの拡大・調整画像。



 画質がかなり悪いが伊藤喜商店の鳩には見えない。だが、「舶来にもまさる品でございます」と説明書きがあるので、国産であることは間違いない。三越特製と言っても三越が工場を持っていて作ったわけではないので、どこかのメーカーが作っていたに違いない。それはどこか。私は伊藤喜商店だと思う。実際に後に鳩型の三越特製品を作っていることや、当時国内でホッチキスを作ることができ、それも三越に納品できる品質が出せるところがあったとしたらそれは伊藤喜商店だろうと思うのだ。
 つまり、鳩型の前に存在した伊藤喜商店製のホッチキスはおそらくこれと同じ型だ。そして明治40年代には国産ホッチキスがあり、日本で最初に量産されたものでもあると思うのだ。

その他ムカデ針ホッチキスいろいろ

 伊藤喜商店の鳩型のホッチキスだけでなく、いろいろな国内メーカーが自社の商標でホッチキスを作った。ある程度は自社工場なのか、それともどこかが製造を一手に担い、商標だけ変えていたのかといった業界事情はわからない。大正からおそらく第二次世界大戦の前まで多数の商標のホッチキスがつくられており、昭和4年の業界資料では約20種類の商標が確認できた。

201902taimichi10.jpg*ホッチキスの商標例。日本文具製造業別名鑑、昭和4年(1929年)より抜粋。ここに掲載されているものの殆どがHOTCHKISS No.1タイプ。(全部ではない)。


201902taimichi11.jpg*福井商店(現ライオン事務器)のライオン商標のホッチキス。


201902taimichi12.jpg*重見商店の斧印商標のホッチキス。側面のデザインはライオンだが、土台のマークが斧をクロスしたマーク。


201902taimichi13.jpg*坂商店のアウル(フクロウ)商標のホッチキス。


201902taimichi14.jpg*雨森文英堂のハンド商標のホッチキス。


 
 日本では一つヒットするとそれをお手本にした仲間のような商品が多数登場するのはホッチキスだけではない。いや、文房具に限った話でもないだろう。だがホッチキスの本国アメリカではHOTCHKISS No.1の側面のデザインを変えただけの他メーカー類似商品はほとんど見かけない。日本とのこの違いは権利関係の管理の厳しさなのか、あるいは日本の商魂のたくましさなのか。
 いずれにせよ、当時の各メーカー担当者が「うちもつくれ、他社に遅れを取るな」などと檄を飛ばされて、何型にしようか頭を悩ませている光景を想像してしまう。
 側面のデザインだけでなく、工夫をこらして形を変えてきたものも多数ある。実物を持っているのはこの3つだが、どれもテコの原理を入れて軽い力で止められるようになっている。

201902taimichi15.jpg*井上福商店のウォールド。


201902taimichi16.jpg*メーカー不明。「Y.K」のマークが付いている。

201902taimichi17.jpg*中井式紙綴器。大正8年実用新案登録。



 どれも見た目が一味違って格好いいが、特に側面がスワン柄の中井式紙綴器は、使いやすくとても軽く止めることができる。今でも目の前にあったらごく普通に使ってしまいそうだ。個人的に私はこれを大正時代のバイモ80(※2)とよんでいる。

HOT OH! KISS! 特許の話

 ムカデ針のホッチキスの日本国内の特許・実用新案はどうなっているだろうか。マックスの「ホッチキス物語」(※3)では明治45年の垣内清八氏、大正元年(1912年)の天野修一氏による特許が最初と特許公報に記載されているとある。垣内氏の特許のホッチキスは大掛かりで複雑な形をしているが、天野修一氏の特許「A式紙綴器」はHOTCHKISS No.1によく似た形だ。余談だが、この天野修一氏はタイムレコーダで有名な「アマノ株式会社」の創設者だ。
 実際にホッチキスの特許・実用新案について調べてみると、当時のホッチキスの名称である「紙綴器」で確認できた最も古いものは明治35年のものだった。だがこちらは壁に打ち付けるなど少々大掛かりなもので、特許上の区分もホッチキスとして扱われていなかったので、見なかったことにしよう。
 「ホッチキス」の区分で最も古いものは明治39年の実用新案で、こちらは明らかにHOTCHKISS No.1の形をしている。

201902taimichi18.jpg*明治39年(1906年)登録のホッチキスの実用新案。



 下のバネの部分がこの実用新案のネタだ。HOTCHKISS No.1タイプのホッチキスは紙を挟むには、一旦手で本体を持ち上げる必要があるので、本体を少し浮かせることで紙を挟みやすくしたという内容だろう。
 ふと、これを読んでいて「清水」という名前が引っかかった。私がホッチキスを集め始めて間もない頃にオークションで買ったこの形のホッチキスに確か「清水式」と書いてあった。当時よく見ないでアメリカ製のHOTCHKISS No.1だと思って購入し、届いたものを見たら日本語で「清水式」と書かれており、たいそうがっかりしたものだ。(※4)おまけに側面の文字が「HOTCHKISS」ではなく「HOTOHKISS」と「C」が「O」になっていることに気づかず、ホッチキスに笑われているような気がした。(蛇足だがこの項のタイトルはこの「HOTOHKISS」を無理やり読み替えたものだ。)
 もしかして、あれが日本で最初のホッチキスの実用新案のホッチキス?当時とてもがっかりしたが、そうであればがっかりは帳消しで、側面に刻まれている通り「HOT OH! KISS!」という気分だ。
 早速探し出して確認する。

