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【新連載】文房具百年 #1「幻の鯨印消しゴム」

たいみち

[毎月20日更新]

このたび「文具のとびら」で月一回の連載をさせていただくことになりました。
二年ほど前、某テレビ番組出演時に「あなたにとって文房具とは?」というお題が出され、私は「文房具はいろいろな時代や人、また別の文房具へつながる『とびら』です」と答えました。
文房具のサイトで連載させていただけることにまず感謝をしていますが、文房具を「とびら」と思っている自分が、「文具のとびら」に記事を掲載することに特別のご縁を感じます。
連載のテーマは「文房具百年」。自分の古文房具コレクションにあるものを中心に、大よそ百年程前の文房具について紹介していきます。まず第一回目は「消しゴム」です。どうぞよろしくお願い致します。

消しゴムの歴史はイギリスでのある発見から始まった

消しゴムの歴史を簡単におさらいしよう。1770年にイギリスでゴムが鉛筆の字消しに効果があることが発見されたところから始まる。その時はまだ高温で粘着、低温で固まるなどの欠点があった。その後1839年にアメリカでゴムと硫黄を混ぜて高温度で熱する製法が発見され、優秀な消しゴムが生産されるようになった。

今は消しゴムというと「プラスチック消しゴム」だが、以前は天然ゴムを使った消しゴムしかなかった。1839年から作られている消しゴムも天然ゴムの消しゴムだ。欧米ではおよそ180年前から作っていた消しゴム。その頃のものはさすがに見たことがないが、約100年前のものはいくつか持っている。(時代は明確に判明していることが少ないため、カタログなどからの推測になる。)

消しゴム01.JPG

100年ほど前の消しゴム。左上L&C HARDTMUTH、右上 PELIKAN、下JOHANN FABER


どれもカチカチに固まっている。ただ、見たところ一般的な天然ゴムの消しゴムと特別に変わりはない様子である。消しゴム自体より特徴的なのはカバーだ。木でできていて、メーカー名やマークがきれいに刻印されているところが高級感があって格好良い。

消しゴム02.JPG木製カバーの消しゴム。左2つA.W.FABER、上中 EAGLE PENCIL、右上 JOHANN FABER、右下 L&C HARDTMUTH


木と言えば、当時棒のような消しゴムもあった。木の軸の中に鉛筆の芯のように細長い消しゴムが収まっているタイプだ。一見鉛筆に見える細いタイプの消しゴムは、タイプライター用などで最近まで使われていたが、100年前はそれよりも太く角ばった形をしたものが主流だった。

消しゴム03.JPG木軸の消しゴム。上からJOHANN FABER、A.W.FABER、DIXON

100年程経過している日本の消しゴムは・・・

日本における消しゴムの歴史はどうであったか。まず名称は「字消し」や「字消し護謨(ゴム)」だった。時代を経る中で「字消し」の「字」が取れて、「消しゴム」となったのだろう。そして今回改めて資料を調べて分かったことは、鉛筆に比べて消しゴムの情報は少なく、曖昧だということだ。輸入が始まった時期や、国産はいつ、だれが最初等の情報がはっきりしない。確認できた最も古い情報は、明治21年の丸善の広告チラシである。インクや鉛筆と並んで「字消ゴム」と書かれていることがかろうじて読み取れる。

消しゴム04.JPG「丸善社史」より明治21年の広告チラシ画像。


消しゴム05.JPG上段中央あたり、チョークの左隣に「字消しゴム」の文字が読める。


なお、同じ丸善の明治12年「Stationery Catalog」という資料では、「字消ゴム」の記載はないので、丸善では明治12年から21年の間に輸入が始まったようだ。
鉛筆は江戸時代から日本に入ってきていたのに、消しゴムはそれに後れを取っており、扱いも小さい。昔から消すことが出来ない墨で筆記していた日本では、鉛筆で書いたものを消せないことに特に不便を感じなかったのだろうか。

国産の消しゴムは、明治42年頃東京の三田土ゴムと大阪が最初だという説と明治26年誕生説がある。そしてライオン事務器の明治34年のカタログでは「字消しゴムの部」に「東京製 白函(箱)六拾個入」という記載があり明治42年以前に東京でつくられていたことがうかがわれる。ただし残念ながらメーカー名や消しゴムの形など具体的な情報はまったくわからない。