201902taimichi19.jpg*清水式ホッチキスの土台部分。「清水式」と「実用新案」と描かれている。


201902taimichi20.jpg*清水式ホッチキスの側面。「HOTCHKISS」ではなく、「HOTOHKISS」。



確かに「清水式」と書いてある。「実用新案登録」ともあるが、番号はない。そして、特許の図にあるようなバネはついていない、が、あれ?浮いている。

201902taimichi21.jpg*本体が土台に付かず離れている。通常はこの隙間がない。



 かすかだが本体が浮いて隙間ができている。実用新案の図面にあるような本体の下のバネは無いが、よく見るとつなぎの部分にバネが入っている。
 そうか、これはきっと実用新案登録時のデザインから改良してバネの位置と形を変えたのだ。だとすると、これは明治39年の実用新案のホッチキスそのものではないが、それと関係するホッチキスであることは間違いなさそうだ。よし、がっかりは帳消しだ。

201902taimichi22.jpg*本体と土台を繋ぐ部分にバネが入っている。



 こういった、何の気なしに手に入れたものの価値が後に変わる体験は、物を集めることの楽しみを増幅させる。だが、その成功体験に味をしめて微妙なものも手に入れてしまうので、費用や保存場所が無駄に増幅してしまうという問題もある。

アワビとホッチキス

 ムカデ針のホッチキスの話から外れるが、特許・実用新案を調べていて一つ気になった物があった。

201902taimichi23.jpg*ハンドルと土台が分かれているタイプのホッチキス。1本づつ針をハンドルにセットして止める。



 この実用新案のホッチキスのもととなっているのは、アメリカのTHE NOVELTY PAPER FASTENERだ。
 土台と針を打ち付けるハンドルが分かれており、ハンドルに針を差し込んで、上からハンドルを押下するタイプだ。なぜこれが気になったのかというと、これは日本に輸入されていないのではないかと思ったからだ。私が知らないだけかもしれないが、カタログなどで見かけた記憶がない。

201902taimichi24.jpg*THE NOVELTY PAPER FASTENER。1880年頃、アメリカ。



201902taimichi25.jpg*THE NOVELTY PAPER FASTENER。土台に紙をかさみ、ハンドルを土台に立てて、上から押下して止める。



 ではこの実用新案を申請した人物はどこでこれを知ったのか。調べてみると申請者の一人「小谷仲次郎」氏について意外なことがわかった。
 明治時代に、千葉県安房郡からアメリカのカリフォルニアに渡り、現地で潜水器具を使ったアワビ漁を発展させた「小谷」という兄弟がいる。その弟の名前が「仲治郎」だ。兄は生涯アメリカに残ったが、弟の仲治郎氏は明治40年に帰国し、千葉でアワビダイバーを育成してアメリカに送りこむ役割を担っていた。(※5)
 私はこのアメリカ帰りのアワビ漁師と日本未輸入の「THE NOVELTY PAPER FASTENER」に酷似したホッチキスの実用新案申請者は同一人物だと思うのだ。実用新案の申請は明治42年なので、小谷仲治郎氏はすでに帰国しており、住所も「千葉県安房郡根本町」と一致している。情報によって名前の漢字が「仲治郎」「仲次郎」と異なるが、昔のことなのでどちらかが書き間違いだろう。
 おそらくアメリカでこのホッチキスを見て便利だと思い、帰国して特許を申請したが、日本での実用化までは行かなかったのだろう。勝手に想像を広げると、アワビダイバー育成ビジネスと違う道を模索していたのかもしれない。結局はアワビ方面で活躍されたようだが、もしそちらが成功していなかったら、このホッチキスは日本で実用化されていたかもしれない。そしてほんの少しだけホッチキスの歴史が今と違っていたかもしれない。
 この小谷兄弟の話は無印良品のサイトでも「海を渡ったアワビ漁師達」(※6)という記事で紹介されている。無印良品も、あわび漁の話で紹介した人物が、アメリカのユニークなホッチキスを日本に持ち込もうとした人物だとは知らなかっただろう。アワビとホッチキス。一見何の関わりもなさそうなものの間でこんな縁があったことが面白い。

201902taimichi26.jpg*THE NOVELTY PAPER FASTGENERのパッケージ

書ききれなかった「ムカデ針ホッチキスの使い方」

 さて、多少割愛したのだが、今回もそれなりの長さになったので終わりにするが、本当は「ムカデ針ホッチキスの使い方」も紹介したかった。このタイプのホッチキスは、探しているとまあまあ見つかるもので、お持ちの方も意外といらっしゃるはずだが、壊したらいけないという気持ちが先行してなかなか動かしてみることができないでいるらしい。そしてすでに写真も撮影済みなので、これは次回に回すことにした。3回もムカデ針ホッチキスの話となり申し訳ない気もするが、ご容赦いただきたい。
 最後にこの連載も今回で丸一年となる。なんとか一年は、同じテーマで続けることを目標としていたが、この「文房具百年」でもう少し続けられそうだ。
目を通してくださっている皆様に改めて感謝申し上げる。


※1 「みつこしタイムズ」:1908年~1914年発行の三越呉服店のPR誌。
※2 バイモ80:マックスの製品で驚くほど軽い力で80枚まで止められる画期的なホッチキス。https://wis.max-ltd.co.jp/op/product_catalog.html?product_code=HD90497
※3 「ホッチキス物語」:マックスのサイトのホッチキスの歴史や変遷、由来などの紹介。 この「ホッチキス物語」が自身のホッチキスの知識のベースとなっている。
※4 清水式ホッチキスについて、自身のブログで紹介している。平静を装っているが、実は偽物を購入したことに結構ダメージを受けていた。
※5 参照:安房文化遺産フォーラム、ディスカバーにっけい「太平洋を渡ったアワビダイバーたち」、他。
※6 無印良品のサイト「海を渡ったアワビ漁師たち1」、「海を渡ったアワビ漁師たち2」 

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社
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