消しゴム06.jpg明治34年「福井商店営業品目録」より


大よそ100年程経過していると思われる日本の消しゴムとして、三田土ゴムとツバメゴムを紹介しよう。三田土ゴムは三越の組合せ文具(文房具セット)に入っていた。またツバメゴムは大正~昭和初期のころのものと思われる。100年には足りないがおそらく90年ほどは経過している。

消しゴム07.JPG三田土ゴムの消しゴム。明治終わり頃のものと推定。


消しゴム08.JPGツバメゴム 大正末から昭和初期頃のものと推定。


消しゴムは保存状態によって劣化具合が変わるので一概には言えないが、同じくらいの年月を重ねている欧米の消しゴムと比べると、少なくとも見た目ではまだ日本が追い付けていなかったことが感じられる。
そのためだろう。100年前の消しゴム事情としては、国産ではなく欧米からの輸入品中心だった。そして100年前にアメリカから日本に輸入され、大ヒットしたと言われる消しゴムがある。A.W.FABERの鯨の絵が描かれた「鯨印ゴム」だ。
この消しゴムは「文具の歴史」で「クジラゴムもよく売れた」と座談会で話題に上り、また最高品質の消しゴムとしても記載されている。その型番号「6006」は、日本の各社の消しゴムにもつけられているが、「最高品質」を表す番号として使われたのか、鯨印ゴムの人気にあやかったのか、詳細はわからない。


消しゴム09.JPG鯨印ゴムのカタログ画像。


消しゴム10.JPG6006という番号が付けられた日本の消しゴム。左上 田口ゴム工業、左下 ヒノデワシ、右上 ライオン事務器、右下 SEED。JISマークがついているので、あまり古いものではない。大戦前から6006という番号が使われ、大戦後もその番号が引き継がれたと思われる。

「鯨印ゴム」が見つからない

この記事のタイトルの「鯨消しゴム」はまさにこの消しゴムのことだ。ではなぜ「幻」なのか。
不思議なことにこの「鯨印ゴム」が見つからないのだ。古文房具を集め始めて比較的初期のころから探しているが、カタログ以外で写真や現物を見たことがない。
古い文房具の中でも、消しゴムは劣化して捨てられることが多いので、見つかるのはごくわずかである。とはいえ、長い期間販売されたり、ある程度のヒットした商品であれば、誰かが持っていてブログで紹介していたり、オークションに出品されるなど現物を目にする機会が一度くらいはあるものだ。それなのに全く見つからない。

おまけにこれはアメリカのA.W.FABERの製品である。日本で見つからないとしても、海外オークションに登場してしかるべきである。それが一度も目にしたことがない。
それどころかアメリカでは文房具のカタログにすら載っていないのだ。自分が確認できるカタログの範囲での話とはいえ、どうも腑に落ちない。

「鯨印ゴム」の痕跡を追って

こうなると本当に日本で売れた商品だったのかが気になってきた。そこで色々なカタログや資料を調べてみた。

まず販売期間だ。いつから日本に輸入されたのか。

調べると銀座にあった測量機械や時計などを扱う「玉屋商店」の明治43年(1910年)のカタログに掲載されていたのを見つけた。

消しゴム11.jpg

明治43年「玉屋商店商品目録」より(国会図書館デジタルコレクション)
右上「1213」と番号が振られているのが鯨印ゴムである。


画像が悪く、若干怪しげだが、1213の商品名は「クジラ印字消護謨」である。また昭和7年の同社のカタログに同様のものが掲載されており、間違いないだろう。(参考までに昭和7年のカタログも載せておく)

消しゴム12.JPG昭和7年「玉屋商店商品目録」


消しゴム13.JPG消しゴム14.JPG鯨印ゴムの掲載ページ。


つまり、鯨印ゴムが輸入され始めたのはどうやら明治の終わり頃らしい。100年以上前である。

次にどの程度扱われていたのかを調べた。すると多数のカタログで鯨印ゴムを発見した。
手元にあった資料の中で、最も古くは大正4年(1915年)の堀井謄写堂のカタログに載っていた。

消しゴム15.JPG大正4年 堀井謄写堂営業目録


消しゴム16.JPG消しゴムの掲載ページ。左下が「鯨印ゴム」。


消しゴム17.JPG鯨印ゴム


その他に以下のカタログや資料で確認ができた。


大正元年(1912年)福井商店(ライオン事務器)「営業品型録」
大正10年(1921年)福井商店(ライオン事務器)「営業品型録」
昭和 5年(1930年) 丸善「製図機械並付属品」
昭和 7年(1932年)玉屋商店「商品目録」
昭和 9年(1934年)内田洋行「商品綜合型録」
 ※内田洋行は大正3年頃より輸入開始(「内田洋行70年史」より)
昭和11年(1936年)丸善「文房具事務用品型録」
昭和12年(1937年)玉屋商店「商品目録」
昭和13年(1938年)文祥堂「事務用文房具型録」


消しゴム18.JPG「内田洋行70年史」より


消しゴム19.JPG昭和5年丸善「製図機械並付属品」より


消しゴム20.jpg昭和13年文祥堂「事務用文具型録」より(国会図書館デジタルコレクション)


これで1910年から1938年までは少なくとも販売されていたことがわかった。
つまり30年近いロングセラーであり、扱っているところも幅広い。実際にどれだけ売れたのかはわからないが、売れなければ扱いも少なく、もっと早くカタログから消えているだろう。おそらく昭和13年以降も販売されていただろうし、扱っているところももっと多かったはずだ。

なぜこの消しゴムはヒットしたのだろう。
鯨印ゴムは「最高級とされていた」が、A.W.FABERやその他の海外の製品は複数種類輸入されており、鯨ゴムだけ突出して良いものだったというのは考えにくい。とすると、売れた原因は品質だけではないはずだ。私は「鯨」の絵がヒットの理由だったのではないかと思っている。

当時、絵が描かれている消しゴムは珍しかった。消しゴムに印刷されているのは、たいてい文字のみか、メーカーのロゴマーク程度のイラストだった。そこにリアルに描かれた鯨の消しゴムが登場し、人気が出た。「鯨」という生き物も日本ではなじみ深い。
つまり、この「鯨印ゴム」は日本で最初のキャラクター消しゴムのようなものだったのではないだろうか。

さらにヒットしたのはおそらく日本だけ。アメリカ本国ではたいして売れず、短期間、または一部でしか販売されず、ほぼ日本用に製造していた、というのがアメリカで見つからない理由ではないか。

なお、A.W.FABERのものではない「KUJIRA」ゴムというものを持っている。

消しゴム21.JPG田口ゴム工業、鯨が描かれた消しゴム


田口ゴム工業という日本の消しゴムメーカーが作ったものだ。
消しゴムの持ち主は大きすぎると思ったのか半身に切ってしまっているが、A.W.FABERでは社名が書かれているところに「JIRA」と書かれており、切り取られた左半分も合わせると「KUJIRA」となることが容易に想像できる。この状態で、且つA.W.FABERの「鯨印ゴム」でなくても、私はこれを見つけることができて嬉しかった。これはおそらくA.W.FABERの鯨印ゴムによく似ているに違いない。つまり影のような消しゴムなのだ。影が存在するということは本体も存在する。これでA.W.FABERの鯨印ゴムの存在がグッとリアルに感じられるようになり、いつか見つかるに違いないと希望が持てるようになった。

私の消しゴムコレクションは続く

「幻の鯨印ゴム」、そしてもしかしたら日本で最初の「キャラクター消しゴム」。今はまだ幻のような存在だが、確かに存在したのだ。見つけるには地道に探し続けるしかないようだが、私は日本の消しゴムの歴史の一コマとして是非現物を手に入れたいと思っている。この鯨印ゴムが幻でなくなるまで、きっと私の消しゴムコレクションは続くのだ。

消しゴム22.JPG

*参考文献:「通俗文具発達史」紙工界社、「文具の歴史」リヒト産業、「丸善社史」丸善、「内田洋行70年史」内田洋行、「日本筆記具工業会サイト」

プロフィール

たいみち
古文房具コレクター。明治から昭和の廃番・輸入製品を中心に、鉛筆・消しゴム・ホッチキス・画鋲・クレヨンなど、幅広い種類の文房具を蒐集。
展示、イベントでコレクションを公開するほか、テレビ・ラジオ・各種メディア出演を通して古文房具の魅力を伝えている。
著書「古き良きアンティーク文房具の世界」誠文堂新光社

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